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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第一章
7/56

月日は流れる

間が空いてしまって申し訳ないです。

なるべく早く更新出来る様頑張って行きますので、応援宜しくお願いします。…出来れば評価も。

 レイが産まれてから五年が経過した。それまでの人生は、兎に角堪え忍ぶものだったと言っても過言では無かった。生後数ヶ月間はお漏らしと授乳による羞恥に耐えて、乳離れの頃に一つの苦しみから解放されたと思いきや、今度は離乳食と言う名の味の薄い野菜のみのスープを飲まされると言う苦痛。

 前世の味を覚えているレイにはこの薄味は病院食かと思いたくなる味気無さで、授乳の時とは違った苦しみに耐える事となった。

 レイが産まれて二回目冬になる年には豊作に恵まれ、スープの具材にあまり美味しく無い麦が追加されたり、更に両親がハッスルして新しい家族が一名追加されたりしたが、正直レイには嬉しいかと聞かれると微妙だった。

 麦が追加されたスープは多少味が濃くなったものの、味の殆どを麦に占められて病院食からダイエット用の健康食に変わった程度の味だった。前世の味を恋しく思う程に辛く、慣れはしてもその食事で満足する事は終ぞ無かった。

 また新しく産まれた妹のユニスによって、再び泣き声に悩まされる日々が続き、更には兄だからという名目でその妹の世話をさせられた時もあった。確かに畑仕事が出来る歳でも無いし自由時間が多いが、だからといって二歳児に赤ん坊の世話をさせるとかどれだけ貧しいんだと内心愚痴ったものだ。


 そして五年経った今、レイは自分の行動にある程度自由が利くようになった。流石に朝はユーリの手伝いをさせられていたが、昼からは完全に自由行動だ。

 とはいえその自由行動時間も、レイの自由と言う訳には行かなかった。何故なら他の同い年くらいの子供達が居るからだ。レイは魔法の練習をしたいというのに、彼等はその度にレイを遊びに誘うのだ。

 それなら断れば良いじゃないかと思われるかもしれないが、そんな事をすれば浮いた存在になる事は明白だ。それでは前世の二の舞である。それを避ける為にも、余程の理由が無い限りは遊びに参加した方が良いと考えたのだ。まさか子供相手に接待する事になろうとは…と、この時のレイはそう思った。

 一応魔法の方は五年間の間に暇を見付けては精霊達に簡単な魔法を教わり、ちょくちょく試してはいたのだ。だがそれは下手に目立たない為に誰にも見付からないように行っていた為、どうしてもそよ風を起こすなどの規模の小さい魔法に限られるのだ。フラムの火属性などもっての外だ。制御を誤ればボヤ騒ぎは確実なので、屋内で使用する事が出来ずにいる。


 そして今日も今日とて子供達の相手だ。妹のユニスも一緒である。向かう先は集合場所である小さな野原だ。


「お、来た。レーイ!こっちこっちー!」


 集合場所には既にいつものメンバーが揃っていた。リーダー的立ち位置でお調子者のフレッド、気弱で女みたいな顔付きのコニー、何の特徴も無いザ・村人なジム、同い年の中では唯一の女であるイルマ、そしてユニスと同じ年に産まれたフレッドの弟でしっかり者のエリックとコニーの妹ネリーの六人だ。

 フレッド、コニー、ジム、イルマの四人は、以前レイが預けられた際にいた赤ん坊達だ。レイの住む村は人口が少なく、その為この年に産まれたのはレイを含むこの五人だけである。よって自然と近い年齢でグループが形成され、その結果この六人プラスレイとユニスの八人がグループとなって毎日をほぼ一緒に行動している。


「遅いぞ!」

「家の用事だったんだ。仕方ないだろ」


 レイの住むヨダ村は、お世辞にも裕福とは言えない貧困な村だった。それ故両親共働きは当たり前、場合によっては子供もその手伝いをさせられる事も珍しく無い。フレッドがグダグダ言いながら母親であるオバサンの手伝いをしている所を見掛けるのも少なくは無い。レイだって同じ手伝いをしているのだから余計に良く見掛ける。

