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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第一章
33/56

潮時

 土煙が晴れると、盗賊の居た場所には大きな岩が鎮座してるだけだった。周囲の盗賊はかなりの数が土に還り、逃げようとした数名のみが倒れている状態。

 村の中の魔力を探知してみたが、怪しい反応はもう無い。どうやらもう盗賊は居ないらしい。呆気ない終わりだった。


「さてと…」


 盗賊は粗方片付けた為、村を出ようと森の方へと歩き出す。


「レイ!」


 数歩も歩かない内にフレッドに呼び止められた。レイは返事はせず、黙って振り返る。


「お前、そんな力があったのに、何で黙ってたんだよ…!」

「言いたくなかったからに決まってるだろ」

「そうじゃ無えよ!そんだけの力があるんなら、何でイルマが寝込んだ時にその力を使わなかったんだって聞いてんだよ!それだけの力がありゃ、帰らずの森に入っても大丈夫だったんじゃねえのか!?」


『何故今まで黙っていたのか』同じ立場になったら誰もが思うであろう疑問だ。レイだってフレッドの立場ならそんな質問をするだろう。

 だからこそ、その質問が来る可能性事態はずっと前から考慮していた。しかし、フレッドにとっては今まで黙っていた事よりも、力が必要とされる時に使わなかった事の方が重要らしい。用意しておいた回答がいきなりおじゃんになってしまった。

 だが、それに関しての答えなら、考えるまでも無かった。


「……フレッド。お前はイルマが病気で死んだと思っているようだな」

「は?いきなり何言ってんだよ。ちゃんと答えろよ!」

「応える為に必要な事なんだよ。で、どうなんだ?」


 レイがはぐらかす気が無いのを理解したのか、フレッドは質問に答えた。


「思ってるも何もそうじゃねえかよ!イルマは病気になって、それの所為で死んだんだろ!」

「いいや、違うな」

「何でお前がそんな事を言えんだよ!」

「知ってるからに決まってるだろ。何故ならイルマの病気は、俺とお前がイルマの病気を知った次の日に俺が治したからな。俺の魔法で」


 そう。レイはイルマの容態を知った次の日にもイルマの家を訪れ、その時にこっそりと病気だけは治しておいたのだ。そうしておけば、後は自然に回復して行くと思っていたからだ。


「じゃあ何でイルマは死んだんだよ!病気が治ったんなら、元気にならねえのはおかしいだろ!お前の魔法が失敗したんじゃねえのか!?」

「それは無いな。確認の為に数日程様子を見に行ってたけど、治療して以降病気と思われる異常な魔力の反応は見当たらなかった」


 魔力は生命の源だ。だから体のどこかに異常があれば、その場所の魔力にも影響が表れる。つまり魔力の異常が無いという事は、それ則ち体に異常が無い事を意味している。


「病気は間違い無く治っていた。後は普通に飯を食べるだけで順調に回復する筈だった。…普通に飯を食べていればな」


 最後を強調するようにして言う。


「まさか…」

「これは俺の勝手な推論なんだけどな。恐らくイルマは、病気になってから何も口にしていなかったんだと思う」


 最初におかしいと感じたのは病気を治してから二日後の事。病原菌と思われる反応は消滅したにも関わらず、イルマの容態は更に悪くなっていた事だ。それからイルマが死んで、その後考えた結果導き出されたのがその答えだった。


「そんな訳無えだろ!だってイルマには家族が居るんだぜ!?」

「そうだな。普通なら親が子供に飯を与えないなんて事、それこそ何か仕出かした時のお仕置きくらいでしかあり得ない」


 実際にフレッドは飯抜きの刑を食らった事があるらしいが、そんなのは病気のイルマが受ける事は先ず無いだろう。今が通常通りの生活であったなら。


「けど、今の俺達の状況は普通じゃ無い。明日の食い扶持にも困る程の飢饉に突入している。それなのにあんな見るからにヤバそうな、本当助かるのかも怪しく思えてしまいそうな病気だ」


 いきなり痩せ細るなんて奇病、この世界では魔法以外の治療法は存在しないだろう。寧ろ呪いと勘違いされそうだ。


「助かるかどうかも余り期待出来ないかもと思ってしまえば、そんな奴に残り少ない食料を与えても無駄だと考えてもおかしくは無い」

「イルマのオジちゃんとオバちゃんはそんなんじゃ無えよ!だってイルマが死んだ時に、あんなに…悲しんでたじゃねえか…!」


 イルマが死んだ時の事を思い出したのか、フレッドの声が掠れ、目には涙が滲む。


「別に俺の言ってる事が真実とは限らないけどな。でも俺は強ち間違いじゃ無いと思ってる。何せイルマだけがどんどん痩せ細って行くのに、あの二人は殆ど変わっていなかったからな。少しでも食べさせられていれば、あそこまで酷くはならない」


