塩を求めて
精霊達の一幕など御構い無しにレイは歩を進め、遂に向かう先の景色に変化があった。フラムが向かっているのは、山に位置する切り立った崖らしい。目の前にそれが視認できる距離に来ていた。
「おい、本当にあそこに海が有るのか?目の前には山と崖しか見えないんだけど」
海と山とでは正反対だ。まさか本当に湖に向かっているのではないかと今になって心配になって来ている。何せあのフラムなのだし。
「大丈夫!彼処にちゃんと有るよ、しょっぱくて大きな湖!」
何だか果てしなく不安が募るが、ここまで来ておいて今更引き返すと言うのも中途半端だ。仕方ないが取り敢えずフラムの行く先へ行って、その後の事はその時に考える事にする。
そして進む事暫く、崖の下にやって来たレイが見た者は、ぽっかりと開いた洞穴の入り口だった。レイが魔法で作った物では無い、自然の力で出来た物だった。
「あの先だよ!」
どうやら目的地は洞穴の先にあるらしい。益々もって不安になって来た。トンネルを抜けたら海になる未来が見えて来ない。目の前山と崖だし。
とはいえ先程行くと決めてしまった以上否は無い。洞穴の中をフラムが魔法で起こした火を追って駆け抜ける。洞穴の中はそう複雑な構造では無く、形は歪ではあったもののほぼ一本道の下り坂だった。
一本道を駆ける事暫く、漸く出口が見えて来た。坂の向こうから光が見える。そして一本道を抜けた時、光に目をやられて思わず目を閉じてしまう。
「ここだよ!」
フラムが目的地に着いた事を教えてくれるが、正直まだ眩しさに慣れずに目が開けられない。視覚が閉ざされている為周囲は見えない為他の五感で感じてはみたが、潮の香りはしても波の音は聞こえて来ない。これは一体どういう事なのか。
目が慣れた所で閉じていた目を開け、周囲を見渡す。そしてレイは絶句した。結論から言えば、そこは海では無かった。というか外ですら無かった。どちらかと言えば洞窟の中にある一空間と言った方が良いだろう。というかそれくらいでしか表現のしようが無い。
その空間は歪な円形でとても広く、野球の試合が出来るんじゃないかと思わせる程だった。向かい側が凄く遠い。周囲には所々で水晶のような物が生え、それが発光して空間内を昼間のように明るく照らしてくれていた。お蔭でこの空間内に何があるのかは隅々まではっきりと把握出来る。
だがそれだけで絶句したりはしない。比べるのもどうかと思うが、野球の試合が出来る位の広さならそのままスタジアムにでも行けば見られるだろう。水晶は生えていないだろうが、それでも広さなら前世の記憶を持つレイにとっては別段驚く程では無い。
ならば何故かと聞かれれば、それはこの空間の幻想的な姿にあった。水晶の光に照らされたその空間はまるで大理石で作られたかのように真っ白だった。そしてその空間の地面の大半を占めるように湖があり、波の立たない湖面は鏡のように周囲の景色を映し出していた。正に自然の神秘とも取れる幻想的な光景だった。目的を忘れて一時見入ってしまう程に。
この湖がただの湖では無い事は、さっき嗅いだ潮の香りではっきりしている。いや、この場合は潮と言うより塩と言うべきだろう。
「……もしかして、塩湖か?」
塩湖。文字通り塩分を多量に含んだ湖の事だ。逃げ道の無い湖に、流れ込んだ水に含まれる微量な塩分が何百年も掛けて蓄積された結果、大量の塩分を含んだ湖が出来上がる。物によっては海水よりも塩分濃度の高い塩湖が出来る事もある。
「塩湖?海じゃ無いの?」
「海の広さは、ここよりも圧倒的に広いんだよ。何せ果てが見えないんだからな」
「そうなんだ。残念」
「いや、そうでも無い」
目的の物にでは無くて落ち込むフラムだが、別に潮を手に入れるなら塩湖でも問題は無い。どちらにせよ、水を沸騰させれば水分が取り除かれて中に含まれていた塩分が塩として取り出せるのだ。
「…本当?」
「ああ。だから気にするな」
「うん!」
一転してケロッと笑う。元々大して気にしてなかったのだろう。レイとしても特に気にしていないので気にしない。それよりも塩だ。
「さてと、どうするかな」
「え?これから塩を取るんじゃなかったの?どうやってかは知らないけど」
「まあそうなんだけどさ」
