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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
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レイの居ぬ間に

お久し振りです。

「それじゃあ、ちょっと行って来る」


 昼を過ぎたあたりで、レイが店を離れる。ここ最近日課になったレイの行動だが、その内容をカーラッツは知らされていない。

 何処かで人殺しでもしてないか心配になるが、何日経っても衛兵が取り締まりに来ないから大丈夫だろうとは思っている。

 なのでレイに関しては今は心配していない。今はどちらかというとレイが居ない間、孤高の戦士ブラックセイバーと二人きりになる事に対する不安の方が大きかった。

 何せ会話が成り立たないのだ。ブラックセイバーは基本的に『死ネ』か『殺ス』しか喋らない。故に何を聞いても返答はそのどちらかしか無く、カーラッツは早々に会話するのを諦めた。

 レイならブラックセイバーが何を言っているのか分かるらしいのだが、それはレイが特殊なだけであって自分は悪くないとカーラッツは思っている。とはいえ威圧的な存在感の塊と会話も無しに一緒に居るというのは、思ったよりも落ち着かないというか、居心地が悪かった。


(き、気不味い…)


 チラッと横目でブラックセイバーを見る。白銀の全身に刺々しい黒の装飾を施された全身鎧という出で立ちのこの人物は、昼食時以外はずっと仁王立ちしたまま一切動かない。

 レイが店を離れるようになったばかりの頃は、客が来た時に反応していたりしたが、客の対応をカーラッツが引き受けて以降は本当に動かなくなった。

 一応用心棒としての役割は全うしているのだから文句は無いが、一緒に働いているこっちまで気まずくなる。

 まあそれもレイがいなくなっている十分少々の間だけだから我慢するしか無いのだが、ブラックセイバーにはレイと同じで何を仕出かすか分からない雰囲気がある。おまけに会話が成立しないから何を考えているのか分からず、それが不安に繋がっているのだ。

 もしブラックセイバーが暴れ出したら、カーラッツにはそれを止める術が無い。


(頼むから早く戻って来ておくれ…!)


 だからカーラッツはこの時間ばかりは一刻も早くレイが戻って来るのを祈る。

 そんなレイ不在の店に、ゾロゾロと男達が集まって行く。薄汚い格好の彼等はスラムにいるゴロツキ連中であり、それぞれ素手の者も居れば古びた角材などを担いで武装した者も居る。


「ん?」


 近付いてくるゴロツキにカーラッツが気付くが、その時には既に異常な数のゴロツキが集まって来ていた。

 そしてカーラッツが事のヤバさを理解する時には、店の前はゴロツキに反包囲されていた。


「え?え?えぇぇぇぇぇ!?」


 武装したゴロツキ達は明らかに買い物をしに来た感じでは無い。寧ろ店を攻撃するつもり満々である。客は客でも招かれざる客であった。

 柄の悪い男達が集まるとそれだけで威圧的な光景で、そんな事に慣れていないカーラッツは萎縮してしまっていた。


「へへへ、悪いな兄ちゃん。ちょっとこの店バラさして貰うぜ」


 そんな台詞とと共に下卑た笑みを浮かべるゴロツキ達。

 危機感知センサーが危険域を振り切り、動揺が激しくなる。


(あばばばば!レイィィィ!!早く帰って来てくれぇぇぇぇぇ!!)