 それに、とレイは続ける。


「子供を大切に思っているからって、見殺しにしないとは限らないだろ」

「…どういう事だよ」


 小難しい話はフレッドには分からないだろう。単に分かりたくないだけかもしれないが。


「イルマの家だって決して裕福じゃ無い。何せ家族で男なのは父親だけだからな。ただでさえ収穫は少ないだろうから、当然蓄えも少ない」


 一応女衆にも物々交換用の仕事は存在するが、そもそも稼ぎが少ない。精々塩の足しになる程度だ。


「そんな状態で家族三人を養うのは簡単な事じゃ無いだろうな。普段でさえそうなんだ。飢饉になったらその厳しさは相当な物になる。下手すりゃ娘を奴隷に出してもおかしくは無いだろうな」


 貧困な農村では生活が苦しくなると、奴隷商人に家族を売り、その金で凌ぐ。この場合、真っ先に奴隷として売られるのは女だ。無論単価としては、あまり役に立た無い少女よりも力仕事の出来る男の方が高いのだが、力のある男は家でも必要なのだ。必然的に消去法で女から売られて行く。

 中でも子供の割合は高い。下品な話、子供は居なくなってもまた作れば良いのだが、母親が居なくなってしまったら再婚でもしない限り子供の数は増やせない。要は優先順位の問題だ。


「しかしそれはイルマが病気になった事でそれは出来なくなった。病気の子供なんて売れる筈が無いからな。けどこのまま飯を食わせていたら、最終的には自分達共々飢え死にするだけ。そうなると、もう飯を食わせずにイルマに死んで貰う他無いだろうな」

「………」

「さっきも言った通り、これは俺が勝手に考えたものだから、これが真実だとは限らない。けど俺は、多分だけど間違ってないと思ってる。体に異常は無いのに病死する筈が無いからな。気になるんなら後で聞いたみたら良い。もし本当に俺の考えた通りだったら、確実に気不味そうな顔するだろうから」


 そう言って村から離れる様に歩き出す。


「どこに行くんだよ」

「帰らずの森」

「ハァッ!?何でだよ!」


 お使いに行くようなノリで放たれた内容に吃驚びっくりして飛び上がった。


「何でって、周りを見て分からないのか?」

「周り?」


 レイに言われて周囲を見渡す。そこには、レイの所業を見ていた村人達の姿があった。恐怖、猜疑、憎悪、誰もがレイに対して負の感情を抱いているのが分かる。レイによって盗賊から救われたにも関わらずだ。


「下手にこれ以上留まると、村の連中が色々と下らない事を言って来そうだからな。今の内に逃げさせて貰う。森の中になら、追ってくる奴も居ないだろうしな」


 仮に追って来ても精霊結界がある限りレイの拠点に来る事は出来ない。ウルフに襲われて死ぬだけだ。レイには痛くも痒くも無い。


「ユニスはどうするんだよ」

「別に俺が居なくでも死にはしないだろ。アイツには親も居るし、お前やエリックも居る。村の連中からも好かれているみたいだから悪いようにはされないと思うしな」

「そうじゃねぇ!ユニスはお前の妹だろ!?居なくなっても死なないからって離れて良い訳無えじゃんか!」

「だから村に残れと?俺が村に留まっていたら、ユニスの立場も危うくなるかもしれないのにか?ここで俺を庇えば、今俺に向けられている目は確実に周囲の奴にも及ぶぞ」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、そんな事態になればそれこそ笑えない。レイは実力的に村の人間全てを敵に回しても勝てるだろうが、それ以外のランド、ユーリ、ユニスの三人はそうは行かない。最悪レイ以外の三人は村によって殺される危険性すら出て来るだろう。


「今俺が村を出る事が重要なんだよ。俺がこんな力を持っていた事は俺以外誰も知らない。家族すらもだ。流石に村の連中も、同じく俺に騙されていた被害者には何と言えないだろ。騙されていたのは自分達と同じなんだからな」

