領主ピグマの切り札
ローグ達義勇軍が宝物庫に突撃した瞬間、宝物庫から突撃が発生した。
レイの発言を気に留めていた事で辛うじて気付いたローグはギリギリで避ける事に成功したが、他の五人は直撃を受けて吹き飛ばされ、宝物庫の壁に激突した。それだけで二人が気絶し、戦闘不能になった。
「勝手に人の屋敷に踏み入る盗人共め。儂の宝は、何一つ渡しはせんぞ!」
そこに居たのは、金で作られ、そこに宝石が沢山付けられた杖に黄金のネックレス、更に十本の指全てに指輪を嵌めた豚、もといピグマだった。ピグマの背後には大量の金貨や銀貨、それに宝箱が山積みになっていて、ここが宝物庫なのは間違い無さそうだ。
「レイ、気をつけろ。あれ等は全部魔導具じゃ」
入り口から中を覗き見するレイにティエラが告げる。
『魔導具?』
「そうじゃ。あの杖や装飾の全てに何かしら効果が付与されておる。それも中々に強い効果と思われる。気をつけるのじゃ」
つまりピグマは金に執着していただけでは無く、ここに魔導具を取りに来ていたのだ。隠し玉は魔導具だったらしい。
ティエラの忠告は有難く思うが、それを聞こえているのはレイだけであり、義勇軍達はそんな事を知らない。
「何言ってやがる!テメェはここで俺がぶった斬ってやるよ!」
いの一番に大柄な男が飛び出した。血に塗れた鉄の剣でピグマに斬り掛かる。
「盗人風情が調子に乗りおって、こうなったら貴様等はこの儂自らの手で葬り去ってやる。【風の槍】!」
ピグマが杖を一振りして魔法を発動させると、ピグマの周囲の空気が渦を巻き、透明な槍が二本作られた。
ピグマが杖の持ち手側の先端を向けると、槍は男に向けて射出された。
「うおぉりゃあぁぁーーーーー!!」
避けるかと思われたが、その男は真正面から斬り伏せるつもりらしい。透明と言っても風邪が渦巻いているのが薄っすらだが確認出来るから可能だと判断したのだろう。
ローグから無茶だからよせという制止命令が飛ぶが、もうそんな状況では無い。大柄な男が振り抜いた剣と風の槍の一本がぶつかり合った。
拮抗したのはほんの一瞬だけだった。次の瞬間には風の槍は剣をへし折って男を貫き、続いて残りの一本も命中、大柄な男を吹き飛ばして壁に縫い付けた。
「ゴパッ!」
盛大に血を吐く。風の槍は壁に刺さった事で役目を終えて消え、大柄な男さ地面に倒れる。体の二ヶ所に穴が開き、その命が消えるのも時間の問題だった。
「クッ!」
また仲間がやられた。その事にローグは苦い顔をしてピグマを睨む。
「その杖、ただの飾りじゃ無いな。雇われていた時から一度も目にした事が無い」
「ム?そうか…貴様、以前儂に楯突いてクビにしてやった奴か。折角生かしてやった命を自ら捨てに来るとは。婚約者も草葉の陰で泣いていよう」
ピグマは怪訝そうな顔から一転、嘲笑的な笑みを浮かべる。
ローグは先代のハウゼン領主に仕える兵士長だった。先代ハウゼンはピグマ程では無いにせよ、領民から支持の得られない人だった。私利私慾の為に資産を注ぎ込むような性格だったが、それでも一線を越える程では無かった。少なくとも表立って悪さをするような人では無かった。
しかしピグマは跡目を継ぐと、先代よりも好き勝手やり始めた。金品や食事もそうだが、何よりも女を欲しがった。欲しいものであれば例え他人の物であっても欲しがる程に。
そしてそれは自分の家臣で有っても例外では無かった。そう、当時存在したローグの婚約者である使用人にピグマは目を付けたのだ。
勿論ローグは反対した。幾ら自分が仕える主人だからと言って、自分の女を差し出す事は出来ないと。ピグマがどれだけ権力で脅して来ても、ローグは拒否し続けた。
するとピグマは、その場で兵士達を呼び集めると、ローグを領主に牙を剥いた反逆者として。殺そうとしたのだ。
勿論抵抗したローグだったが、数の暴力には勝てずに捕らえられてしまった。そしていざローグの首が跳ねられようとしたその時、ローグの婚約者が入って来てピグマに慈悲を請ったのだ。自分はどうなってもいいから、ローグは見逃してくれと。
健気な自己犠牲の精神である。レイが聞いたらきっと鼻で笑っていた事だろう。
結果ローグはクビになる形で生かされ、婚約者を奪われる形になったのだ。