 その時だった。つい先程まで置物のように微動だにもしなかったブラックセイバーがゴロツキ達に立ちはだかった。


「あん?な、なんだオメェ。邪魔すんじゃねえよ!」


 威圧的な鎧姿に若干怯むも、金の為にとブラックセイバーの横っ面目掛けて角材を振る。


 しかし角材はブラックセイバーに当たるその手前で掴み取られた。

 驚くゴロツキを前に、ブラックセイバーの目が赤く光る。


『殺ス』

「は?──ブゲァ!?」


 惚けるゴロツキの頬に拳が叩き込まれ、後ろにいた仲間諸共大きく吹き飛ばされた。

 その後数度のバウンドを経て勢いを失って停止すると、殴られたゴロツキは殴られた跡をくっきり残して気絶していた。

 唖然としてそれを眺めていたゴロツキ一同の視線がブラックセイバーに戻す。そこには軽く拳を振り抜いた体制でブラックセイバーが立っていた。

 ブラックセイバーの視線がゴロツキ達を射抜く。


『殺ス』


 そこからは一方的だった。

 ブラックセイバーが腕を一振りする度に大の大人が宙を舞い、足を一振りする度に柄の悪い男が苦悶の表情で地面を転がる。戦闘と言うよりは蹂躙と呼ぶ方が正しい絵面だった。

 その様子を、ポカーンとした表情でカーラッツは眺めていた。


(あぁ、そうだよな。あのレイが連れて来た人が、真面な訳が無いよな…)


 非常識の塊のようなレイが連れて来た時点で普通の人では無い事は理解していたし、その見た目から強い人なのだろうとは思っていた。その強さが予想を超えていたというだけの話で。

 現に死ね死ね言いながら人を殴り飛ばすその様は、騎士と言うよりは死神のようだった。

 そして数分と待たない内にゴロツキ達は全員地面に這いつくばっていた。

 あれだけの大立ち回りをしたにも関わらず息一つ乱していないブラックセイバーは、敗者に一瞥もくれず店の前に戻る。


 ーーー


 その一部始終を、ダードリーは人混みの中から見ていた。


「いやぁ、まさかああもあっさりとやられちまうとはねぇ」


 自分達が低賃金で雇ったゴロツキがあっという間に倒されてしまった。

 レイさえ居なければどうにかなるかもと思っていたのだが、ああも容易く対処されてしまうと、最早打つ手が無くて笑うしか無い。


「呑気な事言ってる場合じゃねぇっすよ大将。あんなバケモンがまだ居たなんて聞いてねぇっすよ」

「俺だって知らなかったよ。恐らくあれが、あん時の殺気の正体なんだろうな」


 思えば以前店に来た時にもあの鎧は立っていた。その事からダードリーはレイの殺気をブラックセイバーが放った物だと判断した。


「どうするんで?俺達じゃ勝てるとは思えないんですが」

「だな。あんなもん王国の騎士団引っ張って来なきゃ無理だろ」


 王国屈指の実力を誇る騎士団が必要な時点で、一介の傭兵に敵う道理は無い。


「ただまあ、他に方法が無い訳でも無いんだけどな」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって、失敗しても俺に被害は無えからよ」

「それを聞いて安心しやしたぜ」

「ハハッ。そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ」


 ダードリーは人混みを分け入ってレイの店に向かう。店の方は騒ぎがひと段落ついて店番の男(カーラッツ)が安堵している所だった。

 それで良い。普段なら怯えている所を恫喝すれば良いのだろうが、今回に限っては下手に怯えられると横の番人に締め出される恐れがある。それよりは落ち着いて話を聞いてもらった方が良い。

 何せダードリーの目的は、店番カーラッツの方なのだから。


 ーーー


 兎に角これで一安心と胸を撫で下ろしたカーラッツ。そこへパチパチと拍手が聞こえて来た。


「いやぁ、凄え凄え。スラムのゴロツキでもこれだけ集めりゃ衛兵一部隊だって倒せるかもしれないってのにな」


 やって来た男の正体を、カーラッツは即座に察する。以前店に現れたマコドットを護衛していた男の顔と同じだったのを瞬時に思い出したのだ。


「まさかこの人達はそちらがけしかけたんですか?」

「まさか。それならこんな堂々と来ないだろ」


 涼しい顔で平然と嘘を吐くダードリー。カーラッツも嘘だと思いつつも、これ以上詮索しても答えは出ないと話題を変える。


「じゃあ何かお求めで?」

「いいや、俺はあんたに用があって来たんだよ」

「私に…ですか?」


 まさか自分に用があるとは思っていなかったカーラッツ。驚きと同時に、一体何のつもりなのかという疑念が頭の中で渦巻く。


「ああ。率直に言うぜ。

 ───お前、マコドット商会に入らねえか?」

「……え?」


『何を言ってるんだこいつ』と呆れ混じりにダードリーを見るが、彼はヘラヘラと笑いながらカーラッツを見ているだけだ。


「何もそんなおかしな話でも無えだろ。街一番と名高いマコドット商会相手に喧嘩を売ってここまで生き残れる奴は早々居ねえよ。そんな奴の力を自分の所に囲い込みたいと思うのは当然だろ?」


