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人嫌いの転生記  作者: ラスト
第一章
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狼親子と雨と風呂

 エンシェントウルフの親子がレイの秘密基地に住み出してから数ヶ月が経過した。既に母親の傷は跡は残ったものの完全に塞がり、走っても問題無い程に回復した。一方で子ウルフの方も順調に成長し、既に一般的なウルフと同じ大型犬並みの大きさになっていた。今は元気に精霊達と追いかけっこしている。

 そこへレイがやって来ると、子ウルフは追いかけっこを止めてレイに駆け寄った。どういう訳かレイにも懐いている子ウルフを、レイは軽く撫でる。良く風呂に入れているだけあって毛並みも良好だ。サラサラのフワフワである。


「ウルフってこんなに早く大きくなるのか」

「それはその子が特別なだけだ」


 何となく呟いた言葉を、母親のエンシェントウルフが否定する。


「まあ、エンシェントウルフから産まれた奴がただのウルフな訳無いか」

「まあな。エンシェントウルフから産まれたウルフは、群れのリーダーとなるべくして産まれて来る。故に成長も早い」

「まあその群れはもう存在しないんだけどな」


 数ヶ月前にレイが壊滅させてしまった。しかしエンシェントウルフは鼻で笑う。


「元より私の子を殺そうとするような群れのリーダーにするつもりは無い。それに無ければまた作れば良いのだ。時が来ればその辺の群れのリーダーを倒して、群れを乗っとらせる」


 子供に群れを乗っ取らせるとは中々に過激な発言である。


「頼むから群れをここに入れるのは止めてくれよ。秘密基地周辺がウルフだらけになるのは流石に許容出来ないからな」


 ただでさえこの親子がここに居るのも一応妥協してやった結果なのだ。これ以上増えたら安心して生産活動が出来ない。その時は邪魔になったと見做して排除する事になるだろう。


「分かっておる。元より邪魔になら無いようにするという条件だからな」

「分かってるなら良い」


 会話を切り上げて基地の方へと向かうレイ。ふと気になって空を見上げた。

 地球に居た頃から好きだった星空は、今は雲に隠れてしまって見えない。軽く鼻で息を吸うと、空気の湿った匂いが仄かに感じられた。


「明日は降るかもな」


 そんなレイの予想通り、次の日の朝は雨が降った。結構強く降っているようで、家の屋根を叩く音が中から聞こえて来る程だ。

 こうなってしまっては畑仕事も何も無い。急遽収穫しなければならない物も無い以上、雨の日はほぼ仕事は無い。よってレイは空いた時間を魔力制御の練習をしながら家の壁に凭れて、外を眺めながら過ごしていた。

 因みにここはレイの家では無く、フレッドの家である。こう言う畑仕事の無い日は、女衆は男衆の邪魔にならないように、こうして一ヶ所に集まって仕事をするのだ。最近はこう言う時にはフレッドの家に集まるようになっている。恐らく邪魔してしまう男が居ないからだろう。

 フレッドの父親は、もうこの世に居ないのだから。


「ハハハ!冷てー!」


 外ではフレッドが上半身裸で駆け回っている。数年前は川で良く水浴びしていたが、畑仕事をやるようになってからはそんな暇は殆ど無かったから、こうして雨の日なんかは良く雨を全身に浴びている所を見掛ける。

 何年経っても飽きない奴だと思う反面、体は拭いても洗う習慣の無い村の中でなら多少は汚れも落とせるから別に良いかと許容する気持もあったりする。レイとしても不衛生な奴と遊ぶのは心境的にあまり好ましくは無いのだ。


「おーい!レイも来いよ!」

「遠慮しとくー」


 フレッドの誘いをやんわりと断る。既に雨を浴びて楽しい年頃はとっくに過ぎているのだ。今では大して暖かくも無いどころか肌寒いくらいのこの季節に雨に打たれたら、体を冷やして風邪を引くとしか思えない。

 それに毎日体を念入りに拭き、更に毎日川で頭を洗っているレイからすれば、態々雨に打たれてまで体を洗う必要なも無いのである。


「えー!?良いじゃんかよ!楽しいぜ!」

「お前が飽きて来たからって俺を巻き込むな。気が済んだら体悪くする前に拭いて来い」

「ちぇっ、つまんねーの」


 不平を垂れながらもフレッドは渋々家の中へと入って行った。『母ちゃーん、何か拭く物くれよ』という言葉の後で、ポーラの怒鳴り声が聞こえて来る辺り、ずぶ濡れの状態で家に上がったのだろう。途中で『こんな所で裸になるな!』と聞こえて来たが、まさか女衆の前でフレッドが全裸になったのだろうか。


