新たな住人
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数年ぶりに再会した獣人の少女は、すっかり女性と呼べるレベルに成長していた。正直全く信用出来ない話なのだが、本人がそう言っている上に見覚えのある武器の柄が、それが真実だと伝えている。
「にしても変わり過ぎだろ」
一体どんな成長をしたら二、三年程度で十年近く歳をとったような変わり様になるというのか。
「知らんのかレイ。獣人は大抵肉体的な成長が普通の人間より早いんじゃ。尤も、成長には大量の食料が必要になるがのう」
『初耳なんだけど』
そもそも獣人の事が話題に上がること自体無いのだから、そんな事知る訳が無い。そして話を聞いても尚、一体どんな体の構造をしているんだという疑問が湧いてくるが、そんな事は流石に知らないだろうし、流石ファンタジーと納得しておく。
「名前…」
「ん?」
「名前、教えて」
「名前?ああ、そういえばそんな約束してたな」
もう会う事は無いだろうとそんな約束をしてしまったが、どうやらフラグだったらしい。まさか此の期に及んで再会する事になろうとは。
しかしそうなってしまった以上仕方ない。約束してしまった以上、今更それを反故にするつもりは無かった。村を出て森に引き篭もる今となっては名前程度教えても問題無いだろうというのも有るのだが。
「教えて」
「………レイだけど」
「レイ…うん」
彼女はレイの名前を聞いた途端、またしても目を煌めかせた。余程嬉しかったのか、無表情ながらも頬が若干赤くなっている。
「それにしても、良く生きて来られたな」
この森はそこ等中を魔物が跋扈する危険地帯だ。夜なんておちおち寝てもいられない。レイだって精霊結界が無ければ、流石にこの森に住むのには多少難色を示しただろう。
「レイのお蔭」
そう言って彼女はレイが与えた短剣の柄を見る。今までこれ一本で生き残って来たのだろう。それを考えると良く今まで持ったものだ。
「何言ってんだよ。俺は最低限の事をしただけだ。今日まで生き残れたのは、単にお前が生き残れるだけの事をしたからってだけの事だ」
レイがやったのは森で生きて行く為の最低限の知識と最低限の装備を与える事だけ。最悪それでも死ぬ奴は死ぬのだ。その中を生き残れたのは、彼女自身が生きようと努力し、それが実を結んだからに他ならない。
しかし、彼女は首を横に振る。
「レイのお蔭」
「……そう思うんならそれでも良いけどな」
そう言ってレイは歩き出す。アサルトボアが彼女に倒されてしまった以上、もうここに用は無い。
「じゃあな。精々この先も頑張って生きる事だな」
この先レイも森で生きる以上、また会う事も有るだろう。だがそれは飽くまで同じ森に生きる者としてだ。それ以上馴れ合うつもりは無い。
例え一度助けた事になってるとはいえ、結局は彼女も人なのだ。必要以上に関わりたくは無かった。
獣人と別れて、レイは一人新たな拠点へと向かう。後数分も歩けば着くだろう。
ズシン、ズシン
「ねえねえ、レイ」
『何だ?』
ズシン、ズシン
「あの人、付いて来てるよ?」
「………」
レイが移動を開始したと同時に、何故か獣人の女性もレイの後を追って来ているのだ。…アサルトボアの死体を担いで。
その華奢な体のどこにそんな力があるのかは知らないが、そこは獣人だからって事で納得出来なくも無い…と思う。
付いて来る事については…
『放っておけ。どうせ拠点までは付いて来れないだろ』
拠点の周囲には精霊結界が張られている。何もしなくても途中で勝手に逸れるだろう。
そうこうしている内に辺りが霧に包まれる。この霧を抜ければ拠点だ。獣人の彼女ともこれでお別れである。
そして霧を抜ける。麦に各種果物や木の実等がなった畑に木々、洞穴の様に作られた入り口、そして我が物顔で寛ぐエンシェントウルフの親子。最後のは拠点とは関係無いが、今日からはここがレイの住む場所になる。そう思うと、多少は感じ方も変わるような気がする。飽くまで何となくだが。
レイに気付いたウルフの子供が駆け寄って来る。レイが来たのがそんなに嬉しいのか、尻尾がブンブンと振られている。
レイの目の前でお座りして待つウルフの子供。だがやはり尻尾は振ったままだ。
「今日は遅かったのだな」
その後ろをのっしのっしと追い掛けて来たエンシェントウルフが声を掛ける。
