不連続パソコン小説「おかしな師弟」
ある日、若い先生が授業のすき間時間のふとしたときに、みんなにこんな話をしました。
「十円玉には横の部分がツルツルのやつとギザギザのやつが二種類あって、このギザギザのやつはギザ十といって、五十円ぶんぐらいの価値があるんだよ」
翌日、ギザ十を持ったたくさんの生徒が、これを五十円と換えて欲しい、といって先生のところに持ってきました。先生はとても困ってしまいました。五十円ぐらいの価値、というのはたとえ話で、じっさいギザ十にはそんな価値はありません。
でも、昨日、あんな話をしてしまった手前、先生は生徒たちのギザ十を五十円に換えてあげました。たかだか五十円の話ですが、たくさん集まると結構な額になり、若い先生の安月給には、けっこう厳しいものがありました。
そこに数日遅れて、ひとりの生徒がギザ十を持ってやってきました。かれはあまり器用でなく、のろまだったので、みんなよりギザ十を手に入れるが遅れてしまったのです。
そのときすでに、先生のおサイフはグロッキーでした。なぜなら、その話を聞きつけたほかのクラスの生徒のギザ十も、五十円玉に換えていたのでしたのですから、払ったお金は相当な額になっていたのです。
それでも、その子の分だけ換えてあげない、というわけにはいきません。先生は渋々ながら、その子のギザ十を五十円玉と換えてあげました。
そうして、ギザギザの十円玉は、五十円玉に換わりました。
だけれど、その子はあまり嬉しくありませんでした。
なぜだかわからないけれど、彼はそのことがとても心残りで、それでもどうしていいのかわからないまま、月日は流れていました。
それから十年経ちました。
幼かったその生徒も、もう立派な社会人になりました。
そんなかれのところに、同窓会のお知らせが届きました。
その同窓会には、あのギザ十の先生もくると知って、かれはとても喜びました。
同窓会にあらわれた先生は、もうけっして若くなく、教師としてキャリアを積んだ、立派な教育者の顔つきをしていました。かつて生徒だったかれは、先生のところにいくと、こう聞きました。
「先生、十円玉ありますか?」
先生は不思議そうな顔をして、小銭入れから十円玉を取り出しました。
その生徒は受け取った十円玉をてのひらにいれて拳を握ると、ポンッとそれを叩きました。てのひらを開くと、そこには五百円玉がありました。
生徒は照れたように笑うと、先生にその五百円玉を渡しました。
先生は最初、なんだか意味がわからなかったけれど、しばらくすると、あのギザ十のときのことを思い出しました。先生はその生徒がそれを覚ていたこと、そうしてこうしてちがう形でお金を返してくれたことが嬉しくなって、帰り際、かれにこっそり五千円ほどお小遣いをあげました。
生徒は別にそんなつもりではなかったので、困ってしまいました。
それでも、せっかくくれた先生の気持ちを突き返すわけにもいかず、そのときはそのままその五千円を受け取ってしまいました。
それからまたしばらく時が流れました。
二度目の同窓会が開かれたとき、ちょうどあの遅れてきた生徒は結婚が決まっていました。ふたたび恩師に会ったかれは、先生に聞きました。
「先生、五千円札はありませんか?」
先生はいぶかしみながら、サイフから五千円札を取り出しました。
生徒はそれを受け取るとグルグル巻いて小さくしてのひらにしまってから、ポンッと手を叩きました。
すると、てのひらからは一万円札が五枚あらわれました。
度肝をぬかれている先生の手にその五万円を押し込むと、前回のことから学んだ生徒は、逃げるようにその場を去りました。
これでようやく一安心。
借りは返したと安心した、その生徒の結婚式の当日に、先生からのご祝儀袋が届きました。中には五十万円入っていました。
またしばらく時が流れました。
かつて生徒だった青年は必死で必死で働いて、お金を稼ぎました。なんとしても、先生に借りを返したかったから、かれはお金を貯めました。奥さんも、かれのそんなちょっぴりバカだけど誠実なところことを愛していたので、となりでそれを支えていました。
そのうち、ようやく目標の金額に手が届きました。
あとはそれを先生にどう渡すかだけです。
そのときを楽しみにしながら暮らしていたふたりのところに、悲しい知らせが届きました。それはあの先生が亡くなってしまったという訃報でした。
お葬式には、たくさんのひとがきました。
だけど、お香典の中に、ひとつだけ名前のないものがありました。
その分厚い香典袋の中には、五百万円入っていました。
名前は書いてなかったけれど、話を聞いていた先生の奥さんは、すぐにだれからの香典かわかりました。
しばらくして、ふたりのあいだに子どもが生まれました。
新しい家族を迎えて幸せいっぱいのふたりのところに、大きな大きな、見たこともないようなサイズのご祝儀袋が届きました。そして、その中には……