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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第二章
43/56

紫炎と水刃

 第二ラウンドは一方的であった。強化されたグリューエンレーヴェのパワーは凄まじく、攻撃の余波ですら無視出来ない程の威力となっており、迂闊に食らう訳には行かないエンシェントウルフは攻撃に回る事が出来ず、ただ回避のみに専念していた。


「オォォォォォォォォォォ!!」


 グリューエンレーヴェの前足の攻撃は容易く地面を穿ち、火球は地面に着弾すると同時に大きく爆散して広い範囲に炎を撒き散らす。更にそれ等が易々と風の鎧を突破して来る物だから、自然と回避行動も大きくなってしまい、次第に体力も削られて行く。

 そして追撃で放たれる炎の獅子が一番やり辛い。第二ラウンド開始以降、あれ等は常にエンシェントウルフを執拗に狙い、距離を離す度に絶え間無く襲って来るのだ。お蔭で体を休める時間が一切無いし、大業を打つ事も出来ない。

 しかもこの炎の獅子もまた風の鎧では防ぎ切れなくなっており、また魔法故に自滅覚悟で攻撃して来るから面倒この上無い。自分が殺されても他が攻撃を通すと言わんばかりの特攻っぷりだ。

 そしてそれ等に気を取られている内にグリューエンレーヴェが接近して来るのだ。正に間断の無い波状攻撃。反撃の隙すら見つけられず、エンシェントウルフの体に傷が増えて行く。真っ白で美しかった体は、今や所々が焼け焦げた毛と鮮血に汚れてしまっており、傷だらけと称しても過言では無い程に負傷していた。今も火傷した箇所がビリビリと痛むし、爆風による鈍痛がズキズキと体内を刺激している。


(まだだ…まだ、倒れる訳には…!)


 勿論エンシェントウルフは諦めていない。今もこうしてグリューエンレーヴェの攻撃を凌ぎながら、反撃の隙を虎視眈眈と狙っている。が、いかんせん隙が無さ過ぎる。

 これまで体感でとても長い間休む事無く戦い続けているが、一度も攻撃に転じられそうな隙が見当たらない。それ程までに強くなっている。


「グゥゥッ!!」


 付近に着弾した火球が弾け、爆風で弾き飛ばされる。直撃では無いが、徐々にダメージが蓄積した体にはこの爆風と熱でも厳しい。

 それでも踏ん張って倒れるのだけは免れるが、飛ばされた先には時間差で飛んで来ていたもう一つの火球が迫っていた。

 明らかな直撃コースだ。しかし吹き飛ばされてぶれた視界がそれを捉えた時には、既に走って逃げられる距離では無かった。

 故に咄嗟の判断で周囲に纏った風を使って火球を押し出す様に突風を当てた。その衝撃で火球が爆ぜるが、爆炎と爆風はすんでの所でエンシェントウルフを避けて流れて行く。

 取り敢えず急場は凌いだ。しかし安心しては居られない。今まで続いていた波状攻撃が、このタイミングで終わるとは到底思えない。そしてその予想は違わなかった。

 爆炎と爆煙を切り裂いて、紫色の炎を纏ったグリューエンレーヴェが突進して来たのだ。


「オォォォォォアァァァァァァァァァ!!」


 咆哮と共にグリューエンレーヴェの巨躯がエンシェントウルフに直撃した。


「ガァァッ……!!」


 突風に使用した為その身に風の鎧は有らず、炎の熱と突進の衝撃によるダメージが生身の肉体にそのまま与えられる。

 跳ね飛ばされて地面を転がり、力無く倒れるエンシェントウルフ。直ぐに立ち上がらなければともがくが、その四肢は自分の体を持ち上げてはくれなかった。

 そんなエンシェントウルフの前に、グリューエンレーヴェは悠然と立つ。既に炎の鎧を解いている辺り、完全に勝利を確信している様だ。


「ガハハハハ!自慢のその素早さも、強化された儂の力の前には無力も同然だな!」


 あれだけ絶え間無く大量の魔力を消費する様な魔法を馬鹿みたいに使いまくったにも関わらず、息一つ乱れた様子は無い。恐らく強化された物なのだろうが、それにしても凄まじい強化のされ方だ。人間から奪ったと言っていたが、真っ当な代物では無いのだろう。


