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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
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黒く染まる炎

 突如グリューエンレーヴェの死体から現れたドス黒い液状を思わせる物体。先程までレイを見ていたエンシェントウルフは今まで見た事も無いそれを見て困惑していた。


「な、何だ…?」


 現れたそれは墨汁のように真っ黒なスライム状の物体だった。生きているかのように嫌悪感を掻き立てられる気色悪い動きでグリューエンレーヴェの体を這い回り、グリューエンレーヴェの死体を包み込んで行く。


「グッ……カ……ァアアアガガガガガ!!!」


 死んだ筈のグリューエンレーヴェから狂乱に近い叫び声が上がり、周囲、特にエンシェントウルフに動揺が走る。


「まさか、あれだけの攻撃を受けてまだ生きているとでも言うのか…!?」

「いや、寧ろコイツの体内に紛れ込んだ何かが悪さしてるって感じだな」

「紛れ込んだ?………ッ!そういえば、奴はあの力の源泉が、縄張りに侵入した人間が持っていた物だと話していたぞ」

「拾い食いかよ」


 その人間の持っていた物が原因であるのはグリューエンレーヴェ自身が言っていたから間違いないのだろう。


 しかしそうなると良くもまぁそんな禍々しさすら感じられる魔力を持った物を飲み込めたものである。魔法を使える以上グリューエンレーヴェもその魔力を感じ取れない筈が無いのだが、忌避感は無かったのだろうか。

 そんな事を思っている内に、グリューエンレーヴェの体が動き出した。低い唸り声を上げながら体を起こして立ち上がる。体を覆っていた物体はグリューエンレーヴェの体を真っ黒に染め上げ、更に手足や鬣などが刺々しい凶悪な姿へと変貌させていた。

 しかもどういう原理か魔力量も増大している。最初に目にした時よりも圧倒的に魔力の反応が強まっているのが分かる。


「ガァァァァァァァァァァァッ!!!」


 低く、それでいて荒々しい咆哮が森に木霊する。それに呼応するように禍々しい魔力が風の如く吹き荒れ、その咆哮により強い威圧感を与えている。


「こりゃあ、流石に剣だけじゃキツいか」


 真っ黒になったグリューエンレーヴェを眺めつつ呟く。魔力量の上昇に伴い戦闘力の上昇を感じた為、このまま剣縛りをしたら怪我する恐れが出て来たのだ。


「まぁ、新しい剣の性能も確かめられたから別に問題は無いんだけど」


 実験は終了した。ならばもう手加減する必要も理由も恩情も無い。故にここからは魔法を使って一気に終わらせる。


「それじゃあ、さっさと終わらせるか」


 レイの体内から魔力が溢れ出る。レイから発散される魔力が空気を押し退けて風を生み出し、周囲の草をガサガサと鳴らす。

 感じる魔力に危険を感じたのか、それとも殺された事を根に持っているのか、レイに反応してグリューエンレーヴェが咆哮を上げた。まるでやれるものならやってみろと言っているかのようだ。

 そしてその咆哮に合わせて、グリューエンレーヴェの周囲を炎が吹き荒れる。その炎もまた黒く、燃やすという炎のイメージを感じさせない色合いだ。触れたら燃える前に消滅しそうである。

 とはいえ相手の攻撃を待つ程レイは優しい人間では無い。レイが右手で横薙ぎに振り払うような仕草をすると、左右の地面が捲れ上がって二メートル程の極太の岩の杭を形成。グリューエンレーヴェが動き出す前に高速で射出した。

 大質量の物体が高速で移動する時の威力は相当なものだ。先端の尖った杭の形なら、グリューエンレーヴェの体をも易々と貫くだろう。

 しかしグリューエンレーヴェは先程よりも圧倒的な速度で後退。レイの魔法を軽々と躱してみせた。


「やっぱ魔力だけじゃなくて、身体能力も上がってるか」


 死体を利用しているくせして中々の身のこなしだ。ああいった死霊魔法的なものは大抵弱体化するものなのだが、そこはゲームとは違うという事なのだろう。


「グルアァァァァァァッ!!」


 お返しとばかりに黒い炎がレイに差し向けられた。先程のような大きな火球では無く、バスケットボール大の小さな炎が次々と放たれては、雨霰の如くレイに降り注いで行く。


「そんなのさっきまで使ってなかっただろ…」


 突然変化した攻撃パターンに若干呆れつつ水の球で全て相殺して行く。更にレイの目の前に普通する幾つかの水が氷結し、氷の礫が直線的にグリューエンレーヴェに向かって放たれる。

 その速度は岩の杭よりも速く、山形やまなりに攻撃するグリューエンレーヴェに対応する暇を与えず、氷の礫が次々と直撃して行く。幾つかは直撃と同時に砕けてしまったが、残りが体に切り傷を作り、また幾つかが突き刺さる。

 やはり死体だからか出血は無く、衝撃にぐらつく事はあっても痛みを感じている様子は見受けられなかった。そして出来た傷もまた次第に塞がって行く。今度は傷跡も残らず完全に回復していた。