 だから家の手伝いで遅くなるのは仕方ない事なのだ。それがこの村で生きて行く為には必要な事なのだから。


「それで、集まったのは良いが、今日は何をするつもりなんだ?言っておくが、また勇者ごっことかだったら冗談抜きで帰るからな」


 勇者ごっこ。一々説明しなくても分かるだろうが、言ってしまえば勇者と魔王の決戦をその役になり切って遊ぶごっこ遊びだ。色々と言っているが、要はチャンバラごっこの異世界バージョンである。

 レイは一度これをやって魔王役をやって以来、二度とこれはやらないと決めている。理由としては、演技という事で全力で厨二病を発症したようなノリで魔王を演じた結果、余りに本気過ぎて周りの時間が止まるという現象を引き起こしてしまった為だ。

 フラム達はカッコ良かったなどと言ってくれていたが、終わった後の羞恥心はおしめの時に並ぶ酷さで、思い出したく無い思い出として即刻黒歴史入りを果たした。この世界には本当に魔法が存在するのだから、厨二病と言われるような事は無いのだろうが、どうしても前世の精神が拒否反応を起こすのだ。こればかりは生理的な問題だから仕方ない。


「え〜!何でだよ!あの時のお前の魔王凄かったのに」

(止めろ、それ以上俺の傷口を抉るんじゃない)


 エストレアに教わった闇魔法で葬り去ってしまいたくなる。


「兄ちゃん、レイ兄が嫌がってるんだから止めてあげようよ」

「チェッ、分かったよ」


 ブーたれるフレッドをエリックが止めてくれたお蔭で、これ以上傷口を抉られる事は無かった。


「でさ、今日は何すんの?」


 皆んなを代表してジムが話題を上げてくれた。地味な見た目して中々に気配りの出来る男だ。


「冒険者ごっこしようぜ!」

「またごっこかよ。というか、冒険者が何をするのか知ってるのか?」


 こんな辺境の村に人が来るなんて事は殆ど無い。精々行商人が申し訳程度にやって来る程度で、冒険者なんて希少生物並に見る事は無い。


「この前聞いたら、魔物とかと戦ったりするんだってよ!」

「……この際誰に聞いたのかは置いておくとして、その魔物はどうするんだ?」


 何やら嫌な予感がして、フレッドに確認を取る。


「俺達の誰かがやれば良いだろ?」

「却下だ!」


 それでは勇者ごっこと大して変わらない。精々適役が魔王から魔物にグレードダウンするだけだ。そんな物断固拒否である。


 しかしレイの健闘も虚しく、結局あの後、イルマ達女性陣が花を摘んで遊びたいと言い出し、それにフレッドが反対し出し、口論の末思い思いに遊べば良いという結論に達し、イルマ、ネリー、ユニスの三人はその辺で遊び、残りの五人で冒険者ごっこをさせられた。

 やはりというか何というか、レイは魔物役をやらされ、強制的に黒歴史を増産する事になった。流石のフラム達も、人なら兎も角獣の真似ではカッコ良いとは行かなかったらしく、フラムに至ってはゲラゲラ笑っていた。今度からは冒険者ごっこも禁止事項に入れようと心に誓い、ついでにフラムには後で絶対仕返しするとも心に誓って今日は解散という事になった。


「お兄ちゃん」


 いざ帰るとなった時、帰ろうとしたレイはユニスに呼び止められた。


「どうした?」

「これ、あげる!」


 そう言ってユニスは自分が摘んだ花束を差し出して来た。違う場所ではネリーがコニーに花束を渡している。花束を持ったコニーは、その顔付きもあってか非常に女性らしく見える。

 コニーが貰った以上、レイも貰うべきだろう。別に花に喜ぶ様な少女趣味では無いので特別欲しくは無いのだが、そんな事を言ったら周りから大顰蹙を買いかねないので、取り敢えず貰っておく。


