現実は弱者に厳しい
レイ達の下にやって来た村人達は状況が理解出来ず、場は驚愕と混乱に支配された。森に行った筈のフレッド達が帰って来ていて、森に入っていない筈のレイが大怪我をしている。
極め付けはそのレイの直ぐ側に横たわるウルフだ。どうしてウルフがこんな所で倒れているのか、そもそもあのウルフは生きてるのか死んでるのか。
混乱する村人達にフレッド達がウルフが死んでる事を伝えると、村人達は安堵し、急いでレイの手当てに奔走した。
傷は結構深く、後にアイシアから聞いた話だと動脈にも届いていたらしい。
なら何故助かっているのかと言うと、アイシアがこっそり回復魔法で動脈の傷を塞いでくれたからだ。下手に全部治すと怪しいから、そうならない程度に配慮してくれたらしい。実に有り難い限りだ。病原菌に関しては流石のアイシアも知らなそうだったので、以前に習っていた毒消しの魔法を応用して自力で殺菌をしておいたからそっちに関しても問題無い。
そんな事もあって、実は致命傷だった怪我も大怪我で片付けられるレベルに留まり、途中でレイの大怪我を聞いたユニスが大泣きして駆け寄って来た事と、勝手に森に入った事を叱られた事以外は特に問題も無く終了した。
ウルフに関しては、フレッド達の証言からウルフはレイが仕留めた事から、ウルフの死体はレイの家の物になるらしい。
これで暫く食事が豪華な物になるなと思っていたが、父親のランドは毛皮と自分達が処理し切れない分の肉を全て村の連中に配ってしまったのだ。毛皮を持っていてもレイの家にそれを加工出来る人が居ないという事と、レイの家に保存用の塩が無かった事が理由らしい。
代わりに麦や塩なんかを少しずつ融通してくれたので少しはマシになったのだが、食事に肉が出るのは今日か明日が精々だと考えると、その後の食事の事を思って溜め息を吐くのだった。
そしてその裏ではある問題も起こっていた。フレッドが森で死んでしまったジムの話をした際、村人達は悲しそうにしていたのだが、フレッドがジムを森から連れ戻して欲しいと頼むと、村人達は皆それを拒否したのだ。
フレッドの気持ちも分からなくは無いが、それでも死人を連れて来る為に危険な森の中に入るのは嫌だったらしい。最悪ミイラ取りがミイラになったりしたら笑えないと言うのが表向きな理由で、本音は単に怖いだけだろう。猟師達が狩猟の際に調べてくれるという事で、その場はフレッド以外の皆が納得した。
「クソッ!」
フレッドが壁を殴り付ける。木製の壁がミシッと鳴るが、流石に子供の力では壊れない。というよりも、壊されると外の空気が入り込む寒い部屋で寝起きしなければならなくなるので、それだけは勘弁である。ただでさえ断熱材とかの無い時代で冷えるのだ。これ以上冷え込んだら凍死してしまう。
ここ、レイとユニスの部屋にはフレッドを含め、レイ、ユニス、コニーの四人が居る。尤もユニスは泣き疲れたのか眠っているので、起きているのは三人だけだ。
ネリー、イルマ、エリックの三人は、多分親の下に居るのだろう。イルマとネリーは特に疲労していたようだし。
「何でだよ!ジムは同じ村の仲間だろ!?」
「既に死んでしまった奴の為に、犠牲が出る確率の高い捜索は出来ないって事なのか、はたまた純粋に怖いから行きたく無いだけなのか」
「お前はお前でなんでそう落ち着いてるんだよ!ジムは友達だろ!?友達が死んだっていうのに、お前は何も思わないのかよ!?」
「……何も思わないわけじゃ無いさ。ただ俺の力ではどうする事も出来ないって事と、森に入る事の危険さが身に染みて分かってるってだけの話だ」