ここまで来て持って帰らないと言う選択肢は元より無い。塩の取り出し方も把握しているし、その為の手段もある。今悩んでいるのは、どうやって取り出した塩を持って帰るかだ。
器を作ってそれに入れるにしても、洞穴の道はそれ程広くは無いから、一度で持って帰れる量は限られて来る。秘密基地からこの塩湖のある洞穴まではそれなりに離れているから、一々塩を求めてここに来るのも億劫なのだ。最悪数回程度、出来ればこの一回で済ませたい。
ゲームの世界みたいにアイテムボックス的な物でもあれば、その中に塩を入れて持ち帰れるのに。或いは容器の中にこの塩水を入れて持ち帰ってから作っても良いだろうが、どちらにせよ無い物ねだりには変わり無い。
「ーーーいや、待てよ…」
「今度は何じゃ?」
ここに来てレイは一つの結論に至った。無いのなら、作れば良いと。つまり、今この場で、アイテムボックスに相当する魔法を覚えれば良いのだ。その事を精霊達に話すと当然と言うべきか、精霊達は驚愕や呆れを示した。
「レイ、流石にそれは無理だよ」
「そうじゃ。新しい魔法を生み出すと言うのは、そう簡単な事では無いのじゃ」
「はう〜」
言葉にはしなかったが、エストレアも『幾らレイ様でも無理ですよ』と目が言っていた。それでも口にしなかったのは、性格柄レイに表立って反対するのは憚られたからだろう。
「何でだよ。お前等も魔法を教えた時に言ってただろ。一番重要なのは、魔法が発動している時のイメージだって」
「確かにそうは言ったが、その手の魔法は今は失われた古代の技術なのじゃ。似たような効果のある見た目以上に物が入る道具袋は存在していると聞いた事があるが、それとて遥か昔の魔法遺産。所持している物は限られた数少ない者のみで、研究者達が仕組みを解明しようとしておるようじゃが、未だ成功したと言う話は聞かん」
つまり、今現在誰一人としてアイテムボックスを実現させた人間はいないという事だ。
「でも昔は出来たんだろ?昔に出来て、今に出来ないなんて事は無いんじゃないか?」
「その昔の技術を持ってしても、袋に似た効果を付与する事しか出来んかったのではないか?で無ければその魔法が普及していないのはおかしいじゃろ」
「それはそうだけど。別に試してみたって良いじゃないか。やるだけなら魔力を使うだけで、実質タダ同然なんだし」
それにこれまでに新しい魔法を生み出して来た魔法使い達、特に最初に魔法を生み出した者は、文字通りゼロから魔法を生み出したという事だ。つまり、ゼロからイメージして魔法を作り出した、という事になる。それに比べたら、前世の知識で空間の概念を知っている自分ならもっと簡単に作れるかもしれない。
「あら〜、良いじゃないの。やらせてみましょうよ」
驚く事に、ティエラ達の後ろで困り顔をしていた筈のアイシアから助け船出された。
「ア、アイシア、何を言っておるのじゃ!下手に暴発させれば、レイは無事では済まないのじゃぞ!」
「ウフフ。さっきから色々言ってはいたけれど、そっちが本当の理由だったのね」
「なっ!図ったなアイシア!」
『ウフフ〜』と言いながらのらりくらりと追求を躱すアイシア。対して嵌められたティエラは真っ赤だ。
「そうなのか?」
「うっ、ぐぬぬ…ああそうじゃよ!問題あるか!?レイの身に危険があるから心配してたが何か文句あるか!?」
「い、いや。別に何も」
恐らく本人はキレているつもりなのだろうが、言っている内容が内容なだけに単なるツンデレに聞こえてしまう。
「もう良い、勝手にせい!妾はもう知らん!」
一方的にキレは挙げ句そっぽを向いてしまったティエラ。どうした物かとレイは頭を掻き、元凶のアイシアを見る。アイシアは少しの間だけ考え、良い事を思い付いたのか笑みを深めてレイに耳打ちした。
「…は?本当にそんなので大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよレイさん。ティエラさんもきっと喜んでくれると思いますよ」
そうは言うが、普段から笑顔のアイシアが笑みを深めると妙に不気味に見えるから正直信用度が低い。とはいえ他に方法も無いし、下手に何人も聞いたりすると言われたからやった感がして逆にティエラの機嫌を損ねてしまうかもしれない。
不安はあるがやるしか無い。レイはそっぽ向くティエラに近寄ると、飛んでいたティエラを掌に乗せて、アイシアが言っていたように指先で頭を撫でた。
