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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
52/56

喧騒と注目の露店

「クソッ!」


 ドンッ!と強く机を叩く音が部屋に響き渡る。

 マコドット商会の会頭マコドットは自分の商会の収支報告書を見て苦々しい顔をしていた。報告書を握る手の力が強くて紙がクシャクシャになっているが、それも気にならないくらい頭に血が上っていた。

 その理由は語るまでも無く、商会の収入が落ちている事である。というのも街一番の商会であるマコドット商会は、領主の屋敷からの取引も行なっていた。

 街一番という肩書きは伊達では無く、だからこそ領主と取引出来るだけの財力と実力を持っていたのだが、その売り上げがここ最近、少しずつ下がって行ってるのだ。

 そしてそれは領主館のみに留まらず、今では名の知れた飲食店等からも取引が減っている。その金額は最早無視出来ない額に達しており、このまま上昇を続ければ、経営が赤字になってしまう事も十分あり得る。

 それは何よりマコドット自身のプライドが許せなかった。街一番の商会である自分の商会が何者かによって不利益を被る事が、自分の商会の商品よりも他の商会の物を買われる事が、マコドットの自尊心に傷を付けたのだ。


 思えば最近良い事が無い。仕事中に急に意識を失ったかと思えば、今度は売り上げの低下と来たものだ。立て続けに起こる悪い出来事に、マコドットはストレスを、その腹に溜まった無駄な脂肪のように溜め込んで行く。

 尚、その原因がどちらも同じ人物である事を、マコドットは知らない。


「それで、原因は突き止められたんだろうな!」


 凄むようにそう言われ、向かいに立っていた商会の事務員の方が跳ねる。

 最初に売り上げの低下があった時は部下の怠慢と思っていたマコドットだったが、こうも連続して低下が続くと只事では無いと気付いたようで、ここ数日前から原因の調査を命じていたのだ。

 そしてそれを報告する事になったのが偶々今この場に報告に来ている事務員だった事は、当人にとっては実に不運な事だっただろう。こんな頭に血が上っていつ怒りが爆発するか分からない上司の相手をしなくてはならないのだから。


「は、はい!どうやら最近、領主館の使用人が懇意にしている露店商がいるらしく。恐らくはそれが原因と思われます」

「露店商だと?フンッ!適当に持ち寄った物を売る事しか出来ない癖に出しゃばりやがって。一体どこの間抜けだ?」

「それが…」


 何と説明したら良いのか考え、言い淀む事務員だったが、それは今目の前にある火に油を注ぐ行為だ。


 僅か数秒で痺れを切らしたマコドットがダンッ!と再び机を叩いた。


「どうした!さっさと言え!」

「はいっ!じ、実は、商売をしている者は全身を黒いローブで隠していまして、その素性までは明らかになっていません」

「何だと?貴様、適当な事を言って誤魔化している訳じゃ無いだろうな」

「ち、違います!本当にそう報告が入っているんです!」

「…そうか」


 必死になって弁明する事務員を見て漸く嘘では無いと納得し、一先ず椅子に座り直す。


「それにしても…ローブだと?ふざけてるのか?」


 態々素性を隠してまで商売をする理由が、マコドットには思い付かない。ましてやそれが殺傷沙汰になっても身バレしない為だなんて、夢にも思わない。


「それと、その露店には店主とは別に、以前ウチで商品を買おうとした商人が居ました」

「何?そいつの名前は?」

「カーラッツという名前だそうです」

「カーラッツ…聞き覚えの無い名前だな。まあ良い。覚えていないという事は、その程度の相手だったという事だ」


 これまで多くの人と商売をして来た、寧ろ商売こそが日常のマコドットには、商談をした相手には心当たりがあり過ぎる。

 だから上客ならまだしも、露店を開くような程度の低い者の名前など一々覚えてはいないのだ。…決してしこたま殴られた影響でカーラッツに関する記憶まで飛んだ訳では無い。


「だが、そうか。そういう事か」


 カーラッツという名前に聞き覚えは無い。聞き覚えが無いという事は、その程度の人物だったという事。そしてそういった人物が辿る結末は、騙されて金を搾り取られるのみである。

