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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第一章
31/56

友が為

 次の日、寝不足気味のフレッドは重たい瞼を擦りながら歩く。

 既に時刻は夕方。畑仕事が終わった後で眠気が途轍も無いレベルに達しているが、今は家に帰っても眠れそうには無い。


「兄ちゃん。家はそっちじゃ無いよ」

「え?」


 エリックに言われてぼんやりしていた意識が漸く現実に戻って来た。言われてみれば、家とは全く違う方向に進もうとしていた。


「あ、ああ、そうだった」


 踵を返して、その瞬間ふと思う。今進もうとしていたのは、イルマの家の有る方へと続く道だったと。

 数日前の痩せ細ったイルマの姿が頭に浮かぶ。


「……エリック、俺ちょっと行きたい場所があるから先に帰っててくれ」

「え!?あ、ちょっと兄ちゃん!」


 エリックを置き去りにイルマの家に走る。特に深い理由は無い。ただ気になったから。それだけだった。

 程無くしてイルマの家に着く。フレッドの足に着いて行けなかったのか、後方にエリックの姿は無い。しかしその事を思考の彼方へと追いやったフレッドは全く気にしない。

 戸に手を伸ばす。普段なら何の躊躇いも無く開くのに、どこかで躊躇してしまい、手が途中で止まってしまう。

 どうしようかと迷っていると薄い壁の向こうから声が聞こえて来た。


『それで、イルマの様子はどうなんだ?』

『相当弱ってるみたい。今様子を聞いて来たけど、苦しむだけで殆ど返事らしい返事をしなかったの』

『そうか……だとすると、今日辺りが限界か』

「ッッ!!?」


 もって今日明日。恐らくそれが意味するのは、イルマの生きていられる時間。


(イルマが…死ぬ?)


 今度こそ死なせないようにとここ数日頑張って来たのに、結局何一つ出来ずに死なせてしまう。それではジムを死なせた時と同じだ。

 気付けば、フレッドは全速力で駆け出していた。死んでしまったジムの顔が、そして最後に見た痩せ細ったイルマの顔が、頭の中で膨れ上がって行く。そしてそれに対する恐怖が、次第に森への恐怖を押し退けて行く。

 森で起こった事は今でも忘れられない。しかしそれ以上に、また友達が死んでしまうのが嫌だった。


 途中、イルマの家に向かう途中だったレイは、走って行くフレッドとすれ違った。


「何だ?」

「フレッド、凄い怖い顔してたね」


 少なくとも良い事では無いだろう。そしてフレッドの来た道はイルマの家のある方向。イルマ絡みで何かしら悪い事。考えられるとすれば一つ。


『イルマの容態でも悪くなったのか?』

「でも、それなら何で家から離れるんだろう」

「というか、前にも似たような事があったような気が…」

『最初にイルマの様子を見た時だな』


 イルマの変わりようにイルマの家を飛び出した時もあんな感じだっただろう。


「確かあの時は川に魚を取りに行ったのよね」

「じゃあまた川に取りに行ったんだ」

『……いや、違うな』

「ぶー、じゃあレイは何だと思うの!?…ん?レイ?」


 レイの表情が険しくなっている。怒ってていると言うよりは、呆れと煩わしさの割合の方が多いだろう。


「レイ、どうしたの?」

『そもそも、今フレッドが向かって方に川は無い。あるのは森だ』

「森…じゃあまさか!」

『アイツ、森に入って食べ物を取って来るつもりだ』


 面倒な事になった。無意識にそんな事を思う。ここ最近は毎日のように川に行っていたから、変な事になりようが無いと放置していたのだが、まさか今日になってイルマの家を訪れるとは思っていなかった。


「それで、どうするのじゃ?」

『そうだな。正直面倒だから放置しても良いんだが……そのまま森で死なれてもそれはそれで寝覚めが悪いんだよな』


 とは言え、それがフレッドを助ける決定的な理由になる訳でも無い。これまで何度も面倒事を起こされて、その度に尻拭いをさせられて、そろそろ助けるのも面倒になって来ていた。

