俺と連れのデート事情
デートがしたい。不意にそう思った。
結婚前にも何度かデートめいた事はしたことがある。
一対一で勉強を教えた図書館デート(仮)や、その帰り道を送ったときのデート(仮)。
それから「実地見学だ」と偽って外出に連れだしたときのデート(仮)。
就職するなら服が必要だろうと説き伏せて連れだしたときのデート(仮)。
……ま、本当にデートだと告げてしまえば、彼女は一目散に逃げだすのが分かり切っていたから、な。
別に思い返して悲しくなったりはしていない。
しかし、だ。今や俺は彼女の夫。彼女は俺の嫁。
ここは正々堂々、デートとしてデートができるのではないだろうか。
仕事の都合上、新婚旅行がお預けになっているのだ。
デートぐらいしたって罰は当たらないだろう。
そうと決まれば、アポイントメントを取ろう。
携帯を操作して、彼女の番号を選択。数回のコール音の後、画面が「通話中」に変わる。
『……。』
「……もしもし? つながっているよな?」
『どちらさまですか。』
……は? まさか、もう俺のことを忘れたとか言い出さないよな?
「俺のことが分からないのか?」
『本人ですか? 詐欺師ですか?』
……。まあ、彼女らしいと言えば彼女らしい反応だ。
画面の向こうで、珍獣のようにフーッと毛を逆立てて警戒している様子が容易に想像できる。
「詐欺師じゃない、本人だ。お前の夫だよ。本人確認のために好きだとでも言えば良いのか?」
『あ、そういうの要りませんから。』
冗談はバッサリと切られた。
数秒の間も無くバッサリ切り落とされた。
この間合い、彼女で間違いないな。本人確認にぴったりだな。……空しい。
『で、何かあったのかよ。』
「……なあ、久しぶりの電話なんだからもう少し何か、言い方がってものは無いのか?」
『……ナニカゴヨーデショーカ、ダンナサマ。』
ものすごい棒読みでも、ほんの少しだけ萌えてしまった自分が悲しい。
飢えてるなぁ、俺。
「デートしないか。」
『え? デュエルしないか?』
「違う。何でお前と決闘しなきゃならないんだ。」
『オレのターン! ドロー「自爆屋 ギガ・迷惑」!!』
「そっちかよ。」
『オレのデッキが真っ赤に燃える! 墓地を倒せと輝き叫ぶ!』
「墓地は倒す対象じゃないんじゃないか? ……いや、デュエルじゃなくてデートだからな。」
『チッ、気付かれたか。』
「気付くだろう。」
『で、何?』
「デートしたいんだが。」
『いってらっしゃい。お相手の方によろしく。』
「相手はお前だ。」
『えぇー……。』
明らかに乗り気でない彼女の態度に、俺のライフがガンガン削られる。
ああ、さっきの自爆何とやらの効果か。これが決闘か。
……もう、とりあえず引っ掴んで、攫ってしまおうか。
譲歩していたらいつまで経っても首を縦に振らないだろう頑固者が相手だ。
そうしよう。
不穏な方向に変更した俺の思考を悟ったかのように、向こうから『もしもし?』と不安げな声がする。
少し遅かったな。もう手遅れだ。
「とりあえず、40分後にそちらに行くから、外出できる服装になっておけよ。」
『え、やだよ。今日は家でゴロゴロするんだい。』
「ベッドの上で運動するか、外で運動するか、選んで良いぞ。」
『何その2択。てかほぼ1択じゃん!』
「俺はどちらでも良いけどな。運動は気持ち良いぞ。」
『エロい! 声がどエロい! ちくせう、このオープンすけべ鬼畜美形め!』
「外出できない服装なら、そういう意味と受け取るからな。」
『にぎゃっ?!』
ガタ、ゴトン、と音がして通話が切れる。
あいつ、焦りすぎて携帯落としたな……まったく。
さてと……では、あいつを捕獲しに行こうか。
通話を切り、俺は退社の手続きをすべくロッカーの中の鞄を取り出すのだった。