鳥籠
偶には普段の様子も挟まないとね。
という訳で日常パートです。
早朝。まだ日が昇らぬ時間帯に、隣の部屋から聞こえて来た床の軋む音でレイは目が覚めた。
隣の部屋で寝ていた両親が起きたのだろう。妹のユニスが産まれる前の年に豊作に恵まれた影響で増築した新しい部屋で寝ていたレイは、元からあった隣の部屋の音を聞いてそう判断した。
増築したとはいえ元は木を組み立てて出来ただけの木造の家には防音など望むべくも無く、こうした足音から聞こえなくても良いであろう夜に両親がイチャついている時の音まで少なからず聞こえて来るのだ。
最近夜遅くまで起きて、更に朝早くに起きる生活をしていた所為か眠りが浅いレイは、隣の部屋から聞こえる足音でも目が覚めてしまう。まだ眠気は残っているが、どうせ直ぐに母親のユーリが起こしに来るんだからと二度寝はせずに起きる事にした。
「お目覚めですか、レイ様」
側に居たエストレアが顔を覗き込んで来た。
『ああエストレアか。おはよう』
「はい、おはようございます」
満面の笑みで嬉しそうに挨拶を返すエストレア。
因みに言っておくが、この世界、というかこの村において、『おはよう』や『おやすみ』と言った挨拶の言葉が存在しないのだ。それっぽい物もあるにはあるが、それは挨拶というより安否確認みたいな物だ。
これは言葉を覚えたての頃に昔の癖でおはようと言った時に怪訝そうな顔をされた事から判明した事だ。他の村や領主達の間ではちゃんとした挨拶が主人のかもしれないが、少なくともこの村においては存在しなかった。
ついさっきエストレアが返事をしたのも、レイに合わせての事だ。この挨拶には精霊達も怪訝そうだったのだが、エストレアだけは自分もやると言い出したのだ。あのフラムですら言わなかったのにだ。
しかし暫くすると他の精霊達もやり出して、今ではこうして普通に会話出来るようになったのだ。
そう言う意味ではエストレアはファインプレーである。レイに作って貰ったクッションに頬擦りして二ヘラと笑っているだけでは無いのだ。
そして今の挨拶、実はレイは一言も発していない。所謂ファンタジー世界のの念話のような物を想像してくれれば分かり易いだろうか、心で念じた事で意思疎通をしたのだ。赤ん坊の頃のやり方をそのままやっているだけなのだが、その頃と違う部分があるとすれば、それは伝えたい内容を選べる点だ。
昔のように思っていた事がダダ漏れになっているのでは無く、自分の伝えたい事だけを伝える事が出来る。お蔭で要らない事までフラム達に知られずに済んだという訳だ。地味に助かっている。
『何時も早起きだな。ちゃんと寝てるのか?』
「はい、大丈夫です。私は闇の精霊ですから、寧ろ夜の方が調子が良いんですよ」
『そうか』
ここ最近ではエストレアもオドオドせずに普通に返事を返してくれるようになった。最初は吃りっぱなしだったのに比べれば大した進歩である。
エストレアがそう言うのなら大丈夫だろう。実際途中で昼寝するような事は暇になった時くらいしか無いし、その時は他の精霊達も殆ど夢の中である。
顔を横に向けるとユニスが規則正しい寝息を立てて寝ている。まだ赤ん坊の頃の感覚が抜け切らないのか、親指を口に持って行った状態で寝ていた。もう片方の手ではレイの服を掴んでいるらしく、腕を動かすと何かに引っ張られる感覚があった。全力で握っているのか、引き剥がそうとしても中々指が開かない。
「レイ、ユニス、起きなさい」
難儀している間にユーリが起こしに来てしまった。仕方無いのでユニスを起こして直接話して貰う事にする。
「ほら、起きろユニス」
引き剥がすのを諦めて軽く体を揺すると、ユニスは重たそうに目を開けた。そしてゆっくりと体を起こす。ついでに服を掴んでいた手も離れた。
「起きたか?」
「うん…」
そうは言うが、完全に目が覚めている訳では無いようで、その目は今にも閉じてしまいそうだ。このまま放って置くと勝手に寝てしまうだろう。仕方ないので今だ眠たそうなユニスの手を引いてリビングに出る。因みにフラム達は起きなかったので、付いて来たのはエストレアだけである。
玄関には母親のユーリが桶や壺を抱えて待っていた。父親(確か名前はランドだったか)の姿は無い。もう畑に出たようだ。