「まあな。村の方で色々あったんだよ。そんで今日からは俺もこっちに住むからな」
「そうか。元々ここはレイの住処なのだから、好きにすれば良い」
エンシェントウルフは居候としての立場は確りと守っている。大人しくしていれば安全に子供を育てられるのだし、態々破る必要も無いという事なのだろう。その子供は半ばペット同然になってしまっているが。
「所で、後ろに居るのは新しい住人か?」
「ハ?」
何を言ってるんだと言わんばかりの顔で後ろを見ると、そこにはここに居る筈の無い獣人の女性が、アサルトボアを担いだ上にその肉を生で齧りながら拠点を見渡していた。
「凄い…こんな場所、知らなかった」
「そりゃあ普通は入れなくなってるからな。寧ろ俺は、何でお前が入れてるのか不思議でならない」
高位の魔物だけでなくただの獣人にさえ進入されるなんて、精霊結界が弱まっているのではと疑ってしまう。精霊結界があるから大丈夫なんて言っていた頃が懐かしいとすら思える。ほんの数分前だけれど。
「何でここに来れたんだ?」
まさかこの獣人も実はエンシェントウルフ並の力を持っているとかーーー
「ミィ?」
そんな事は無いらしい。本人も分からないらしく可愛く小首を傾げていた。
「本当に何で入って来れたんだよ…」
誰にも聞こえないように呟く。尤もここに居るのは精霊以外狼の魔物と猫の耳を持つ獣人なので、ほぼ聞こえてしまっているのだろうが。
「それで、そこに居るのは新しい住人なのか?」
話が一段落した所で、再びエンシェントウルフが同じ質問を飛ばす。何気に空気の読める狼である。
「うん」
「何でお前が答えるんだよ」
「…駄目?」
「当たり前だ」
寧ろ何故彼女の方が住む気満々になっているのか。今も表情こそ変わらないものの、入居を拒否されて耳が垂れる程気落ちしているし。そりゃあ森の中よりは住み心地も良いだろうが。
「じゃあ、何で、魔物が住んでるの?」
「コイツ等は居候だ。勝手に来て勝手に住み着きやがった」
最近では飯度になると子ウルフが忍び込む事すらあるから油断ならない。余程レイの作る飯が気に入ったらしく、匂いを嗅ぎつけて物乞いのようにやって来ては、レイが何かしら寄越すまでずっと後ろで座っているのだ。まるで餌を待つ飼い犬の様である。
襲って来られても返り討ちにする余裕はあるが、今日から寝る時には別途障壁でも張ってから寝た方が良いかもしれない。
「じゃあ、私も」
「ハ?」
「私も、居候する」
「………」
それはつまり、拠点の外で寝泊まりしている魔物と同等の待遇でも良いからここに住みたいという事なのだろうか。
「何でそうまでしてここに住みたいんだ?」
「レイと、一緒に居たい」
「……まさか、本当にそれだけとか言うつもりじゃ無いだろうな」
安全な寝床が欲しいとかいう理由ならまだ納得は出来る。エンシェントウルフも安全な子育ての為にここに居るのだし。
しかし、単純にレイと居たいというのは信用し辛いものがあった。レイが彼女にしたことなんて、森で生きる為の最低限の知識と、短剣を一本与えただけだ。直接的に助けた訳でも無いのに、そこまで好感度が上がるとなんてレイには思えなかった。
「今度は、私の番だから」
そう言って彼女は柄だけになった短剣を取り出す。もう武器として使い物にはならないだろうに、大事そうに持っているそれは、きっと彼女にとってとても大切な物なのだろうと伝わって来る。
「奴隷にされた時、皆、冷たい目で見て来た」
耳と尻尾が縮こまる。何かに怯える様に。しかし、次の瞬間には元に戻った。
「でも、レイは違った。会ったばかりの私を、奴隷だった私を、普通に見てくれた。奴隷から解放してくれた。森で生きてく力をくれた」
さっきとは打って変わって、どこと無く幸せそうな雰囲気を醸し出して言葉を紡ぐ。表情自体に変化が見られないので難しいが、その口よりも良く語る目には嘘らしき物は感じられなかった。
「別にお前の為にやった訳じゃ無い。飽くまで自分の為だ」
「でも、助けてくれた。何も出来ない私に、何かを出来るだけの力をくれた。だから私は、今も生きてる」
碌に事情も知らないまま奴隷となって、満足な食事も摂れず、獣人としての力も発揮出来ずに死ぬだけだった自分に、自分で生きる術を持たずにただ周りの出来事に流されるだけだった自分に、森で生きるという選択肢を、それを選ばせるだけの意思を、生きる為の力を与えてくれた。