真っ赤な嘘だった。レイの実力なら別に森に入るのは危険では無い。実際ほぼ毎晩入っている訳だし、ウルフの棲息する領域よりももっと深い場所に足を踏み入れている。
ただそれは黙っている事なので表向きな理由が必要なのだ。これならフレッドも強くは言えないだろう。実際レイはウルフによって両腕に深い傷を負っているのだから。
「猟師達が狩猟のついでに探してくれるって話だから。それで納得するしか無いんだよ。無理強いは出来ない」
逆に『じゃあお前が行け』と言われても無理だろう。フレッド達だって森の危険性と死の恐怖は間近で体験しているのだから。今日明日でそれを拭える程、フレッド達は大人じゃ無いし強くも無い。
「でもレイは、俺達を助ける為に来てくれたじゃないかよ!」
「あれはお前達を見殺しにするようで嫌だっただけだ。既に死んだジムの為に、もう一度同じ危険は冒したく無い」
「ッ!それでも友達なのかよ!?」
「ダメだよフレッド!」
レイに掴み掛かろうとしたフレッドを、コニーが引き止める。と言ってもコニーは非力なので、殆ど引き摺られるような有り様だったが。
「何だよコニー!お前までレイと同じ事言うのか!?」
「レイは僕達を助ける為に大怪我したんだよ。それはきっと怖かったし、痛かったと思うんだ」
そう言うコニーの手は震えていた。いや、手だけじゃ無い。全身が産まれたての小鹿のように震えていた。
「僕なんて近くで見てただけでこうなんだ。きっとウルフに襲われたレイはもっと酷い目に遭ったんだよ。怖いのは当然だよ」
「だからってよぉ…」
コニーの言う事にも一理あると思ったのか。フレッドは何も言い返せ無かった。とは言え納得している訳では無いのだろう。フレッドは貴族の息子に向けていたような目でレイを睨んでいる。
「フレッド。何も諦めろって言ってる訳じゃ無いんだよ。ただ俺達がジムを探しに行って、今度も無事で済むと思ってるのか?一瞬しか見てなかったけど、あの場に居たのはお前等とウルフ三頭だけじゃ無かったんだろ?」
フレッド達や貴族の兄妹の他に、護衛が五人、更にウルフは十二頭居た。その中から生き残ったのは、十三人中七人。半数近くが死亡した。
「俺達は運良く生き残れたに過ぎない。次同じ事が起こった時も、同じく生き残れるとは限らないんだ。俺はそれで、また近しい誰かを死なせたく無いし、俺自身死にたく無い」
「……クソッ!」
フレッドはコニーを振り解くと、一人で部屋を飛び出して行った。
「行っちゃった…」
「アイツもそう馬鹿じゃ無いだろうとは思うけどな。今のフレッドは、ジムを置いてきてしまった後ろめたさと、それを助けるべきだっていう正義感。それ等と現実が混ざり合ってグチャグチャになってるだけだ」
もしくは単に思い通りに行かなくて癇癪を起こしているだけとも言える。
「頭冷やす時間は必要だろ。そっとしておけ」
「う、うん……。勝手に森の中に行ったりしないかな?」
普段のフレッドなら自分一人でもと言い出しそうな気もする。と言うか絶対に言い出す事だろう。
「そうならない為にあそこまで言ってやったんだ。いくらフレッドでも、自分の事を思っている奴を裏切る程薄情じゃないだろうしな」
「もしかして、そこまで考えて言ってたの?」
レイの思慮深さに驚くコニー。
「別に嘘吐いた訳じゃ無い。実際死んで欲しくは無いと思ってるしな」
飽くまで比較的、出来ればという程度ではあるが。
「……レイは凄いな」
「何がだ?」
「そうやって何時も冷静で、ジムが死んでも、その気持ちを出さずにちゃんと周りを見れて、本当凄いと思うよ。僕なんて今にも泣きそうだよ。多分ジムを見たら、側にネリーが居る事も忘れて泣き崩れるかもしれないよ」