 幾ら親しいからと言って、そこまでして助けなければならない理由もレイには無いのだ。


「あ!レイ、大変大変!」

『いや、大変な事になってるのは理解してるから』

「そうじゃ無いの!ベリーの実がもう直ぐ無くなりそうだったの忘れてた!」


 ベリーの実とは森に実っている木苺のような果物で、若干酸味がつよいものの、煮詰めると甘味が増すのでジャムにしてパンに塗ったりしているのだ。

 これが精霊達に評判で、特にフラムはお気に入りだった所為もあって意外と消費が早いのだ。言われてみれば、確かにもう直ぐベリーのジャムの瓶が空になる頃だ。


『そうだな。じゃあ取りに行くか』

「わーい!」

「ちょっと待て!目的がすり替わってないか!?」


 本来フレッドを助けるのが目的だった筈なのに、いつの間にかベリーの実を採りに行くのが目的みたいになってしまっていた。


『そんな事は無いだろ。フレッドを助けに行くついでに、ベリーの実をこっそり調達して来るだけだ』

「やる気にはなってくれたみたいじゃが、今の話を聞くとあの小僧の方がついでみたいに聞こえるのう」

『気の所為だろ。俺としては、どちらかが欠けていたら、森に行こうとは思わなかった』

「それはつまりフレッドだけでは森に行くには不十分という事になるのじゃが」

『……まあ、正直うんざりして来ている感はあったな』

「思いっ切りぶち撒けおったな」


 ついでに言うと、ここ等でウルフに片腕でも囓られてしまえば少しは大人しくなるのだろうかと思ったりもする。

 尤もフレッドの実力ではそうなった時点でもう助かりはしないだろうから、思い知った時には既に手遅れなのだが。


「ねえねえレイ、早く〜!」

『分かった分かった。じゃあこれから森に向かうぞ』

「えっと…フレッドを助けにだよね?」

「え?ベリーの実を採りに行くんだよ?」

「フラムは少し黙っておいてくれぬか?」

「えぇ〜!?」


 シリアスな空気を完全に破壊しながらも、レイはフレッドを追って森に向かって行った。


 ーーー


 森を見ていると、いつぞやの悲劇を思い出す。全力で走って来た所為で酸素の足りない体に荒く酸素を取り込みつつ、フレッドは親の、いや友の仇のように、奥に暗闇だけを覗かせる帰らずの森を見据えていた。

 森の奥から吹いて来る風は変に生暖かく、この冬の季節には不釣り合いの気温差を森から感じさせる。

 しかし今のフレッドには、その事に対して神秘性を感じる余裕は無く、頭の中では全く別の事を考えていた。


(怖くなんか無え、大丈夫だ。ちょっと森に入って、木の実の一つでも取ったら直ぐに戻って来るだけ、楽勝じゃねーか……だから、良い加減止まれよチクショウ!)


 この期に及んでもまだ震え続ける自分の手。それが恐怖の表れである事をフレッドは理解してはいたが、それを認める事は出来なかった。

 ドラゴンを討伐するカッコ良い英雄を夢見る自分が、魔物が目の前に居るでも無いただの森に怯えているなんてカッコ悪い事を認められなかった。


(怖く無い、怖く無い、怖く無い怖く無い怖く無い!)

