表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
53/56

三十秒ルール

「ーーと言う事があった訳よ」

「はぁぁ、凄いですね」


 老紳士からの注文の品を揃えつつ、暇潰しに先程の出来事を掻い摘んで説明すると、ルクセウスはその内容に目をキラキラさせていた。

 内容は本当に掻い摘んで話した程度なので建物よりも高く吹き飛ばした所は追い払ったの一言で片付けられていたが、それでも巷では『悪い子は連れ去られて食べられる』と恐れられている程の存在を追い払ったと何て事無いように語るレイの話には、ルクセウスが憧れの目を向けるだけの凄さがあった。


「しかし、何だってあんなのが捕まらずに活動してるんだ?」


 動きはただの子供とは思えないくらい素早く、気性は獣のように荒い。加えてあれだけ大騒ぎするような存在を領主が放っておくとは思えない。

 何か特別な理由があるのか、それとも領主の怠慢か。


「早い所どこか別の所に行ってくれるとありがたいんだけどな」


 先程の騒ぎを受けて、街の衛兵が周囲を巡回している。今だって店の前を二人組の衛兵が通り過ぎているところだ。彼等に任せておけばその内追い立てられて捕まるか、また別の場所へと移動するだろう。

 何やらレイの店を見て怪しい者を見るような目をしていたが、今の所怪しいのは見た目だけなので可能な限り見逃して貰いたい。レイの横でカーラッツは心の底からそう祈る。


「ほれ、これで全部だな」

「はい、確かに」


 大きな袋に大量の食べ物を詰めて老紳士に渡す。そこでふと、何かを思い付いたようにレイは口を開いた。


「あぁそうだ。一つ聞きたいんだけどさ」

「はい、何でしょうか」

「あれ、どうしたらどっかに行ってくれるか知らない?」


 そう言って指差したのは向かいの建物の間にある小さな路地。その暗闇の向こうから、ギンッ!とギラついた瞳孔がこちらを睨み付けていた。


『グルルルル!』

「ヒッ!?」


 まるで獣のような唸り声に、ルクセウスが怯えて小さな悲鳴を上げた。


「な、何ですかあれ!」

「さっき言ってた『食屍鬼グール』だ」

「ヒィィィ!」


 ビクビクして老紳士の服を掴むルクセウス。この反応からして小心者らしいので仕方の無い反応なのだろうが、結構強く握っているのでシワが寄ってしまっている。これは後で怒られそうだ。


「なんか追っ払った後からずっとあの調子でな。気を抜いたら襲い掛かって来そうで落ち着かないんだよ。衛兵に通報しても数分でいて戻って来るしな」


 どうやら先程の件で完全に因縁を付けられてしまったらしい。迷惑極まりないと言わんばかりにレイの口から溜め息が漏れる。


「次襲って来たら、二度と歯向かう気が起きなくなるまでボコボコにしてやろう」

「怖っ!せめて捕まえる程度に抑えてくれないかい?」

「俺の気がその程度で済んだらな」


 そう言いつつも声色からは全く聞く気の無い様子に、カーラッツはどうしたものかと頭を抱える。


 一方でレイとカーラッツのやり取りを冗談と受け取った老紳士は、その様子を微笑ましげに見ていた。


「これはまた、商人とは思えない程過激な発言ですな」

「まあ、元々商人になりたい訳じゃ無いからな」

「ほう、そうなのですか。てっきり商人を目指して来られたのかと思ったのですが」

「商人志す奴が全身ローブで隠した怪しい格好なんてしないだろ」

「自覚はあるんだね…」

「黙れ」


 横から不要な事を言うカーラッツを一言で沈黙させ、『食屍鬼』に視線を戻す。

 相変わらず敵意丸出しでレイを睨む『食屍鬼』は威圧的だが、脅威には感じない。恐らく実力で考えるなら横に控えているミクォラ…もとい、孤高の戦士ブラックセイバーでも余裕で対処出来るレベルだろう。