そう言うコニーの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。。
「…泣く事が必ずしも弱い訳じゃ無いだろ。寧ろ泣く事で折り合いを付けて、先に進む事が出来る事もある」
所謂心理学で言う所のカタルシス効果という奴である。感情を表に出したり、怒りや苦しみを言葉に出す事で、精神を安定させる事が出来るというものだ。
「それに俺が泣かないのは、単に実感が無いだけなのか…もしかしたら薄情なだけなのかもしれないな」
昔の転生する前の幼い嶺なら、友達が死んだりしたらきっと泣いていたのかもしれない。
しかし今の、学校という小さな社会で苦しめられた後のレイにとっては、単に知り合いが死んだ程度の認識でしか無かった。涙どころか、悲しみの感情すらあまり湧いて来ない。果たしてそれは本当に凄い事なのだろうか。
感情がブレないという意味では凄い事かもしれないが、それだって単に冷たい奴と言われて仕舞えばそこまでだ。
「…それでも。やっぱり、レイは凄いよ」
しかしそれでも、コニーはそう言い切った。一体何がコニーにそこまで言わしめるのか分からなかったが、コニーにはコニーの思う所があったのだろう。
「……俺から言わせれば、そこまで言い切れるお前も相当だと思うけどな」
「そ、そうかな。えへへ……」
「……」
何というか、コニーの照れる姿は男と言うより女に見えて来る。涙目だから余計に可憐さが際立っている。流石にレイは男色家に目覚めはしないが、その手の人達には相当好まれるだろう。
「あ、僕もそろそろ帰るよ。あまり遅いと、また母さん達が心配しそうだから」
「そうか。滅多に無い機会だ。今日位思いっ切り甘えてやれ」
「あはは…覚えていたらそうするよ」
苦笑しながらそう言って外へ出て行くコニー。あれは絶対やらない返事だろう。別に実際にやろうがやるまいがレイの知った事では無いが。もしやってたら盛大にイジってやろうと思った。
「さて」
念の為ユニスに【夢への誘い】を掛けるこれで暫く起きないだろう。
「お前等、良い加減機嫌直せ」
部屋に住みに視線を送ると、そこにはレイからそっぽ向く精霊達の姿が。
「ふ〜んだ!レイなんて知らないもん。一人だけ勝手に無茶して、私達には心配ばっかり!」
「だから、それに関しては悪かったって言っただろ」
実際今回は無茶し過ぎたと思っているのだ。まさかああいう風に追い詰められると、焦りから魔法を使えなくなってしまうとは思わなかった。実際あの時は、助かるのに必死で魔法という存在を考えもしなかったのだ。身体強化を最大にする事を思い付いただけでも奇跡である。
「全くお主という奴は。何度妾達の肝を冷やせば気がすむのだ」
「今回ばかりは僕でも許さないんだからね」
「だから俺だって予想外だったんだよ」
「あらあら、そんな言い訳は通じませんよレイさん。私が助けなければ、今頃レイさんはこの世に居なかったんですから」
自分の部屋なのにアウェー感が半端無い。唯一エストレアだけは助けたそうにウズウズしているが、それだとレイの為にならないとでも言われたのだろう。助けに入っては来ないし、それを期待してもしょうがない。思わず溜め息が漏れた。
「どうした物かな…」
あまり仲が悪くなるようなら、今後の為にも契約を解除して別れる他無い。幸い有る程度の魔法は習得したし、自分で知らない魔法を創る事も出来るようになった。後は自力でも何とかやって行けるだろう。
「あ、あの、レイ様」
空気に耐えられなかったのか、エストレアが控え目に尋ねて来た。
「ん?どうした?」