「…何やってんだフレッド」

「うおぅ!?」


 突然背後からレイに話し掛けられて飛び上がる程に驚いた。レイとしては別に驚かすつもりなど毛頭無かったのだが、当のフレッドの方が思考に没頭し過ぎたのが原因である。


「な、何だよレイ、驚かすなよ!」

「お前が勝手に驚いただけだろ。それより、さっきから森を見てどうしたんだ?ウルフでも見えたか?」

「ちげーよ、そんなじゃねーよ!」

「じゃ何だよ」

「それは……」

「それは?」

「………」


 フレッドは言い淀む。レイからすれば何をするつもりなのかは言われなくても分かっているのだが、それを知らないフレッドからすれば、こういった明らかに危険な行為は必ず止めに入るレイに森に入るとは言えなかった。

 しかしこのまま無言でいても埒が明かないので、仕方なくレイの方から切り出す。


「まあここに来てやる事なんて一つしか無いんだろうけどな。…お前、森に入るつもりだっただろ」

「は!?そんなんじゃ無えし!」

「誤魔化しても無駄だ。お前は単純だからな。こんな場所に来てやる事って言ったら、森に入る以外考えられないんだよな」

「だからちげーって言ってんだろ!」

「じゃあ何なのか言ってみろよ。目的があって来たなら直ぐに答えられるだろ」

「だ、だから、その……さ、散歩の途中で偶々こを通っただけで」

「フレッド…嘘吐くならもう少しマシな嘘吐こうぜ」

「うっ!」


 あれだけ全力で走っておいて、散歩は流石に無いだろう。言った瞬間嘘だという事がバレバレだ。


「どうせあれだろ、森の中に食べ物でも採りに行くつもりだったんだろ」

「……ああそうだよ…!もうこれしか方法は無えんだよ!イルマがヤバいんだ。時間が無えんだよ!」


 殆ど断片のみの言葉、それだけでレイは、イルマの容態を理解した。


「イルマが。そうか…」

「だからお前が止めても俺は行くぞ。もう二度と、友達を死なせたりしねえ!」

「……誰も止めるなんて言ってないだろ」

「……え?」


 そもそもレイはベリーの実を取りに行くのだから、ここで引き止めるつもりは無いのだ。ついでにイルマに食べ物を取って来ると言う目的が一つ追加されただけなので、実質それ程手間は変わらないから大した問題でも無い。

 そうとは知らず呆気に取られるフレッド。レイは前に出て、フレッドの横に並ぶ。そして指を一本立ててフレッドに見せる。


「百秒だ」

「な、何がだよ」

「俺が百数え終わるまでに、森から何かしら食べ物を見付けて戻って来る。それ以上は流石に危険だから、それが嫌なら力尽くで止めるぞ」


 声を低くし、睨むような形でフレッドを見る。

 その雰囲気からは冗談では無く、本気でそうするつもりだとフレッドに認識させる。幾ら止めるには無いと言っても、危険に晒されても良いという訳では無いのだ。最低限安全と思われる境界線くらいは守って貰いたいというのがレイの気持ちだ。

 一応周囲を探知魔法で調べてみた所、現在位置から少し離れているが、幾つかのウルフの群れと思しき反応を感知した。あまり奥に行き過ぎると勘付かれる恐れが出て来るが、森に入って百や二百メートルくらいならギリギリ逃げ切れる距離だ。

 百メートルを速くても十五秒掛かると仮定して、行きと帰りで三十秒使ったとしても四十秒間余裕がある。これなら木に実っている物でも十分狙えるだろう。無論食料が見付かればの話だが。


「分かった、それで良い!」


 即決。清々しいまでの即決だった。レイの睨みも緊張を感じた物の、怖気付いた感じは一切無かった。

 尤もレイは、フレッドなら否は無いだろうと踏んでいたので特に感動も無いが。


「そうか。なら急ぐぞ。時間が無いんだろ?」

「おう!」


 フレッドも心の中で森に入る決心を付ける。いつの間にか、握られた拳から震えは消えていた。


「良いか、兎に角真っ直ぐ進むぞ。そしてもし俺が戻ると言ったら、例え何も手に入ってなくても引き返す事」

「分かった」


 本当に分かっているのかは微妙な所だが、今はそんな事を議論している場合では無さそうだ。もし言う事を聞かない様なら文字通り力尽くで連れて戻る事にする。


「それじゃあ…行くぞ!」


 森へと入ると同時にカウントスタート。一歩遅れてフレッドも続く。

 森の中は普段から薄暗いのだが、夕方だけあってかなり暗くなっている。そんな鬱蒼とした森の中、道無き道を、レイとフレッドは駆け抜ける。ついでにフラム達は先に飛んでベリーの実を探しに行かせた。