 そこから考えれば、身を隠している方の素性もある程度は想像出来る。


「雑魚の分際で俺の商会に刃向かおうとはな。本当にふざけてやがる」


 騙された恨みで露店商が商会に楯突こうとしている。マコドットはそう判断した。

 カーラッツは兎も角レイは騙されていないのだが、商談が失敗しているという意味ではあながち間違えていないから微妙なところである。レイが聞いたら間違い無く否定しそうだが。


「どうされますか?」

「どうも何も、俺の商会に被害を出したんだ。潰すに決まっているだろう」


 雑魚とはいえ、己のプライドに傷を付けた者を野放しにしておく事は出来ない。


「あいつ等に連絡しろ。邪魔な虫を叩き潰せとな」

「分かりました」


 事務員が一礼して部屋を出て行く。残されたマコドットは椅子の背もたれに体を預けて暗い笑みを浮かべる。その頭の中では既に、敵対者は潰されたものとなっていた。


 ーーー


 所変わって、街の通りでは数多く並ぶ露店に混じって、いつものようにレイが露店を開いていた。

 その一見怪しげなすがたであるの黒いローブも既に日常として受け入れられ、通りを歩く人々も一切レイの格好に疑問を抱かずに素通りしていく。

 しかし今回はレイとは別の存在が人々の注目を集めていた。レイの隣に立つそれは白銀の全身に刺々しい黒の装飾を施された全身鎧に身を包んでいて、言ってしまえば特撮もののヒーローかロボットアニメに出てくるロボットのような見た目をしていた。背負っている身の丈に迫る大剣が、その存在感をより大きな物にしている。


 そんな存在が腕を組んで仁王立ちしていれば、否が応でも注目を集めてしまうだろう。そんな中で唯一普通の格好をしているカーラッツなどは実に居心地の悪そうな顔をしていた。


「………いや、何これ」


 それがカーラッツの抱いた率直な感想であった。

 漸くレイの異常さに慣れて来たと思えば、今度はド派手な全身鎧のご登場。最早商人の格好ですら無い、完全な戦士の格好である。商売する気あるのかと全力で言いたくなった。

 しかもそんななりをしていても、店にはいつも来ていた常連の客がちゃんと来るのである。正直言って、カーラッツの商人としての常識は粉々に打ち砕かれたと言って良いだろう。その時のカーラッツは死んだ魚のような目をしていた。


 そして今、漸く意識が現実に回帰したカーラッツの台詞がさっきのあれである。


「何って…何の事だ?」

「いや分かるだろ!?何で店に全身鎧の人が居るんだよ!第一その人誰!?」

「何だ。やっぱ気になってたのか」

「当たり前じゃないか!どう考えたらそう思うんだよ!」

「だってお前、連れて来た時に何も言わなかっただろ」

「それは聞く前にどんどん話が進んじゃったからだよ!」


 レイが全身鎧の人物を連れて来た時、カーラッツは驚きつつも誰なのか聞こうとした。

 しかしそこに割り込むようにしてお客が来てしまい、その後は常連を打ち砕かれて呆然としていて、我に帰ったのがついさっきの事である。つまり聞きたくても聞けなかったのだ。


「それで?結局そっちの人は誰なのさ」

「あぁ、俺の家に居候してる、孤高の戦士ブラックセイバーだ」

「…孤高の戦士が居候っておかしくない?」


 居候している時点で既に孤高では無くなっているのだが、ぶっちゃけると即興で考えた名前だから色々とおかしいのは仕方ない。

 既に大半の人は察しているだろうが、この鎧の中身は何て事無いただのミクォラである。そのままの格好だと威圧役にならないどころか余計な面倒事まで引き寄せかねないので、それを予防しつつ威圧役として機能するように仕立て上げたのだ。

 ちなみにミクォラが着ている鎧はレイの手作りだったりする。武器を作っていた過程で興に乗って、武器に合う鎧を自作した後に鎧立てに飾り付けて等身大フィギュアのようにしていた物だ。