「あ、レイ」


 家の中からイルマが出て来た。若干顔が赤いのは気の所為では無いだろう。


「レイは雨に打たれて無かったんだね」

「当たり前だろ。俺に雨を見てはしゃぐ趣味は無いからな。それにお前こそ顔が赤いぞ。暑いんなら雨に打たれて冷ました方が良いんじゃないか?」

「わ、私は別に大丈夫!」


 更に顔が赤くなったが、それについては触れないでおいた。

 レイの隣に来るイルマ。移動の際に濡れた髪や服はまだ乾いていないようで、しっとりと肌に着いた髪や服は幼いイルマに色気を与えている。


「雨…止まないね」

「そうだな。一応恵みの雨ではあるんだけどな。やっぱり移動の度に濡れるのは嬉しく無いな」


 水を吸ってドロドロになった土を足で軽く擦る。雨そのものもそうだが、それによって地面が泥濘ぬかるむのも問題だ。足が汚れると、石で切った時に菌が入り混んで腫れ上がる危険性もある。普段から裸足でいるから足の皮も大分硬く丈夫になってはいるが、鋭利な石なら踏めば簡単に切れるだろう。

 そして何より、


「外に出る度に体を拭かなきゃならないのは面倒だ」

「そうだよね」


 クスクスと笑いながら同意するイルマ。


「ねぇ、レイって大きくなったらどうするの?やっぱり、この村から出て行くの?」

「そうだな。少なくとも、明日の食事に困らない生活はしたいからな。一人で暮らしても問題無いと思えるようになったら出て行くつもりだ」

「そうなんだ……」


 自覚は無いのだろうが、イルマは明らさまに落ち込んでいた。表情には特に変化は無いが、声のトーンは明らかに低くなっている。


「そう言うお前は……出て行くような感じじゃ無いな」

「うん。私は村から出てもやって行ける気しないし。それに、この村での生活も結構気に入ってるから」

「……それはそれで凄いな」


 田舎でスローライフと言えば聞こえは良いが、実際はいつ飢えて死ぬかも分からないギリギリの貧困生活だ。慣れる事は出来ても、気に入るのは難しいだろう。


「けどまあ、気に入ってるんならそれも良いだろ。別にこの村に居たら必ず死ぬ訳じゃあるまいし。俺達全員が村を出て行く必要も無いだろうしな」


 少なくとも現在村を出ると言っているのはレイとフレッドの二人だけだ。死んでしまったジムを除けば年の近い奴は後五人居る。


「でも、ちょっと寂しいかな。レイもフレッドも、私達の中では中心に居たから」

「中心に居たのはフレッドだけで、俺はそれ程でも無いだろ」

「そんな事無いよ。レイはいつも私達を纏めてくれていたもん。あの時だって…」


 あの時がいつの事かは、暗くなったイルマの顔を見れば容易に想像出来た。十中八九ジムが死んだ時の筈だ。


「だから、そんなレイが居なくなっちゃうって思うと、寂しくもなるよ」

「……別に今直ぐ居なくなるって訳じゃあるまいし、しかもそれが今生の別れになる訳でも無いだろうに」

「え?」

「え、じゃ無いだろ。ここは一応故郷なんだぞ。余程の事が無い限り里帰りくらいするし、それならまた会う機会だってある。それに、俺はフレッドと違ってちゃんと将来に向けて準備してから出て行くんだ。もう会えないなんて事は無い」


 生きている限り、会おうと思えばまた会えるのだ。


「それでも寂しいって言うなら、今の内に出来るだけ思い出を作っておけば良い。別れる寂しさは無くす事は出来なくても、それまでに築いた思い出が有れば、悲しい別れにはならない」