「そうか、ありがとな」

「うん!」


 御礼と共に頭を撫でてやれば、ユニスはとても嬉しそうに笑った。


「ハハハ!似合わねー!」

「煩い。俺はコニーじゃ無いんだから、似合わないのは当たり前だろ」

「いや、僕も男なんだけど…」

「お兄しゃんは可愛いから良いの」

「ネリー…」


 兄に向けて可愛いと言うネリーに、コニーは困り顔だ。褒めてくれるのは嬉しいが、それが可愛いという男らしくない褒められ方に喜べないようだ。


「よし、こうなったら道連れだ。皆!全員で花を掻き集めるぞ!イルマの分にしてフレッドにも花束を持たせてやる!」

  「ぅえっ!?」

「え!?あたし!?」


 フレッドだけで無く巻き込まれたイルマ迄も吃驚した。


「面白そうじゃん!やるやる!」

「僕もやる」

「ユニスも!」

「お兄しゃん、私もやりたい」

「いや、止めた方が良いんじゃ…あ、ネリー!全くもう」


 他の全員は約一名を除き非常にやる気だ。こういう事になると子供とは一丸となる物だ。


「ちょっと待てよ!俺は嫌だからな!絶対に受け取らないぞ!」

「あたしも!何でフレッドなんかに渡さなきゃいけないのよ。お花の無駄よ」


 無駄とまで言い切るイルマには悪いが、既に他の皆はやる気になってしまったのだ。今更引っ込みは付かない。残念ながら犠牲になって貰うしか無い。


「よし、それじゃあ始めるぞ」

「おい!」

「ちょっと!」


 二名の反対を押し切って、花集めは開始された。六人でやったからか、そう時間は掛からずに花束は出来上がった。後はイルマがフレッドに渡すだけなのだが、肝心のフレッドが一向に動こうとしない。これでは何時まで経っても終わらないし、見ている側もつまらない。


「…早くしてよ」

「嫌だ、俺は絶対に貰わない」


 フレッドはこの一点張りだ。頑固というか強情というか、現状では美徳にもならない。


「男らしく無いぞフレッド。逃げるのか?」

「煩い!そんなんじゃ無いやい!」

「じゃあ出来るよな」

「ゔ…あーもう!分かったよ!」


 レイに発破を掛けられ、逃げ道を無くしたフレッド。イルマから奪い取るように花束を受け取った。


「ほら!これで良いんだろ!」

「ああ。似合ってるぞ、フレッドちゃん」

「絶対に馬鹿にしてるだろ!」


 さっきまでとは逆にレイに弄られるフレッドに皆が笑った。花を渡したイルマもだ。そして今度こそ、約一名を除き全員が笑顔で解散となった。

 その一名であるフレッドは見えなくなる所までは花束を持っていたのだが、果たしてちゃんと持って帰ったのだろうか。


(明日になっても気になってたらエリックにでも聞いてみよう)


 そう思いつつ、ユニスから受け取った自分の花束をどうするのか、今から頭を悩ませるのだった。


 ーーー


 夜、村人全員が寝静まる時間帯、レイはこっそり家を抜け出して、近くの森の中に来ていた。勿論目的は魔法の練習をする事だ。昼間はフレッド達の相手で練習出来なかった為、こうして夜の寝る時間を削って練習しているのだ。

 母親のユーリからは魔物が出るから森の中には入ってはいけないと言われていたが、そこ以外の場所では人目に付く恐れがある。下手に村を刺激しない為にも、人目に付かない森の中で行うべきだ。例えこの森が帰らずの森と呼ばれる魔境…所謂魔物が多く住む危険地帯の一種であったとしてもだ。

 仮に魔物に出会ったとしても魔法があるし、もしもの時にはフラム達がどうにかしてくれると言うので問題は無い。もしドラゴンなんかが出て来たら流石の精霊でも歯が立たないだろうが、こんな片田舎に突然ドラゴンが現れるなんて事は無い。精々ウルフとかゴブリンぐらいだ。フラグなんかじゃ無く。

 それに魔法の練習を始めてもう一、二年は経過している。既に魔法で魔物ウルフやゴブリンを狩る事も出来るようになっている為、レイが活動している辺りで不覚を取る事は先ず無いと言って良いだろう。