村の朝は早い。まだ日も昇らぬ内に目覚めて働き出す。レイもこの時間は母親のユーリの手伝いで今日使う分の水を、村の端を流れる川に汲みに行くのだ。最近ではユニスも一緒である。別に一緒に居た所で役に立つ訳では無いのだが、家で一人になるのをユニスは嫌がるのだ。それなら一緒に行動させた方が良いという事になったのだ。
川に着くと、既に他の家の女達が水汲みをしていた。その中にはフレッドとエリック、そしてその母親の姿も有った。
「あっ!レイ!ユニス!」
レイ達を見付けたフレッドが真っ先に駆け出そうとしたが、母親に首根っこを掴まれて強制停止の上に拳骨を食らって撃沈した。と言っても頭を抱えて蹲ってるだけだが。
「おや、元気そうだね」
「ポーラさん。そちらも元気そうで」
元気そうで。これかこの村における挨拶のような物だ。流石に相手が元気そうに見えない時には言わないが、基本会話の始まりは元気そうかそうで無いかだ。
そしてフレッドとエリックの母親の名前はポーラと言うらしい。失礼を承知で言うと、少々肝っ玉母ちゃんの成分が強過ぎてポーラとあう女性らしい名前に違和感を感じる。もう少し厳つい名前でも十分通用しそうな気がする。『四十秒で支度しな!』とか言われそうだ。見た目は異なるが。
「やあレイ兄、ユニスちゃん」
「うん」
「ああ。エリックも元気そうだな」
敢えてフレッドには触れない。元気そうに見えないのは見れば分かる。
「痛えよ母ちゃん!」
いや、そうでも無かったらしい。声を張り上げてポーラに猛抗議していた。
「あんたが仕事に放っぽり出そうとするからだよ。分かったらとっとと水汲み終わらせな。もう私もエリックも自分の分はとっくに汲み終わってんだよ」
どうやらポーラ達はフレッド待ちだったらしい。道理でフレッドだけが川に入っている訳だ。ポーラとエリックの側には、水が並々と入れられた壺と桶があった。ポーラの側に壺が二つあるのは、そういう事なのだろう。見た目に違わず力持ちだ。
フレッドも舌打ちしながらも水汲みに戻った。といっても手に持った桶に水を入れるだけなのだが。逆に何故それをやるのに遅れが出ているのか不思議なくらいだ。まさか一人で川遊びでも楽しんでいたのだろうか。フレッドならやっていそうだから否定はし辛い。
さて、フレッドの情け無い姿を後ろから眺めているのも悪くは無いが、レイ達も水汲みをしなければならないのだ。しかも一日分の水を汲むには一往復では足りない。今持って来ている桶と壺だと最低でも三往復は必要だ。フレッドのように遊んでいる暇は無い。桶で水を汲み、自分もと強請るユニスと二人掛かりで持つ。
「おいレイ!今日もいつもの場所で待ってるからな!」
家に戻る際に後ろからフレッドの声が聞こたので、空いてる方の手を上げて返事をして置いた。
水汲みが終わる頃には日も昇り、漸く朝食となった。いつものように席に着いて、麦しか入っていない麦粥を前にテーブルに集まる。
そして全員で手を組んで目を閉じる。食前のお祈りという奴だ。両親、というかこの村では主に光の神アドゥルを信仰している。農村なんだから農耕の神ではないのかと思ったりもしたが、さり気無く聞いてみたらそれは国に禁止されているらしい。
理由を聞いてみた所、大した理由は聞けなかった。父親のランドも母親のユーリもそう法で言われているからとしか言わなかった。何でもこの国で信仰する事が許されているのは光の神アドゥルと太陽神エルサルメルド、そして精霊神フィリアスフィール等だ。
一人、というか一柱についてはいつぞやの子供神だと思われるが、他の二柱はアルスが危惧していた光に関する神々だろう。
そんな世界に迷惑を掛ける神様に祈りを捧げる木にはなれなかったので、苦肉の策としてフィリアに祈りを捧げる事にした。と言ってもそんな本格的な物では無く、取り敢えずフィリアの事を考えるだけだ。またお菓子とか食べ過ぎてないかな程度である。何故か途中で『ニュフフフフ〜』というフィリアの笑い声が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だろう。