「レイ……あのさーーー」


 イルマが何か言おうとしたその瞬間、ガタッと扉が開け放たれ、中からユニスが飛び出して来た。


「わー、雨だー!」


 ユニスは土砂降りの雨の中、元気に外を駆け回り出した。その姿は先程までのフレッドに迫る元気良さだ。


「あまり外に居ると体冷やすから、程々にしておけよ」

「うーん!」


 分かっているんだかいないんだか分からない返事をして、ユニスは雨に打たれてキャッキャと騒ぐ。まだ五歳前後の子供にとっては、まだ雨は楽しいものらしい。


「それで、何か言おうとしてなかったか?」

「……ううん。何でもない」


 小さく微笑み、イルマはそう言った。


「……そうか」


 扉から続々と女衆が出て来る。どうやら仕事は終わりらしい。外では母親のユーリがユニスを連れ戻している。レイを呼んでいるので、もう帰るのだろう。


「じゃあ俺も帰るわ」

「うん。また明日ね」

「ああ。お前も体冷やすなよ」


 イルマと別れ、レイはユニス達の元へと向かう。ユニスは雨に濡れてビショビショだ。このままだと風邪を引きそうなのに、まだ遊び足りないようで不満気だ。というか明らさまにムクれている。


(やれやれ、面倒だな子供ってのは)


 そんな事を思いつつ、レイはユニスに目線を合わせる。


「ユニス。俺と競走するか」

「ぷぇ?」


 口の中に空気を蓄えていた所為か変な声が出たが、レイは特に気にせず続ける。


「家まで競走だ。ユニスが俺に勝てたら、そうだな……俺の分のご飯を少し分けてやる」

「本当!?」


 食べたい盛りな子供のユニスには、家の食事では物足りない事は知っている。だからこれを提案すれば食い付いて来ると思っていたが、案の定だった。


「ああ。じゃあ始めるぞ」

「うん!」


 よーいドンの掛け声も無しに駆けっこが開始される。転ばないように気を付けてというユーリからの忠告を背に、レイとユニスは家に向けて走り出した。


 ーーー


 その日の深夜、レイは自作の露天風呂に入っていた。これは土属性魔法を使い穴を掘って、表面に岩を敷き詰めて作った風呂桶に、水属性魔法と火属性魔法を使って作り出した湯を張っている。最初はレイ一人だけが入る為に作られていたのでそれ程広くは無かったのだが、どういう訳か興味を示したエンシェントウルフの親子まで入り出したいと言い出した為に結構な広さに拡張した。


「ふにゃ〜」

「はふぅ…」

「良いわねぇ」

「体の芯まで温まるのじゃ」

「幸せです〜」


 今ではフラム達や無属性の精霊達も入るようになっている。無属性の精霊達が風呂に入っている様は風呂場に柚子が浮いているようだ。残念ながら柚子とは違って香りは出て来ないが。


「フム。入る度に思うが、やはり湯は良い」

「オゥ〜ン」


 エンシェントウルフが入れるように拡張した底の深いスペースにお座りの姿勢で入る母親と、その横で伏せるようにして使っている子ウルフ。両者共に顔を綻ばせて心地良さそうである。


「そう言えば、お主はこれ程風呂好きにも関わらず、何故毎日入ろうとせん。入るのは大抵今日のような雨が降った日くらいではないか」

「ウチの村に風呂は無いんだ。良くて水浴びとか体を拭く程度。そんな中で一人だけ毎日風呂に入ってたら一人だけ綺麗になって不自然だろ」

「……それならば風呂に入らなければ良いではないか」

「論外だな」


 確かにそうすれば周囲と変わりは無いのだが、幾ら拭いても、幾ら川で頭を洗っても綺麗になった気がしないのだ。やはりお湯に浸かって初めて綺麗になった気になれるのだ。日本の風呂文化の弊害とも言える。


「面倒臭い生き方だな。それならいっそ村を出てしまえばいいだろうに」

「ここの暮らしがある程度充実するか、村での生活が厳しくなった時にそうするつもりだ」


 下手に準備も出来ていない段階で村を出ても上手くやって行けるとは限らない。だからと言って村での生活が居心地の悪い物になってしまったのなら、即行で村を見限って出て行くつもりだ。


「少なくとも村に入れる内は、出来うる限りの準備をさせて貰う」

「今でも充分快適だと思うが」

「この程度で満足出来る訳無いだろ」


 レイの想定としては、先ず大抵の食料は自前で用意出来るだけの畑と牧場、湖等を作り、好きな時に好きな料理を作って食べられるようにする。その為にはキッチンスペースの設備をもっと充実させなければならないし、材料となる物も足りない物だらけだ。

