お得意の客と怪しい客
明けましておめでとうございます。
本年も頑張って書いていこうと思いますので、拙い作品ではありますが、どうぞよろしくお願いします。
というわけて新年初投稿です。
レイが商売を始めて数日が経過した。
相変わらず客の少ない状態ではあるが、それでも数日が経つと少ないながらも購入してくれる人が出るようになった。
他の店と比べて値段は高い上一切値切り交渉に応じないが、その分圧倒的とも言える程品質が良いレイの野菜は、飲食店関係者からすれば実に良い品だったのだ。順調に売上が増えている事に、店を仕切るレイの気分は明るい。
「それは良いんだけどさ、一体いつまで俺の店を占拠してるつもりだい?」
額に青筋を浮かべながら、元露店商の若者がレイに尋ねる。
「……え?」
「え、じゃ無いよ!もうかれこれ数日間ずっとこの調子じゃないか!もう良い加減店を返してくれよ!」
麦一袋で店を使わせる約束はしたが、てっきりその日限りだと思っていた若者。
それが今になっても続いていて、最初は冗談だと思っていた乗っ取り発言が今頃になって現実味を帯びて来たのだ。
「そうは言うけどな。俺は店を使わせて貰う約束はしたけど、その期間については何も言って無いんだよな」
「……え?」
激情が一瞬にして一転。嫌な予感が過ぎり、顔から血の気が引く若者。彼にとってその予感はつい最近にも感じた覚えがあった。具体的には丁度数日前、目の前の黒ローブの人物と話していた時に。
「それって、つまり…」
「ああ。どれだけ長い期間俺がこの店を使っていようが、お前に咎められる謂れは無いって事だ」
「そんな…」
膝から崩れ落ちそうになるのを、両手を膝にやって何とか支える。この足元から崩れて行く感覚は、やはり目の前の黒ローブの人物と話した後、取引をした筈の商会に騙されていた事を知った時と似ていた。
このままでは完全に店を乗っ取られてしまう。あれ程痛い目を見て学んだ筈なのに、全てを失った絶望感ですっかり忘れてしまっていた。
とはいえこうして店を使わせてしまっている以上、今更無かった事には出来ない。期間という制約が無い以上、それを止める事はもう出来ないのだ。
「ん?待てよ。それって俺からも同じ事が言えるんじゃーー」
レイとした取引は簡潔に言って『麦一袋で店を使わせる』というものだ。仮に若者の商品が届いたなら、直ぐに店を返すという条件も付けて。
だがそこに期間が決められていない以上、彼の方からでもいつでも契約を打ち切れるのでは、という抜け道に気づいた瞬間、その首筋に刃が添えられた。出所は勿論レイの手から。どこから取り出したのか、いつの間にか細身の剣がレイの手に握られ、それが若者の首筋に向かられていた。
「何か、言ったか?」
首筋から伝わって来る鉄のひんやりとした冷たい感覚が、『余計な事は喋るな』と言っていた。
そして遅れて思い出す、初日にレイが言っていた人殺し発言。
「……いえ、何でも無いです」
「分かれば宜しい」
まるで最初から無かったかのように一瞬で剣が消え、元通りに座り直すレイ。
若者はまだひんやりした感覚が残っている首元を触り、ちゃんと首が繋がっている事を確認する。触った後の手を見ても血は付着しておらず、代わりに大量に流れた冷や汗がべっとりと付いていたのを見て苦笑する。
その心境を一言で表すのなら『あっぶねえぇ!!』が適切だろう。最近毎日のように近くに居たからか、それによって格好による怪しさに慣れて来ていた所為で目の前の如何にも怪しい人物が、いざという時に人を殺しても足が付き難くする為にこんな格好をしていた事を忘れてしまっていた。
後少し抜け道を進んでいれば、上から降りて来たギロチンに首を持って行かれていただろう。降りたギロチンで道が塞がれてしまったが、今は死ななかっただけマシだと半ば本気で思った。