「どれ、せめてもの情けだ。この一撃で終いにしてやろう」


 鬣が妖しく輝き出し、半開きになった口から炎がチロチロと漏れる。もしかしなくても、高火力の炎のブレスで焼き尽くすつもりなのだろう。


「この儂の最強の一撃だ。貴様も本望というものだろう」

(好き勝手言ってくれる…)


 今のエンシェントウルフに、敵に殺られる事に対して本望も何も無い。

 生きなければならないのだ。我が子の為に。こんな所でこんな所で死ぬ訳には行かない。

 今残っている魔力をフル活用して、風の鎧を再展開する。


「ガハハハハ!無駄な足掻きだな!その程度の魔法で儂の炎を遮る事など出来はせんわ!」


 グリューエンレーヴェの嘲笑とも取れる笑い声が耳を劈く。

 これが悪足掻きだって事はエンシェントウルフ自身も分かっている。この風の鎧も気休めに過ぎないだろう事も。

 だがもうこれしかないのだ。体が動かず避けられない以上、後はこの風の鎧が奇跡的にブレスから身を守ってくれる事を祈るしかない。


「消し炭になれぃッ!!」


 そしてブレスが放たれようとしたその時だった。

 突如上空から、グリューエンレーヴェの頭に何かが落下したのだ。


「ングゥゥ!?」


 真上からの衝撃に口が閉じ、結果暴発したブレスが鼻から炎を噴き出すシュールな光景を見せてその場に倒れ伏した。

 その様子を驚きのあまり目を見開いて見ていたエンシェントウルフは、次にグリューエンレーヴェの上に落下したそれに目を向ける。


「…レイ」


 落下したレイがゆっくりと振り向いて目を合わせると、エンシェントウルフがポツリとそう呟いた。その顔は驚きを表したままだった。それだけレイが来た事を心底驚いていた。

 何せエンシェントウルフからすれば、レイは進んで誰かを助ける様な優しい人間では無いと思っていたのだ。だから今、エンシェントウルフの頭の中はレイに助けられた事による感謝の念よりも、一体何を企んでいるのかという警戒心の方が勝っていた。


「何だよその顔。俺が来たのがそんなに意外か?」

「うっ…」


 目を見開いていただけで思っていた事を言い当てるレイ。そして無意識に出たリアクションでそれが当たっている事を察し、軽く目を細める。


「まぁ良いけどな。俺がお前等を助けに来た訳じゃないのは確かだし」


 そう言ってレイは口元から煙を上げるグリューエンレーヴェを見る。正確にはグリューエンレーヴェから感じ取れる魔力をだ。


「レイ、間違いないよ。あの魔物から嫌な感じがする」

『だろうな』


 傍で身構えるシエルに一言そう答える。

 グリューエンレーヴェの体内には、本来のものと思われる魔力の他に、何やらドス黒い魔力が混ざっている。闇属性とは異なる濁り切った魔力だ。感知していて気持ち悪いと思える程に。

 尤もそれが分かった所でこれからやる事に変わりは無い。その為にも魔力とは別に、グリューエンレーヴェ自身の情報にも目を向ける。身体的特徴、体格、威圧感。それらを参考にして、少し考える。


「フム、少しデカ過ぎるか?…まぁ良いか。これくらいの力量の奴なんてそう簡単に見つからないだろうし」

「何をするつもりだ?」

「ん?あぁ、今の俺がどの程度戦えるのか試すのに丁度良いかなと思ってな」

「は?まぁ、確かに魔法を撃つ相手としては不足は無いだろうとは思うが…」


 過去に自分の物だったウルフの群れを壊滅させたレイの魔法となると、それはもう並の威力ではあるまい。

 例え相手があの強化されたグリューエンレーヴェであっても無事では済まないだろう。


「いや、そっちじゃ無くて。これの話」


 そう言ってレイが取り出したのは、一本の剣だった。やや細身ながらも研ぎ澄まされた鋭い刃を持ったその青い剣は、月の光を反射して芸術品の様な美しい姿をしていた。


「な、何を言ってる!貴様の専門は魔法だろう!」

「魔法だけが上手くなっても接近戦が弱かったら近寄られた時点で終わりだろ。そうならない為も、有る程度は近接戦も出来た方が良い」

「それならその辺のウルフ相手にでもやっていろ!奴はまともにやり合って良い相手では無い。此処は魔法で一気に方を付けろ!」


 エンシェントウルフがウルフ相手に練習しろというのもどうかと思うが、言っている事自体は間違ってはいない。そういうのは最初は弱い相手から始めて徐々に強くして行くものだ。いきなり強そうな相手に挑むなんて自殺行為でしか無い。