そんな訳でお祈りを終えたレイ達は、父親のランドの号令で食べ始める。これが食事前のルールなのだ。そして今日も、決して美味しいとは言えない麦粥を口に運ぶ。最近塩を使った肉を食べるようになったからか、この麦粥を食べるのが苦痛に思えて仕方ない。塩が手に入る以前ならば、これでも何も食べられないよりはマシと考えて耐えていたのだが、塩を手に入れた上に独自で魔物を狩って食べられるようになってからは、飢える心配が無くなったからか、はたまたこれを食べなくてももっと美味しい物が食べられるからか、心境的にこの麦粥や味の薄いやさいスープ等を食べるのが嫌になっているのだ。
とは言え食べなければそれはそれで怪しまれるので食べない訳には行かない。家で何も食べてないのに健康を保っていたらどこで何を食べてるんだという事になりかねない。下手すればそこからレイの異常性を勘付かれる可能性も有るのだ。決して高くは無いだろうが、用心に越した事は無い。
味の悪い麦粥を無理矢理胃の中に流し込み、午前中を母親のユーリの手伝いに費やした後、いつもの集合場所に集まる。と言ってもどうせ何をやるのかは決まって無いのだろう。今日も適当にはしゃぎ回って終わりそうだ。
「今日は冒険者ごっこやろうぜ!」
そんな事は無かったらしい。フレッドは全員が集まるなりそんな事を言い出した。御丁寧に武器まで用意していた。初回封印となったその時にはその辺から搔き集めた貧弱な木の枝だったのが、少し太くなって木の棒になっていた。
「だから嫌だって」
勿論レイは反対する。やるとなればレイは何時も通り悪役をやらされるだろう。好き好んで黒歴史を量産したい訳では無いのだ。
「良いじゃんかよ!やろうぜ?」
「嫌だよ。大体、そんなので殴られたら相当痛いだろ」
前の木の枝でも素肌に当たればミミズ腫れになる。進化した木の棒で叩かれたら確実に青痣が出来る。
「それとも、フレッドが魔物役をやってくれるのか?」
「やだ。俺は冒険者がやりたいんだ」
「自分が嫌な事を他人にやらすな!」
己の欲せざる所人に施す事無かれだ。この世界の人間に地球の、それも昔の話を持ち出しても理解されないだろうが、要は自分がやられて嫌な事は他の人のやっちゃいけませんよと言う意味だ。それ位なら子供でも理解出来るだろう。
「じゃあレイは何かあるのでのかよ」
自分の案を否定されたフレッドが殆ど八つ当たり気味に代案を求めて来た。レイは考える。これで案を出さなければ、また出しても採用されなければ冒険者ごっこの魔物役が待っているのだ。何もしない訳には行かない。幸いレイには地球の知識がある。あの頃の遊びを一つ選べば良いのだ。
「そうだな…あれにするか」
暫し待たせて、何をするのかを決めたレイ。フレッドの持って来た木の棒を使って、集合場所周辺を広く線で囲む。この人数で走り回っても狭くは感じないだろう。
因みに用が済んだ木の棒はその辺に捨てた。フレッドが『ギャー!』と騒ぎ立てていたが軽く無視である。
「それじゃあ今からこの遊び……『鳥籠』のルールを教えるから、良く聞いておけ」
先ずは役割を決める。一羽の『鳥』と、それ以外の『餌』だ。役割が決まったらゲーム開始。ルールは簡単、『鳥』が『餌』を追い掛けて捕まえる。ただそれだけだ。『餌』が捕まればゲームは終了。その後捕まった『餌』が『鳥』となって再びゲーム開始という、鬼ごっこをアレンジした物だ。
何故鬼ごっことそのまま呼ばないのかと言うと、この世界にゴブリンは存在しても、鬼という妖怪の存在は聞いた事が無いからだ。鬼と言うのは外国では悪魔のような物なのでこの世界で言うと悪魔ごっことか悪魔憑きゲームとかになるのだろうが、そんな名前の遊びをやっていると知られれば、村の人達からバッシングを受けかねない。最悪光に関係する神を祀る宗教関係者に見つかれば背信者扱いで処刑されかねない。なので知られても問題無い名前に変えたという訳だ。
後、何故一度捕まったらゲーム終了なのかと言うと、そうしないと捕まえたばかりの人がまた直ぐに捕まる可能性があるからだ。単純に十秒数えさせれば良いかもしれないが、こんなど田舎に算数の知識など存在せず、フレッド達もその例に倣って数を数える事が出来ないのだ。村の大人でさえ十まで数えられれば良い方、酷い時は三でアホになる芸人のように何を言ってるのか分からなくなる。
そんな訳で数を数えられないフレッド達でも出来るように改良し、更に世間に知られても大丈夫そうな名前に変えられたのが、この『鳥籠』なのだ。