「…はぇ?」
突然の事態に状況を把握出来ないティエラ。続けてレイは口を開いた。
「まあ、心配してくれた事に関しては礼を言っとく。ありがとな、ティエラ」
ありがとうの一言を聞いて、ティエラが現状を理解して顔を真っ赤に燃え上がらせた。声にならない悲鳴を上げて、途端に俯いて大人しくなると小さく「…………ウム」とだけ言った。それは本当に小さく、ちょっとした風の音や、ひょっとしたら水滴が落ちる音ですらも掻き消せそうな程の声だったが。レイ達の耳には確りと聞こえていた。
「「か、可愛いー!!」」
物凄い興奮した様子で、フラムとシエルが今だレイの掌の上で女の子座りしているティエラに突進、赤くなったティエラを二人して抱き締めて頬擦りし出した。
「や、止めぬかお主等!鬱陶しいわ!」
「「や〜!」」
「子供か貴様等!フラムは兎も角シエルまで何をしておるのじゃ!」
「アワアワ!ふ、二人共駄目ですよ。ティエラさんが困ってます」
ギャーギャー騒ぐ三人に更にエストレアがまでも加わって、余計に訳の分からない事になってしまった。
「なあ、アレで良かったのか?」
精霊二人に集られるティエラと、それを助けようとして逆に巻き込まれたエストレアの事は取り敢えず置いておき、レイはアイシアに確認する。
「ええ、ティエラさんも機嫌を直してくれたみたい」
「……アレでか?」
フラムとシエルを引き剥がそうと喚くティエラを見る。一見すると怒っているだけで機嫌が良さそうには見えない。
「あらあら、そっちの方はまだまだ勉強が必要みたいね」
首を傾げるレイを、アイシアが微笑ましく見ていた。
ーーー
「取り敢えず許しもでたし。早速やってみるか」
後ろで騒ぐ四人の事は見なかった事にして、アイテムボックスの魔法を試してみる。イメージするのは次元の狭間に空間を作り固定、その中に物を出し入れ出来る感じだ。簡単に言えば異空間の倉庫である。
その魔法に必要な属性が何なのかは分からない。敢えて言うのなら空間を操るから空間属性と言うべきかもしれないが、それなら無属性でも良いだろう。精霊達も属性を持たない精霊は無属性の精霊と呼ばれているそうだし。
それらのイメージを事細かに思い浮かべ、魔法の発動による事象の順序を明確に考える。この場合、異空間の一部を魔力による囲いで仕切り、その空間を固定してレイの専用の空間に変える。後はその空間の出入り口を作って、魔法の発動によって開閉させるようにする、といった感じである。
これまで教わった魔法とは違って毎回同じ動作をするという訳では無く、一度発動したら、もう空間を新しく固定する必要が無いという所が難点だが、それは最初に細かくイメージすれば大丈夫だ。パソコンなんかのプログラムでも一部の行程のみを連続して繰り返させるような物が存在するし、それの応用で最初の行程は普通に行わせて、それ以降は出入り口の開閉のみを繰り返し行わせるようにすれば良い。
イメージが固まると、レイは両手を前に出した。魔力が循環し、その影響かレイを中心に気流が発生し、周囲の木々がざわつき出した。
「ふわ〜。凄い」
「何という魔力量じゃ。上級、いやそれ以上の魔法を詠唱する時に匹敵する魔力を使用するという事か」
魔力を動かしている際に周囲に気流が発生するのは、制御し切れなかった魔力が体外に漏れ出しているからだ。体内から放出された魔力が、周囲の空気に流れを作っているのだ。
しかしレイの魔力制御は、精霊達が贔屓目に見てもかなり上手い方だ。少なくとも最近では、中級魔法ですらそんな事は起こらない。つまり、今レイが発動しようとしている魔法は上級かそれ以上のレベルの魔法だという事になる。
「もし暴発でもしたら、レイだけでは無い、ここ等一帯が吹き飛ぶぞ」
「そ、そんな!危険過ぎます!」
「でも、今更止めさせるのはもっと危険だよ。もう発動寸前にまで至ってるんだから。ただでさえ慣れてない魔法の発動をこの段階で無理矢理中止にでもしたら、体内の魔力が暴走しかねないよ」
「それはそうですけど……」
飽くまでレイが心配なのだろう。落ち着かない様子でレイを見るエストレアの方に、アイシアが手を置いた。
「大丈夫。レイさんは無謀な事はしないわ。何かしら勝算があるから、こうして実行に移したんじゃないかしら」