 凝った見た目に違わず高性能で、鎧の中は常に適温に保たれており、動きを阻害しないように関節部は摩擦を軽減していて、更にはパージで一瞬で鎧を脱ぐ事も出来る。

 恐らく売れば金貨数十枚は下らない代物だろう。尤もこの街では現在武具の売買が禁止されているから出来ないのだが。


「まあそういう訳で、怪しい奴じゃ無いから安心しろ」

「怪しい格好してる人にそう言われても説得力が無いんだよなぁ…」


 とはいえ、一応共に商売する仲間ではあるのだから、挨拶くらいはしておいた方が良いだろう。

 カーラッツは鎧を纏ったミクォラ…もとい孤高の戦士ブラックセイバーの方を向くと、にこやかな笑みを浮かべて握手をする為に手を伸ばす。


「カーラッツと言います。宜しくお願いしますね、ブラックセイバーさん」

『死ネ』

「………」


 地獄の底から聞こえて来るかのような声での殺す宣言に、カーラッツは手を伸ばしたまま固まる。処世術として作った笑顔のまま、口角だけがヒクついていた。


「良かったな。今は機嫌が良いみたいだ」

「いや、死ねって言われたんだけど」

「今のこいつは鎧に搭載した機能で『死ネ』か『殺ス』しか言えないんだよ」


 幾ら鎧だけ取り繕っても、ミクォラの透き通った声で喋られてしまっては意味が無い。よって威圧する意味も込めて、レイが後付けで搭載したものである。

 流石に朝、家を出る前のほんの僅かな時間で準備したから、完全に声に連動させるには時間が足りないので適当に二つの言葉を組み込んだのだ。


「なんて物騒な二択。普通に『はい』か『いいえ』じゃ駄目だったのかい?」

「こっちにも色々と事情があるんだよ」


 実際にはそんな大層な理由は無く、語彙の選択にも他意は無い。単に威圧的な言葉にする為に『死ネ』にした結果、相対的にもう一つも似た感じにする為に『殺ス』にしただけである。

 しかしそんな事も当事者では無いカーラッツには分かる筈が無く、一体どんな事情なんだよと思うばかりであった。


「ところで、この人を連れて来たって事はやっぱり…」

「あぁ。またあの時みたいに露骨に騒ぐ奴が来ないように、威圧役として連れて来た」

「まあ確かに、牽制には良いかもしれないね」


 その分普通の客も寄り付かなくなりそうだが、それはレイがいる時点で最早避けられないだろうからそれ程問題では無い。

 それにブラックセイバーが居ようが常連客はちゃんと来る事は先程証明されている。ならばカーラッツの方からは何も言う事は無い。いや、細かい文句なら言い切れないくらいあるのだが、どうせ言っても聞かないから言わないだけである。


「これで難癖付ける奴も来なくなるだろ。これで来る奴は余程の馬鹿か命知らずだけだ」

「おいオメェ等!随分と儲けてるみてえじゃねえか!」

「俺達にも分けてくれよ!」

「……来やがったよ。馬鹿か命知らずが」


 来ないと思われた矢先に現れた二人の男。二人共一目で分かるくらい大柄で、全身の盛り上がった筋肉を見せびらかすようにタンクトップを着た、厳つい顔のスキンヘッドだった。顔付きも似ているから兄弟かもしれない。


「お前等、たかるならもっと人の並んでる場所行けよ。ここより客来てる店なんて一杯あるだろうが」

「ハッ、とぼけたって無駄だぜ。この店には高え飯屋の連中が毎日買いに来てるそうじゃねえか。そんな奴等に食い物売り付けておいて、稼いでねえとは言わせねえぞ」


 したり顔で言う男にレイは向かい合うーー事はせずにカーラッツの方を向く。


「そんな奴来てたか?」


 突然話を振られたカーラッツはギョッとするが、当のレイは本気で尋ねている。このままでは話が進まなそうなので、男達とレイに視線を行ったり来たりさせながらも質問に答える。