 他にも生産スペースはもっと拡張してあらゆる分野に対応出来るようにしたいし、その原料も秘密基地内で用意出来るようにしたい。

 後この露天風呂もこんな野晒しでは無く、壁や周囲の景観等をもっと風情のある物にしたい。

 細かいのは挙げればキリが無いが、大まかに言うとそんな感じだ。


「貴様は国でも作ろうとしているのか?」

「んな訳無いだろ。何が楽しくて顔も知らない奴を養わなければならないんだよ。お前の事だってそうだろ?」


 元々人間、というか言葉を介する存在に良いイメージの無いレイからすれば、知りもしない他人の為に働くなどあり得ない話であった。それはエンシェントウルフの事だって例外では無い。

 今でこそ風呂場を拡張させられたりもしているが、基本レイはウルフの親子に必要以上に関わる事はしていない。子ウルフの頭を気紛れに撫でる事はあっても、毛並みの手入れや食事の用意までした事は無い。飽くまでレイの生活空間を侵害しないレベルで自由にさせて居るだけだ。邪魔をするようになったら問答無用で処断するつもりでいる。


「確かにそうだが、それでは番は出来そうも無いな」

「そりゃあ余程の事が無い限り作る気も無いからな。それにこんな不愛想で甲斐性の無い男に靡く女なんて居ないだろ」

「どうだろうな。不愛想なのは致命的だろうが、食うに困らんと言うのはそれだけで重要だと思うがな」


 確かに、この世界では小さな村落では基本食って行くのがやっとだ。レイの知り合いの行商人の話では、ここの村のように豊作の年に子供を作ると言った、ある種計画的に子供を産む村は珍しく、基本は芋のようにポコポコ産んでは、殆どが飢えて死ぬか奴隷に売られるかという結末が多いらしい。

 そんな中で毎日のように麦を収穫出来る場所に住処を持つレイはそれだけで貧乏村落では好条件だ。もし村でその話が広まっていたら、近隣の村から繋がりを持とうと大量に押し寄せていたかもしれない。今更ながら、隠しておいて良かったと実感する。


「群れを飢えさせないのは、リーダーとしての素質の一つだ。そう言う意味では、貴様は資質を持っているという事になるな」

「そんな風に言われても、大量に余ったウルフ肉しか出せないぞ」

「要らんわ!」


 完全に共食いである。


「何ならお前の群れの奴を優先して回してやるぞ」

「だから要らんと言っておろうに。…まあ良い。私はもう出るぞ」


 エンシェントウルフが風呂から上がる。一気に水嵩が減り、フラム達や無属性精霊達が流されてわーきゃー悲鳴を上げているが、楽しそうなので気にしなくても良いだろう。

 そして風呂から上ったエンシェントウルフが、体に着いた水を払おうと体を震わせる。水から上がったイヌが良くやっている光景を昔テレビや動画で見ていたが、それを大人よりも大きなエンシェントウルフがやるととてもダイナミックだ。飛び散る雫が局地的な大雨が降ったかのようになっている。

 それが終わるとエンシェントウルフはのしのしとどこかへ行ってしまった。今だに幸せそうな顔で風呂に入り続ける子ウルフを置いて。


「………寒っ」


 腰の位置にまで下がった水嵩を魔法で補填する。すると、流されていたフラム達が再び流されて戻って来た。


「楽しー!」

「プハッ!じ、じぬかどおぼいまじた〜」


 どうやらまともに流されたのはフラムとエストレアだけだったようだ。空中に逃げたシエルや、縁の岩にくっ付いて難を逃れたティエラは無事だったらしい。アイシアについては言うまでも無いだろう。水の精霊がこの程度で流される事は無い。

 取り敢えず溺れそうなエストレアを掬い上げてやる。まるで髪の長い女性の幽霊をミニチュア化したみたいになっている。


「大丈夫か?」

「す、すみません!ご迷惑を掛けてしまいました。すみません!」

「気にするな。それより、俺達もそろそろ上がるぞ」


 結構な時間エンシェントウルフと話し込んでいたらしく、気付けば二十分近く入っていたようだ。あまり長湯し過ぎて逆上せたら大変なので、子ウルフにあまり長く入り過ぎないように釘を刺してから風呂から上がった。

 その後帰る時には居なくなっていたので、ちゃんと逆上せる前に上がったようだが、何気に子ウルフが一番の長風呂だった。

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