見返りを求めず、ただ自分の為という理由だけで。
「だから、今度は私の番」
自分に多くを与えてくれたレイの力になりたい。それは初めて会ったあの時から決めていた。
何の見返りも求めない相手に恩を返すなんて烏滸がましいかもしれない。しかし、この厳しくも優しい少年に、今度は自分が力になりたいのだ。
「私は、レイの傍に居る。どんなに皆が怖がっても、私はずっと、レイの傍に居る」
「……別に俺は望んで無い」
「なら、私の為にレイと一緒に居る」
まるで子供の屁理屈だ。明らかにその場で考え付いたような理由。
しかし、彼女の目に後ろめたい感情なんて欠片程も感じられない。それはつまり、本心からレイと一緒に居たいという事になる。それが最も信じられないというのに。
信じられないという気持ちと、己の経験による勘が相反して鬩ぎ合う。結局答えは出ず、面倒になって思考を放棄したレイは、一つ大きく呼吸して気を落ち着かせる。
「……邪魔になるようなら、力尽くで追い出すからな」
「ッ!うん…!」
居候を許可されて目を煌めかせて喜ぶ。対してレイは溜め息一つ。そしてモヤモヤとした感情を癒すかのように傍に居た子ウルフの頭を撫でた。
気持ち良さそうに鳴いて喜ぶ子ウルフに、荒れた気持ちが収まって行くのを感じる。
獣人の女性はその様子に気付くと、どこか羨ましそうに子ウルフを見ていた。子ウルフもそれに気付いたらしく、彼女と目を合わせると、
「…フッ」
「ッ!?」
黒猫と子狼の間にバチバチと火花が散る。この瞬間、一人と一匹はお互いを敵と認識した。
「レイ、止めなくて良いの?」
『勝手にやらせとけ。俺は風呂に入るんだ』
此処暫く碌に風呂に入れなかったから、良い加減サッパリしたいのだ。その目的の前では、後ろで行われている獣同士の争いなど瑣末な事である。
という訳で早速露天風呂用の風呂桶に湯を張り、体を布切れで確り洗って湯に浸かる。レイの他にも、エンシェントウルフや、いつの間にかメンチの切り合いを終えた子ウルフが浸かっている。
「ふぅ…やっぱり風呂は良いな」
村の人達に怪しまれない為に極力我慢して来たが、やはりレイとしては体がベタつくのが嫌だったので、出来れば毎日風呂に入りたかったのだ。
これからは毎日風呂に入れる。もう体のベタつきに悩まされる事も無い。
暫くしてウルフ達より先に風呂から上がると、離れた場所で獣人の女性が待機していた。
「おう、悪いな。先に入らせて貰った」
「ううん」
どうやら特に気にしていないらしい。迷わず首を横に振った。
「そうか、じゃあお前も入っておけよ。後、入ってる間に着替えになりそうな物を持って行ってやる。流石にその格好でウロつかれても迷惑だからな」
今の彼女の格好は、ギリギリ局部を隠したボロ布である。流石にそんな格好でずっと行動されても色々と困るので、着替えくらいは用意する。どうせ彼女は代わりの服など持っていないのだろうし。
そう告げて拠点の方へ向かうのだが、何故か彼女も後ろから付いて来る。
「……いや、お前は先に風呂に入れよ」
そう言うと彼女はプイッとそっぽを向いた。嫌な予感にレイの眉が小さくヒクつく。
「お前まさか、風呂に入りたく無いとか言うんじゃないだろうな?」
「………」
「マジかよ…」
返って来たのは沈黙、無言の肯定であった。まさかの展開に思わず顔を手で覆う。ここで暮らす事に関しては仕方なく許可したが、流石に自分の近くにこんな汚らしいものが存在するというのは我慢ならなかった。
それ程に彼女は汚れていたのである。ヨダ村の薄汚れた村人の方がまだ清潔に思える程に。
「じゃあ別に風呂に浸からなくて良いから、せめて全身を一度綺麗に洗っておけ」
せめて体に付着した汚れ位はどうにかして欲しい。先程のように抱き着かれるにしても、その体が汚れているというのは嫌なのだ。
「………」
「おい、どうした。返事くらいしろ」
「………」
依然としてそっぽを向く彼女。どうやらそれすらも嫌らしい。
しかしそのままというのはレイの方が許容出来ない。レイは彼女を魔法で浮かせると、連れ立って再び風呂場へと向かって行く。
「そんな汚い状態で傍に居るなんて俺が許さんからな。一度徹底的に磨き直してやる」
何をされるのかを察した彼女はジタバタと暴れ出したが、宙に浮いた状態では何も出来ず、ただただ無駄にもがくだけだった。
「ミィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
風呂場に連れ込まれた後には、彼女の悲鳴が木霊するのであった。
ーーー
「ミィ……」
レイによって綺麗に洗われてしまった獣人の彼女は、グッタリとした様子で風呂に浸かり縁に寄り掛かっていた。
レイが隅々まで洗った甲斐あって、その肌には艶やかな肌色が戻り、ボサボサになっていた髪にもしっとりとした光沢が戻っていた。未だ手に入れてないから石鹸すら使っていないのにこれ程とは、彼女の元々のポテンシャルはかなりの物だろう。
因みに言っておくと、レイが彼女を洗っている間に疚しい事は一つも無かった。大きく膨らんだ胸も、女性的なくびれのある体も、尻尾の付け根のある尻や局部に近い足の付け根等も洗ったりしたが、ピンク色になりそうな雰囲気は欠片も生まれなかった。どちらかと言うと体を洗われるのを嫌がる猫と、それを無理矢理洗う飼い主のような構図に等しい。余りに派手に暴れる物だから、レイも疚しい気持ちを抱く暇すら無かった。
「そんなに入ってるのが嫌だったら、もう上がっていいぞ、そこの囲いの中に着替えを用意しといたから」
「うん…」
言うや否や風呂から上がり、トボトボと移動して行く。
「全く、風呂が嫌いとはな」
別に人の趣向に一々口を出すつもりは無いが、せめて最低限清潔にしていて欲しいとは思う。少しは隣で心地良さそうに浸かっている子ウルフを見習って欲しい。
この子ウルフは相当風呂が気に入ったらしく。放っておくと途中で風呂が冷えない限り軽く一時間近く入っている。逆に逆上せないのか心配になる程だ。
(互いの趣向を足して二で割ったくらいになったりしないものかな…)
ありもしない事をグダグダと考えながらゆったりと風呂に浸かる。拠点の周りは殆どの木が伐採されているので、上を見上げれば満天の星空が見える。
既に何百と見て来た見慣れた星空だが、見飽きる事は無い。寧ろこれからは風呂に入る度にこの星空が見えるのだと思うと、地球にいた頃よりも贅沢に感じられる。
「露天風呂にして正解だったな」
「ああ。お蔭で私達も問題無く入れる」
そういう訳では無い。それにエンシェントウルフが出入りする度にお湯が溢れたり少なくなったりするのだ。その度にレイが魔法でお湯を追加するのだ。その点に関しては充分問題である。その内エンシェントウルフ専用の風呂桶も作らなければならないだろう。
「そう言えば、お前等はいつまでここに住み着くつもりだ?」
エンシェントウルフ達がここに住み着いて約一年になる。子ウルフも大型犬並の大きさになり、身体能力もその辺のウルフ程度なら完封出来るだけの力を持っているのは、魔力の反応を見ればなんとなく分かる。
しかし、この二匹は一向に出て行く気配が無い。一体どの程度までが子育てに含まれるのかは分からないが、そろそろ独立しても問題無いのではないだろうか。
「フム、最初はこの子が自分の群れを作ったらにしようと思っていたのだがな」
「それだけの力は既に持ってると思うんだけどな」
「それが作ろうとしないのだ。群れを作ってしまったらここを出て行かなくてはならない事を察したらしくてな。私が言っても聞かんのだ」
「ハァ?ここを出たくないから群れを作らないってのか?」
「ああ。どうやら、この風呂が大層気に入ったらしくてな」
「風呂目的で群れ作りを放棄するウルフって……大丈夫なのかよそれ」
ウルフは本来群れを作る魔物だ。いくらエンシェントウルフとてそれは例外では無く、一匹で生きるのは群れを追い出された個体か、群れから逸れた個体くらいなものだ。
「そういうのを補助するのが子育てじゃないのか?」
「そうなんだがな。こう見えてこの子は、普段はとても真面目な子なのだ。真面目過ぎて、逆に心配になる程にな」
(人の食事スペースに勝手に進入して来て食べ物を強請ったり、人が拠点に来る度に尻尾を振って駆け寄るウルフが真面目だなんて思えなんだけど)
少なくともレイにはピンと来ないらしい。レイにとっての子ウルフのイメージは、完全にペットの飼い犬であった。
「そんな子が初めて自分の意思で行動しているのを見ると、中々引き止め辛くてな」
「ただの親バカかよ…」
もう少し湿っぽい理由があるのかと思っていたら、なんて事無い、ただの個人的な物だった。
「それにこの子は、レイの事も気に入っているらしい」
「ハ?俺を?」