「おい、ちょっとあそこに居るーー」


 隣に座るブラックセイバーに排除命令を出そうとしたその時だった。レイが目を逸らしたその一瞬で、『食屍鬼』から発せられていた殺気が消え失せたのだ。

 突然消えた気配に急いで視線を戻すと、其処には人の姿は消えていた。


(消えた?逃げたか?…いや、違うな)


 あれだけ殺気立てて襲う気満々だった『食屍鬼』が何の前触れも無く逃げる筈が無い。

 考えられるのは唯一つ。レイが注意を逸らした隙を突いての奇襲。

 レイがその場で魔力感知と地形探知の魔法を発動してレーダーのようにすると、案の定人混みに紛れてレイに接近する魔力の反応が一つ。


 そしてレイが位置を把握した次の瞬間、人混みの隙間から獣のような動きで飛び出した『食屍鬼』がレイ目掛けて突撃して来た。

 手を伸ばして頭を鷲掴みにする勢いで向かって来るのに対して、レイは首を横にして躱しながら前に体を倒す。

 そうしてカウンターの如く手を『食屍鬼』の顔の前に持って行く。中指の先を親指で抑え、弾くようにして額にぶち当てた。


 身体強化したデコピンが『食屍鬼』に炸裂。バチンッ!と音を立てて文字通り弾き飛ばされ、人混みの上を越えて元居た場所へと消えて行った。


「……す、凄い」


 たった二、三秒。殆ど何が起こったのか理解するまでの間に起こった出来事。そして終わってから理解したその内容を思い出して、ルクセウスはそれ以上の言葉が出なかった。

 老紳士も表情には出ないが若干目を見開いているし、カーラッツに至っては口を開けて呆然としていた。


「あの…今、何をしたんだい?」

「見て分かるだろ」

「いや、見たは見たんだけどさ。指一本で人が弾き飛ばされたっていうおおよそ信じられない光景だったもんだから…」

「安心しろ、お前の目は正常だ」

「いやいやいやいや!どうやったら人が指一本で飛ぶんだよ!?意味分からないんだけど!?……って、どうかしたのか?」


 レイの様子がどこか上の空なのを察してカーラッツが問い掛けるが、レイはそれに答えない。

 その視線は向かいの建物の間にある路地、先程『食屍鬼』が飛ばされて行った所に向いていた。


「ま、まさか、もう戻って来たとか!?」


 吹き飛ぶ程の強烈な一撃を受けても尚、こんな短期間で復活して戻って来たのかと怯えるカーラッツだが、路地からは人の姿は見えない。


 当然レイからもその姿は見えない。魔力の反応的にも路地の数十メートル奥で転がっているのが丸わかりだ。


(あれは……)


 思い出すのは先程の『食屍鬼』の攻撃。具体的にはレイに伸ばされた手に、レイの意識が集中する。


「……面白い」

「え?」


 レイは小さく呟くと、訳が分からない様子のカーラッツを置き去りにして立ち上がる。


「お前等、暫く店番頼む」

「あ、ちょっと!?」


 カーラッツとブラックセイバーを店に残して、レイは一人店を飛び出した。

 人混みを抜け、建物の間にある路地に入る。表通りとは全く違うジメジメした雰囲気と、カビの臭いやアンモニア臭のような嫌な臭いを風で払いながら進んで行くと、その奥に転がる『食屍鬼』の姿を見付けた。


「ゔ……グゥゥ…!」


 デコピンとはいえ、身体強化までした強烈な一撃を額に受けている。下手すれば脳にも衝撃が届いているかもしれないが、思ったよりも『食屍鬼』は元気だった。今も呻き声を上げながら何とかして立ち上がろうとしている。