 今レイに死なれてしまうと、現在進行形で動けないエンシェントウルフとその子供も漏れなく一緒に殺されてしまう。そうならない為にも、レイには確りとグリューエンレーヴェを倒して貰わなければならないのだ。


「そうだな。ヤバくなったらそうする」

「最初からやれ!そんな余裕を持って臨める相手ではーーー」


 エンシェントウルフの言葉を遮る様に、グリューエンレーヴェの力強い咆哮が響き渡る。

 見れば、立ち直ったグリューエンレーヴェが器用にも険しい顔でレイを見ていた。


「何者かと思えば、人間風情が儂等の戦いを邪魔しおって!」

「そんな事知るか。お前等の事情なんてどうでも良い。俺は俺の目的の為に此処に来たんだからな」

「目的だと?其処の死に損ないでも助けに来たか?」


 死に損ないという単語にエンシェントウルフが歯噛みするが、レイはそんな事は一切無視して話を進める。


「何でそんな事しなきゃならないんだよ。今回は結果的に助ける形になっただけで、俺にソイツを助ける理由なんて一つも無い。俺が此処に来た理由はお前の排除と実験の為だ」

「儂を排除するだと?ガハハハハ!人間の、それも小童こわっぱである貴様が儂に勝てるとでも思ったか?」


 ドシンッ!と前足が地面を踏み鳴らした。離れていてもハッキリ聞こえるそれが、グリューエンレーヴェの力と怒りを表すかの様だった。


「思い上がるな!貴様如き儂が相手するまでも無いわ!」


 そう言ってまた一つ咆哮を上げる。すると、先程まで待機していたグリューエンレーヴェの群れが一斉にレイに向かって襲い掛かって来た。


「幾ら魔法が使えようとも、この数ではどうしようもあるまい!己の無力と蛮勇を噛み締めながら死ぬが良い!」


 今度は器用にも勝ち誇った顔でレイを嘲る。何気に表情豊かな魔物である。

 そんなグリューエンレーヴェとは対照的に表情一つ変えないレイは、目の前に真っ赤な大群が迫る中、それでも尚表情一つ崩さず、ただ一言こう言った。


「邪魔だ」


 そしてレイが手に持った剣を横に振り抜く。瞬間、何かの噴き出す様な轟音と、剣の軌道の延長線上に放出された斬撃が迫り来る群れを攻撃した。

 それは高速で群れの先頭を走る者達に直撃し、当たった者達は次々と血を流してバタバタと倒れて行った。

 その様に驚愕し唖然とするエンシェントウルフとグリューエンレーヴェを他所に、更に向かって来る群れに向けて剣を振る。流れる様に一回、二回、三回。レイが剣を振るう度に斬撃が走り、先頭を走っていたグリューエンレーヴェの配下達が倒れて行く。誰も避ける事が出来なかった。レイが剣を振った次の瞬間には斬られているのだから、反応のしようも無かったのだ。

 そして一体たりともレイに攻撃する事も無く、あっという間に群れは全滅した。


「な、何だこれは…」


 自分の群れをあっさりと蹂躙された現実を受け入れられず、グリューエンレーヴェは呆然と立ち尽くす。


「何だも何も、目の前にあるのが全てだ。俺がお前の配下を全滅させた。それだけの事だ」


 屍の群れの中を歩きながら、言い聞かせるかの様にレイは言った。

 そして群れの真ん中まで歩くと、一つ指を鳴らす。瞬間、地面に広がっていた夥しい数の屍が綺麗さっぱり居なくなった。尤も屍が無くなったところで周囲が血塗れなのは変わらない。真っ赤な草原に立つレイの姿は月明かりも相俟って実に不気味に見える。