ローグの頭にフラッシュバックする光景。ピグマに自分の身と引き換えにローグを助けるように、縋り付いて頼む婚約者の姿が。自分なら大丈夫だと無理矢理作貼り付けたような笑顔を向けていた婚約者の顔が。
何と無く覚悟はしていたが、やはり既に亡くなっていた。ローグの剣を握る手に力が入る。
「あの娘、最後まで貴様の名前を呼んでおったわ。来る筈の無い貴様のな」
「黙れ!俺は復讐に来たんじゃ無い。お前の横暴を止めに来たんだ!覚悟しろ!」
「ほざけ!貴様等如きに、儂の魔法は敗れはせんわ!【大嵐!】」
ピグマが杖を一振りすると、ピグマを中心に強風が発生した。
ローグは即座に飛ばされると判断して、剣を床に突き刺して支えにする。それによって何とかローグは飛ばされずに済んだが、他は全員風に飛ばされて金貨や銀貨ごと空中に飛ばされた。
風が止むと、飛ばされていた仲間達が貨幣と共にドサドサと落ちる。あっと言う間にローグ一人になってしまった。
「クッ!」
魔法を使える者は貴族に多い。だから当然ピグマも魔法は使える事は知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。杖の効果で威力が強化されているのだろうとは思うが、だとしてもこの威力は出鱈目だった。
「ハハハ!所詮は平民。貴族であるこの儂には、指一本触れる事など叶わぬわ!」
高笑いするピグマに歯嚙みする。確かにこのままでは剣の間合いにピグマを入れる事が出来ない。魔力切れを待っていては、外で時間を稼いでいる仲間達が全滅してしまう。
一か八か突っ込むするしか無いのか。そう思われたその時だった。
「ローグさん…」
「ッ!?お前は!」
最初に気絶していた仲間の一人が立ち上がった。
「俺が道を開きます。だから、ローグさんは領主の首を…」
「お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
この場における活路を開くとは、即ち囮になるということだ。義勇軍でも屈指の実力者だった大柄な男もあっさりと殺してしまう程の威力を前に、ローグが攻撃するだけの隙を作らなければならない。
死ぬ確率は高い。寧ろ死ぬ確率の方が高い。
「分かってます。でももう、ローグさんしか居ないんです。アイツに一撃食らわせられそうなのは」
確かにこの中で唯一無傷なのはローグだけだ。残りは戦闘不能か結構なダメージを受けている。もしピグマの隙を突けるとしたらローグしか居ない。
「…分かった。頼むぞ」
「はい」
これ以上長引かせても勝ち目は無いと踏んだローグ。仲間と共に賭けに出る覚悟を決めた。
「フンッ!雑魚が一人増えた所で、儂の魔法の前では無意味だ!」
「行くぞ!」
「はい!」
三人が一斉に動き出した。ローグは先を走る仲間の真後ろから追走し、ピグマは新たに魔法を発動させる。
「纏めて吹き飛ばしてくれるわ!【荒れ狂う疾風】!」
横向きの竜巻の様な風が一直線に迫り、前を走る男を吹き飛ばした。先程の強風を一点に纏めたような威力を真面に受けた彼は、この後直ぐに宝物庫の壁に強打して戦闘不能になるだろう。下手すれば命を落とす。だが、彼の目的は完遂した。
飛ばされた義勇軍の男の後ろにはローグは居らず、横に跳んで【荒れ狂う疾風】を回避していた。
既にピグマとの距離は五メートルを切っている。ローグは走り出し、一気に間合いを詰めた。ピグマはまた新たに魔法を発動しようとするが、ここまで距離を詰めてしまえば、魔法の発動よりもローグが剣を振るう方が早い。
そして遂にローグがピグマを間合いに収めた。
「これで終わりだ!!」
ローグの振るう刃がピグマの首に向かう。ガードする暇を与えずに繰り出された斬撃が、ピグマの首を刎ね飛ばすーーー
ーーー直前、ピグマの前に半透明の盾が出現。ローグの剣を受け止めた。
「なっ!?」
予想外の事態に動きが止まるローグ。攻撃を受け止めた事で役目を終えた盾が砕け散るが、完全に勢いを殺された刃がピグマに届く事は無かった。
動きの止まったローグの腹にピグマの蹴りがヒット。ダメージはそれ程無かったが、押し戻されてしまった。
「【風の刃】!」