「…随分と元気そうだな」

「ッ!!」


 レイの存在に気が付き急いで起き上がろうとするが、ダメージは確りと体に残っているようでノロノロとした動きになっている。

 今なら簡単な初級魔法でもその命を摘み取れるだろう。だが、今のレイの目的はそれでは無い。

 故に手出しはせず、鈍い動きで体勢を起こそうとする『食屍鬼』を見下ろしながら淡々と喋る。


「お前が何でそこまで俺に敵対心を抱くのかは知らないしどうでも良い。ただ、あまり店に奇襲を仕掛けられるのも迷惑だ。だから面倒になる前に衛兵に捕まえさせるか、それが無理ならバレないように始末してしまおう。最初はそう思っていた」


『バレないように始末』という辺りから『食屍鬼』の警戒が強くなったが、レイは気にせず続ける。


「だけど、少し気が変わった。お前のリベンジマッチを受けてやろう」


 その言葉に今度は怪訝そうな意味の警戒を見せつつ、『食屍鬼』は体を起こして話を聞きつつレイの隙をうかがう。

 レイもそれには気付いてあり、いつでも対応出来るように備えながら話を進める。


「とはいえ、俺にも別の目的がある。そう長い時間相手をしている暇は無い。だからーー」


 レイは指を三本立てた。


「三十秒。その時間以内にお前が立ち上がれなくなるまでは相手をしてやる。その間は俺もお前を殺さない。気絶させるくらいはするかもしれないけどな」


 このルールならレイの好きなタイミングで終わらせる事が出来る。要は飽きたら全力でフルボッコにすれば良いのだから。


「勝負は一日に一回だけ受け付ける。それ以外で攻撃して来たら問答無用で殺す。要は一日一回お前がボコボコになるまで相手してやるって事だ」


 見下されながらの説明は子供である『食屍鬼』には実に腹立たしいものだったが、そのムカつく顔を殴るチャンスが得られるのであれば望むところだった。

 それにレイの提示したルールだが、『食屍鬼』は心の奥底ではそんなものを守るつもりは無かった。所詮は相手が勝手に言っている事。その気になればあっさり破って攻撃を仕掛けるだろう。

 それが本当に殺される事になる行為であったとしても、今の『食屍鬼』はそうなる前にブチのめせば良いと短絡的な事を考えていた。


 しかしそれを見越したかのように告げられた次の言葉で、『食屍鬼』の思惑は一瞬にして破壊されてしまった。


「言っとくが殺すのはお前だけじゃ無い。お前と協力している子供達も漏れなく始末する」

「ッ!?」


『食屍鬼』の両目が見開かれ、表情は驚愕に染まる。


「気付かないとでも思ったか?まあ、バレないようにお前が派手に暴れたんだろうけどな」


 あの時の『食屍鬼』は飽くまでおとり。周囲の目を一ヶ所に集める為の派手な陽動。本命はその裏でコソコソと露店の食べ物を盗んでいた別の子供達の方だった。

 レイが気付いたのは殆ど偶然に等しい。だが最初に気付けば後は簡単だ。探知魔法等を併用して探れば、疚しい事をしようとしている子供の一人や二人、簡単に見付けられる。


 但しその数が十人以上居た事には少々驚いた。それも分散して多くの店からほんの少しずつ盗んでいるので、全体から見ればそれなりの数でも、一つの店としての損失は精々果物一、二個程度に抑えられている。

 これによって彼等子供達が大人数で行動していると思わせないようにミスリードしつつ、周囲からはただのスラムの子供が盗みを働いているようにしか見えないようにしているから衛兵が動く危険性を減らせる。

 唯一危険な役回りの『食屍鬼』はその身体能力で衛兵を撒いてしまえるだけの実力を持っているから、街の全兵力を駆使しない限り捕まる事は無い。

 こんな事が組織立って行われているのだとしたら、このグループにはそれなりに頭の回る者が居るのだろう。


 だがそんなグループだろうがレイの敵では無い。既に探知を続けて居場所は把握している。反応も覚えたから場所を変えようが直ぐに分かる。


「ここまで言えば分かるだろうが、お前に拒否権は無い。ルールを破ればお前も仲間も死ぬだけだ。逃げても直ぐに見つけ出せるから、下手な真似はしない方がそっちの為だ」


 普通ならそんな事を言われても完全には信じられないだろう。しかし実際にレイには可能だったし、『食屍鬼』もレイの実力を目の当たりにして、それが本気で言っている事であると直感で判断した。