そう、レイはその気になれば、こんな風にパワープレイに持って行く事も可能なのだ。
それならこんな事をしていないで傭兵なり何なりすれば良いだろうと精霊達にも言われていたが、何やら意地になっているレイはそんな言葉に一切耳を傾けず、こうして今日も商人の真似事をしていた。
なまじ利益が出ているのだから質が悪い。何の利益もなければ流石に諦めて別の道を探していたかもしれないが、中途半端に売り上げが出ている分、諦めがつかない状態になっているのだ。
「まあ目標金額を稼いだら直ぐにでも引き払うから、そう落ち込むなよ元露店商」
「今でも露店商だよ!それと俺の名前カーラッツ!良い加減覚えてくれ」
ここ数日なんども自分の名前を言わされて、カーラッツは疲れ気味でレイに頼む。それが叶わない願いだと分かっていても。
「それで、目標金額って幾らなんだ」
「最低でも銀貨百三十枚以上は稼ぎたいな」
「それいつになったら稼げるんだよ!今の稼ぎじゃいつになっても届かないじゃないか!」
今の所、レイの店の一日あたりの収入はおよそ銅貨十五枚程度。原価がタダなので収入はそのまま入るとして、数日の研鑽によって知り得た貨幣のレートである銀貨一枚で銅貨百枚程度として換算すると、銀貨百三十枚になるまでには軽く数百日は掛かる計算になる。
「最低でも一年以上は余裕で超えるな」
「そんなに掛かったら完全に店を乗っ取られてしまうよ!」
一年以上もレイが店の前に立っていたら、街の住人の記憶にも間違いなく残るだろう。ただでさえ怪しい格好でインパクト抜群なのだから、忘れるなという方が無理というものだ。
そして住人からそんな風に認識されてしまったら、それはもう乗っ取られているのと変わらない。街の人間にとっては、その店はレイの店であって、カーラッツの物ではないのだから。
そんな状態で店を返されてもカーラッツだって困るのだ。返すのなら、住人から変な認識が定着する前に返して貰わなければならない。
「マズいぞ。早い所何とかしないと…!」
カーラッツが戦々恐々としながらも乗っ取りを避ける為に思考を巡らせている横で、レイは目の前の客の相手をしていた。
レイの店はその品質もあって、少ないながらも継続的に買ってくれる客が存在する。今目の前に居る老紳士もまたその一人である。
「どうも」
「爺さん今日も来たのか」
「ええ。ここの商品は他に類を見ないくらい良い物ですから」
「俺からすれば、周りの店の品質が悪過ぎるだけだと思うんだけどな」
半分以上腐ってるような物でも平然と売るなんて、寧ろ売る側の頭の方が腐ってるんじゃないかとさえ思える。
「生活が掛かってるのは知ってるけど、自分達が売ってる物が人の口に入る物だという事を確りと考慮して欲しいもんだ」
「それはそれは…」
この街では、というかこの世界では寧ろレイの方が異端なのだが、そんな事を言って臍を曲げられても困る老紳士は、取り敢えず明言を避けつつ同調する感じの態度で話を流した。
「それで、今日は何を買うんだ?」
「そうですな…では、こちらとこちらと、後こちらも下さい」
「そうか。なら全部で銅貨八枚だ」
「こちらになります」
レイの値引きに一切応じない商売にも、老紳士は慣れた様子で料金を手渡す。
「まいど…ん?」
料金を受け取り枚数を確認した所で、視界の端に動く金色の何かが映った。
見るとそこには、老紳士の後ろに隠れるようにしてレイを見る金髪碧眼の少年の姿があった。
その少年はまだ十歳かそこらの年齢に見える幼い顔付きで、明らかに服に着られているような感じでスーツを着ている。
