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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
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新たな欲求

お待たせしました

 グリューエンレーヴェの一件から数年が経ち、レイは十二歳になった。あれから身長も伸び、外見もやや筋肉質で男らしく成長しており、そして魔力量は以前よりも更に増えた。今ならヨダ村とハウバーグ間の【転移(テレポート)】を何度も往復出来るだろう。まぁあんな街に行く事なんて今後一生無いだろうが。


 そんなレイは今、木の上に身を潜めていた。視線の先には鋭く尖った角と筋肉で肥大化した脚を持つ鹿の魔物である。

 レイは手にした弓を構えて矢を番える。相手はまだ動いている為、狙うには少々実力が足りない。動きが止まるまで待つ。その間身動きは一切しない。呼吸も止め、自分の存在が自然と一体になるように努める。

 そして鹿が歩くのを止めて足元に生えた草を食べた所で、レイが矢を放った。キィィン!と風を切って飛んで行く音に鹿が反応して頭を上げたが、鹿が矢に気付いた瞬間には、首の付け根に矢が命中していた。衝撃と痛みで倒れる鹿に、新たに放たれた二の矢が襲い掛かり、頭を射抜かれた鹿は動きを止めた。

 それを見てレイは止めていた息を吐いて木から降り、鹿の死体に近寄る。息の根は完全に止まっていた。それを見てレイは手に持った弓を見ながら呟く。


「狙い通りに当たるようになって来たな」

「そうだね。初めて使った時は魔法の補助があっても全然違う所に当たってたもんね」

「ある意味奇跡的な当たり方をしてたのじゃがな」

「なんとでも言え」

「ニュフフ〜照れちゃって。レイってば可愛いなーーあぁぁ!?」


 耳元で変な事を口走るフラムを手刀で軽く叩く。それでも手のひらサイズの精霊は羽虫の如く吹き飛ぶのだが、恐らくダメージは無いだろう。

 それに弓に関しても、初めて弓を使って当てられれば上等だろう。寧ろフレンドリーファイアしなかっただけマシである。

 それに今は補助無しでもそれなりに使えるのだから気にする事は無い。そう思いつつ、弓と矢筒と鹿の死体を纏めて【アイテムボックス】にしまう。


「兎に角、弓の練習も終わった。今日はもう帰るぞ」

「はーい!」


 復活したフラムの元気の良い返事を聞きながら、【転移(テレポート)】で拠点へと帰還する。以前なら拠点の周囲は畑やら露天風呂やらで埋まっていたのだが、今は畑は最小限に留まり、それ以外は広大な花畑が形成されていた。

 これはレイが転生する前にアルスとフィリアと出会ったあの空間を参考にして作られたものだ。帰らずの森での調査や実験のついでに色合いの良い花を少しずつ集めたのだ。そして精霊の力は花にも影響を及ぼし、今では綺麗で立派な花畑となっている。これには精霊達も大喜びだった。今もレイの目には、無属性の精霊達が蛍の如く花畑を飛び回っているのが見える。

 こうして見るとまるで夢でも見ているような光景だ。畑の前でゴーレムがポージングしている光景とは雲泥の差である。

 因みに花畑にした分の畑は全て異空間に土地を作って移動させ、ゴーレムに管理させている。ゴーレムにに回す魔力も全てレイから回しているが、あれから更に増えたレイの魔力量なら造作も無い事だった。


 そんな花畑の近くには、華やかな光景とは不釣り合いと言わざるを得ない、魔物の死体が積み上げられていた。多種多様な魔物が折り重なるようにして形成された小さな山は、直ぐ傍に存在する花畑という景観を見事なまでにぶち壊していた。

 そしてその直ぐ横では小山を作った張本人である、猫の耳を尻尾を生やした艶やかな黒髪が特徴の獣人の女性、ミクォラが立っていた。相変わらず出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ体を最低限隠したような格好の彼女は、その艶やかな黒髪を小さく揺らしながら、自身の身の丈を越える長柄の槍を振っていた。

 持ち手の位置を変え間合いの長さを自在に変化させながら、縦に横にと振り回す。最初は型を確かめるかのようにゆっくりと動かしていたが、徐々に一つ一つの動きの隙を無くして行き、遂には流れるような動きでブンブンと風切りながら振り回して行く。