「ですけど、アイシアさんーーー」
「レイさんは私達の契約した主人様です。信じましょう」
そう笑顔で告げるアイシアだが、エストレアは気付いている。さっきからエストレアに乗せた手が、痛いくらいに握り締められているのを。
表情は何一つ変わらない。だが恐らく、彼女は直ぐ隣で表立って心配し、いつ暴走しても良いように構えているティエラと同じくらいに心配しているのだと。
「大丈夫ですよ。レイさんなら」
その言葉はまるでエストレアにと言うよりも、自分自身に言い聞かせているかのようだった。
「分かり…ました」
そんな姿を見せられて、エストレアは反論する事が出来なかった。レイに危険が及んで欲しくは無い。だが同じくレイの事を心配している精霊達が、今はこうして心配しつつも見守っていると言うのに、自分だけ止めに入るのは、まるで自分だけがレイを信じていないみたいな感じがして憚られたのだ。
そうこうしている間に、状況に変化が訪れた。レイの周囲で発生していた気流が意思を持ったかのように渦を巻き、油断すれば精霊達が吹き飛ばされかねない程の強い竜巻となったのだ。シエルが風魔法で壁を作ってガードしなければ、全員風に煽られて壁に激突していただろう。そして竜巻の中心にいるレイは強風に髪と服を荒立たせながら、両手を前に出し、肩幅に広げて向かい合わせにして固定した。
「【アイテムボックス】」
詠唱も無しに魔法を発動させたレイにティエラを始め数名の精霊達がギョッと目を見開いた。前にも述べたが詠唱破棄で魔法を発動させると、その難易度は普通に魔法を発動させた時に比べてかなり高くなる。それが上級レベルの魔法になれば尚更だ。
それを初めてな上に出来るかも分からない、しかも未だ教わってもいない上級魔法を詠唱破棄で発動させようとしているのだ。
しかし、そんな精霊達の心配も他所に、レイの周囲に吹き荒れていた風は一瞬にして止み両手の間に魔法陣が出現した。その魔法陣は直ぐに消え去るとその場所の空間が比喩表現では無く、物理的な意味で裂けた。まるで切られたようにパックリと割れた空間は、次第に円形になり、レイの両手サイズの穴になった。
「成功した…のか?」
「さぁな。それをこれから試すんだ」
レイは近くに落ちていた石を手に持つと、その穴の中に放り込んだ。そして、穴を閉じる。
一旦間を置いてもう一度発動させると、先程と同じように穴が出現した。今度はその中に手を突っ込む。程無くして手を出すと、其処には先程入れた石が寸分違わぬ姿で握られていた。
「良し、成功だ」
「やったー!!」
レイが成功を確認した途端、フラムが猛烈な勢いでレイに突進した。ペチンッと平手打ちのような音を立てて、レイの頬にへばり付く。
「凄いよレイ!凄い凄い〜!」
「…そうかよ。分かったから離れろ」
フラムのぶつかって来た場所がヒリヒリ痛むのだ。が、フラムは何時もの如く「や〜!」の一点張りで離れようとしない。寧ろ痛いの痛いの飛んでけとばかりに頬擦りしている。無論そんな事をしても痛みは引かない。
「だから言ったじゃないですか。レイさんなら大丈夫ですって」
「良く言うわ、大丈夫大丈夫とうわ言のように言っておったクセに」
「あら〜。何か言ったかしら、ティエラさん」
【恐怖を煽る闇衣】は使えない筈なのに黒いオーラを纏いながらティエラに迫るアイシア。その姿はエストレアよりも闇の精霊らしかった。
「でも本当に凄いよ。上級魔法に匹敵する魔法を詠唱破棄で発動させるなんて」
「え、上級?」
「はい。使った魔力だけなら間違い無く上級魔法に匹敵するって、ティエラさんが」
そのティエラは今黒いオーラを纏ったアイシアに迫られているので本人に聞く訳には行かないが、恐らく本当の事なのだろう。何やらティエラが助けて欲しそうな目でレイ達を見ているが、それに関してはスルーした。決して後ろ姿だけで恐怖を感じるアイシアを止めるのが怖かった訳では無い。断じて無い。
「そうか。道理でこんなに疲れる訳だ」
あまり…というか殆ど態度には出ていないが、実は中級魔法の時よりも多くの魔力を消費していた。全身に疲労感というか、一種の脱力感の様な物が体に溜まっているような感覚だ。