「えっと…毎日来てたって事は、いつも来ている常連さん達の事じゃないかな」

「あぁ、その辺の奴等よりも身形が良いから裕福なんだろうとは思ってたけど、飲食店の従業員だったのか」

「あれだけ食べ物を買い込んでいれば、大体は想像出来ると思うけどね」

「そうか?その辺の大地主がパーティー用に買い込んだだけかも知れないし、断言は出来ないだろ」

「地主って…この街は全部領主様の所有だよ」

「でも街にだって勢力は存在するだろ?あいつ等の一度に買う量を考えれば、精々小規模、家族とその身辺がやっとだろ。街一つ統治する貴族のする事じゃ無い。となればーー」

「テメェ等…!」


 自分達を無視して行われる会話に青筋を浮かべる男達。遂には痺れを切らしてレイのローブを掴み上げた。

 暴力沙汰一歩手前の状況に、周囲も騒然となる。


「さっきからゴチャゴチャ言いやがって!良いからさっさと有り金寄越せっつってんだよ!」

「あぁ、そういえばそういう話だったな。くだらな過ぎて忘れてた」

「ッ!テメェ、おちょくんのも好い加減にしろよ。俺達ドミケス兄弟を敵に回してただで済むと思うな」


 凄まじい怒り形相を向けるドミケス兄弟の片割れ。隣の相方もまた苛立ちを態度に表してレイを睨んでいる。

 その様子にミクォラが介入しようと立ち上がるが、それよりも早くレイが口を開く。


「お前等の事なんて知らないしどうでも良い。…けどな、俺に敵対するって言うのならーー当然、死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」


 突然変わったレイの雰囲気にたじろぐドミケス兄弟。後ろのカーラッツも、周囲の野次馬もそれを感じ取って静まり返る。

 そしてレイが右手に風を纏い、それを振り抜こうとしたその時、遠くの方が一気に騒がしくなった。


「『食屍鬼グール』だ!『食屍鬼グール』が出だぞ!」

「……グール?」


 この街に来て初めて聞く単語。ゲーム等では主に人を食らう化け物として描かれる存在の名前を聞いて、レイは再びカーラッツを見る。


「おい、この街には魔物が進入するのか?」

「えっ?魔物?」

「だって今グールって言ってたぞ」


 レイの問いに首を傾げたカーラッツだったが、直ぐに得心して問いに答えた。


「あぁ。『食屍鬼』は魔物じゃ無くて人間だそうだよ」

「人間?」

「そう。聞いた話だと、神出鬼没で、急に現れては悪さをするそうなんだよ。人や家畜を襲ったり、街の物を壊したりするらしい」

「やってる事は完璧に魔物だな」

「噂じゃあ、人間の死体を食べていたなんて話もあるそうだよ。だから『食屍鬼』だとか、『共喰い』とか呼ばれているんだってさ」

「うわぁ…」


 人の死体を貪る悪魔のような形相の人間を思い浮かべて顔を顰める。


「しかしおかしいな。最近は農業区の方に出没していた筈なのに」

「活動場所を移したんだろ?全くもって迷惑だな。近くで暴れられるこっちとしては堪ったもんじゃ無い」

「そうだね。ところでさ……いつの間に抜け出したの?」


 気付けばドミケス兄弟の片割れにローブの上から胸倉を掴まれていた所からカーラッツの直ぐ隣に移動していたレイに率直な疑問をそれとなく尋ねる。

 近くでドミケス兄弟が急に手元から消えたレイに驚いているが、レイやカーラッツにミクォラ、そして『食屍鬼』騒ぎに意識が向いた周囲の人々にすら物の見事にスルーされていた。


「ついさっき、あいつ等が喧騒に気を取られていた隙にな。それより、なんか騒ぎが近づいて来てるな」

「え?ってことは…まさか…!」


 思いたく無い、しかしそうとしか思えない嫌な想定に顔が青()める。それでもひょっとしたら自分の勘違いかもしれないという一縷いちるの望みに賭けてレイを見るが、それはレイの首肯によって完全に砕かれた。


「まあ十中八九こっちに来てるんだろうな。『食屍鬼』が」

「えぇ〜〜〜!ど、どうしよう!今からでも逃げた方が…」

「もう遅い」


 既に喧騒は直ぐ近くまで迫っている。それは今居る露店から数軒先の露店の屋根が崩れる様を見て理解していた。

 そしてそれをやらかした張本人は崩れ行く露店を通り過ぎ、乱雑に立ち並ぶ人の合間を縫うように駆け抜ける。


 そうして近付く事でレイの目に映るようになったそれは、ボロボロの服を身に纏い、荒ぶる獣のような形相をした子供の姿だった。


「…………」


 先程想像した悪魔のような見た目とはかけ離れた容姿に一瞬見間違いかと思ったが、他に騒動を起こしている者は見当たらない。

 実際に周囲の注目はあの子供に集まっているし、子供に接近された者達は皆驚き、恐怖におののいている。


「…おい、あれが『食屍鬼』なのか?俺にはスラムの子供にしか見えないんだけど」

「うん。実際そうだからね」


 カーラッツが言うには、『食屍鬼』とは今レイ達の店に接近している獣じみた動きで疾走するボロ布を纏った子供が、路地裏で人の死体を貪り食っていた所から付いたものらしい。