 生い茂る草を掻き分け、乱立する木々を避けながら、地面や木の上に食べ物が無いかを探しつつ奥へと進んで行く。時々草や木の枝が顔や体を叩くが、そんな事を気にする余裕は無かった。

 カウントが十を超えた。まだ食べ物は見付からない。人が殆ど入らない割に、森の外側から見える範囲には何も実っていないから、そう少し進む必要がある。


「クソッ!どこまで行ったら有るんだよ!」

「悪態吐く余裕があるなら目を凝らせ。今十五を数えたぞ」

「嘘だろ!?レイお前、態と早く数えてねえか!?」

「そんな訳無いだろ。ちゃんと早くならないように気を付けながら数えてるよ」


 そしてカウント二十、まだ食べ物は見付からない。二十秒も足場の悪い森の中を全力で走り続けると、流石のフレッドも息が切れ、動きも鈍って来る。それでも止まる事無く走り続ける。

 幸いにして鳥籠で遊んでいたお蔭か体力はそれなりに鍛えられているから、仲間内でもトップクラスの体力を誇るフレッドならもう暫くは持つだろう。

 しかし幾らフレッドが体力があるからと言っても、肝心の食べ物を見付けられなければ意味が無い。体力に余裕があっても、時間に余裕は無いのだ。

 そして碌に食べ物を見付けられないまま三十秒が経過した。


「拙いな。このままだと収穫無しで引き返す事になりそうだ」

「クソッ、どこにあるんだよ食い物は!?」


 一向に食べ物が見付からず焦りばかりが募るフレッド。その後ろで見えないように精霊達が摘んで来たベリーの実を【アイテムボックス】にしまうレイ。…フレッドだけを見ると如何にもシリアスな展開なのに、後ろで同時進行している内容がそれを完璧に破壊してしまっていた。

 しかも当のレイはバレないように雰囲気だけは本気出してますと言わんばかりに振舞っているのだから質が悪い。フレッドから見れば、レイも真剣になって食べ物を探しているように見えているのだろう。

 一応精霊達のお蔭で片方の目的は遂げたが、別の目的は達成されず、刻一刻と時間が過ぎて行く。もう直ぐ時間は四十を数える頃。これ以上先に進むと危険だ。帰りの事を考えてもうそろそろ退却の指示を出そうかと思ったその時だった。


「あったッッ!!」


 少し先にリンゴらしき果物の実った木が何本か生えていた。


「良し、適当に採って直ぐに戻るぞ」

「おう!」


 食べ物を見付けて希望が見えたからか、フレッドが更にペースを上げて木に向かって行く。

 リンゴが実っているのは地面からおよそ五メートル近く高い場所にある。つまりそこまで登らなくてはならなかった。

 今までリンゴは風属性魔法で採っていたので、実際に木に登って採るのはこれが初めてだ。実際にやってみると中々難しい。少しでも力を抜いたら落ちてしまいそうだ。フレッドもかなり苦戦しているが、手足の力を使って強引に登って行っている。

 レイも身体強化を更に強めて登って行く。カウントは既に五十を超えている。急がなければならない。

 幹を登って、乗っても大丈夫そうな太い枝に立って、手に届く所にあるリンゴを手当たり次第に採って行く。子供なのでそれ程多くは持てず、三個程採れば限界だが、それだけあれば十分だろう。