「回復能力まで強化かよ。ますます面倒になったな」


 そう呟きつつも攻撃は止めない。ぐらついた事によって攻撃が止み、炎を相殺していた水がグリューエンレーヴェの体を打ち付ける。それ自体は大した威力は無いが、絶え間無く打ち付ける水のせいで炎が展開出来なくなる。

 そしてレイが掌を向けると、グリューエンレーヴェの体を濡らしていた水がみるみる凍って行き、グリューエンレーヴェの体を氷が覆って行く。炎が展開出来ず、最終的に氷の中に閉じ込められたグリューエンレーヴェ。それでも追撃の手は緩まず、今度はグリューエンレーヴェの上に大岩が形成された。


「その身ごと粉々に砕け散れ」


 真下へ向けて高速で落下。土煙を上げて氷ごとグリューエンレーヴェを押し潰した。落下の衝撃と衝撃波が音と風になってレイのところにまで届く。

 土煙が晴れると、小さなクレーターの真ん中にグリューエンレーヴェを押し潰した岩が小山になって鎮座していた。


「……やったのか?」

(うわ、言いやがった…)


 エンシェントウルフが口走った瞬間、岩の中央が黒く染まる。そしてその箇所が液状化してドロドロに溶け始めると、その中からグリューエンレーヴェが咆哮と共に炎を纏って飛び出した。


「効いてない…だと?」

「いや、効いてはいるみたいだな」


 グリューエンレーヴェの体の端々が溶けた状態から元に戻って行く。効いていないのであればそんな事にはならない。

 かといって氷の礫でダメージを受けるような奴が大岩に潰されて軽傷というのも腑に落ちない。


「グチャグチャに潰された状態から再生したのか?」

「なっ!?それでは幾らやっても無駄では無いか!」


 どれだけ体を壊されても元通りになる驚異的な再生能力。普通に考えれば先ず勝ち目は無いだろう。


「馬鹿言え。そもそもの原因はあいつが飲み込んだ何かだ。それさえどうにかしてしまえば、後はこっちのものだ」


 その場合、問題はどこにそれがあるのかだが、それに関しても問題は無い。レイの使う魔力感知と地形探索の魔法を併用すれば、相手の体のどこ部分に魔力が流れているのかを探るのも容易である。

 それによって見たところ、禍々しい魔力の集中する中核とも言える物は、現在丁度脳の辺りに位置しており、そこから各体の部位に魔力を行き渡らせている状態だ。

 さて、これで場所が分かった。後は行動するのみ。


「グォォォォォォォォォォッ!!」


 黒い炎を纏ったグリューエンレーヴェが突進して来る。その迫力は中々のものであったが、それではレイは動じない。無言で周囲に刃状の気流を複数展開すると、一斉にグリューエンレーヴェに向けて放つ。

 対するグリューエンレーヴェはガトリング砲の如く火球を生み出しては次々と発射して風を相殺して行く。その間にも距離を詰めて行くグリューエンレーヴェ。更に口元からは火が漏れ出ている。攻撃を相殺しながら接近し、至近距離からブレスで焼き尽くす算段なのだろう。

 そんなグリューエンレーヴェの前足を、後ろから飛んで来た気流の刃が貫いた。攻撃を受けた衝撃で火球の制御が疎かになり、相殺出来なくなった気流が次々とグリューエンレーヴェに突き刺さり、その体を削り取って行く。


「学習機能は付いてないのな」


 先程の水の球が降り注いでいた時のような光景だ。先程と異なる点といえば、攻撃の手数が少なくなった代わりに一撃一撃が確実に体を削る威力だという点だろう。


「それならそれで好都合だ。さっさと終わらせて貰おう」


 撃ち出される風がグリューエンレーヴェの手足を、肉体を、そして異物の存在する頭を削って行く。回復させる暇なんて与えない。反撃する暇も与えない。圧倒的な火力で敵を粉々にする。

 そして全てが削り取られて姿を見せたのは、炎と同じ黒色のドブのように濁った拳大の玉だった。禍々しい魔力を放つそれは、内部で黒と灰色と白が混ざり合うように流動しているかのように不規則に模様を変えている。


「あれが、元凶なのか…」


 グリューエンレーヴェを強化して自身を苦しめ、更に死して尚戦わせる狂戦士へと変貌させた元凶の予想外の小ささに、エンシェントウルフはそれ以上の言葉が出なかった。

 しかしそんな悠長に構えても居られない。空中に浮遊する謎の球体の周囲に黒い砂嵐のような物が発生したのだ。それは良く見れば先程レイの攻撃によって散らばったグリューエンレーヴェの肉片であった。再生の為に周囲から粉々になった肉体を集めているらしい。。大小様々な形の黒い物体が集まって行く。


「まずい!このままではまた再生されてしまう!」


 慌てたエンシェントウルフがどうにかしようと風のブレスを放つ為に風を集めようとするが、時間が圧倒的に足りない。既に肉体は再生を始め、球体を覆い隠そうとしている。このまま攻撃しても周囲の肉を弾き飛ばすだけで球体には届かない。


(クッ!このままでは…!)