 そこから噂に尾鰭が付いて、今では悪い子は『食屍鬼』に連れ去られて食べられてしまうなどと言われているらしい。


 これを聞いたレイが『そういうのは異世界でも変わらないんだな』と思ったりしたが、今はそんな関心よりも目の前の脅威である。

『食屍鬼』と呼ばれる子供は派手に暴れながら素早く移動している。その被害は周囲の人だけで無く、その近くの露店にまで及んでいる。そしてこのペースで行けば、レイの居る露店にも被害が及ぶ事は想像に難しく無い。


 だからレイは迎撃の為に動く。直ぐ横でドミケス兄弟がレイに向かって喚いているが、やはりスルーされる。

 案の定、『食屍鬼』と呼ばれる子供は露店に近付いた途端、狙い澄ましたかのように露店に突っ込んで来た。


「ウガアァァァ!!」


 獣のような雄叫びを上げて飛び上がり、腕を振り上げる攻撃のモーションを取った。狙いは露店の屋台骨。そこを攻撃して柱をし折るつもりらしい。


「おいコラ!無視してんじゃ無え!」


 レイは横合いからもう一度掴み掛かろうとしたドミケスの手を避けるように一歩『食屍鬼』と呼ばれる子供の方に踏み出して接近すると、ドミケス兄弟を攻撃する為に風を纏っわせていた手で掌底を食らわせた。

 それと同時に手に纏っていた風が解き放たれて大きく吹き荒れる。それはレイの手を起点として子供の体に大きな衝撃を与え、その力でもってその体を上空に打ち上げた。


「グッ、ガァァァァァァァ……」


 打ち上げた子供は乱回転しながら宙を舞い、向かいの建物の向こうへと姿を消した。


 その光景を、この場の誰もが目にしていた。群衆も、近隣の露店商達も、カーラッツも、そしてたった今レイに掴み掛かろうとしていたドミケス兄弟達も。レイの強さに慣れているミクォラを除いて、皆驚きの表情でレイを見ていた。

 特に目の前でそんな馬鹿げた威力の攻撃を目の当たりにしたドミケス兄弟は、目が飛び出そうな程驚き、口をあんぐりと開けてレイを見ている。

 自分達が何に喧嘩を売っていたのかを漸く理解した様子で、全身から冷や汗をダラダラと流していた。


「さて、と」


 フードに隠れたレイの顔がドミケス兄弟に向く。見えない筈なのに目が合った気がして、二人の肩がビクンと跳ねる。


「お前等、なんか言ったか?」

「い、いやぁ!何でも無えよ!」

「そうそう!気にしないでくれ!」


 ここで噛み付いたら殺される。本能的な部分でそう理解したドミケス兄弟は先程までの態度を一転。無理矢理貼り付けたような笑顔で返答した。


「じゃあ俺達はこれでーー」

「あぁちょっと待て」


 早い所目の前の危険な存在から離れようとした所で、当人から声が掛かった。

 その場で立ち止まって振り返る。当然顔はフードに隠れて見えないが、そこから感じる雰囲気に背筋が凍る。


「今回は見逃してやる。けど次は無いぞ。もしまた俺にちょっかい掛けるようなら…その時は問答無用でぶっ殺すから、覚悟しとけ」

「ひ、ヒィィィィ!!」


 殺気と共に凄まれ、ドミケス兄弟は情けない悲鳴を上げて逃げて行った。


 それを見届けたレイは殺気を収めると、ゆったりとした動きで元居た場所に戻り、どっかりと座り直す。そしてリラックスするように楽な姿勢を取って溜め息を一つ吐いた。


「お疲れ様です」


 聞き覚えのある声に頭を上げると、そこにはレイの店に最初に来た客の老紳士と、そのお供のルクセウスが立っていた。

結局ミクォラが仕事していない件については触れてはいけない。

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