「最後に使ったあの魔法。あれは一体どういう物だったんですか?」
「最後の?」
「惚けるな。あの貴族共に使った魔法の事じゃ」
そっぽを向いていても気にはなっていたらしく、ティエラが補足して尋ねる。しかし流石は精霊、無詠唱で使った魔法にも確り気付いていたらしい。
「ああ、あれはなーーー」
ーーー
突然舞台は変わって、ここはヨダ村にあるハウゼン家の屋敷だ。屋敷と言っても普通の家に毛が生えた程度の大きさで、仲には数人の使用人しか居らず、それ等も全員、働けなくなった老人達が主だ。
この屋敷はハウゼン家が建てた物では無く、村長が建てさせたのだ。
ハウゼン家は昔からお金の扱いが褒められたものでは無く、その為行く事なんて殆ど無いであろう辺境の村に自分の屋敷を造る金を出し渋ったのだ。
しかし前に一度ヨダ村に来る用事があって来た際に、ハウゼン家が止まる為の屋敷も宿泊施設も無く、仕方なく村長の家に泊まる事になったのだが、空き部屋が狭い一室しか無く、散々文句を言われたそうだ。
それ以来二度とそんな事が無いよう、村長がお金を少しずつ貯めて、そのお金で造らせたのがその屋敷になる。全体で数部屋しか無いがそれでも村長の家に比べたらかなり豪華である。
そんな屋敷の一室に寝かせられていた貴族の息子が、たった今目を覚ました。
「やっと起きましたか、お兄様。随分と長いお昼寝でしたわね」
体を起こすと、妹が声を掛けて来た。今まで自分には言われた事の無い冷たい声だった。
彼女に言われて外を見ると、外はもう夕方になっていた。もう日が暮れるのが、血のように真っ赤になった空を見て、森での惨状を思い出し、芋づる式にレイとの一件を思い出した。
「お兄様に伝えなくてはならない事がありますわ」
更に妹から、自分が気絶している間にレイに言われた事を一字一句違わず告げられた。
「確かにお伝えしましたわ」
妹はそれだけ言うと、一秒足りとも居たく無いとばかりに足早に部屋を出て行った。
「あの平民が…!!」
怒りの余り布団を握り締める。貴族の生活で膨れ上がった自尊心が、たった一人の平民に傷付けられた。
彼は寝間着から着替えるのも忘れ、部屋を出て父親であるピグマ=ハウゼンの部屋に向かう。
(このまま終わると思うなよ!僕に楯突いた事を後悔させてやる!)
喉元過ぎれば熱さを忘れると言うように、時間が経って薄れた恐怖心が、彼にレイへの怒りの感情を膨れ上がらせた。
この場にレイが居なければ怖くないというのもあるのだろう。
(先ずはこの事を父上に言い付けて、それからーーー)
仕返しの方法に頭を巡らせていたその時、急に喉に焼ける様な痛みが走ったと思ったら、次の瞬間、昼間に起こった出来事がフラッシュバックした。
フラッシュバックしたのは記憶だけじゃ無い。ウルフが護衛を次々と殺して行く時の焦燥、ウルフが自分に向かって襲い掛かって来た時の強い恐怖、そして血塗れの平民に首を絞められた時の、ジワジワと殺され行く時の畏れ。
それ等全てが一度に彼の頭に押し寄せて来た。
「あ…カヒュ…ハッ」
恐怖から呼吸が荒くなるが、喉の焼けるような痛みのせいで上手く呼吸が出来ない。
遂にはその場に膝を着くと、胃の中の物を盛大にぶち撒けて気を失ってしまった。
ーーー
「契約魔法じゃと?」
「そう、相手が裏切らないよう、指定した条件で相手の言動を縛る魔法だ」
「そんな魔法何時の間に作ったのじゃ?」
「あの時に思い付きで作ったんだよ」
即興で作ったというレイの突飛さに、驚きを通して呆れるティエラ。
