エンシェントウルフ
最初はパンのネタを入れようと思ってたのですが、予想以上につまらなかったので止めました。
それはある日の深夜、レイが狩りに出ていた時の事だった。ザシュッ!とウルフの首が斬り落とされて死体に変わるのを、レイは感慨無く眺める。その目はそれが命のやり取りだという感情は無く、ただの作業を見ているかのような感じだった。
「最近ウルフの数が増えて来たな」
今日だけでこれで群れ三つ程、数にすれば六十程のウルフを始末した。どういう訳かは知らないが、近頃帰らずの森内部のウルフの数が多いと感じている。
「フム、これは近くにウルフの大きな群れがあるのかもしれんな」
「ただでさえ数が多い上大して美味くないってのに、勘弁してくれよ」
もうウルフの肉は食べなくても良いくらいに他の食料も充実して来ているし、何よりこれ以上ウルフを狩っても魔法の実戦練習というより、ただの作業と化して来ているから面倒になっているから止めて欲しいのだ。
魔力量の上昇と共に【アイテムボックス】の容量も大きくなっているが、それでも入れられる量には限界があるのだ。このペースで増え続けたら、最終的には内部の半分がウルフ関連の物になってしまう。
それにこのままだと何時か村にウルフが出て来てしまうかもしれない。そんな面倒は避けるべきだ。
「いっそその群れを潰すか」
「元から消し去る方向ですね?」
「せめて元から正すって言おうよ…」
分かりますと言わんばかりのエストレア。意味は間違って無いのだろうが、あまりにも物騒な言い回しにシエルが苦笑する。最近エストレアがどんどん危ない方へと思考が行っているようだが、彼女は一体どこへ向かっているのだろうか。
ともあれレイの行動は早かった。やると決めたレイは周囲数キロに渡って探知魔法を使い、群れと思しき魔力の反応を探った。疎らに魔力の反応が点在する中、探知網の端に結構な数の反応が密集している場所があった。十中八九ウルフの群れだろう。まさか一発で引っ掛かるとはと流石のレイも少し驚いた。
そして群れから少し離れた位置から、数十の反応がレイに向かって近付いて来ているようだ。しかもその内の一つの反応はかなり大きい。この前仕留めたジャイアントグリズリーよりも上だ。反応の大きさだけなら、群れの中で一番大きな反応の奴と近いだろう。
偶然かそれともレイを狙った必然かは知らないが、向かって来るなら丁度良い。群れ最強の実力が分かれば、この先の行動を決める目安になる。レイが軽く仕留められるレベルなら群れごと潰せば良いし、レイ一人では厳しいのなら群れから離れた奴等を間引くだけにすれば良い。
そう思いレイの方から反応のする方へ向かって行ったのだが、どうやらこの群れはレイを狙った物では無かったらしい。
「んにゃ?」
「どういう事じゃ?」
そこでは、人間の大人よりも大きな一体のウルフが、他の複数のウルフに追い詰められている所だった。一番魔力の反応が大きい筈のウルフが追い詰められている光景には違和感を感じるが、細かい傷の他に前足の付け根に大きな傷があるからそれが原因だろう。
『群れの内部争いか?にしては少し執拗だな』
野生の動物が群れのリーダー争いに負けた場合、基本は群れを追い出される位だろう。ここまでしつこく殺そうとはしない。それにあの大きなウルフは傷付いた状態でも群れで一番大きな魔力反応を出している奴と同程度の魔力を放っている。普通に考えて負けるとは思えない。
『ま、そんなのは関係無いか』
どちらにせよ面倒になる前に全部始末して、群れの方も潰してしまえば面倒な事を考えなくて済む。人はそれを思考停止と言うが、それで解決出来るのなら問題無いだろう。
大きなウルフは動きが相当鈍っていて、弱い筈のウルフの群れを仕留め切れずにいる。どちらから始末しても全滅させられる自信はあるが、先にちょこまかとしていて面倒そうな群れの方から始末してしまう事にした。