「そんな…そんなのって…」


 家族が危険に晒されないように、自分が居なくなる事によって結果的に敵意が向かないようにする。まさかレイがここまで考えていたなんて、フレッドは思ってもいなかった。

 そんな風に言われてしまっては、もう何も言う事は出来なくなってしまう。そんな結末は望んでいないのに。


「そういう訳だ。じゃあな」


 フレッドに、いや村に背を向けて歩き出す。迷いも悲壮感も感じさせず、日常を歩むが如く、真っ暗な森が作り出す闇へ向かって行く。

 このままではいけないと、フレッドは歯を食いしばって立ち上がると、闇の中に消えて行くレイに向けて叫んだ。


「俺は覚えてるからな!お前が村を守ってくれた事!絶対に!」


 レイは一切応答せず、そのまま闇に消えた。果たして今の言葉がレイにちゃんと届いたのだろうか。今のフレッドには分からなかったが、少なくとも聞こえてたら良いとは思っていた。


 ーーー


 帰らずの森は魔境、大量の魔力によって魔物が大量に存在する危険地帯だ。戦闘経験の無い者が不用意に入ろうものなら、その日の内に魔物の餌食となるだろう。

 その森の中をレイはスルスルと進んで行く。既に何百回と通った道だ。勝手知ったると言わんばかりである。


「それにしても、まさかレイがあそこまで考えた上で行動しておったとはな」

「うん。てっきり邪魔になったら皆消しちゃえば良いとか言い出すと思ってたのに」

「お前等俺の事何だと思ってたんだよ。いくら俺でも、一々湧いてくる敵を片っ端から潰すような面倒な真似はしたく無いんだよ」


 かと言って無視するのも目覚めが悪い以上、可能性は事前に潰してしまった方が楽なのだ。勿論レイは別段頭が良い訳では無いので全部潰せる訳では無い。その場合は当然腕尽くになるだろう。


「ニュフフフフ〜。だってレイだもん。それくらいズバッとやっちゃうんだもんね」

「お前はお前で俺の事何だと思ってるんだよ…」

「んにゃ?」


 肩に乗って首を傾げるフラム。思わず溜め息が漏れた。


「俺は別に、お前等が考えてるような優しい理由で行動してた訳じゃ無いんだよ。ただ村の連中が、勝手に俺にとって気にくわない事をするってのが個人的に嫌だった。だから手を打っただけの事だ」


 理不尽を見ていて黙っているような精神構造はしていない。レイにとって理不尽とは、地球で生きた頃の生活そのものだったのだから。

 そんな光景を見ているのは不快極まりない。昔の自分を見ているようで気分が悪くなる。だからそんな物を見せた奴は絶対に抹殺するが、別に見なくても済むのであればそれに越した事は無いのだ。


「多分だけど、俺はあの家族が死んだとしても、その事に関しては全く悲しまないだろうな」


 レイが今回行動したのは、別に家族が大事だからなんていう、まるで創作物の主人公のような理由では無い。

 なら何故かと問われれば、全く関係の無い人間を迫害するという行為自体が気に食わなかったからに他ならない。

 結局の所、レイは自分の為に行動を起こしたのだ。故に、仮に村を出る前に家族が殺されたとしても、殺して相手に怒りを覚えても、死んでしまった家族を悲しんだりはしないだろう。

 それが本当なのかは実際に死なれないと分からないだろうが、一緒に遊んでいたジムやイルマが死んだ時には殆ど何も感じなかった事を考えると、強ち間違いでは無いのかもしれない。


「だからシエルが言った通り、もし俺の気分を害する奴が現れたら、先ず間違い無く滅ぼすだろうな。けどそれは飽くまで手段であって、消すこと自体が目的では無いんだよ」


 レイの説明に、アイシアが納得したように手を叩く。


「そう。つまり、酷い事をしている人がいたら止めるけど、それを人助けと呼ぶのは恥ずかしくて出来ないって事なんですね」

「話聞いてたか?恥ずかしいも何も人助けとかじゃ無いって」

「大丈夫です。私達はちゃんと分かっていますよ」


 まるで意地を張る子供を宥めるような言い方である。考えを改めるつもりが無い事だけは分かった。

 これ以上言い聞かせても意味は無さそうだと判断して、溜め息と共に会話を切り上げる。

 そして、レイの纏っていた緩い空気が一瞬にして切り替わった。


「ーーーレイ様」

「分かってる」


 探知範囲に入っていた魔力の内の二つがこちらに向かって近付いて来ている。縦に並んで時間差で迫って来ている様だ。内一つは直ぐそこ、耳を澄ませば足音が聞こえる距離にまで来ている。暗闇の向こうから大きな影が浮き上がり、それが動く度にズシンと足音を立てる。