契約魔法は。その特性上、発動する為にはいくつかの条件をクリアしなければならない。先ず条件を指定して、それを相手に伝える。それを相手が承諾する事で初めてこの魔法は発動する事が出来る。
この場合における条件とは『森の入り口で起こった全ての出来事を誰にも伝えない事』だ。レイが森の入り口でウルフに襲われた所から、フレッドが貴族の息子を殴り付けた事、そしてレイがそれを口封じする為に脅した事も全てだ。
「では、約束と言うのは」
「あんな性悪貴族と『約束』なんてする訳無いだろ。あれは契約魔法を発動させる為の隠語、つまり『詠唱』の一つだ」
今の魔法の詠唱は長い年月を掛けて改良された、現段階で最も効率の良い物になっている。逆に言うと、昔の詠唱は無駄に長かったり、発動効率が悪かったり、と色々あったようだ。中には詩のような物もあったとか。
それを聞いて、別に直接的な言葉で無くても良いのでは無いかと思ったのだ。結果は成功。魔力消費や威力等の発動効率は悪いが、魔法を相手に気取られ難くする隠蔽用としては十分使えるだろう。
「昔の詠唱から良くもまあそんな方法を思い付くものじゃな」
「別におかしな事は言って無いだろ?物は使いようだ」
約束だって契約の一種なのだから、全く違う訳では無いだろう。精々契約に比べて強制力が低いだけだ。
別に相手がその場限りの言い逃れの為に言っていようが関係無い。この魔法が発動してしまえばもうこっちの物なのだから。
「まさか気絶されるとは思わなかったけどな。無理矢理肯定に持って行ったから良いんだけどさ」
「契約を破ろうとした場合、どうなるのじゃ?」
「その辺は色々と変える事が出来る。単に頭が痛くなる物から即死まで様々だ。今回は『強制的に誰にも話せなくする』事にしたけどな」
「何と言うか、契約と言うより呪いの類いに聞こえるの」
「失敬な。契約を破ろうとしなければ基本無害なんだから、呪いとは別物だ」
心底心外そうに否定した。
「所で、どうしてそんな生温い罰にしたんですか?」
「そうじゃ!あんな奴生かしておく価値など無いと言うに」
今度は罰を軽くした事に不満が上がったらしい。
「直ぐに殺してしまうと、この村が怪しまれるだろ。最悪そこからあの時の事を勘繰られる畏れが出て来る。そうならないように、アイツにはどこか遠い所で死んで貰わないとな。その為に態々あんな言い回しをしたんだし」
「あんな言い回し、ですか?」
思い当たる節が無いのだろう。エストレアが可愛いらしく小首を傾げた。
「それってもしかして、あの殺すって下りかな?」
「その通り、アレは言葉通りの意味じゃ無くて、『徐々に罰は重くなる』事を指してるんだよ」
契約を破ろうとする毎に受ける罰は重くなる。つまり、『強制的』の部分の強制力が増して行くのだ。
「最初は無理矢理喋れなくさせたり、あの時の恐怖を呼び起こしたりする程度だけど、最終的には二度と言葉を発せなくさせたり、文字通り二度と喋らなくさせたりするだろうな」
「何と言うか、益々呪いのように思えて来たのじゃ」
「だから呪いじゃ無くて契約だっての」
そこだけは譲りたく無いらしい。自分が思い付いた魔法を呪いと同類に見られるのが嫌なようだ。
「アイツが物分かりの良い奴なら罰を受けないようにして解決策を探すんだろうが、あの性格じゃそれは無いだろうから、暫くすればどこか俺達の知らない場所で勝手に死んでくれるさ」
「凄〜い!さっすがレイ!賢〜い!」
フラムがレイに抱き着いてスリスリし出す。賢いと言われても!内面は既に二十歳を超えているのだから多少頭が回るのは当たり前なのだが、兎に角これで部屋の雰囲気が和やかになったので良しとする。