 見ていると簡単に見えるが、子供と同じくらいの重量を持って自分の思うままに操るなんていうのは適当にやって出来る事では無い。普通にやれば武器に振り回されて終わるだろう。

 それを知った上で見ると、彼女は武器を振る合間に持ち手の位置を変え、その都度変わる遠心力や重心の変化にも一切体を持って行かれる事無く見事に操っている。そんな所に彼女の技量の高さが窺えた。


「ッ!」


 そして最後に猛烈な速度の突きを繰り出して終わった。あれだけ激しく動いていたにも関わらず、ミクォラには息を切らすどころか汗一つ掻いた様子は無い。正に準備運動でもした後のようだ。

 ミクォラは構えを解いて小さく息を吐くと、傍に来ていたレイの存在に気付いて顔を向けた。


「もう戻ってたのか」

「うん」


 レイの言葉になんて事無いかのように返事するミクォラ。レイの方も特に驚いた様子は無い。というのも今回はより一層早かったが、最近では食事予定時刻よりも早く帰る事の方が多くなっているからだ。年々身体能力が向上すると共に狩りがどんどん上達して行るからなのだろう。

 そして暇を持て余していたミクォラを見たレイは、自作の武具を何本か渡して『暇ならこれでも振り回してろ』と命じたのだ。

 普段は狩りの為に森の中でも扱い易い短剣を使わせているのだが、実際にミクォラに合ってる武器の方が効率が良いのではと考えた結果だ。

 尤もそれだけが理由では無い。基本的にミクォラは狩り以外の事に付いては素人を通り越して壊滅的だ。野生で生きる過程で脳味噌まで筋肉になってしまったのか、戦闘以外に関しては無能と評しても良いくらいだった為、下手に何か要らぬ事をされるのを防止するという意図もある。

 それにレイとしても自分の作った武器がミクォラの身体能力によって使われ、その性能を発揮する姿を俯瞰で見れる良い機会だった。他の事では無能なミクォラも、戦いや武器を振るう事に関しては実に有能である。どんな形状の武器でも少し練習すれば素人臭さが抜け、何年も練習したかのような動きになるのだ。今使っている槍だって使い始めてから三日も経っていない。

 そんなミクォラ武器を振る様子を眺める事で、自分の作品がより一層輝いて見えるのだ。勿論武器の性能を自分の目で観察出来るという利点もあるが、やはり自分の作品である以上、それが高度な技術を持つ者によって使われている姿というのは感慨深い物があった。『我ながら良いものを作った』と自画自賛するくらいに。


 とまあそんな訳でレイはミクォラに武器を振らせているのだが、それは見方を変えれば、ミクォラはレイに自分の武器を使わせても問題無いくらいの信用を得たという事になる。

 どちらかというと規制緩和的な感じでレイの態度は特に変わらないし、まだ両者の距離は途轍も無く長いのだが、その小さな前進に喜びを感じたミクォラはもっとレイの役に立つ為に力を得ようと、こうしてレイの命令に従って武器を振っている。


「それで、どんな感じだ?」

「んー…結構良い感じ。でもこれの方が使い易い」


 自身の腰に装備された短剣を鞘の上から撫でながら言う。そりゃあ何年も前から使い続ければ慣れもするだろう。これだとそう簡単に他の武器は見つかりそうも無い。現に余程気に入っているのか、短剣を撫でるミクォラの目はどこか優しげだに見えた。


「そうか。じゃあ俺は昼飯の準備に入るから、それまで適当に時間を潰してろ」

「うん」


 素振りを再開するミクォラをおいて、レイはミクォラの狩って来た魔物を魔法で浮かせると、家の裏手に移動して解体し、肉以外で使えそうな素材を【アイテムボックス】に入れて残りの要らない物を捨てる。

 何度も繰り返したその作業は既に手馴れたもので、最近では魔法を使って時間をかなり短縮している。お陰で手や服が魔物の血や脂で汚れる事が無くなって大助かりだ。

 流れた魔物の血を吸った雑草がその葉を真っ赤に染めているのが気掛かりだが、何かあったらその時は纏めて焼き払えば良いと捨て置き、レイは家のキッチンに入り昼食の準備を始める。