 そして鼻息荒く現れたのは、レイが軽く見上げる程の猪だった。


「アサルトボアじゃな。普段ならもう少し深い所に居る筈じゃが…」

「飢饉に盗賊の襲来、挙げ句の果てに本来居る筈の無い魔物って、あの村呪われてないか?」


 こんなにも良く無い事が重なるなんて普通では無い。日本の厄年でもここまで酷くは無いと思える。

 尤もこの世界では魔法という超絶技巧オカルトな物が現存しているので、そう言った迷信めいた事もあり得てしまうのかもしれない。

 しかし、それにしてもだ、


「今度は牡丹鍋か…」


 これ程の大きな猪、さぞや肉も多かろう。狼や獅子や熊なども食して来たレイにとっては、猪程度完全に食材として扱われていた。


「ブォォォォーーーーー!!」


 アサルトボアの雄叫びが、空気を裂くように響き渡る。これだって並の相手なら戦意を喪失し、それなりの相手でもすくみ上がるレベルだ。


「活きが良いな。食材としてはこれくらいの方が良いか」


 尤もレイには全くと言って良い程効果は無かった。寧ろ食材としての期待値を上げる結果にしかならなかった。


「レイは本当に食べ物ばっかりだね」

「最近周りに合わせて碌な物食べていなかったからな。新しい拠点に戻ったら、独立祝いに豪勢な物を食べようと思っていたから丁度良い。コイツを使ってパーッと行こう」

「やった〜!お肉食べ放題だ〜!」


 本当にこの二人(?)は食べる事ばかりである。一方は数年に渡る粗衣粗食の反動で、もう一方は初めての美味が気に入ったからなのだが。


 そんな態度が頭に来たのか、アサルトボアはレイに向けて突進して来た。大質量の物体が高速で迫る様はかなりの迫力であるが、やはりレイにとっては脅威足り得ない。【重力制御グラビティコントロール】で動きを止めて、その隙に首元を狙って【風の刃(エアーカッター)】で切り裂いて血抜きをしながら殺そうと決め、手始めに【重力制御グラビティコントロール】を発動しようとした、その時だった。


「ッ!?」


 突如アサルトボアの後ろを追従するように近付いて来ていた魔力反応が急加速して迫って来たのだ。それも生半可な速度では無い。およそ五十メートルは有ろうかという距離を一秒と掛らずに移動した。

 一体何が来ているんだとレイが思った瞬間には、その反応はレイの直ぐ近くにまで迫り、突如軌道を変えるとアサルトボアに真横から突撃した。

 軌道変更に使ったであろう木がメキメキと音を立ててへし折れる中、正しく黒い弾丸のような速度でアサルトボアに突撃したそれは、ドスンッ!!という途轍も無い衝撃音を立ててぶつかり、アサルトボアを宙に巻き上げた。

 そしてズシンと地に落ちるアサルトボア。良く見てみると、首元には切れ目が走っていて、そこからはドクドクと血が流れ出ていた。未だアサルトボアは生きているのか足がピクピクと動いていたが、それも時間の問題だろう。

 そして瀕死になったアサルトボアの上に、先程の黒い物体は立っていた。月の明かりが辛うじて照らすその姿は刃物を手にした一人の女性であった。ボロ布を更にボロくしたような布切れがギリギリの所で体の大事な部分を隠しており、それ以外の殆どの体の部分は丸見えになってしまっていて、その抜群のプロポーションを惜しげも無く晒していた。

 そして、そのしなやかな体からは、黒く細長い尻尾が生えていた。良く見ると頭頂部の辺りにも耳が生えている。


(獣人か…見るのはこれで二度目だな)


 異世界では定番である筈なのに、今だ二回しか見ていないというのもおかしな気はするが、こんな辺境に人が訪れる事自体稀なのだから仕方ない。

 レイが無遠慮に獣人の女性を見ていると、ピキッという音が聞こえた。その次の瞬間、彼女の手にしていた刃物の刃が砕け散った。

 一体どんな扱い方をしたら戦闘中でも無いのに刃が砕けるのかは分からないが、柄だけになった元刃物を握る彼女に動揺は一切無かった。一切の動揺も無く、彼女は振り向いてレイを見る。

 気怠げと言うか、やや眠たそうな目でレイを見た彼女。感情らしい感情を感じられない彼女は、直後、手にしていた柄をスルリと手放した。

 重力に従って落ちる柄が地面に落ちて鈍い音を立てる。

 それと同時に、彼女は一瞬にしてレイの目の前に移動していた。


「ッ!?」


 魔法とかでは無い、純粋な身体能力による高速移動。音も予備動作も無く跳躍して、瞬く間にレイとの距離を詰めたその技量は凄まじい物だった。

 しかしだからこそ、レイもギリギリのところで反応が間に合った。戦闘のために身体強化をしておいたのが功を奏したようだ。手を伸ばした彼女から瞬時に後ろに下がる。

 負けじと彼女も前に出て来た。やはり素早い。これが獣人の身体能力なのだとしたら、獣人という種族はとんでも無い化け物ばかりである。あっという間に再びレイとの距離を詰めた。