続けてピグマの魔法が発動。透明な刃がローグに向けて飛んで行く。至近距離から放たれたそれを、ローグは回避する事が出来なかった。
次の瞬間、透明な刃はその手に持った剣ごとローグの片腕を攫って行った。
「グオォォォォォォッッッ!!!」
切断された腕の断面から血がドバドバと噴き出す。
まるで獣のような悲鳴を上げて、ローグは斬られた腕を押さえる。
そんなローグの姿を見て、ピグマは高笑いしていた。痛みで頭がショートしそうだと言うのに、その笑い声だけは嫌に耳に響いた。
「だから言った筈だ。儂には指一本触れる事も叶わぬとな!」
ピグマの右親指に着けていた指輪が砕け散る。それを視界の端で捉えて、魔導具が杖だけでは無かった事を理解した。
だがそれが分かった頃にはもう遅い。既に剣は腕ごとローグの手を離れていて、取りに行くには離れ過ぎている。
「クソッ!ここまで来て…!」
後一歩で領主の首を取れたと言うのに。外では仲間達が今も戦っていて、ここに至るまでの道も切り開いてくれたと言うのに。最後の一歩が届かなかった。
「これで最後だ。儂に楯突いた事、後悔しながら死ね!【風の槍】!」
【風の槍】によって作られた透明な槍がローグに迫る。当然ローグには避けられる距離では無い。
「役立たずが…」
見かねたレイが土属性防御魔法【大地の壁】を発動。宝物庫の床の一部がせり上がり壁を形成、風の槍からローグを守った。
何が起こったのか分からず唖然とするローグ。
「チッ!まだ居たのか」
忌々し気に言うピグマにつられて後ろを見ると、入り口に居たレイが宝物庫に入って来ていた。
「せめて最後くらいお前等だけでどうにかして欲しかったんだがな」
お蔭で本当に最後まで自力で終わらせなければならなくなってしまった。ここまで【転移】で移動したり、外壁を炎上させたりと大規模に魔法を使った所為で帰りの分がそろそろ心配になって来たから、出来れば帰りまで温存しておきたかったのだ。魔力切れ覚悟なら帰れなくも無いが、一度魔力切れになると有る程度回復するまで動くのが気怠くなる。早起きが日常のレイとしては、そんな状態で働きたくは無かった。
しかしこうなってしまったらもう仕方ない。即行で豚一匹仕留めて、最低限の魔力消費で帰る。これが一番楽だし手っ取り早い。
「魔法使いか。道理で逆賊相手に侵入を許した訳だ。外壁に火を放ったのも貴様の仕業という事か」
「そんな事はどうだって良いだろ。俺はさっさと周囲に迷惑を被る厄介な病気持ちの豚を駆除して、一秒でも早く家に帰って寝たいんだ」
ピグマの額に青筋が浮かぶ。効果は抜群だ。
「少々魔法が使えるからと調子に乗るなよ。逆賊に味方しているという事は、所詮貴様も平民なんだろう。平民がかじった程度の魔法如きで、この儂を倒せると思ったか?残念だったな!貴様如きの魔法が儂に届く事は絶対にあり得ん!」
そう言うとピグマのネックレスから魔力反応が弱まり、それに反比例するようにピグマの魔力が増大した。
どうやらネックレスには魔力を蓄えて、任意で譲渡出来るらしい。これでピグマの魔力は全回復した。
まあだからと言ってレイには特に問題は無いのだが。
「魔導具で力を底上げしないと、碌に人前に出られない臆病豚がほざくじゃないか。その余裕がいつまで持つか、実験ついでに見せて貰おうか」
レイは動作一つ無く【荒れ狂う疾風】を発動。風を収束させる時間も殆ど掛けず、最短時間で放つ。それでも規模は先程ピグマが使った同じ魔法よりも遥かに大きかった。
「無詠唱だと!?」
レイの魔法は驚くピグマに向かってあっという間に飛んで行き、またしても半透明の盾に防がれた。右手人差し指の指輪が砕け散る。
ピグマの表情に余裕が戻る。確かに無詠唱には驚かされたし、それでも尚魔導具で強化したピグマ自身の魔法よりも強力だが、それでも魔導具によって発生した盾は確りと耐えてみせた。
ならば何も恐れる事は無い。それがピグマを安心させていた。
「少しはやる様だな。だが無駄だ!これがある限り、儂に攻撃は届かーーーッ!?」
余裕だったピグマの表情が驚愕に変わる。
「だろうな」
そう言うレイの側には、さっきと同じ規模の魔法が展開されていた。その数八つ。