 食材の下拵えから焼き、揚げ、煮込み、蒸し等の調理や盛り付け、それ等全てを並行して行う。広々としたキッチンに設置された三つのまな板の並ぶ調理台に十個のかまど、それからレイの魔法を駆使すればこその技だ。

 ここ数年で進化したレイの探知魔法はキッチン全体から肉の焼き加減までの全てを把握出来る。それを基に風属性魔法であらゆる調理器具を操作しているのだ。

 口で言うのは簡単だが、実際やるとなれば難しいなんてものでは無い。特にキッチンに存在する調理器具はフライパン、鍋、包丁、皿とそれぞれ用途が異なる。

 それ等を全て並行して操作するなんて事は、四肢の全てを別々に動かすよりも難しい芸当だ。レイとて日々の料理で徐々に慣らして行った上で、ある程度の動きをプログラムのようにルーチンのように纏める事で漸く可能にしている状態だ。

 尤もそれだって常人では出来ない芸当であるのは間違い無い。そもそも魔法使いが料理の為に魔法を行使する事自体、薪に火を点ける以外殆ど無いのだから。

 だからこそ、それを知る精霊達もレイの魔法には驚きと共に呆れるしか無かった。


「アハハ!お皿が飛んでる〜!」

「いやあ、何度見ても凄い光景だよね」

「そうねぇ」

「…まあ、凄いのは確かなんじゃがな」


 今までレイの使って来た強大な魔法と比べてしまうと、些か珍妙であるというのがティエラの正直な気持ちだった。


「もう少し別の所に魔法を使っても良いと思うのじゃが」

「まぁ、そう思ってないのも居るみたいだけどね」


 そう言うシエルの視線の先には、空中を飛び交う皿や料理の入った調理器具を見て楽しそうに笑うフラムと、魔法を使って料理をするレイを恍惚の表情で見つめるエストレアの姿が。


「はぁぁ、レイ様。今日も素敵です。その身一つで一つの空間を支配し、指の一振りで空間の物を操るその御姿。まるで世界という音楽を奏でる指揮者のよう。いいえ、今のレイ様は正に、この空間一体を意のままに操る絶対的な支配者なのです。素晴らしいです御立派ですお見事です素敵です凛々しいですーー」

「何というか、こっちもこっちで凄いのぅ」

「あらあら、レイさんの事が大好きなのね」

「まぁ、間違っては無いんだろうけどね。僕も大好きだし…」


 ここ数年でより一層レイへの信仰心が厚くなったエストレアに、比較的常識的なシエルとティエラは先が思いやられると心配になる。

 とはいえ今の所はレイの目の前では自制出来ているので、取り敢えずそっとしておく。気分的にあまり触れたく無いというのが本音ではあるが。


 そんな一幕がありながらも、一先ず料理は滞り無く完成する。最近では作っては運ぶ流れ作業が無くなった分、一度に全て魔法で運んでいる。その分テーブルを大きな物に作り変えたのはまた別の話である。

 テーブルには既にミクォラが座っていた。広いテーブルの一角にちょこんと座った彼女は、レイが来るのを見て、いやレイが運んで来る料理を見て目を輝かせつつ腹を鳴らす。その姿は猫の獣人はなのに、まるで餌を待つ飼い犬のようであった。

 レイが皿を並べ終わると、「食べて良いぞ」という合図で昼食が始まる。一時期はミクォラが一方的に食べてレイが後で取り分けた分を食べるという構図だったが、今ではこうして同じタイミングで食べ始められるようになった。尤も食事を作るのは相変わらずレイなので、結局どっちが家主なのか分からない構図なのは変わらないのだが。

 レイの向かいの席に座り、物凄いハイペースで料理を口に運ぶミクォラ。昔は食べこぼしすら気にせずガツガツと食べていたのだが、今は少しばかり食べ方が綺麗になっている。少なくとも食べこぼしは出てないし、口の周りに食べカスが付いている所もあまり見なくなった。

 それでも料理が消えて行くスピードはちっとも衰えていないのだから驚きではあるが、レイとしては最低限綺麗な食べ方をするようになったので問題は無い。食べこぼしを掃除する必要も無いのだから。