ここに来るまでに使用した【恐怖を煽る闇衣】や、魔物をお星様へと変えた風属性魔法【 荒れ狂う疾風】も含めると、並の魔法使いなら魔力が枯渇して倒れてもおかしく無い量になる。
それでもまだ少々の脱力感で済んでいるのは、レイの魔力量がそれだけ多いという事なのだろう。
「むしろ五歳でその程度なのが驚きだよ」
「魔力量だけなら一流じゃな」
何時の間にかアイシアから解放されたティエラが戻って来ていた。しかし後ろの方では今だアイシアが「ウフフ〜」と微笑んでおり、それを聞いたティエラが肩をビクつかせているが、ちょっと目を離した隙に何をされたというのか。気にはなるが聞くのは躊躇われたので止めておいた。
「そうか。そんな事より、これで塩を運ぶ手段は手に入った」
「そんな事って…」
「後は塩を手に入れて帰るだけだ。取り敢えず周りにこびり付いた奴から始めるか」
この空洞のほぼ全域に存在する塩の結晶も持って帰るつもりだ。色の濁っている部分もあるが、その辺は後で何とかすれば良いし、最悪取り除けば良い。使える部分の方が大量にあるのだから。
「シエル、ちょっと手伝ってくれ」
「うん。良いよ」
シエルと協力して塩をブロック状に切り取り、アイテムボックスに入れて行く。地面はレイが、そしてレイの届かなそうな所にはシエルが担当した。透明な刃を飛ばす風属性中級魔法【風の刃】を使えば、それくらい大した手間では無く、何十何百と塩のブロックが出来上がり、それ等は全てレイの【アイテムボックス】の中に入れられた。
そして数時間掛けて、レイ達は漸く湖から露出した箇所全ての塩を回収したのだった。
「ぜぇ…ぜぇ…結構キツいなこれは」
「そりゃあれだけの量だからね。流石のレイも魔力が少なくなっちゃったね」
これではもう湖の水まで回収するのは困難だ。出来たとしても帰れなくなってしまう。幸い回収した分でも数年は困らない位の塩が手に入った。当初の目標である塩の確保は完了したのだから、それで良いと思っておく事にした。
「それにしても、ここって本当に洞窟の中なんだよな。真昼間みたいに明るいから忘れそうになるな」
塩湖の存在で忘れてしまっていたが、周囲を照らす発光する水晶もかなりの不思議物質だ。少なくとも前世の世界に自ら発光する鉱石の存在は聞いた事が無いので、恐らくこの世界特有の鉱石だと思うのだが。
「それはこの水鉱石のお蔭ね」
「水鉱石?」
「そう。水属性の魔力をふんだんに含んだ魔鉱石、それが水鉱石なの。最近じゃ殆ど見付かっていない希少な鉱石なのよ」
「……目の前にその希少鉱石が山のようにあるんだが」
「凄いわね〜」
そんな子供を褒めるように言われると、あまり凄そうに感じ無くなってしまう。というか希少な鉱石が大量にあるのだからもう少し驚いても良いだろうに。アイシアだけで無く他の精霊達も水鉱石に対してリアクションは薄い。精々ティエラが若干ウキウキ顔で見ている程度だ。やはり土属性の精霊だから鉱石には惹かれるものがあるのだろうか。
「取り敢えず一つだけ持って帰るか」
希少な鉱石という事は売れば高く売れるだろうし、他にも何かしらで役に立つかもしれない。持っていて損は無いだろう。
土魔法で土を削り、水鉱石を引き抜いて【アイテムボックス】に放り込む。その際にもっと丁重に扱えとティエラに言われてしまったが、それ以外は恙無く終了した。
「んじゃ、帰るか」
用が済んだ以上、もうこの場所に長居する理由は無い。さっさと帰って、肉を塩焼きにでもして食べる方が重要だ。
「も、もう少し休んでからにした方が良いのでは?あれだけ大量の魔法を使ったのですから、少し魔力の回復を図ってからの方が…」
「いや、そうも言ってられ無いみたいだ」
そう言ってレイがその場で足踏みすると、パシャリと水が跳ねた。ここに来た時には地面しか無かったこの場所に、今では湖の水が迫って来ていたのだ。最終的には塩が固まっていた高さにまで来るという事だ。無論出口も塞がれるし、最悪溺れる危険性も出て来る。これもここに長居する訳には行かない理由である。
「水が…」
「ああ。だからさっさとここから出るぞ」
そうと分かれば否は無い。精霊達もレイに従ってその場を後にした。
塩は手に入れた。これで秘密基地に戻れば塩味の肉が食べられる。レイは行きの時よりも若干弾むような足取りで秘密基地への帰途に着いた。