「そろそろ戻るぞ」

「も、もうちょっとだけ」


 既に五つ程抱えた状態でまだ採ろうとするフレッド。


「それだけ採れれば十分だろ。早くしろ」

「わ、分かったよ」


 渋々諦めるフレッド。しかしここに来て降りる事を失念していたのか、中々降りられずにいる。


「何やってんだよ」

「煩え!思ってたより高くて吃驚しただけだ!」

「ああもう良いから一個こっちに投げろ。片手が空けば降りられるだろ。時間無いんだから早くしろ、もう直ぐ六十超えてるぞ」

「えーっと…百まで後どれくらいだ?」


 レイは失念していたが、この世界の教養の無い子供は数を数える事も出来ない。精々一から十まで数えられれば御の字だ。


「もう半分も無いんだよ!分かったら早くしろ」

「お、おう!」


 急かされるままレイに果物を一個投げ渡す。そして自由になった片手で枝の根元を掴んでぶら下がり、手を離して地面に降りる。


「急ぐぞ。長居は無用だ」

「分かってるよ」


 受け取ってた果物を投げ返し、来た道を戻ろうとしたその時だった。


『……ォォォーーーーーン………』


「ッ!」

「今のってまさか!」


 間違いようが無い。それはウルフの遠吠えだった。距離は離れているが、それは安心する要因にはならない。


「走るぞ!」

「クソッ!またかよ!」


 一目散に来た道を戻る。ウルフ達が二人を追って来ている事は、後ろから伝言ゲームの様に次々と木霊する遠吠えを聞けば分かる。

 しかし予想通り距離は離れている。行きと同じペースで戻れば追いつかれる事は無い。その筈なのだが……


「おいフレッド。走るのが遅くなってるぞ。追いつかれたいのか?」

「これでも思いっきり走ってるよ!つーか何でレイは平気なんだよ!?」

「お前みたいに考え無しに全力を出さないからだよ」

「ああもうチクショー!」


 序盤飛ばし過ぎたか、フレッドの走るペースがどんどん落ちている。それでもまだ追いつかれる可能性は少ないが、楽観視は出来ない感じになって来ている。

 探知魔法によると、ウルフの群れは数キロ離れた場所からグングンと距離を縮めて来ている。反応からも追って来ているのがウルフである事に間違いは無い。


(このまま何も無ければ……クソッ、フラグかもしれないと分かってても思わずには居られないな、こういうのは)


 そしてフラグの回収は思っていたよりも早かった。


「あっ!」


 フレッドの腕から果物が一個零れ落ちたのだ。無意識に拾おうとスピードを落とすフレッド。


「止まるなッ!!」

「ッ!」


 レイに一喝されて我に帰り、一瞬躊躇しつつも名残り惜しそうに落とした果物を諦めた。

 丁度その頃、レイの数えていたカウントが八十になる。後二十秒。少なくともそれくらいあれば森を抜け出せる所まで来ているが、後ろからウルフが物凄い速度で迫っていると考えると、その時間もとても長く思える。


『ォォオオオーーーーーン……!!』


 また遠吠えが聞こえた。先程に比べてかなり鮮明に聞こえるようになっている。ウルフなんて素材か食料でしかないレイは兎も角、フレッドにはかなりのプレッシャーになるだろう。