「面白そうだなそれ!」
さっきとは一転して乗り気になった様子のフレッド。他の面々も特に不満は出なかったので、先ずはやってみる事に。
最初の鳥役は話し合いにするとレイかフレッドになりそうだったので、公平を期す為に木の棒に再び活躍して貰った。木の棒をへし折って、その先が向いた方に居た人が鳥役という感じだ。棒を折った際にまたフレッドが叫び声を上げたが、そんな事はフレッド以外誰も気にしなかった。
という訳で鳥役に選ばれたフレッドを囲いの中心に置き、他は適当に散らばる。
「良いか?もう一度言っとくけど、捕まえる時は触るんじゃ無くて掴むんだぞ」
「分かってるって。それじゃあ行くぜー!」
フレッドが駆け出し、ゲームスタート。まず始めにフレッドが狙ったのは、他が囲いの端に居る中一人だけ距離が近かったレイだ。冒険者ごっこが出来なかった腹癒せでは無いと思う。多分。
レイは直ぐさま横にダッシュする。フレッドの足は速い。おそらく今鳥籠で遊んでいる誰よりも速いだろう。加えて体力もあるから振り切るのは難しい。現にフレッドが少しずつ距離を詰めて来ている。
「よっしゃー!捕まえーーー」
フレッドがレイに手を伸ばした瞬間、レイが急旋回、一瞬にして横に抜けた。詰められていた距離が一気に離れる。
「あっ、クッソー!」
悪態を吐きつつ、もう一度距離を詰めるフレッド。しかしいざ捕まえる時になると、レイは左右に急旋回して躱して行く。それを予想して動いても、レイは更に複雑に動き回って撒いてしまう。
他の六人は、最初はその様子をただ見ているだけだった。だが見ている内に、レイが自分達に向かって来ている事に気付いた。
「ちょっと!何でこっち来るのよ!?」
そんな事を言っても仕方ない。もうレイは直ぐそこまで来ているのだ。そして鳥役のフレッドも。
レイのモンスタートレイン宛らの行為に巻き込まれ、イルマ、ジム、ネリーの三人が逃げるべく走り出した。とは言えネリーは一早く危険を察知して他の三人とは別方向に逃げたので、これでフレッドに追われるのはレイ、ジム、イルマの三人となった。
そうなると遅れて来るのは女であるイルマだ。レイとジムに置いて行かれる形になったイルマにフレッドが狙いを変えた。
「今度こそ捕まえたぜ!」
そしてなす術無く捕まってしまった。これにてゲーム終了である。
「レ〜イ〜」
恨みがましくレイの事を睨むイルマから顔を逸らす。そんな目で見られても捕まった事実は変わらないのだ。諦めて次のゲームでは鳥役を楽しんで欲しい。
尚、その次のゲームでイルマが執拗にレイやフレッドを追い掛けて回したのは言うまでも無い。
その後ゲームを続ける事数回、こうして周りを見ていると、それぞれのスタイルのような物が見えて来る。その中でも特徴的なのはフレッド、コニー、ネリーの三人だ。
フレッドは言うまでも無くスピードとスタミナでゴリ押した猪のような直球勝負だ。直進では速いが小回りが利かず、左右に動くと途端にスピードが落ちる所も猪である。
コニーは常に鳥役に狙われないように動いている。位置取りが上手く、囲いの端や人が集まっている場所等をちょこちょこと動き回って鳥役の意識や視界に入る時間を極力減らそうとしている。多分鳥役を除けばコニーが一番動き回っているかもしれない。
ネリーはフレッドとは反対に小回りが利き、逃げる際にはそれを活かして右に左に逃げ回る。また危機回避能力も高く、先程レイがやったトレイン行為を多用して幾度と無く難を逃れている。
フレッドは兎も角、コニー兄妹は本当に子供なのかと言いたくなるような動きである。コニーの家の血筋には何かあるのだろうかと思いたくなるが、コニーの家に別段変わった所なんて無い。大昔の開拓時代にやって来ただけという、他の村でも良くある感じだ。
恐らくは性格の問題なのだろう。コニーは兎も角、ネリーは将来が心配になるな。他人に罪をなすり付けるような腹黒に育たないと良いのだが。
ーーー
時刻は夕方になり、そろそろ解散して家に帰る時間帯となった。
「それにしても、もうそろそろだよな」
「あん?何がだよ」
突然のジムの呟きに、フレッドが反応する。
「これから来る冬が終わったら、僕達は大人達と一緒に畑仕事をやらされるじゃん」