 因みに魔物と言うのは『魔』に属する存在、つまりファンタジーに有りがちな敵モンスター見たいな物だと考えてくれれば良い。


「ん?」


 いつもの練習場所へ向かう途中、何やら物音が聞こえて立ち止まる。草の揺れる音に混じって荒い息遣いと唸り声か聞こえた。


「またウルフか。懲りない連中だな」


 レイを包囲する様な形で、ウルフの群れが近寄って来ていたようだ。その数計七体。じわりじわりと近付いて包囲を狭めて行く。

 しかしレイは気にも留めずそのまま歩き出した。それを気付いて無いと判断したのか、ウルフ達は一斉に襲い掛かって来た。


「【渦巻く炎(サークルフレア)】」


 静かに発せられた言葉。直後、レイを中心に炎が渦を巻き、襲い掛かるウルフ達に逆に襲い掛かった。ほのかはウルフ達に燃え移ると瞬く間にその身を包み、瞬く間に焼き焦がして行く。その熱さにのたうち回るも炎は消えず、やがて七匹全員が焼け死んだ。

 周囲からは物音が消え、静寂が帰って来る。


「凄〜い!もう中級魔法を詠唱破棄出来るようになったんだ!」

「まぁな」


 詠唱破棄とは、文字通り詠唱を省いて魔法名のみを唱えて発動させる技術の事だ。上手く使い熟せなければ発動された魔法の威力が減衰し、下手すれば発動しなかったり暴発したりする。

 加えて先程レイが使った【渦巻く炎(サークルフレア)】は火属性の中級に相当する魔法だ。火の球を飛ばす初級魔法の【火の球(ファイヤーボール)】よりも制御の難易度は上がるし、それを詠唱破棄となればその難易度は格段に高くなる。少なくとも五歳の子供が誰でも出来るような芸当では無い。


「やっぱり教え方が上手だったからかな!えへへ」


 先程の魔法を教えたフラムが自分凄いですみたいな褒め方をして来た。果たして凄いと思っているのはレイなのか自分なのか。もしかしたら逆に褒められたいのかもしれない。


「馬鹿を言え、お前の擬音語ばかりの教え方なんて理解出来る訳ないだろ」


 フワッとかドンッとか言われてもさっぱりだ。フワッとした炎なんて想像すら出来ない。


「ム〜〜〜!」

「そうよね、フラムさんの教え方は特殊過ぎるものね」

「あれを理解出来るのは同じ考えの人だけだよ」

「そうじゃな。大雑把過ぎて全容すら把握出来ん」

「ムム〜〜〜!」


 他の精霊達からもバッシングを受けて更にむくれ上がるフラム。因みにエストレアはその輪に入れずに蚊帳の外でオロオロしている。


「その点妾の教えは理解し易かったじゃろう。何せこの中で一番細い所まで教えてやったのじゃからの」


 最初の時点で止めておけば良いものを、調子に乗ってティエラが誰が一番教えるのが上手いか談義に参戦してしまった。


「え?」

「あらぁ」


 シエルとアイシアの雰囲気が重たい物に変わった。更に二名追加である。


「ティエラの教え方は逆に細か過ぎて伝わり辛かったんじゃないかな。僕くらい融通の利く教え方の方が覚え易かったんじゃない?」

「何じゃと!?貴様こそ教え方が適当過ぎるのじゃ!下手に適当な教え方をしたら、変な形で覚えてしまうではないか!」

「それにシエルさんとレイさんでは、時々理解が噛み合わない事があったんじゃないかしら?私の時にはそんな事無かったのに」

「そ、そりゃあ僕とレイとでは考え方が同じとは行かないんだから、しょうがないじゃないか」


 そもそもレイには前世の知識があるから、この世界の考え方と食い違いが生じても仕方が無いのだが、そんな事をしらない精霊達には教え方が悪いと捉えられてしまっているようだ。


「そう言うアイシアは魔法を覚えさせるのが一番遅かったじゃないか。アイシアが中級魔法を半分教え終わる頃には、僕達は全員中級魔法を教え終わってたよ」

「水属性の中級魔法は他の属性と違って水と氷の二種類の魔法があるから、遅くなるのは仕方ない事なのよ。しかも氷魔法は普通の中級よりも上級寄りの難易度なの。それをペースを落とさずに教え切った私は、この中でも特に教え上手だと思うわ」