「クソッ!外はまだなのかよ!」


 実際、焦るフレッドはキツそうだ。嫌な事というのは本当に長く感じる。今のフレッドには、十秒が何倍にも長く感じられているだろう。

 しかしそれももう直ぐ終わりだ。何故ならレイの目には、薄暗くも外の景色が見えたからだ。


「外が見えたぞ。もう少しだ」

「よっしゃ!」


 終わりが見えた途端に分かり易い程に活力を取り戻すフレッド。


「言っとくけど森を出ても直ぐに止まるなよ。奴等は入り口付近なら森から出て攻撃してくるからな」

「分かってるよ!」


 カウントはまだ九十まで数えて無いが、これなら後数秒で抜けられそうだ。

 速く、少しでも速く足を動かして走る。後ろから聞こえるウルフの遠吠えも、かなり近くに感じるが、ここまで来るとそれ以上に外が近くにあるという希望の方が勝った。

 最後の草むらを突っ切り、暗かった視界が一気に開ける。それは遂に、レイとフレッドは森を抜けた事を意味していた。


「やったぜー!!」


 歓喜に沸くフレッド。そしてそのまま止まらずに走って森から一気に離れる。

 それから数秒遅れでウルフの群れが森の入り口に来たようだが、既に遠く離れたレイとフレッドを追う事はなく、忌々しそうに唸って森へ帰って行った。


 ーーー


 暫く走り、森の入り口が殆ど見えなくなるくらいにまで走った辺りで、漸くレイが足を止めた。それを見てここまで来れば安心だと判断したフレッドが、立ち止まると同時に崩れ落ちる。流石のフレッドも体力が尽きたようだ。仰向けに倒れてひたすら酸素を取り込む作業を続けている。

 結果的に採って来れた果物はレイ三個、フレッド四個の計七個。収穫と呼ぶには少ないが、一人に渡す分には十分過ぎるくらいだ。


「少し休んだら、直ぐに移動するぞ」

「ゼェ…ゼェ…なんか、さっきからずっと走ってばっかな気がする」


 森へ行くのに走って、森の中を往復で走って、そこから更にイルマの家に帰って走ろうというのだから、短時間に良く走る男である。当然息も切れるだろう。

 まあレイも同じだけ走っているのだが、レイの場合は身体強化を使っているから特に疲れは無い。……無いのだが、一応怪しまれないように軽く疲れたフリをしている。無駄に小賢しい演技である。


「つーか、良く考えたらこれって食えるのか?」

「何なら今ここで食べてみるか?」

「え!?いや、それはちょっと…」


 何やら不安気に果物を見て尻込みするフレッド。普段の無鉄砲さはどこへやらだ。それをイルマに食べさせようとしている事を忘れているのでは無いだろうか。

 面倒になったレイは自分の持っていた果物を一つ手に取ると、何の躊躇も無く齧り付いた。


「ちょっ、レイ!?」


 驚くフレッドを他所にシャクシャクと果物を咀嚼する。少々酸味が強い気もするが、甘酸っぱい味わいは悪く無い。

 尤も最初から毒など無いと知っていたからこそ出来る事なのだが。


「大丈夫か?」

「ちょっと酸っぱいけど問題無いな。その辺の雑草よりは断然旨い」


 比較対象が低過ぎて逆に不安になる言い方だが、毒が無いのは伝わっただろう。フレッドも念の為にと一つ食べてみる。


「……う、旨え!何だこれ!こんなの食った事無えよ!」


 初めての果物の味に感動しながらあっという間に硬い芯だけ残して平らげてしまった。ふぅ、と溜め息を漏らすフレッド。


「あ、あと一個だけ…」

「おいおい」


 このままだと全部食べてしまいそうな雰囲気すら感じる。


「味見はそのくらいで良いんじゃ無いか?一刻も早くイルマにコイツを届けるんだろ」


 フレッドはたった今思い出したかのように慌てて起き上がった。


「やっべ!そうだ、早くしねえと」


 ……本当に忘れていたらしい。


「もう良いのか?」

「おう!つーかこんな所で休んでる暇は無えよ!急いでイルマの家に行くぞ!」


 大急ぎで駈け出すフレッド。後ろのレイに顔を向けながらレイも急げと目で訴える。直後、前にいた何者かにぶつかり、反動で尻餅をついた。果物は手放さなかった様だが、その所為で手を着く事も出来ずに盛大に尻を打ち付けた。


