不連続パソコン小説「ある日、ダンジョンが落ちてきて…」
良く晴れた春の日、耳をつんざく轟音と共に、横殴りの強風が我が家を襲った。
「なんだなんだ?」
風が収まったのを確認し、私はおそるおそる外に出る。
青い空。白い雲。遠くに連なる山々。それらを背景にした、ただっ広い私の畑……そこにはいつもの代わり映えのない、田舎の牧歌的風景が広がっている……はずが、畑のど真ん中には、あきらかにさきほどまで存在していなかった異物が、堂々と、我が物顔で鎮座していた。
「い、岩……」
そう、我が家のじゃがいも畑を踏み潰し、しゅうしゅうと音を立てている巨大なそれ。斜めに地面に突き刺さった雑なひし形のそれは、一見、ただの巨岩に見えた。表面はツタ系の植物がまばらにはびこっている。しかし、よく見るとその中心には凝った意匠の大きな両開きの扉があり、そこから下に向かって階段が伸びていた。
「なんだこれは……」
まるで石造りの神殿の一部が、崩れて空から落ちてきたかのようだ。
空を見上げても『本体』らしきものは見当たらない。
「ちくしょう、畑が潰されちまったよ……」
悪態をつきながら、しばし周りを調べ、特に危険がなさそうなのを確認すると、わたしは仕事に戻った。
翌日、近所のもの達がやってきて、物珍しそうに『岩』を調べ出した。
私が遠くから眺めていると、彼らは勝手に階段を上がり扉を開いてしまった。
「おい……なんだこりゃあ……」
どうやら、内部はなにか神秘的な力が働いているのか……巨岩のサイズ以上の広さと奥行きがあるようだった。扉の奥の石の廊下は、いくつにも分岐しながら奥に奥に続いているそうだ。
「こりゃあ、大変なもんだ。ちゃんと調べるには道具と準備が必要だ」
踏み荒らされた畑を見ながら、私は思った。もしかしたら。これはお金になるのかもしれない。
近所の人達は勝手に探検の準備を整えて勝手に『岩』に入っていった。
半日して、かれらは負傷者と、わずかだか金貨や宝石を携え戻ってきた。
「魔物がいた。だが、お宝もあった」
「まだあるかもしれない」
負傷者に家の医療品を売ったり、手当てをしてやり、その対価にわたしは金貨の一部を得た。
近所の人達はさらに『岩』にもぐることにし、わたしは彼ら相手に小遣い稼ぎをするつもりで、まずは飲み物や食料や道具を少し揃えた。彼らが何度かもぐるうちに、『岩』の噂は広がっていき、もぐる者も増えていった。それによって扱うものも増えた。わたしの家は雑貨屋になった。
人々がもぐっても、もぐっても、『岩』の神秘が明かされることはなかった。次々現れる新しい魔物。新しい地図。新しいお宝……
噂が噂を呼び、国中から冒険者や腕自慢達がここを目当てに集まり出した。私はまず雑貨屋に隣接する酒場兼宿屋を建てた。国が神秘庁に『岩』の調査を命じた。ますます人が集まってくるようになった。わたしは宿屋を増設し、更に雑貨屋を武器屋、道具屋、食料品屋に分けた。馬小屋も建てた。近所のものの中には真似して商売を始めるものも出たが付近の土地はうちのものなので地代をとった。田舎のなにもない畑が、いつの間にか『岩』を中心に町の様相を帯びてきていた……
それから二十年後。
わたしは『岩』がよく見える高台に屋敷を建て、そこに暮らしていた。ここからは『岩』と、それを取り巻くわたしの街がよく見える。『岩』とわたしが発展させた街は、いまは息子達が取り仕切っている。移り変わる人々と変わらない『岩』を見つめながら……ついぞ、『岩』の内側に入ることはないまま、わたしは生涯を終えた。