どこか怯えるような目でレイを見ていた彼は、レイと目が合った途端、直ぐに老紳士はの後ろに隠れてしまった。
「ああ、こちらは新しく雇った使用人です。まだ見習いですけどね」
隠れた少年に代わって、老紳士が彼の紹介をする。
そして老紳士が挨拶するように促すと、少年はおずおずと顔を出す。
まだ老紳士の服を強く握っているが、それでもどうにかレイに向かって躊躇い気味になりながらも自己紹介をする。
「えっと…ルクセウスと申します。…宜しくお願いします」
「そうか」
「………」
ルクセウスはそれだけ言うと、また老紳士の後ろに隠れてしまった。
「いやはや申し訳ありません。この子は能力は申し分無いのですが、少々気が弱い所がありましてな。こうして外へ出ればもしやと思ったのですが…」
「この様子だと効果は期待出来そうに無いな」
寧ろ逆効果かもしれないと思いつつルクセウスを見れば、思っている事が伝わったのか途端に俯いて目を逸らした。
「まあ俺がとやかく言う筋合いは無いか。精々頑張る事だな」
「ありがとうございます。では、私共はこれで失礼します」
そう言って老紳士は店を後にする。その後ろを付いて行くルクセウスは背後をチラチラと気にしながらも、先を行く老紳士に引かれるようにして去って行く。
そしてそんな二人と擦れ違うようにして、別の人物が店に近付いて来た。その者は十分に裕福そうな体格と服装をした、温和な笑みを浮かべた壮年の男だった。
擦れ違った二人に笑顔を向けながら横を通り過ぎた彼は先程まで軒を連ねる露店を流し見しながら歩いていたが、レイの姿を見るなり真っ直ぐに向かって来た。
そんな中、レイの耳元てエストレアが囁き掛ける。
「レイ様、お気を付け下さい。あのお方、何やら良からぬ魔力をしています」
人の魔力を感じ取り、その者の善悪を知る力を持つ精霊。その中でも特に負の感情に敏感である闇の精霊であるエストレアには、今近付いて来る男の魔力が悪しき物であると告げていた。
『そうか。分かった』
男に視線を向けたままエストレアに短く応え、話を区切った時には男は目の前に来ていた。
「ほう。随分と素晴らしい品々のようだね。何かオススメはあるかな?」
「……別に客に勧められないような物は置いてないんだけどな。強いて言うなら、全部オススメだ」
もし『オススメの品をくれ』と言われたならば、今店に並んでいる物から原因不明の買い取り拒否された刀剣まで売り付けるくらいにはオススメしているつもりだ。
尤も無い袖は振れないので、余程裕福そうな格好をしていない限り実行に移す事はないのだが。
「そうか。ならばこれで適当に見繕ってくれ」
そう言って彼は小さな袋を手渡した。レイはそれを受け取って中身を見ると、そこにはジャラジャラと銅貨が詰められていた。
その数二十枚。レイの一日の平均の儲けよりも高い値に、横で見ていたカーラッツはギョッと驚きを顔に出す。
「おう。ちょっと待ってろ」
しかしレイはノーリアクションでそう返すと、直ぐさま銅貨二十枚相当の野菜を見繕い、【アイテムボックス】からこっそり取り出した大きめの袋に入れて男に手渡した。
「はいよ」
「うむ」
男はレイから袋を受け取ると、両手で袋を抱えて去って行く。
その様子を見てレイは、再びエストレアに語り掛ける。
『エストレア。今からアイツの後をつけろ。決してバレないようにな。そして奴が何者なのかを確かめて来い』
「分かりました」
エストレアがレイの肩から飛び立つと、近くの暗がりの中に吸い込まれるように消えて行った。
その様子を見ていた他の精霊達は、命令を出したレイに尋ねる。
「レイ、確かに奴は妾達から見ても悪人の魔力をしておったが、そこまでする必要はあるのか?」
『あるな』
「その根拠は?」