「いってー」


 痛みに涙を滲ませながら前を向き直ると、いつの間にそこに居たのか二人の若者が立ち塞がるように立っていた。

 何でここに居るのかは知らないが、卑しい表情を見るに良い事では無いのがレイには直ぐに分かった。


「何だよお前等、美味そうな物持ってんじゃねえか。俺等にも分けてくれよ」


 やはりというか何というか、レイ達の持っていた果物を掠め取ろうとしているようだ。


「ふざけんな!これは俺達がやっとの事で採って来たんだ!欲しかったら自分で採りに行けよ!」

「おいおい良いのか?森に入った事が村の連中にバレたらどうなるか知ってるか?村の掟を破ったら、この村じゃ生活出来なくなるんだぞ。それでも良いのか?」

「クッ!お前等……!」


 実に分かり易い恫喝である。以前反乱を起こしたハウバーグの時と言い、この世界では良く恫喝行為をを目にする。いや、地球に居た時も似たような恫喝は受けていたから、大して変わらないのかもしれない。

 ただ、見ていて腹立たしく感じるのも同じだった。


「お、おいレイ?」


 フレッドより前に出ると、二人の意識はレイに向かった。そんな二人に、レイは抱えた果物を一つ手に持って一言、


「そんなに欲しけりゃくれてやる」

「なっ!?」

「へへ、そっちと違って物分りが良いじゃねえか」


 勝手に話を進めていくレイ。そんなレイ見て、フレッドは憤慨する。


「何言ってんだよレイ!それは俺達が森に入ってまでして採って来た物だろ!何でそれをあっさり渡しちまうんだよ!」


 相手に渡す理由なんて無い。例え一個だけだとしても、脅して来るような奴に渡す物なんて無い。

 しかし、レイはフレッドに顔すら向けずに言う。


「今は時間が無いんだろ?それこそ、こんな所で争ってる時間すら」

「ッ!そりゃあそうだけどよ…」


 引き止めたい、しかし止める言葉が浮かんで来なかった。確かに今は一刻を争う。イルマは痩せ細った体で今も苦しんでいるのだ。こんな所で争ってる暇は無い。

 だが、そうじゃ無いのだ。ここまでして来た苦労の証は、そんな簡単に手放して良い物では無い筈なのだ。

 逡巡するフレッドを他所に、レイは下から果物を顔に向けて放る。当然果物に意識が行った若者は、果物をキャッチしようと手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、レイはその場で一回転、そして身体強化した足で相手の脛を蹴り付けた。


「いってえぇぇッ!!!」


 突然の激痛にその場に倒れて蹴られた箇所を押さえる。


「欲しけりゃくれてやるよ………俺から奪えたらの話だけどな」


 悶える様を見下ろしながら、落ちてきた果物をキャッチ。そして倒れた方に近付くと、無防備になっている相手の腹を蹴る。

 蹴る。蹴る。蹴る。ひたすらボディーに蹴りを入れ続ける。相手がガードを固めれば今度は顔面を、ガードが分散すれば空いた隙間を縫って蹴りを入れる。幾ら子供の力とはいえ、身体強化したレイの蹴りは大人顔負けの威力だ。数秒後には顔面に食らった一発で気を失った。文句を言う暇も、泣き喚いて赦しを請う暇も与えずに、ただ一方的に沈めた。

 そうなると自然、狙いはもう一人の方へと向く。


「て、テメェ!」


 逆上した若者が襲いかかって来た。しかしレイは動じない。近付いて掴み掛かって来た腕を逆に掴んで手繰り寄せる。バランスが崩れた所を足を掛けて転ばせた。

 自分の直ぐ近くで転んだ若者を、フレッドは唖然として見ていた。

 若者は直ぐに起き上がろうとするが、それよりも速く近付いたレイが、顔を上げた所で顔面に蹴りを入れた。「ヒュギュウ!?」という情け無い悲鳴を上げ、再び倒れた先で顔を押さえて呻いていた。