やる事は簡単だ。オリジナル風属性魔法の【墜落する風】で群れのウルフを全員地面に叩き付け、【大地の棘】で串刺しにするだけ。たったそれだけでウルフは全て死骸に成り果てた。やはり生物である以上頭を狙われてはどうしようも無い。
これで後は弱っているウルフだけだ。
「何者だ!?」
しかし弱っていても強いだけあってか、今の魔法でレイの位置を掴んだようで、レイの方へ向けて殺気立って威嚇して来た。しかも見た目ウルフなのに人間の言葉を話してだ。同時に飛ばされるビリビリと肌を刺す殺気は、あのウルフが見掛けだけで無い事を表していた。
多少驚きつつも、バレてしまってはしょうがない。どうせあの弱りようなら暴れても直ぐに始末出来る。レイは茂みから出て負傷したウルフの前に出た。
「魔物が喋るなんて驚きだな」
「人間、しかも子供だと?貴様、何者だ?ただの子供ではあるまい」
確かに、こんな魔物が大勢跋扈する魔境を彷徨く子供が普通である筈が無い。
「そんな事を知った所でどうしようも無いだろ。村の害になりそうなお前は、今の内に排除しとかないと行けないからな」
「確かにそうだな。だが…タダで殺られてやると思うなよ!!」
その死にかけ体のどこから出したんだと言うほどの濃密な殺気がウルフから放たれた。ピリピリと肌を刺すような気配だ。これ以上近付いたら殺すと、言外にそう言っているように感じられた。
「本当良くやるよな。そんなーーー」
目線を下に向けて言う。
「ーーー子供腹に抱えた状態でさ」
「ッ!!?」
ウルフが明らさまに驚く。
「…いつから気付いていた」
「少なくともお前の目の前に出て来る前には」
この現場に辿り着いた時、魔力の反応と実際目にしたウルフの個体数が合わないことに気付いたレイは、範囲を限定してもう一度魔法を発動したのだ。
分かったのはその時だった。傷を負ったウルフの反応に包まれるようにして、別の小さな反応が出ていたのを。
そう、このウルフは子を身篭っていたのだ。どうりで動きが鈍い筈である。深い傷を負っただけで無く、腹の子を庇っていたのだから。
「だからその子供がもう生まれそうなのも知ってる」
魔力の反応が少しづつ活性化して来ている。恐らくもう陣痛が始まっているのだろう。それもあって余計に動きが鈍くなっていた。だから自分よりも圧倒的に弱いウルフにも苦戦していたのだ。
「……そうか」
ウルフはレイについてそれ以上追及して来なかった。しかし何を思ったか、今度は別の事を言い出した。
「人の子よ。もし私がお主の里を襲わぬと言ったら、この場を見逃すか?」
「……俺と取引するつもりか?」
人間であるレイに、魔物であるウルフがだ。
「そうだ。それで、どうなんだ」
「そうだな…少なくとも、口約束なんて証拠の無い物は信用出来ない。お前だってそうだろ」
理由がどうあれ、相手がどうあれ、言葉を介すのであればそれは人を相手にするのと変わらない。犬が服従のポーズをするのとは違うのだ。今日会ったばかりの奴との口約束を信用するつもりは無かった。
「ならば契約ならどうだ?」
契約、つまり契約魔法を使うという事だろうか。レイが使えるとは思ってはいないだろうから、恐らく使うのはウルフの方の筈。
「出来るのか?お前に」
魔物だって魔力があれば魔法を使う個体も出て来るだろうが、契約魔法なんて覚える魔物が居るとは思えない。だが相手のウルフはあくまでやるつもりのようだ。
「私を誰だと思っている。ウルフの中の長、エンシェントウルフだぞ」
「いや、聞いた事無いけど」
「………兎に角だ、契約さえしてしまえば、互いに約束を違える事は出来なくなる。貴様は村の安全を守り、私はこの子を安全に産む事が出来る」
一瞬互いの間に微妙にだが気不味い空気が流れたが、ウルフは無かった事にするつもりらしい。別にレイも一々掘り起こすつもりは無いので敢えて乗っかる事にした。
「尤も、そうなるとお前の方が持つとは思えないけどな」
「元より覚悟の上だ。例えこの身が死ぬ事になろうとも、せめてこの子が動けるようになるまでの時間は稼いでみせる。それが母親としての私の最後の務めであり、私の最後の望みだ」