 間に合わない。そんな思いから来る悔しさに顔が苦々しく歪む。ーーその時だった。


「そのまま続けろ」


 近くに居るレイからそんな言葉が掛けられた。そのレイの手元には一つの土塊が形成されようとしていた。周囲の砂が集められて形成されているそれはトゲの形をしており、そこへ向けて大量の砂が集められている。

 だというのにその大きさは掌サイズだ。その理由は簡単。集められた砂が高圧で圧縮されて固められているからだ。最初は速度重視で行こうとしたのだが、後ろでエンシェントウルフが準備し出したのを感知して威力を高める事にしたのだ。

 この魔法、発動したのは両手に乗る大きさの岩を放つ土属性初級魔法【大地の礫(アースショット)】を応用した物だ。イメージは兎に角硬く、鋭く、そして速くなる事。そしてその為に本来なら初級魔法レベルの魔法に大量の魔力を投入している。

 後ろに居るエンシェントウルフにそれは見えないが、尋常じゃ無い魔力が一ヶ所に集まっているのを本能的に感じ、先んじる形でブレスを放つ。強大にして高威力の竜巻が集まっていた肉体を吹き飛ばし、球体を露出させた。


「上出来だ。貫け…!」


 エンシェントウルフのブレスに続くようにしてレイが魔法を放つ。大量の砂を馬鹿みたいな魔力で固めて作られたトゲは先程放った風や氷の礫よりも速く、目にも留まらぬ速度で突き進む。

 そして風を切り裂く音を残して球体に直撃、そのまま何の抵抗も無く見事に貫通した。そして一瞬遅れて球体の全体に罅が広がり、次の瞬間粉々に砕け散った。

 それに伴い、周囲に散らばっていた肉片が黒い靄を発して蒸発する。それが収まった後、そこにはグリューエンレーヴェの姿など影も形も無く、あるのは砕けた球体の破片と戦闘で荒れた草地だけだった。


「終わったか」


 魔力の反応が無くなったのを確認して構えを解く。ふと空を見上げると、そこは既に満天の星空になっていた。普段のレイなら風呂に入っている時間帯である。


「……帰るか」


 考えたら風呂に入りたくなったレイ。用事は済ませたし、もうここに用は無い。そう思い小さく呟いた次の瞬間には、【転移(テレポート)】でその場から消えてしまっていた。

 その場に残されたエンシェントウルフは、それを見て溜め息を吐く。


「全く。勝手な奴め」


 いきなり現れて一言も無く帰って行く辺り、本当に助けに来たのでは無いのだろう。助けられたのは事実だが、そこまで徹底されると感謝する気も失せるというものだ。


「それにしても…」


 グリューエンレーヴェの消滅した場所を見て、先ほどの戦闘を顧みる。あれだけ大暴れしていたグリューエンレーヴェがたった一人の少年に圧倒的大差で敗北し、最終的には骨も残らず消滅した末路を思うと、群れの長の最期としては哀れと言わざるを得ない。強敵との死闘の末に敗れるなら兎も角、子供にあしらわれるかのように殺されるというのは、最後を飾るには酷過ぎる内容であった。

 そう思っていると、ふと初めてレイと出会った時の事を思い出した。


(もしあの時、私がレイと戦っていれば、私も同じ末路を辿っていたのだろうか…)


 初めての出会いは一触即発と言っても過言では無い程に険悪な物だった。もしあの時、レイが問答無用で攻撃して来ていれば。もしあの時、警戒するあまり冷静さを欠いて自分から攻撃を仕掛けていれば。お腹の子供ごとレイに無慈悲に殺されてしまっていただろう。

 思えばエンシェントウルフ自身もまた、一歩間違えば死んでいたであろう綱渡りのような道を歩いていたのだ。


(いや、これ以上考えるのは止そう)


 あそこで子供を優先してレイと交渉するという行動に出たからこそ、今のこの親子共々生きているという光景があるのだ。

 事実レイは敵対しなければそれ程脅威でも無い。それは今まで近くで暮らしていて理解している事だ。そしてそれだけ分かっていれば、レイを敵に回すような事にはならないだろう。

 そう自己完結して体を起こす。レイが表立って戦ってくれたおかげで休む事が出来、今では動けるくらいにまで回復した。それでも残るダメージと疲労で重く感じる体を支えながら、エンシェントウルフは自分の子供の下へと移動する。

 多少痛め付けられているが、命に別状は無い事を確認してホッとする。今は気を失って眠っているが、起きれば直ぐにでも動けるだろう。それまでは何としても守ってみせると心に決めて、子ウルフの側に座る。

 一応警戒してはおくが、恐らくその必要も無いだろう。そう思える程に、周囲から魔物の気配は一切しなかった。

 恐らく先程の戦闘の影響だろう。あれだけの派手な戦闘だ。この周辺の魔物なら恐れをなして離れて行ってもおかしくは無い。そうなると付近一帯には暫く魔物は寄り付かないだろう。

 その事に少し安心しつつ、エンシェントウルフは子ウルフが起きるその時まで、多少警戒しながらもゆっくりと体を休めるのだった。

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