 そんなミクォラを視界に入れつつ、レイも自分の作った料理を食べる。数年前より腕は上がり、以前よりも確実に美味しくなっている。今食べている野鳥を使用して出来たコンソメスープだって、レイの努力の賜物である。

 元となるブイヨンから始まって、ブイヨンに合う食材の選定、スープの濁りを取り除いて澄んだ色にする工夫等、完成に至るまでの数えるのも面倒になる程の試行錯誤の末に漸く満足の行く出来になった、正に努力の結晶とも呼べる品なのだ。

 現にミクォラも具材に野菜が使用されている事も承知でゴクゴクと飲み干している。その過程で一切噛んでいる様子が無いのは、恐らく野菜ごと丸呑みにしているからだろう。レイに野菜も食べるように言われた末の苦肉の策である。ちゃんと野菜も口にしているのでレイも文句は言わないでいる。


 しかしレイがそれを口にして最初にしたのは、なんと溜め息だった。それも感嘆では無く、落胆的な意味合いでの。

 その様子を遠巻きに見ていた精霊達が、こっそりレイに話し掛ける。


「レイ、どうしたの?美味しく無いの?」

『いや。寧ろ結構美味い。頑張っただけはあると思える味だ』

「じゃあどうしたの?」


 フラムにそう聞かれて、数秒程何かを考えるレイ。やがて意を決して、レイは問いに答えた。


『確かに美味いんだけど、今食べたいのはこの味じゃ無いんだよな』

「じゃあ作れば良かったのに。ご飯作るのはレイなんだからさ」

『そうしたいのは山々なんだけど、材料が手に入らなくてな』

「なんじゃ、またなのか?」


 以前にもあった塩や砂糖等が欲しいと言っていた頃の記憶が頭を過る。レイの表情がそれ等の時と同じ憮然としたものであるのを見て、小さくため息を着いた。


「それで、今度は何が欲しいのじゃ?」

『牛。もしくは山羊だな』

「レイは新しいお肉が欲しいの?」


 基本レイの家の料理は肉がメインだ。それもあってか精霊達はレイが新たな肉料理を開拓しようとしていると考えたのだ。

 しかし、レイの目的は別にあった。


『いや、欲しいのは牛乳の方だ』

「あ、そっち」


 目的を聞いて納得の声が上がる。確かにレイの拠点にはそういう目的に使えそうなのは存在していない。エンシェントウルフは配下では無いから命令出来ないし、子ウルフのルーフィエは体は大きくなったとはいえまだ子供だ。メリーに至っては生物としての習性の影響で乳房すら存在しない。

 何よりレイの頭には牛乳を使った料理や乳製品の事しか考えていないのだ。その為にはちゃんとミルクとしての味のするものが必要になる。そうなるとレイの知識からして、牛か山羊しか選択肢が無いのだ。


『出来れば今後の為にも牛そのものを手に入れたいんだけど、この森に牛や山羊の魔物が見つからない以上、手に入れるにはどこか畜産やってる街や村に行くしか無いな』


 面倒だが仕方ない。そんな感じの雰囲気がレイから伝わって来る。


『これ食べ終わったら買いに行こう。買ってくるだけなら大して手間も掛からないだろうし』


 行って買って帰って来るだけだ。一日あれば事足りるだろう。


「おかわり」


 そんなレイの予定を遮るかのように、ミクォラからおかわりの催促が来た。


「…お前もう十分食べただろ。俺の何倍の量あると思ってんだよ」

「おかわり」


 表情一つ変えずにもう一度催促して来た。飽くまで退く気は無いらしい。レイ眉がピクリと苛立たしげに動いた。


「そんなにおかわりしたいなら皿に残った野菜全部食べてから言え」

「ミィ…」


 悲しげに耳を垂れて皿に残った野菜を見るミクォラ。ここまで殆ど口をつけておらず、皿の上には綺麗に野菜だけが残されている。野菜嫌いのミクォラが全て食べ切るのは相当厳しいだろう。

 これでおかわりも来ない。そう判断したレイは、悲しげなミクォラを他所に一人昼食を食べ進めるのだった。

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