「消えただと…!?一体何が起こっている!?また貴様が何かしたのか!?」

「そんな事一々話す訳ないだろ」


 実際は単に【アイテムボックス】の入り口を複数展開して纏めて放り込んだだけなのだが、そんな事を教えてやる義理は無い。


「それより良いのか?其処はもう俺の間合いなんだけどな」

「ッ!」


 レイから殺気を感じ、咄嗟の判断でその場から飛び退く。瞬間、振り抜かれたレイの剣からグリューエンレーヴェに向けて先程の斬撃が飛んで行く。咄嗟に距離を開ける事は出来たものの、斬撃はそのまま進み続け、そしてグリューエンレーヴェに直撃した。


「グアァッ!」


 体を打ち付ける衝撃に苦悶の声を上げるグリューエンレーヴェ。しかし先程とは違い、体が切られる事は無かった。

 不思議に思いつつ呻きながらも体制を立て直す。そして斬撃の当たった箇所に注意を向けると、ある事に気付いた。


「これは……水…だと?」


 マジックの種に驚く観客の様な態度に、レイの口角が上がる。そう。先程までのレイの斬撃の正体は、高圧で放出されたただの水だったのだ。

 この剣は以前レイが手に入れた水鉱石を使用して作られた水属性を宿す剣で、魔力を込める事によって水を生成し放出する事が出来る。

 流石に純粋な水のみで研磨用の粒子は含まれていない為、その分地球の物より威力は低くなってはいるが、それでも生身の肉体くらいならある程度距離が近ければ水圧のみでも十分削り取れる威力は持っている。

 尤も先程の様に距離を開けられてしまうと威力が減衰してしまうという欠点もあるが。


「馬鹿な、たかが水如きで…!?」

「おいおい、ボーッとしてて良いのか?」

「ッ!?グォォァ!!」


 水に意識を取られている間に接近したレイの剣撃がグリューエンレーヴェの前足の付け根を縦に斬り裂いた。先程のウォーターカッターでは無い通常の斬撃だが、研ぎ澄まされた刃は容易く毛皮とその中にある肉を斬り裂いて行く。


「おのれぇ!!」


 通常の斬撃を浴びせられ一気に頭に血が昇ったグリューエンレーヴェ。もう片方の前足でレイに攻撃を仕掛けた。その前足は部分的に炎に包まれ、強烈な熱量と共にレイに迫る。

 しかしレイが突きのモーションを取ると、今度は切っ先から水が噴射され、炎ごと前足を貫通した。そして耳元に煩いグリューエンレーヴェの悲鳴を聞きながら、水圧による反動を利用して距離を取る。

 グリューエンレーヴェは痛みに呻いていだが、次の瞬間には傷口がボコボコと動いたと思ったら、そのまま周囲の肉が傷口を塞いでしまった。

 その様子に眉を顰めるレイ。魔力探知してみると、傷口が動いている辺りにグリューエンレーヴェの魔力に混じったドス黒い魔力が動いていたので、十中八九それが原因なのだろう。傷口は残っているから再生では無さそうだが、実に厄介な力である。


「ヌゥゥ…!貴様もまたチョロチョロしおって!素直に殺されておれば一撃で楽にしてやったものを!」


 溜まった怒りを吐き出すかの様に咆哮を上げると、再びグリューエンレーヴェの全身を炎が包み込んだ。更に鬣から火球も生成し、射抜く様な視線をレイに向ける。


「こうなった以上、楽に死ねると思うなよ。儂の炎でジワジワと嬲り殺しにしてくれるわ!」

「やれるもんならやってみろ。お前に出来ればの話だけどな」

「抜かせッ!!」


 言葉と共に次々と火球を放つ。妖しく燃え盛る紫の火球が、レイを焼き尽くさん勢いで迫るが、対するレイは魔力を込めて強化した剣でバターの様に火球を切り裂いた。二つに裂けた炎の塊はレイを避ける様に進んで行き、レイの後方の草原に着弾する。

 近くを通過しただけでも肌がヒリヒリと刺激される程の熱量なのだが、レイは涼しい顔のまま次々と火球を切って行く。

 すると今度は着弾し燃え盛る炎から炎の獅子が現れ、群れを成してレイへと迫る。先程エンシェントウルフにも使った手だ。


「ガハハハハ!儂の炎はそう簡単に消える事は無い!このまま貴様が捌き切れなくなるまで撃ち続けてくれるわ!」


 グリューエンレーヴェが高笑いを上げるが、レイはそれを完全無視して後方から迫る炎の獅子を見る。

 動きは単調だからあれに殺られる事は無いだろう。しかしこの炎の獅子は先程の火球から発生した。また次々と火球を生成され、其処からまた炎の獅子が作られでもしたら、剣縛りをしている限り延々と実体の無い炎の獅子を切り続ける事になる。