 水属性魔法は中級になると水の他に氷を操る魔法が追加される。覚える魔法は単純に倍かそれ以上に増えるので、自然と他の属性よりも習得が遅れる。だが、アイシアの場合はそれだけでは無かった。


「何を言うか!お主が遅れたのは、レイが魔法を使えるようになる度に一々甘やかしてたからじゃろうが!」


 そう、アイシアは魔法の練習中に逐一レイを褒めていたのだ。復習で上手く行けば褒め、新しい魔法を覚えては褒め、練習が終わっても褒める。一々頭を撫でられたりするので最初はレイも鬱陶しいから止めるように言ったのだが、一切止める気の無いアイシアに次第にレイの方が折れた。


「だって〜、私の教えで成長して行くレイさんが愛しかったんですもの」

「ですものでは無い!それでレイが甘ったれに成長したらどうするのじゃ。それこそレイの為にならんぞ」


 誰しも一長一短、故に明確な答えが出ない。


「兎に角、一番教えるのが上手いのは妾じゃ」

「いいや僕だね」

「いいえ、きっと私よ」

「私が一番だも〜ん!」


 紛糾する言い争い。それを止めたのは、話に加わっていないのに中心人物となっていたレイだった。


「止めろ、直ぐ近くでギャーギャーと煩いんだよ」


 レイに咎められ、水を打った様に静まり返る精霊達。


「お前達がどれだけ教えるのが上手だろうと、教わる側の俺次第で結果は変わって来る。俺の成長度合いだけで決めて良い事じゃ無いだろ」

「でも〜!」

「でもじゃ無い。そもそもお前達の教え方は全員違い過ぎるんだよ。同じ一人の人間に教えたら、差が出るのは当たり前だ」


 フラムは感覚派、ティエラはフラムと正反対の理論派、シエルがその二人の中間で、アイシアが褒めて伸ばすタイプ。全員違うのだから一概に優劣を決めるのは難しいだろう。


「俺との相性で変わってしまう結果で比べても仕方ないだろ。分かったらこの話はここまでだ。良いな?」


 レイに釘を刺されて渋々引き下がる精霊達。


「でもそうなると、レイと私の相性って物凄い良いって事だよね!」

「それは無いわね」「それは無いね」「それは無いのじゃ」

「ム〜〜〜!!」


 空気を読まないフラムの所為で、今度は誰が一番レイとの相性が良いのか談義が始まってしまった。


「ハァ、俺はもう知らん。行くぞ、エストレア」

「は、はい!」


 呆れたレイは争う四人を置いて、エストレアを連れて先に進む。案外精霊達の中で一番相性が良いのはエストレアなのかもしれない。


 ーーー


 森の中を進む事暫く、レイは森の中に有る開けた場所にやって来た。そこには人一人余裕で入れそうな穴が空いていて、下へ向けて下り坂になっていた。この穴も、レイが魔法で作った物だ。

 先程も述べた通り、既に何体もの魔物を狩る事は出来るように成ったのだが、魔物から剥ぎ取った物をどうするかで悩んだ事があった。フラム達曰く、ウルフの毛皮は少しではあるが金になるという話なので、いざという時の為に保管しておいた方が良いという事になった。

 その時に作ったのが、この洞穴だ。ティエラから教わった土魔法の練習ついでにこの洞穴を作成し、中に空間を作ってその中に使えそうな魔物の素材何かを保管しているのだ。中の空間は調子に乗って練習ついでにと何度も拡張した結果、今ではレイの家が丸々入る程の広さになっている。案外こっちの方が快適かもしれない。

 当然レイが居ない内に魔物に占拠されないように、森に居た精霊達に頼んで周囲に結界を張って貰った。『精霊神の溺愛』のお蔭か、ちょっと頼んだら喜んで協力してくれた。やや喜び過ぎな気もしたが、兎も角これでレイか精霊達以外誰も近付く事は出来ない秘密基地が出来上がったのだ。前世ですら作った事の無い秘密基地を転生して作る事になろうとは。世の中分からない物である。