「そうだ。でなければあそこまで懐きはしない。それだけレイの事を認めている証だ」
認めているとは随分と上から目線である。どちらかと言うとおねだりしているように思えるのだが。
「私としては、そこを理解してくれると助かるのだがな」
「そう言われてもな。俺にとっては人間のみならず、意思疎通出来るものは全て疑いの対象だ。懐いていると言われたところで、いつそいつが自分に牙を剥くのかも分からない。信用は出来ないな」
今まで散々見て来た。自分に向けられていた好意的な目が、悪意ある物に変わった所を。
それは最早トラウマと言っていいのだろう。それを経験しているからこそ、人の悪意には敏感になるし、人の善意という物を信用出来ない。
「そんな事を言っていては、一生経っても信用出来る者など現れんぞ」
「分かってる。元よりそれは承知の上だ」
魔物に説教されるまでも無い。レイは初めから人に愛される為に行動している訳では無いのだ。ただ自分のやりたいように生きるだけ。その過程で誰からも愛されなくても構わないし、どれだけの人を敵に回しても構わない。
少なくとも今は、こうしてのんびりと過ごしているだけでも充分幸せなのだから。
「先に上がる。お前等もお湯が冷える前に上がれよ」
エンシェントウルフの親子を置いて先に出て、先程作った脱衣所という名の囲いに向かう。先程獣人の女性が入って行ったが、充分時間も取ったからそろそろ着替えも終わっている事だろう。
そして囲いの中に入ると、予想通り着替えは終わっていた。魔物の皮をなめした物をサラシのように体に巻き、同じく魔物の皮で作ったズボンのようなものを履いた彼女は、レイが来たのに気付くとその姿を堂々と見せびらかして来た。
「似合う?」
「ああ、まあ似合ってはいるんだけどな…」
何やら微妙な顔で返事をする。どうしたのかと彼女が首を傾げていると、レイがサラシを指差して言った。
「それ、一応下着のつもりだったんだけど」
そう、今彼女が上着として着用しているのはただの下着代わりの物で、それとは別にちゃんと上着も用意してあったのだ。しかしそれは無残にも地面に投げ捨てられていて、彼女に着用されてはいなかった。
他にもズボンは裾をほぼ全て引き千切られており、形状的にはホットパンツ状態になっていた。良く見ると、申し訳程度に用意しておいたパンツには手も触れられていない。つまりはそういう事なのだろう。
確かにそれでも彼女の格好は似合ってはいたのだが、レイの予想していたのとはほぼ別物のファッションになってしまっていた。
「下着?」
更に首を傾げる彼女を見て、レイはこの世界には下着が存在しない事を思い出した。まさかの失態に思わず顔を手で覆う。
「いや、何でもない。それで、どうしてそんな格好なんだ?」
「動き辛かったから」
どうやら身動きが制限されるのが嫌だったらしく、ジャケットタイプの上着は投げ捨て、ズボンも裾を破り捨てたという事らしい。
「まあ、最低限肌は隠せているからまだマシか…」
後で動き易い上着でも繕って渡せば良いと判断し、このままでは湯冷めしてしまうのでレイも体を拭いて着替える。
女性の目の前で裸体を晒した挙句着替え出すのもどうかと思うが、相手は気にしていないようだし、レイも彼女相手にはあまり気にしていないので特に問題はない…筈だ。
「レイ」
「……何だ?」
「服、ありがと。私、これ、大切にする」
見ると、彼女は着用したサラシに手を当ててウットリとした目で愛おしそうに撫でている。撫でる度に大きく膨らんだ胸がフニフニと形を変えているが、特に誘っている訳では無いのだろう。単に服を貰えたのが嬉しかっただけの筈だ。
それでもそこまで喜んでくれたのなら、レイとしても用意した甲斐があったというものだ。渡したものを喜ばれて悪い気はしない。
まあでもーーー
「大切に思ってるのなら、ちゃんとした着方をして欲しかったんだけどな」
「嫌」
それだけは嫌らしい。首振りのジェスチャーも無く即答で返された言葉に、レイは仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。
村を出て、新たな生活を始めたレイ。その初日の夜は、溜め息と共に更けて行くのだった。
さて、これにて章を区切ろうと考えていますが、もしかしたら次回は閑話が入るかもしれません。多分短めになるとは思いますが、あくまで予定なので…