 最初はリベンジとして倒せればそれで良いと思っていたが、今となってはそれでは甘い。自分の為にも、仲間達の為にも、この危険人物(レイ)は今日、ここで殺す。いや、殺さなければならない。そんな感情が『食屍鬼』の全身を覆い尽くして行く。


「さてと、説明も終わったし、そろそろ始めるか」


 レイがそう言い終わると同時、感情に突き動かされるかのように、『食屍鬼』が地面を蹴った。


 一歩目から一気に加速してレイに迫る。狙いは首。引き裂いても掴んで締めても、楽に殺す事が出来る。

 長年スラムでの荒事から得た経験からそこを選び、首に真っ直ぐ手を伸ばす。


 それに対してレイは迫って来た手を片手で払うと、カウンターで回し蹴りを食らわせた。

 それを頭にモロに食らい倒れ伏す『食屍鬼』に、更に踏みつけるように追撃を加えるが、これは転がって回避され、ドンッ!という強い衝撃音が地面から上がった。


 距離を離す事に成功した『食屍鬼』は、その場を動かないレイに注意を払いながらも体を起こした。

 しかし先程のように突撃はして来ない。獣のように低い体勢のままレイの隙を窺っている。


「どうした?もうやる気無くしたか?」

「ッ!!」


 しかしレイからの挑発じみた言葉に一瞬にして怒りが沸点を突破。またしても同じように真っ直ぐ突っ込んで行った。そしてまたしてもそれをレイが迎撃して打ち倒す。


 そんなやり取りを数度繰り返す頃には、『食屍鬼』は立っているのがやっとの状態になっていた。

 立っているだけでも体がフラついて、何もしなくてもその内倒れそうなのを、ギリギリの状態で保っているような感じだ。


「んじゃ、今日の所はそろそろ終わりにするか」


 終わりにする。それはつまり、今からレイが『食屍鬼』を戦闘不能にするという意味だ。

 それを即座に理解し迎撃体勢に移ろうとした『食屍鬼』だったが、そうしようとした瞬間には、既にレイのボディーブローが直撃していた。


「グッッハッ…!?」


 内臓が口から出てしまいそうな苦しみにひるむ『食屍鬼』に、レイは流れるように側頭部を殴り付ける。

 更に倒れた『食屍鬼』に今度こそストンピングを決め、一瞬浮き上がった体を上へと蹴り上げ、そして落下直前の『食屍鬼』の足を掴んで地面に叩き付けた。


「ガハァッ!!」


 全身をしたたかに打ち付けた『食屍鬼』は、肺の中の空気を吐き出し、そして気を失った。


 レイはそれを見下ろしてカウントを始める。

 一…二…三…『食屍鬼』が気を失ったまま、時間だけが過ぎて行く。カウントが十を超えても『食屍鬼』はまだ目覚めなかった。

 更にカウントが進んで行き、二十を数えた時だった。『食屍鬼』の意識が戻ったのだ。


 自分が倒れている事を察して立ち上がろうとするが、ダメージが溜まった体は碌に言う事を聞かない。時間を掛けて何とかうつ伏せになった時には、カウントは既に二十八を数えていた。


 そして、三十秒が経過した。


「時間だな」


 そう言ってレイは身をひるがえす。


「今日はここまでだ。明日の相手をしてやるまでに襲い掛かって来たら、お前とその仲間達を一人残らず根絶やしにするからそのつもりでいろ」


 倒れ伏す『食屍鬼』にそう告げて、レイは店へと戻って行った。

 残された『食屍鬼』は一人横たわったまま、去り行くレイの忌々しい後ろ姿を見る事しか出来なかった。

──おまけ──


「あ、あの…これ、幾らで…」

『殺ス』

「ヒィッ!」

「……何やってんだよ」


戦闘後にレイが露店に戻って来た時の一コマ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