この村では産まれて五年が経過した後、つまり六年目から男子達に畑仕事をさせるのが風習となっている。畑仕事は朝早くから長い時は日暮れまで行われる。つまり春以降はこれまでのように気軽に集まる事は出来なくなるのだ。
「はぁ〜。畑仕事なんて面倒っちいな」
「でもやらない訳には行かないだろ。俺達の生活にも影響するんだし」
それに成人すれば独り立ちして、自分だけの畑を持つ事になる。今の内に学べる事は学んでおいた方が良いだろう。
「良いんだよ。俺は冒険者になるんだからな!」
「また言ってるよ」
いつからか突然言い出したフレッドの口癖のようなものだ。確かある時珍しく村にやって来たキャラバンの護衛をしていた冒険者を会ってからだ。あの時の冒険者は余り柄が良くは見えなかったが、調子に乗って話していた明らかに盛られたであろう武勇伝を鵜呑みにしたフレッドは、それ以来将来は冒険者になると言い出したのだ。ドラゴンを狩れるような冒険者がただの鉄の剣と凹みのあるプレートメイルを使っている訳が無い。
「何だよ!俺は本気なんだからな!」
「分かった分かった」
別に疑ってる訳では無いのだ。冒険者になるのに特殊な資格は必要では無いので、なろうと思えば片田舎の長男坊だろうが冒険者にはなれる。
ただフレッドが目指しているのは、フレッドが冒険者を目指すきっかけとなった冒険者が盛りに盛った武勇伝に出て来るドラゴンを倒す程の冒険者だ。
念の為その時居た他の冒険者にそれとなく聞いてみた所、ドラゴンは生きた災害とも呼ばれる程の超危険生物で、存在が確認され次第国が総出で迎撃、最悪の場合複数の国家が連合を組んで挑む事もあるらしい。
そんな人間を止めたようなレベルの冒険者に成りたいと言われるのは、ある意味勇者になると言われている様な物だ。話半分で聞いた方が良いだろう。
「しかし畑仕事となると俺達は兎も角、コニーにはキツいかもしれないな」
「え、僕?」
不思議がっているが、一見すると女にしか見えないコニーは線が細く、力もそれ程強く無い。そんなコニーには力仕事が主の畑仕事は厳しいだろう。
「確かに。コニーは女みたいにヒョロヒョロだからな」
だからと言ってフレッドの言い方は少々酷いだろう。折角レイがオブラートに包んだというのに。
「ちょっとフレッド。その言い方は無いでしょ。コニーが可哀想よ」
「え!?何で俺だけ!?レイだって言ってたじゃんか!て言うか、レイの方が先だっただろ!」
「俺はそこまで言って無い」
「あ!狡いぞ!一人だけ逃げんなよ!」
「事実だ」
決して責任逃れでは無い。レイが包んだオブラートを突き破ったのはフレッドなのだ。責任が生じるのはフレッドのみである。
「レイの言った通りよ。レイはそこまで酷い事は言って無いわ」
「イルマ!お前もレイの味方すんのか!?」
「そうよ」
イルマだけで無く、他の皆も同じようだ。フレッドの弟であるエリックでさえレイの味方である。
「ま、物は言い様って事だ。言い方次第で相手がどう捉えるかも変わる。これからは言葉には気をつける事だな。まぁそれはそれとして、コニーが心配なのは変わらないんだけどな」
「え、えーっと…」
「大丈夫でしゅ!」
困り顔のコニーより先にネリーが答えた。
「ネリー…」
「お兄しゃんは可愛いから、女の子としてもやって行けるから良いんでしゅ!」
「……うん、そうだね。ありがとう」
嬉しいような悲しいような、そんな複雑な表情でコニーはネリーの頭を撫でるのだった。
「ま、例え畑仕事をやる事になったとしても、偶にはこうして集まる事も出来るだろ。この先もう遊べない訳じゃ無いんだ。そう悲しむ必要も無い」
この村に居る限りいつでも会う事は出来るのだ。ならば悲観する必要は無い。これは今生の別れでも何でも無い、会おうと思えば会えるのだから大丈夫なのだ。
「それもそうだよな」
「流石レイ。良い事言うわね」
「うん。そうだね」
「お兄ちゃんカッコ良い!」
「ユニスしゃんのお兄しゃんがカッコ良いなら、あたちのお兄しゃんは可愛いでしゅ!」
「分かったからその辺にしておこうね、ネリー」
少々おかしな部分もあったが、それと同時に確かな絆が、そこにはあった。
「おい!俺を置いてけぼりにすんなよ!無視すんなってば!」
……確かにあった。と思う。