そう言うウルフの体内では、傷を無理矢理塞ぐかのように魔力が張り巡らされていた。それでも血が止まってない所を見ると、一秒でも長く生きる為の苦肉の策と言った所か。
「仮に破った場合は?」
「破った側が死ぬだけだ」
完結。だが命を賭けたからこそ、寧ろ信用出来ると言うものだ。単に魔物だから人間の様に小賢しい腹の探り合いをしないという部分もあるのだろうが。
「良いだろう。乗ってやる」
「おい正気かレイ!?魔物如きの契約に応じるなど!」
『黙ってろティエラ。別にコイツを信じた訳じゃ無い』
仮に抜け道を使って攻めて来てもその時始末すれば良いだけの事だ。流石にエンシェントウルフと名乗るこの魔物レベルの魔力を持った魔物と戦うのは初めてになるだろうが、その時は上級魔法のフルコースを食らわせるまでだ。
「そうか。では直ぐに始めるぞ。今は時間が惜しいのでな。手を出せ」
そう言うとウルフは無事な方の前足を差し出した。
「内容は変更無いんだろうな」
「案ずるな。貴様等人間と違って、この期に及んで騙すような真似はせん。貴様は私達を見逃し、私達は貴様の村を襲わない。それだけだ。それで良ければ手を乗せろ」
内容を吟味し、ウルフの前足に手を乗せる。野生とは思えない毛並みの良さを感じていると、ウルフの前足から光の帯が飛び、レイの手とを結び付けた。
「これで契約は成された」
瞬間、バタンと地に伏せるウルフ。実は相当無理をしていたようだ。呻き声を上げて苦しんでいる事から、今この場で産むつもりなのだろう。
それから子供が産まれるのに、そう時間は掛からなかった。というか、ウルフが伏せた段階から五分も経っていないだろう。実際にはもっと前に陣痛は始まっている計算になるから、逃げている時には既に始まっていたかもしれない。何という我慢強さだ。
産まれて来た子ウルフは地球の子犬に近い状態らしい。意外にも一体だけだった。
ウルフは傷だらけのその体で子ウルフを包み込む。すると子ウルフは地を這って母親の腹に頭を突っ込んだ。母乳を飲んでいるらしい。
その様子を、ウルフは優しげな表情で見ていた。まるで子供が無事産まれて安堵する人間の母親のような目だった。狼の表情の変化なんて分かるわけ無いのに、色々な人間を見て来たレイには、それが何と無くだけど感じ取れた。
(魔物でもそう言う顔は出来るのか)
別にどうという事は無い、魔物だって生物なのだし、しかも相手は人の言葉を理解するだけの知能を持っているのだから、そういった感情があってもおかしくは無い。少なくとも自分の子供を冷遇する事もある人間よりは、生物として真面だと言えるだろう。いや、動物だって育児放棄はするから、このエンシェントウルフが真面なだけか。
さて、ここにもう用は無い。次はウルフの群れの方だ。
「そっちは危険だぞ」
群れの方へと向かおうとすると、ウルフから忠告が飛んで来た。親切な事だが、要らないお世話だ。
「問題無い。その危険を排除する為に行くんだからな」
それ以上、ウルフは何も言って来なかった。
レイは身体強化で群れの反応のある場所へと向かった。そこは草木の生えない小さな岩山のような場所で、百体近くのウルフが密集していた。数が多過ぎて岩山が雪が積もったかのように白くなっている。
そこにレイが森を抜けて現れると、ウルフ達が一斉にレイに向けて威嚇し出した。唸り声がそこかしこから響いて煩い。
大抵の人がこの光景を見たら、きっと絶望のあまり腰を抜かすのかもしれないが、レイは煩さに軽く眉間に皺を寄せるだけだった。恐怖どころか、脅威すら感じていない。
「これだけ密集してれば、上級魔法一発で大分減らせるな」
寧ろどの魔法を使うかを考える始末だ。そして決めると直ぐに行動に移す。使うのは岩山に相応しい土属性上級魔法。
「【押し寄せる大地】」