 尤もそれは、まともに炎の獅子を相手にしていればの話だが。

 レイは後ろから迫る炎の獅子に背を向けると、目の前に居るグリューエンレーヴェの方へ向けて走り出した。


「馬鹿め!貴様に逃げ場など無い!」


 グリューエンレーヴェは炎のブレスをレイの前方を塞ぐ形で吐いた。そしてその炎からも炎の獅子が飛び出し、挟み撃ちを仕掛けたのだ。

 燃え盛る炎の後ろでしめしめとほくそ笑むグリューエンレーヴェ。しかしその炎の向こうでは、レイが魔力を付与した剣で炎の獅子を斬り捨てながら直進していた。

 ただの一度も立ち止まる事無く、というより一度たりとも減速する事無く、真っ直ぐ目の前に燃え盛る炎と、その向こうに居るグリューエンレーヴェを見据えていた。

 そして炎の目の前にやって来ると、さっきまでやっていた事と同じ様に、魔力を込めた剣で炎を斬り裂いた。

 裂けて向こうが見える様になった炎の裂け目から、驚愕に口を開くグリューエンレーヴェの姿が見える。

 レイは地面を蹴って炎の裂け目を通り抜けると、そのまま一気に距離を詰めた。

 まずい、とそう思った時には既に遅く、目の前に接近していたレイの斬り上げから放たれた水の斬撃がグリューエンレーヴェに命中。炎の鎧を貫通して、顔や胴体を縦に一直線に斬り裂いた。


「グォアァァァァァァァァァッ!!!」


 断末魔とも取れる悲鳴が血飛沫と共に上がる。またしても肉がボコボコと蠢き出して傷口を塞ごうとするが、そうはさせまいとレイが動く。

 傷口が塞がる前に水の斬撃を飛ばして新たな傷を作り出した。そしてそれが塞がる前にまた新たな傷を、といった具合に次々と斬撃を飛ばして傷を増産して行く。それは次第にスピードを増し、最終的には斬撃の嵐とでも形容すべき猛攻となっていた。流石にこれでは傷の閉塞も待ち合わず、塞がらない傷がグリューエンレーヴェに出血を強いる。

 短時間に大量の血が流れ、次第にグリューエンレーヴェの意識がボヤけて行く。


(馬鹿な!この儂が、人間の小童如きに…!)


 信じられない。そんな心の叫びと共に、グリューエンレーヴェは盛大に地面に倒れ伏した。同時に自身の身を覆っていた炎の鎧も消えて無くなり、更にはブレスとして放たれた炎は勿論、後ろからレイを追っていた炎の獅子達も跡形も無く姿を消した。


「……やったのか?」


 エンシェントウルフの呟く声が、静寂に包まれた森に響く。離れた場所では子ウルフも同じ様にキョトンとした表情でレイの事を見ていた。

 圧倒的だった。エンシェントウルフが苦戦の末敗れた相手に、お得意の魔法を使わず、剣と魔力による強化のみで圧倒し、一撃すら食らう事無く倒してしまった。それはもう呆気なさ過ぎて本当に倒したのか疑うくらいに。もっと言ってしまえばさっきまで必死になって戦っていたエンシェントウルフの苦労は何だったんだと言いたくなるくらいに。

 だが、当のレイは依然として剣を構えたままその場を動かなかった。まるで死体に対して警戒しているかの様に。

 そしてそれは間違っていない。今、レイは魔力探知によって、グリューエンレーヴェの内部にあるドス黒い魔力が不気味に蠢いているのを感知していた。

 死してグリューエンレーヴェの魔力は消え失せたというのに、そのドス黒い魔力だけは今だに活動を続けている。不穏以外の何物でも無かった。


(…今の内に死体ごと魔法で焼却してしまった方が良いか?)


 そんな事を考えている内に、それは起こった。

 先程レイが斬り裂いた傷口から突如、ドス黒いドロドロとした何かが染み出て来たのだ。

長くなったのでここで一旦区切ります

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