 ダードリーの言う事は間違いでは無い。大商会相手に渡り合う露店商なんて常識的に考えて有り得ないし、もし居たとしたら、それは紛れも無い逸材だ。何としても味方に引き入れたいと思っても不思議では無い。


 だが、今回の話はそんな簡単な話では無い。


「それなら私じゃなくてもう一人の方に言うべきですよ。そちらが望んでいるのは、彼の方ですから」


 店の評判も、ここまで店を存続させて来たのも、全てレイが自力でやった事だ。カーラッツがやったのは今のように店番をするだけ。ダードリーの言う逸材の条件には、一つも貢献していない。

 だからダードリーがカーラッツを引き抜くという事にはならないのだ。


「お前さんがそれで良いなら良いけどよ。本当に良いのか?このままだとお前さん、二度と商売出来なくなっちまうかもしれねえぜ?」

「何を今更。こっちは既に何度もそちらの妨害を跳ね除けてるんですよ?今更その程度の脅しは効きませんよ」

「今はそうだろうさ。お前さんの相方が居る限り、俺達はこの店には手出し出来ねえ。でもよ、相方が居なくなったら、お前さんはどうするんだ?」

「え…?」


 突然(もたら)されたその言葉に、カーラッツは冷や水を浴びせられたような感覚を覚えた。


「お前さん達の事もそれなりに調べてみたんだけどよ。お前さん達が一緒に居るのも、飽くまで相方がある程度稼ぐまでなんだろ?つー事は、相方が目的を達して居なくなっちまえば、もうお前を守るもんは無えっつー訳だ。大丈夫かそれで?」

「………」


 気付かなかった。レイが余りにも呆気なく敵を蹴散らすから、そっちにばかり気を取られていた。

 冷静に考えれば直ぐに分かる。これはレイの方が異常なだけだ。普通に考えて、街一番の大商会が本気で潰しにかかって、それに対等に渡り合うなんて有り得ない。

 そう、この状況はレイが居たからこそ成り立っている状態だ。

 では、そのレイが居なくなったら?

 決まっている。そんな大物相手に木っ端商人のカーラッツ一人で対抗できる訳が無い。大商会の権力によって呆気なく潰されるだろう。

 ではレイを引き止めるかと言われれば、それだって無理だろう。元々レイとは金貨一枚ちょっと稼ぐまで店を貸すという約束をしている。書面を交わした契約では無いが、本人も必要な分稼げたら出て行くと何度も明言していたから嘘では無いのだろう。

 それをいきなり出て行くなと言ってもレイは聞かないだろうし、仮にレイが残ったとしてもそれはもうカーラッツの店では無い。レイの店になってしまう。それでは本末転倒だ。

 この店は本来カーラッツの物だ。小さな村の次男に生まれた為に畑を継ぐ事が出来ず、いつか大成する事を夢見て長男の畑仕事を手伝い、そこから手にした決して多くは無い金を掻き集めてこの街にやって来た。

 そうやって手に入れた大事な店だ。思い入れも一入ひとしおだ。それをこんな早く失いたくは無い。


(ならいっそ…いや、何を考えてるんだ!)


 幾ら店の為とはいえ、一度自分を裏切った商会の下に付くなんて考えられない。仮にそうしたとしても、約束を守る保証なんて何処にも無いのだ。それならまだ他の紹介の傘下に入った方がマシだろう。そんな事をやってもマコドット商会に対抗出来るとは到底思えないが。

 あれからカーラッツもマコドット商会についてそれなりに調べている。あの商会がライバルとなり得る商会を次々と追い落として今の地位に付いた事も。その背景に後ろ暗い物が絡んでいる事も。