 再び近付いて行くレイ。次にレイを見た若者の顔は、グシャグシャになりながらも確りと恐怖が植え付けられていた。


「ヒィ、ヒィーーーーー!!」


 ここに来て漸く身の危険を感じた男は、気絶した相方には目もくれず一目散に逃げ出した。


「急ぐぞ」

「あ、おう!」


 まるで何も無かったかのように先を急ぐレイ。フレッドも慌ててそれに追従する。最後に残ったのは、無残に気絶し忘れ去られた哀れな村人だけだった。


 ーーー


 日は更に傾き、夕日の四分の三が大地に沈んでいる。普段なら家に帰っている時間だが、レイとフレッドは果物を抱えてイルマの家に直走る。


「ハハ、ハハハ」


 突然フレッドが何の前触れも無く突然笑い出した。


「何だよ突然」

「いや、レイがアイツ等を返り討ちにしてくれたから、スッキリしたぜ!ザマァ見ろってな!」


 あの短時間で相当鬱憤が溜まっていたのだろう。レイにボコボコにされた二人への心配は皆無だった。


「レイがくれてやるって言った時は何言ってんだって思ったけどな」

「思ってたっつーか、思いっきり口に出してただろ」


 完全に思ったで済ませられる段階では無いのは確かである。驚くだろうとは思うが、あそこまで感情的になるとは……いや、フレッドなら寧ろ納得なのかもしれない。それだけフレッドは単純な男なのだ。


「それより、もう直ぐイルマの家だぞ」

「おう!後少しだ。これでイルマを助けられる」


 逸る気持ちからか、若干スピードが上がる。先程森の中をあれだけ駆け抜けたと言うのに、子供の体力とは凄まじい。思わぬ妨害があったにしては思ったよりも早く辿り着いた。

 相変わらずノックも無しに扉を蹴破るようにこじ開けてイルマの寝ている部屋に入る。そこにはイルマの両親と、そしてやはりベッドで横になったイルマの姿が。


「イルマ!!」


 すかさず駆け寄るフレッド。イルマはフレッドが駆け寄っても全く反応しなかったが、そんな事は知るかと抱えていた果物をイルマに差し出す。


「ほら見ろイルマ!食い物だ!コイツを食って早く元気になれ!」


 薄っすら開けられたイルマの目が、ゆっくりとフレッドに向かう。緩慢な動きに反応の弱さ、それを見たレイは直感で理解した。

 イルマはもう死ぬ寸前だという事を。

 ユニスの時のような急がないと死ぬだとか、そんな段階はとうに過ぎ、もう数分もしない内に死ぬだろうと。


「おい、どうしたんだよ、食えよ!そうすりゃあ直ぐに元気になるんだよ!」


 それを知らないフレッドはイルマに果物を食べさせようと口元に持って行くが、イルマは食べようとしない。既にそんな力も無くなっていた。


「何で食わねえんだよ!頼むから食ってくれよ!」


 それでもイルマに果物を食べさせようとするフレッド。それは最早懇願とも言えるレベルだった。

 しかしイルマは果物を口にしない。だが小さくではあるが口が動いた。ほんの少し、口角を上げただけ。イルマはぎこちなくも小さく微笑んでいた。

 それがフレッド達を安心させようとした物だったのか、それとも二人が来てくれた事が純粋に嬉しかったのか、それは当人にしか分からない。

 笑顔だったのはほんの数秒の間だけだった。フレッドやイルマの両親が唖然としている内に、口角は下りていた。


「……イルマ?……おい、イルマ!」


 イルマは何も言わなかった。それどころか反応すらしない。ピクリとも動かなくなっていた。それからフレッドがいくら呼び掛けても、イルマが反応する事は無かった。


「クソッ、何でだよ!何でこんな事になるんだよ!!」


 ボトボトとフレッドの抱えていた果物が床に散らばった。イルマの母親の啜り泣く声が部屋に鳴り響く。


「クソッ、クソッ!チクショーーーーーッ!!!」


 ベッドの前に膝を付き、叫びと共に涙を流すフレッド。それは正に、慟哭と呼ぶに相応しい物だった。

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