 洞穴の中には素材の保管場所の他にも、寝食用のスペースやキッチンとは名ばかりの竃と湧き水の出るスペース、他にも作業用の空間や風呂場に脱出用の通路まで存在する。

 子供の作る秘密基地にしては余りにも本気過ぎる作りに常識的なアイシア、シエル、ティエラの三名は苦笑いだった。因みにフラムははしゃいでいて、エストレアは楽しそうに秘密基地を作るレイをウットリとした表情で見つめていた。この二人には常識は無いらしい。


「ハフ〜、帰って来た〜」


 洞窟に着くなりウルフの毛皮で作ったクッションに降り立つフラム。ここは別にレイの家でも無ければフラムの家でも無い。

 クッションは狩り続けて行く内に結構な量になったウルフの毛皮で何か作れないかとレイによって作られた試作品だ。まだ五歳のレイがウルフの毛皮を売るのは何かと怪しまれる危険性があるので、今はこうやって何かに利用する事くらいでしか増える在庫を消費出来ないのだ。

 他にも敷布団に掛け布団、枕、絨毯等も作ったのだが、精霊達にはこのクッションが大人気だった。元々は椅子に敷いて使うつもりだったのだが、毛皮の在庫なら大量にあったので譲ってあげたのだ。今では精霊一人一人にクッションがあって、ここに来ると皆必ずクッションに降りるのだ。最早定位置と化している。


「ウフフ、やっぱりこの敷物は良いわね」

「うん。フカフカで居心地良いよ」

「全く、この空間と言いこの敷物と言い、レイの発想には本当に驚かされるな」

「フフフ、レイ様が作って下さった敷物…」


 約一名トリップしているが、これは与えた時からずっとなのでもう誰も気にしない。最初は本人もバレバレではあったがこっそりやっていたのだが、今ではフルオープンだ。一切隠していない。

 寛ぐ精霊達を他所に、レイは一人暖炉に火を点け、その側に木製の串に刺した肉を串様に開けておいた穴に挿して炙っていた。この肉は昨日狩ったウルフの肉を魔法で冷凍しておいた物だ。ウルフの肉は殆どの部位が筋張ってて美味しくないのだが、村で食べる屑野菜の入った味の薄いスープだけでは腹も満たされないし栄養も足りない。何の調味料も無い素焼きの肉でも無いよりはマシなのだ。


「無いよりはマシ…その筈なんだけどな」


 慣れる事は出来る。この硬く味の殆ど無い肉にも、この五年で培った適応能力のお蔭か数日で慣れた。だが恐ろしきは人の欲かな、肉を食べられるようになると今度は味の付いた物を食べたくなってしまった。前世で食べていた塩胡椒で炙った豚肉が恋しい。

 流石に香辛料はそう簡単には手に入らないだろう。だがせめて塩くらいは欲しい。焼いた肉に塩を少し掛けるだけでもかなり味が変わるだろう。

 しかしレイの住む村にとって塩は貴重だ。片田舎にまでやって来る数少ない行商人と決して少なく無い量の麦や野菜と交換して漸く纏まった量の塩が手に入る。それらは食事に本の少しずつだけ使用され、それでも数ヶ月で無くなってしまう量だ。ちょっとでもくすねれば直ぐにバレるだろう。

 となると後は自力で手に入れなくてはならなくなる訳だが…


「せめて近くに海があればな…」


 子供達の相手をしながらこの村の周辺を探ってみたが、川は有っても海は見付からなかった。その川も決して広い訳でも無く、流れも緩やかでは無い。結構な上流に当たるのだろう。少なくとも流れに沿って歩いて直ぐに海という事にはならないと思われる。


「ウミってな〜に?」

「しょっぱい水で出来た大きな湖の事だ」


 フラムが知らないとなると、この辺りには海は無いのかもしれない。だとすると何とかして塩を買い付けるしか無い訳だが。


「それなら知ってるよ」

「何っ!?」


 予想外の返答に即座に立ち上がってフラムの下へ駆け寄る。


「それは本当なのか!?」

「うん。本当だよ」

「どこだ!?近くにあるのか!?」

「うん。ここからもう少し森の深い場所に」

「良し、案内しろ!今直ぐに向かうぞ!」

「お、おいレイ落ち着かんか」

「そうだよ。森の奥は危ないよ」


 実はレイのいるこの場所は、一般には帰らずの森と言われているが、実際には帰らずの森の周りにできたただの森林なのだ。そしてフラムのいう奥とは間違い無く帰らずの森であり、そこには周りの森とは比べ物になら無いくらい強い魔物が生息している。