「魔法の同時発動。しかも八つ同時だと…!?」
魔法を扱える者だからこそ、この異常性が分かるという物だ。何せ魔法を同時に発動すると言うのは、かなりの高等技術なのだ。ピグマの様に高価な魔導具で大幅に強化して、それでも漸く二つ同時が精一杯で、単独でそれを行うのは至難の技だ。しかもそれを八つである。全部同じ魔法だから難易度は下がるが、それでも常人が扱える技術では無い。
「だったら、その盾全部引っぺがすだけだ」
一つ目の魔法が発射された。ピグマも魔法を発動しようとするが、それよりも早くレイの魔法が命中。盾を発動させ、指輪がまた一つ砕け散る。
「【風の槍】!」
今度はピグマが先に攻撃して来たが、二つ目の魔法が放たれると、それが風の槍を呑み込んだ。しかしレイの【荒れ狂う疾風】の勢いは止まらずそのままピグマに向かって行き、盾に受け止めさせる。これで残りは六つ。
その後も次々とレイの魔法がピグマの魔法を呑み込んでは盾を発動させ、指輪を破壊して行く。【風の刃】は勿論、【風の槍】も、同じ魔法である筈の【荒れ狂う疾風】も、レイの魔法には全く効かなかった。
瞬く間に砕けて行く指輪にピグマは急り、結果それによって好きを突かれて更に破壊されて行くという悪循環すら起こっていた。
普通ならやり方を変えるのだろうが、プライドの高いピグマはそれが出来ず、飽くまで真正面から勝とうと躍起になってしまっていた所為で、結局レイに盾を発動されては頭に血を昇らせていた。
そして遂に最後の一つが破壊された。
「これでもう盾は出せないな」
「そんな馬鹿な…。この儂が平民如きに」
怒りと驚きが混ざり合って変な顔になっているピグマ。まるで目が血走った猪みたいだ。
「さて。これで攻撃は普通に通じる」
そう言うと突如石床が剥がれ、そこから飛び出した土がピグマを拘束した。レイの土属性魔法【大地の呪縛】である。
これによってピグマは完全に身動きが取れなくなった。御丁寧に口も塞ぐ徹底ぶりである。
「このまま握り潰してやる」
徐々に拘束がキツくなっていく。口を塞がれたピグマが苦悶の声が聞こえるが、当然そんな物は無視だ。
そして体からミシミシと不穏な音が聞こえて来る。このままジワジワと体が潰れて死ぬまで苦しみを与えてやるつもりだった。
「待ってくれ」
先程まで腕を押さえて悶絶していたローグが、残された左手に剣を握って立ち上がった。
「止めは俺にやらせてくれ」
「……随分と傲慢な要求だな。散々俺の手を煩わせて、最後の最後で失敗して死に掛けた奴が、今更そんな事を言える立場なのか?」
失敗をすれば信用が落ちるのは自明の理だ。この状況からの逆転はあり得ないとしても、それで最後だけ横取りと言うのは流石にレイとしてもどうかと思った。
「そんな立場じゃ無い事は分かってる。だが俺は誓ったんだ。昔の俺に、仲間達に、そして今は亡き婚約者に。絶対に領主をこの手で討ち取ってみせると。どうか、その誓いを果たさせて欲しい」
真っ直ぐにレイを見てそう言って来る。正直レイとしては別にそんな誓いなどどうでも良いから聞く必要は無いのだが、それで早く帰れるのなら別に問題は無かった。別に好き好んで豚の屠殺をしたい訳でも無いのだし。
「…さっさと終わらせろ。あまり時間を掛けるようなら俺がこのまま潰すぞ」
「分かった」
ローグは頷くとピグマの前に移動する。ピグマが何やら喋りたそうにしているが、大方『貴族の儂にこんな事してタダで済むと思っているのか』とでも言っているのだろう。息子も同じ事を前に言っていたし。
尤もローグに聞こえた所でその言葉に耳を傾ける事は当然無いのだが、脂肪と一緒にプライドまで溜め込んだ憐れな豚にはそれが分からないのだろう。
「これで終わりだ、領主ピグマ」
片手で上げられた剣。これを振り下ろすだけで、ピグマの首は刎ねられる。漸くそれを理解したピグマの顔が青褪める。
「今更気付いてももう遅い。お前の人生はここで終わるんだよ。剣で首を刎ねられてな」
レイが横から、敢えて恐怖を煽るように言うと、ピグマが芋虫のようにもがく。しかしそれもレイによって拘束を更にキツくされて動けなくなる。途中メキッという音と共にピグマが口を塞がれたまま絶叫したが、恐らく骨が折れたのだろうと適当に流す。