 つまり下手な商会に付いた所で、結果は大して変わら無いのだ。

 カーラッツが考える限り、自分の店を守る為に取れる手段は二つ。マコドット商会に服従して何とか店を続けさせて貰えるように交渉するか、レイと交渉してマコドット商会と戦うかである。

 どちらもハイリスクハイリターン。即決出来る話では無かった。


「まあ、こんな話直ぐに決められる話じゃ無えわな。二、三日時間をやるから、じっくり考えな」


 ダードリーはそう言い残して去って行った。その後ろ姿を見送る余裕も無く、カーラッツは下を向いて考える。これから先、どうすれば良いのかを。


 ーーー


「お疲れさんです」

「おう」


 カーラッツの店を離れて部下と合流したダードリー。先程の軽薄そうな笑みとは裏腹に、今は額や首筋に汗が滲んでいた。


「いやぁ、ヒヤヒヤしやしたぜ。やっぱあの鎧の奴とんでもねえわ」


 適当に掻き集めたとは言え、あの数のゴロツキをあっさりと倒した戦士の実力は、少なくともダードリーの手勢でどうにかなる相手では無い。

 カーラッツと話していた時も、ジッと見られていた所為で肝を冷やした。下手な事をしようものなら、即介入されていただろう。余裕があるように見えて、実はかなりの綱渡りだった。


「んで、向こうの方はどうなった?」

「へい、さっき動き出したと連絡がありやした」

「そうか。んじゃ予定通り、こっから暫くは雲隠れだな」

「それは良いんですが、結局この後どうなるんですかい?」


 部下はダードリーの作戦について何も知らされていない。ただダードリーの指示に沿って動いただけだ。

 学が無いからというのもあるが、それ以上に情報が漏れる可能性を無くす為の措置だ。

 だからこの行動によって何が起こるのか、部下は見当もつかなかった。


「まあ詳しくは省くが、少なくともこれで、俺達は安全に自由の身になれるだろうな。中途半端に終わらなけれりゃ」

「なあなあで済まされるのが一番問題って事ですかい?」

「そうならねえように動いたつもりだから、大丈夫だとは思うけどな」


 そう語りながらダードリー達は雑踏の中に消えて行く。次に表に出る時は、全てが一段落した時と決めて。


 ーーー


 一方露店のカーラッツはというと、未だに先程の件が頭から離れずにいた。

 何せ自分の人生が掛かった決断だ。まだ若いカーラッツには即座に判断する事が出来なかった。

 そうこうしている内にレイが戻って来た。少し前までは早く戻ってきて欲しいと思っていたが、今となってはもう少し時間が掛かっても良かったのにと思ってしまう。


「……何だこれ?」


 いざ用事を済ませて戻ってみれば、店の前がゴロツキで埋め尽くされていた。流石のレイもこの事態は適当に流す事が出来なかった。


「何があったんだ?」

「あ、ああ。急にこいつらが襲って来て、そこの鎧の人が倒してくれたんだ」


 ふと、視線を横に向けると、ブラックセイバーは既に定位置に戻って立ち尽くす番人モードに戻っていた。

 後でレイに報告するのかもしれないが、少なくとも今直ぐ干渉するつもりは無いらしい。その事に少しばかり安堵する。こんな話、レイに知られでもしたら、その場でレイに脅し付けられかねない。


「……そうか」


 レイはそれ以上追求する事は無く、そのまま横に座った。上手く誤魔化せたようで、内心ホッとする。


「……チッ」

「ッ!?ど、どうしたんだい!?」

「……いや、何でも無い」


 そういうレイの顔は険しく、何でも無いとは到底思えない。しかし今藪をつついて蛇を出すのが怖く、更に現在探られなくない腹のあるカーラッツは特に触れない事にした。

 しかしそれとは別に、レイの様子が気になった精霊達が近寄る。


「レイ、どうかしたの?」

『……例のカルト教団のアジトにガサ入れが入った』


 カルト教団に潜入させたトカゲ型ゴーレム。何かあれば信号を送り、視覚を共有させるように役割を分けて設定したそれによって齎された映像には、衛兵らしき男達がアジトに押し入り、教団の者達を次々と取り押さえている様子が映されていた。

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