瞬間、レイの前に五メートルを超える土と岩の大波が出現、岩山のウルフ達に襲い掛かった。元から上に居るウルフ達は何事も無かったが、下に居たウルフ達は皆土と岩の奔流に飲み込まれて行った。そして魔法が止むと、半数以上のウルフが土の中に消えた。
しかしそれでもウルフ達はレイに挑むつもりらしい。子供一人と油断したのか、レイの魔法の影響で柔らかくなった地面を踏み越えて向かって来る。
「学習しない奴等め。【貪欲な墓場】」
直ぐ様オリジナルの土属性魔法を発動。すると怒涛の勢いで押し寄せるウルフ達が次々と柔らかい土に足元を取られて転んでしまった。立ち上がろうにも足が取られて出来無い。
これだけなら【大地の呪縛】に近いが、この魔法はそれだけでは終わらなかった。今度は足を取られたウルフ達が次々と地面に飲み込まれて行くのだ。必死にもがくが出る事は叶わず、そのまま底無し沼に沈んで行くかのように地中に消えて行った。
範囲内の標的を生き埋めにする魔法。それがこの【貪欲な墓場】の効果だ。これで群れの数も大分少なくなった。
しかし代わりに岩山に有った洞穴の中から、群れのボスと思しきウルフが出て来た。先程出会ったエンシェントウルフよりは小さいが、それでも大人を軽く上回る大きさだ。あれも恐らくただのウルフでは無いのだろう。
「今頃になってお出ましか。重役出勤とは良いご身分だな」
だがそんな事はレイにとっては些細な事だ。魔物相手に冗談を言う余裕すらある。
「ジューヤクシュッキン?」
「言ってみただけだ。特に意味は無い」
尤もその冗談は精霊達に拾われて、無駄に羞恥心を煽られる形になってしまった。
「オオオオオォォォォォォーーーーーーーー!!!」
ボスウルフのと遠吠えが鳴り響く。それはまるでサイレンの様にけたたましかった。この場合は警告と言うよりは、ボスウルフの勝手な死刑宣告の意味合いなのだろうが、殺気は殆ど感じず、威圧感も大きさ分ぐらいでしか無い。完全に見掛け倒しだった。
ボスウルフは岩山を一気に駆け下り出した。さっきまでのウルフ達とは比べ物にならない速さで近付いてくる。これでは並の魔法では避けられて終わりだろう。
「【重力操作】」
しかしそんな面倒な魔物にはこの魔法である。相手を無重力下に置いて宙に浮かせ、次の魔法で仕留めるコンビネーション。
だがボスウルフはその予兆を感じ取ったのか、即座に右へと跳んで魔法を躱した。代わりに地面の石ころが重力から解放されて宙に浮かび上がってしまった。
「偶然……いや違うな。魔法を察知したのか。便利だな」
「そんな事言っとる場合か!もう直ぐ近くに来てるのじゃぞ」
ティエラの言う通り、ボスウルフは目前だ。その速さなら数秒と掛からずレイに爪や牙が届くだろう。
「寧ろ好都合だ」
またしても【重力操作】を発動するレイ。しかし今度は点ではなく面、いや空間に作用させる。
レイの直ぐ近くまで迫ったボスウルフはこれを避ける事が出来ず宙に浮かぶ。体制を制御出来ずにもがくボスウルフ。
「流石に範囲攻撃では避けようも無いか」
幾ら速かろうと、動けなければ意味は無い。そして動けなければ、倒すのは容易い。【不可視の刃】で首を斬り落とすだけで、あれだけ強そうに見えたボスウルフはあっさりと動かなくなった。
群れのボスが殺られた事で、ウルフ達は散り散りに逃げ出して行く。
「もう少し間引いておくか」
この段階で見逃しても問題は無さそうだが、散り散りになって散発的に村に来られても面倒なので、念の為もう少し数を減らす事にした。
風属性魔法で飛び上がり、岩山よりも高くへ上がり、落ちる前に【重力操作】で宙に留まる。
こうして上から見ると、散り散りに逃げて行くウルフ達が良く見える。既に足の速い奴は森の中にも逃げているようで、早くしないと半数も削れなくなりそうだ。
レイはウルフ達のいる方向に手を向けると風属性魔法を発動する。発動するのは初級魔法の一つ【風の矢】だが。数が圧倒的におかしかった。レイの左右に展開された魔法は数十を超え、百にも届かん勢いだった。