さっきまで拗ねて無かったか?そう思ったが、それを切り出すとまた面倒な事になりそうだったので黙っておく事にした。
ーーー
フレッドは一人、夕闇に染まる田舎道を歩いていた。もう暗くなるからか、外には人の気配が無い。まるでこの村に自分一人だけになってしまったような感じにさせられた。
寧ろその方が好都合だった。余計な事に気を回さなくて済むから、思う存分考え事に没頭出来る。
何せ今日は色々あり過ぎた。貴族に無理矢理帰らずの森の中を連れ回され、そこで初めて魔物と遭遇し、襲われ、そしてジムが殺された。更には森に残して来たジムの事で、レイと口論になってしまった。
分かってる。森に入る事がとても危険で、それは大人達でも尻込みする事だって事も、その危険を間近で経験したレイが森に対して恐怖を抱く事も。
(でも、そうじゃ無いだろ)
何て形容すれば良いのか分からないが、胸の中にあるモヤモヤした物が頻りに騒めくのだ。それは大人達やレイがフレッドに正論を説けば説く程チクチクとフレッドの心に傷を付けるのだ。
「チクショウ…!」
そのモヤモヤを発散するかのように、近くにあった石ころを蹴飛ばす。こんなど田舎に靴なんて物は無い。皮膚の固くなった素足に、小石を蹴った時の鈍い痛みが残り、それがまたフレッドを苛立たせた。
どこへでも無く駆け出す。目的地なんて無い。ただ衝動のままに走り抜けた。畑を横を通り、家々を過ぎ去って、気が付くといつもの遊び場にやって来ていた。
息を切らしてその場に佇むフレッド。そこには誰も居ないが、脳裏にはいつもの面子が仲良く遊んでいる。
自分と、レイ、エリック、ユニス、コニー、ネリー、イルマ、そしてジム。全員で鳥籠を遊び、駆け回っている。
ふと現実に帰る。視線の端に木の棒が転がっていた。一本はレイが鳥役を決める為に折ってしまったが、別の一本は無事だった。今では定期的に擦切れる線を描き直す為に大活躍している。
フレッドはそれを手に持つと、心の中のモヤモヤを振り払うが如く我武者羅に振り回した。型なんて全く無い、力任せ、感情任せに、雄叫びと共に木の棒を振り回す。
(チクショウ!チクショウ!チクショウ!チクショウチクショウチクショウ!!)
暫く一人だけのチャンバラごっこが続き、息切れと疲労で大人しくなる頃にはスッキリはしないが、まあ少しは頭も冷えた。
悔しいけど、自分一人ではジムの所に辿り着く事は出来ても、そのままジムを引っ張って戻って来れるかと考えると分からない。
一度もウルフに出会う事無く戻って来れれば行けるだろうが。万が一見つかればほぼ確実に死ぬのはフレッドでも分かった。自分と違って一日中畑仕事してもあまり疲れを見せないレイですら、両腕を傷だらけにして漸く一頭を仕留める事が出来るレベルだ。群れに出会したら確実に助からない。仮に一頭だけ出会したとして、無傷で勝てなければジムを連れ帰る事も出来ない。
手に持った木の棒を見る。こんな棒切れでは、ウルフを倒す事は出来ない。現物を見れば子供でも分かる事だ。
猟師なら基本装備は弓だが、少なくともフレッドよりかは森については詳しい。彼等に任せれば時間は掛かるが、確実にジムを見付けてくれる筈だ。納得は出来ないけど、それで我慢すればジムは戻って来るのなら我慢する。そうする事にした。
疲れた体を引き摺るようにして家に帰る。明日もまた畑仕事が待っている。面倒くさいが、体を動かしていればジムの事を考えなくて済むから、我慢して待つなら好都合だ。
仕方ない仕方ないと何度も自分に言い聞かせつつ、フレッドは家路に着いた。
しかし、その畑仕事は明日も行われる事は無かった。
次の日、フレッドの父親の処刑が言い渡された。