 本当に途轍も無い速度だ。今までに見て来たどの相手よりも断トツで速い。流石に零コンマ数秒のいう極短時間では【転移(テレポート)】は間に合わず、レイは苦肉の策として迎撃を選択した。

 やる事は単純。相手がレイを捕まえる寸前で身体強化された拳で殴り飛ばす。

 果たして目の前の尋常じゃ無い速度を誇る獣人相手に通用するのかとか、女性相手に腹パンはどうなんだという倫理的な問題もあるが、この初級魔法すら発動する時間の無い一瞬ではそれくらいしか出来る事は思い付かず、後者に至ってはレイは一切気にしない。

 そしていざ拳を突き出そうとしたその時、レイは気付いた。彼女の目がこれ以上無いくらいに輝いていた事を。


(……ハァ?)


 目の前に迫り来る女性は眉一つ動かさない無表情だというのに、その目は疑いようが無い程に喜びを湛えていた。キラキラと輝かせたその目に、敵意は一切感じられない。


「ーーーフッ!」


 まあだからと言って問答無用で迫って来る相手を殴らない理由にはならず、レイは構わず腹に拳を突き刺した。

 相手の向かって来るスピードも加わって相当な威力になった攻撃に体がくの字に曲がる。真面な人間なら悶絶所か命にも関わる一撃。

 しかし彼女は体をくの字に曲げたまま、レイを包み込む様に抱き締めた。


(コイツッ!)


 大型の魔物ですら打ち所次第で骨を砕く威力の拳を、更にスピードを加えて強力になった状態で耐え抜くなんて、一体化どんな体をしているというのか。

 しかしまだやりようはある。このまま拳から魔法を放って吹き飛ばせば良い。発動までに一撃は貰うだろうが、それと引き換えに腹に風穴を開ければそれだけで致命傷だ。

 そう思って右手に魔力を込めようとしていると、レイの頬を柔らかい感触が撫でた。


「ミィ〜、ミィ〜」


 レイを抱き締めた獣人の女性が頬擦りしていた。それも目を閉じて幸せそうに。まるで自分の体を擦り付ける猫の様だ。

 しかし抱き着かれたレイは堪ったものでは無かった。息苦しいし、暑いし、そして何より、彼女の体臭が酷かったのだ。

 女性相手に何で言い草だと思うだろうが、実際そうなのだから仕方が無い。女性特有の甘い香りを何倍にも凝縮した様なキツい臭いだった。良い香りも度が過ぎれば駄目らしい。それに長い間風呂にも入っていないのだろう、レイに頬擦りする彼女は何かベタベタしていた。

 良い加減我慢出来なくなったので、【転移(テレポート)】で拘束から逃れる。獣人の女性は「ミィ?」と不思議そうに首を傾げてレイを探す。

 そしてアサルトボアの死体の側にレイがいるのを見付けると、再度突撃して来たが、それを読んだレイが魔法を使い宙に浮かせて身動きを封じた。

 それでも尚レイに近付こうともがく姿に何やら執念めいたものすら感じるが、兎に角これで落ち着いて話が出来そうだ。


「何なんだよお前。会うなり突然抱き着いて来て」


 レイに獣人の知り合いは一人しかいないが、あれはレイと大差無い幼い少女であって、こんな大人一歩手前の女性では無い。


「ミィ?」


 しかも『ミィ』しか言わない奴でもない。少なくとも会話は成り立っていた筈だ。

 どうしたものかと溜め息を吐いたレイの視界に、先程壊れた刃物の柄が映り込んだ。数えるのも億劫になるであろう使い込まれて若干擦り切れた柄。しかしその柄を見て、レイは既視感を覚えた。

 前に見た時の記憶は忘れる筈も無い。レイが初めてナイフを作った時のものだ。あんな包丁の柄のような木を削っただけの柄の武器なんてそれしか知らないし、自分の武器を誰かに渡した記憶もそれしか存在しない。


「まさか、お前があの時の獣人だって言うのか?」


 信じられないと言わんばかりのレイの問に、獣人の女性はコクリと頷いた。

長くなっちゃったので一旦区切ります。

なるべく早く更新できると良いな(願望)

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