『奴の見た目と態度。というか、あんな見るからに食うに困ってないような悪人がただの悪人な訳無いだろ』
裕福という事は、それだけ金を持っているという事。そして悪人が金を持っているという事は、それだけ多くの人間から金を巻き上げて来たという事だ。
そんな奴がまともな筈が無い。多くの人間を騙し、人の生き血を啜るような生き方をして来た悪魔のような人間だ。
『それにアイツは真っ直ぐ俺に向かって来た。途中まで軽く流し見る程度だったのに、俺を見た途端、周りには目もくれずにな』
「レイの野菜が凄かったんじゃないの?」
『…それについては否定しないけど、それなら俺の格好を見て驚かないのはおかしいだろ』
野菜に惹かれて来たのなら、その後にレイを見て何かしら反応を示す筈。
しかし先程の壮年の男には、そんな様子は一切見られなかった。まるで最初から分かっていたかのように。
「それもそうですね。どうしてかしら」
『さぁな。分かった事と言えば、奴が俺を目当てに来た事と、それが俺に対して探りを入れる為だって事だ』
目を見た時に読み取れた感情からは、侮蔑や警戒といったものは感じられなかった。
どちらかと言うと、レイが何者なのかを知ろうとするような感じ。つまりレイが何者なのかを判断する為にここに来たとも言える。それが何の為なのかまでは分からなかったが。
『ただ、悪人が俺に探りを入れて来た時点で、何かするつもりなのは明白だ』
レイが何者なのかを探るという事は、レイが不確定要素だったから。それに対処しようとした時点で、何かしら悪巧みしている事は確定である。
もし何もしようとして無いのなら、リスクを冒してまで探りを入れる必要も無いのだから。
「ああ。だから警戒してたんだね」
『まあな。金を持っている奴程、動く時は派手だからな』
大富豪などが行動を起こす場合、一回の出費で数百万もの金が動く事はザラである。そして行動を起こす為に費やした金額が大きければ大きい程、行動を起こした時の規模は大きくなる。
大企業が大きな取引をすれば、その企業の株価は大きく上昇するように。またそれに関わる企業にもその影響が出るように。
そして大金を持った悪人がその金の多くを使って悪事を行えば、場合によってはその被害は街全体に及ぶ危険がある。
『もし何かしら大掛かりな事をしようとしているのなら、行動に移される前に潰してやる』
別に街がどうなろうと構わないが、自分の商売の邪魔をされるのは我慢ならない。
だからもし大事件を起こしそうな兆候が見られたのなら、それが表沙汰になる前に消えて貰うというのがレイの腹積もりである。
『ついでに奴の財産を掻っ攫って、山羊の購入資金の足しにしてやる』
「……まさかとは思うが、それが目的では無いのか?」
『何を言ってる。本命は飽くまで邪魔者を排除する事で、その際に報酬代わりとして敵の財産を貰うだけだ』
「物は言いようだね」
『単なる事実だ』
尤も先ずは相手の情報収集が終わってから決める事。それまではいつも通り商売をしながら待つつもりだ。
レイはもしもの時はどうやって潰してやろうかと内心ほくそ笑みつつ、売上の銅貨をしまう。
事前に銅貨と袋に細工や魔法的な仕掛けが無い事は袋を受け取る前から確認済みであるのは、レイの疑り深さ故だろう。
「いやぁ、随分と気前の良い客も居たもんだな」
「そうだな…」
突然湧いた銅貨三十枚の儲けに呆気に取られるカーラッツ。先程の客が悪人だと知らない彼には、先程の客はただの美味しい商売に思えた事だろう。
勿論その裏で行われていた、客とレイの仄暗い探り合いなど知る由も無い。
「本当…知らない奴は気楽だよな」
「ん?何か言ったか?」
「気の所為だ」
ボソッと小さく漏れたレイの言葉は、街の喧騒に紛れて掻き消された。