それ等はレイの意思で次々と射出され、ウルフ達が逃げた辺りに適当に撃ち込まれた。雨の様に降り注ぐ風で出来た矢が、ウルフの体を貫き、木々を破壊し、地面を抉る。【風の矢】は次々と生成され、十秒数えるまでの間に間断無く撃ち込まれた。
魔法が止むと、周囲には大嵐が通ったかのような惨状が広がっていた。折れた木々、剥き出しの大地、そして大勢のウルフ達の死体。
何体か運良く攻撃から逃れた個体が逃げ果せたようだが、あれだけ絶対的な力を見せておけば十年くらいは近付いて来ないだろう。少なくとも群れは壊滅したと言って良い。
「何か呆気無いな」
「それはレイの魔法が凄過ぎるだけじゃ」
「確かに、普通じゃ無いわね〜」
「まあ、あの豚と比べてしまうとな」
この世界の魔法使いは今だピグマのみだ。魔道具で強化していたとは言え、あの努力とは無縁にしか見えない豚貴族の実力をこの世界の基準にしてしまって良いのだろうか。出来ればあの醜悪な存在は一秒でも早く記憶から末梢したいのだが。覚えなくては行けないのだろうか。
「あの…あれはどうしましょうか」
空気を読んだかは知らないが、エストレアが下を見てそう言った。下に転がっているウルフの死体とかをどうするのかを聞いているのだろう。
「勿論、使えそうなのは全部持って帰るぞ」
「えっ!?あれ全部調べるの!?」
「当たり前だろ。使えそうなのに捨て置くなんて勿体無いだろ」
「……何か、変な所でケチ臭いのう」
「言うな」
ティエラの地味に刺さる言葉がありながらも、レイは地上に降りて周囲のウルフの死体を掻き集める。勿論素手では無く魔法で集めた。こんな時は本当に魔法って便利だと実感する。実感の仕方がズレている点については気にしては行けない。
ついでに倒れた木々も回収しておいた。ティエラが口角をひくつかせていたのは言う迄も無い。
「いやはや、良くもまあこんなに集まったな」
ウルフの死体を一ヶ所に集めると、軽く山が出来ていた。これでも半分以上は土の中に埋まっているのだが、それでも目算するには多過ぎる。ざっと見て三十から四十前後だと思われる。
そしてメインは勿論ボスウルフである。横倒しの状態で小山の三分の一程の大きさだ。見掛けだけは立派である。取り敢えずこれは持ち帰っても良さそうだったので【アイテムボックス】に入れておく。その後も大雑把に分けて行き、時間にして十数分程度で選別を終えた。
「数が多いから少し時間が掛かったな」
「というか、選り分ける意味はあったのか?」
選別の結果、地面に残されたのはほんの数体だけだった。それ以外は全てレイの【アイテムボックス】にしまわれている。
「これなら纏めてしまってしまえば楽だろうに」
「後で使えない奴を始末するのが面倒になるだろ。今の内に使えないのはきっちり処理しておくに限る」
「妙な所で物臭な奴じゃ」
「言うな」
兎に角これで目的は達成した為、要らない死体は埋めて秘密基地に戻る。
途中、エンシェントウルフと出会った場所に着いた。どうやら秘密基地と例の岩山との間に存在していたらしい。
エンシェントウルフはぐったりと地に伏せていて、その側で子ウルフが心配そうに鼻を鳴らして擦り寄っていた。レイが現れると、エンシェントウルフが重たそうに目を開けた。
「貴様か……まだ生きているとは。中々にしぶといな」
「それはこっちのセリフだ。まさかその傷でまだ死なないとはな」
「ああ。この子の為に少しでも長く生きて、一匹で生きて行けるようにしなければならないのだが……それも叶わないらしい」
エンシェントウルフはもう満身創痍だ。魔力の反応も弱々しくなっている。夜明け前にはその命も尽きるだろう。
「人の子よ…人間にこのような事を言うのはおかしいとは思うが、一つ頼まれてはくれぬか?」
「断る。どうせソイツの面倒を見ろとか言うつもりだったんだろうが、俺に魔物を育てる趣味は無い」
「……そうか」
エンシェントウルフの表情に変化は無かった。もうそれすら出来ない状態なのだろうが、それでも雰囲気は感じ取れた。悲しいような悔しいような、そんな感じだ。