 だがそんな事で今のレイを止める事は出来ない。塩が手に入るかもしれないと思ってしまった今、もう素材の味しかし無い肉で我慢する事などレイには出来なかった。


「フラムが行けるような場所なら、最悪お前達でもどうにか出来るレベルって事だろ。なら大丈夫だ。フラム案内頼むぞ!」

「いよ〜っし、レッツゴー!」


 意気揚々と飛び出したフラムを追って、レイも全速力で洞穴から出て行った。それを見た他の精霊達も慌ててレイを追い掛ける。洞穴、そして結界を出て、本格的に帰らずの森の中へ入って行く。ここまで来てしまってはしょうがないと、全員進む覚悟を決める。


「レイ!この辺の魔物は、森の入り口の奴等とは別格だから気を付けて!」

「安心しろ、対策は考えてある」


 そう言うとレイは一つ詠唱を始めた。


「見えし者を恐怖へ誘う衣を今ここに、闇の力で厄災から遠ざけよ。【恐怖を煽る闇衣(メナスコート)】」


 瞬間、レイの周りに暗闇が発生し、粒子状となって周囲に展開された。一見するとそれだけのように見えるが、展開された暗闇の粒子からは重苦しい雰囲気が放たれ、まるでレイから重苦しい威圧感が発せられているかのようだ。下手すれば味方である精霊達にすら恐怖を抱かせかねない程に。


「れ、レイ様。まだ制御し切れていないようです。私達にまで影響が出てます」

「おっと」


 ただの制御ミスだった。

 直ぐにレイが集中すると、精霊達が感じていた重苦しい雰囲気は消えた。


「悪い。まだ恐怖心に指向性を持たせるっていうのが中々出来ないんだ」


 火や水と違って、恐怖というのは目に見えない為対象を絞るのが難しいのだ。誰彼構わずというのであれば十全に発動出来るのだろうが、そこに対象外の存在(魔法の影響を受けない人物)を作る方法というのは科学では説明出来ない、少なくともレイは知らないのだからイメージし辛いのだ。結果、魔法の制御が甘くなり、受けなくても良い者にまで魔法の影響がおよんでしまった。


「それより急ぐぞ。塩味の食事が俺を待っている」

「あ、待って〜!」


 一刻も早く食事に文明を。その一心でレイは森を駈ける。【恐怖を煽る闇衣(メナスコート)】のお蔭か、周囲の魔物は近付いては来ても襲って来る事は無かった。

 しかし襲撃が全く無かった訳でも無かった。時には飢えているのか涎を垂らした赤い角を持った獅子のような魔物が目を血走らせて襲って来たが、


「邪魔だ!!」


 レイが腕を一振りすると、魔物の真下から竜巻が発生。獅子を空の彼方まで吹き飛ばしてしまった。

 レイは星になった魔物に一瞥もくれずに、塩を求めてフラムを追ってひた走って行く。


「今の魔法、確か中級の筈なんだけどな」

「中級魔法を無詠唱か。飯の為とは言え、五歳の子供がするにはちと化け物染みておるの。後で気を付けるよう言っておかねば」

「あらまぁ、レイさんったら勇ましいわね〜」

「「…………」」


 それはちょっと違うんじゃないのか。そんな事を思いながら、どこかズレた発言をしたアイシアを、シエルとティエラは何とも言えない目で見ていた。


「所でエストレアさん、大丈夫?」

「ーーーハッ、いけない、つい見惚れてしまってました」


 エストレアもレイに見惚れて意識が飛んでしまっていたようだ。普段の言動と言い、エストレアはもう駄目かもしれない。おかしくなってしまった精霊仲間とこれからどう接して行けば良いのか頭を悩ませつつ、少なくとも自分達はこうはなるまいと心に誓うのだった。

長くなったので此処で一旦区切ります。

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