「ま、もしお前に来世があったら、その時はもう少し賢明に生きる事だな」
レイのその言葉を最後に、ローグは剣を振り下ろしピグマの首を刎ねた。先程までの抵抗からは考えられないくらい、あっさりと首は飛んだ。次いで胴体から噴水の様に血が噴き出した。
(魔力反応消失。間違い無く死んだな)
念の為死亡を確認してから魔法を解除する。後は一応魔法を使った痕跡を出来るだけ隠す為に、こっそり床を元通りに戻ししておいた。魔法使いが調べれば一発でバレるだろうが、今回は義勇軍による反乱で死亡した事になるだろうから、そうそう調べられる事は無いだろう。
「漸く終わった」
何やら感傷浸るローグ。
「そうだな。じゃあ俺は帰るから」
そんなローグを完全無視して帰りの魔力を計算するレイ。昨日と同じく飛行して帰るにしても、魔力の消耗で明日の畑仕事が辛くなる事に変わり無さそうだ。
「レイ様、どうかしましたか?」
『いや、帰りの魔力を考えるとな…』
「それならあれを使ったら?」
「ん?」
フラムの声がする方を見ると、壊れた宝箱の中から緑色の液体の入った瓶が転がっていた。
『何だそれは?』
「魔力回復のポーションだよ」
『ポーションか』
ポーション。ゲームなんかで良くある飲むと体力や魔力を回復するアイテムだ。尤もこの世界では即時回復では無く、飽くまで回復が早くなるだけで、傷が直ぐに塞がるような事は無い。
だがこれを飲めば回復が早くなるから、朝には普通に動いても問題無いくらいには回復する筈だ。
「なあ、これ一つ貰って行っても良いか?」
「あ、ああ。それだけで良いのか?」
この宝物庫には大量の金貨や銀貨、その他にも装飾品や調度品等、金目の物が多種多様あるが、レイが欲したのは魔力回復ポーション一つのみ。利用していたと言ってもこの作戦の立役者とも言えるレイならもっと色々と要求して来ると思ったのだろう。
「俺は金の為にここに来た訳じゃ無い。邪魔な豚を消しに来ただけだ。目的は遂げた。ならもう用は無い」
それにもし金が必要になったら、【アイテムボックス】内の持ち物から売り出せば何とかなるだろう。塩の塊やウルフの毛皮ならまだ大量に残っている。
「特に問題が無いようだから貰ってくぞ。後の事はお前等がやれ」
取り敢えず目的は達成した。子供達は恐らくもう街を脱出したようだが、仮に戻って来たとしても何方も今直ぐ後を継げるだけの年齢では無い。彼等が成人して爵位を継ぐ頃には、レイも村を出て行くから大丈夫だ。もし何かあってもその時はこっそり暗殺してしまえば良いのだし。
「ああ。色々と世話になったな」
「そう思ってるのなら今度何かあっても自力でどうにか出来るようになれ。次も俺が助けてくれる保証は無いんだからな」
そう残してレイは去って行った。
レイが居なくなった直後、気絶していたローグの仲間達三人が目覚めた。
「大丈夫か、お前達」
「はい…」
「俺は何とか…そうだ、領主は!?ってローグさんこそ腕が!!」
片腕の無くなったローグに心配して駆け寄ろうとする。
「俺の事は良い。領主も既に仕留めた。それより他の二人を」
ローグに言われて、急ぎ残りの二人の容態を確かめる。その二人は【風の槍】に貫かれた大柄の男と、ローグが攻撃する隙を作る為に囮となって【荒れ狂う疾風】に吹き飛ばされた男だ。
「……駄目です。もう死んでます」
「こっちもです」
「そうか……」
六人中二人が死亡して作戦成功。内容としては良い筈だが、やはり仲間の犠牲というのは気分が悪かった。
だが落ち込んでも居られない。まだ外では仲間達が命懸けで屋敷に侵入したローグ達を待っているのだ。
「行こう。外にいる仲間達に俺達の勝利を伝えるんだ」
生き残った仲間達を連れ、ピグマの首を引っ提げて宝物庫を後にして外に出た。外では大分減ってしまったが、まだ仲間達がギリギリの所で押し留めてくれていた。
「全員聞けー!!領主ピグマの首は、我々義勇軍が討ち取った!!我々の勝利だ!!」
仲間の一人にピグマの首を掲げさせての勝利宣言。ピグマが死んだ事で戦わなければならない理由が無くなった兵士達はあっさりと武器を捨てて降伏し、生き残った数少ない義勇軍は皆勝鬨の声を上げた。