それも全て我が子の事なのだろう。人間だと生活の為に子供を売り払ったり捨てたりする事もあるというのに、こう言う店に限っては魔物の方がよっぽどマシな生物だと言えるだろう。
瞬間、エンシェントウルフを青白い光が包み込んだ。同じくエンシェントウルフに向けられたレイの掌からも同じ光が放たれている。
光が収まると、僅かながらも流れていた血は完全に止まり、魔力反応の減衰も停止した。
「……どういうつもりだ?」
「そんなに育てたければ自力で育てろって事だ。尤も、そんな状態で出来るのであればの話だけどな」
そう言ってレイは立ち去る。途中でエンシェントウルフが小さく「礼は言わぬぞ」と言っていたが、最初からそんな目的でやった訳では無いので必要無い。
「どういうつもりじゃレイ!エンシェントウルフを助けるなど!」
ウルフから離れると、ティエラが怒り心頭で抗議して来た。
「レイってば優し〜!」
「そう言う話では無い!良いか、エンシェントウルフとは、過去に国一つ滅ぼし掛けたという逸話すらある伝説の魔物じゃ!放っておくなら兎も角、傷を塞ぐとは何事じゃ!」
「ティ、ティエラさん、レイ様にはきっと何かお考えが」
「だからそれを尋ねておるのじゃ!」
ティエラの圧力にやられて、エストレアは涙ながらに引き退がった。しかしレイは涼しい顔で歩みを進める。
「理由なんて特に無い。俺がそうしようと思ったからだ」
「ハァ!?そんな理由で、あの危険生物を助けたと言うのか!?今からでも遅くは無い、直ぐに止めを刺しに行くのじゃ!彼奴が全回復したら、何を仕出かすか分からんぞ!」
そう言ってレイの服を引くが、当然そんな力でレイは止められない。だがレイは止まった。いや、レイが立ち止まったのだ。
「ティエラ。俺はこの人生、俺のやりたいようにやるって決めたんだ。それでどうなろうと、始末は俺が付けるさ。必ずな」
そう言って今度こそレイは秘密基地へと戻って行った。不服そうなティエラだったが、そこまで言われては何も言えなかった。
ーーー
次の日の深夜、秘密基地に来たレイは意外なものを目にした。
それは、昨日見たエンシェントウルフの親子が、秘密基地周辺の一角で寛いでいた姿だった。
「お前、どうやってここに来たんだよ」
「お主が村の方とは別の方へと向かっているのが気になってな。動けるまでに回復した段階で臭いを辿らせて貰った。どこかに拠点でも構えているのかと思っていたが、予想通りだったな」
事も無さ気にそう言うが、この秘密基地周辺には精霊達による結界が昼夜問わず発動している。だから魔物がここに来る事は不可能な筈だ。結界が壊れた様子は無いが、それならどうしてここにエンシェントウルフが居ると言うのか。
「どうやって結界を突破した」
「精霊結界か。良く出来てはいるが、あのレベルの結界ならば高位の魔物である私には通用せん」
周囲から無属性の精霊達がレイの側にやって来た。しきりに『ごめんなさい』と謝っている。こればかりは仕方ないので、適当に撫でてあやしてやった。
「そ奴等も止めようと必死だったようだが、邪魔なので黙らせてやった」
「得意気に言うな。それで、何の用だ?」
「いや何、本来ウルフの子は群れの中で育てるのだが。私は群れを追われた身、しかも昨日お主からした血の臭いから、群も既に壊滅したのだろう」
「……おい、まさかここで育てるなんて言わないだろうな?」
「そのまさかだ。私は村を襲わぬとは言ったが、どこに居るかは私の自由だしな。それにここなら安心して子育てが出来そうだしな」
エンシェントウルフの目が笑っている様に見えた。してやってり顔という奴だろうか。レイからして見れば果てしなくウザい。
「食料も寝床も自分で用意する。邪魔にならなければ問題は無かろう?」
「……邪魔になるようなら、即退去か死か選んで貰うからな」
「それで問題無い」
こうして、レイの秘密基地に新しい住人が加わる事になった。




