なぞみとときこ「ドラゴンはなぜとべるの?」
まだ淡い空の下、群青の制服はためかせ、黒髪の乙女達、黄色い声あげて学園に続く道を往く。
「はぁー……」
「おはよー。どうしたの? のぞみ」
「おは。……それが一昨日、夜中に、深夜アニメ見ちゃってさ」
「ああ、それで寝不足なんだ」
「いや、違うのよ」
のぞみはてのひらをひらひらと左右に振る。
「そのアニメにさ、巨大なドラゴンが出てきて、空を飛ぶシーンがあったんだけどさ」
「うんうん」
「足りてないのよ、翼の大きさが。巨大な胴体にたいして」
「んー?」
なんのことだ、とときこは眉をひそめる。
「胴体に対して翼から発生する揚力が足りてないのよ」
「んー」
「どうやって飛んでいるんだろう? おかしくない? 足りないのよ、圧倒的に」
「んー」
「それがもう気になって、気になって……そこから一睡も出来ないのよ」
「いや寝ようよ。気にしないで」
「わたしこういうの本当気になると駄目なの。ときこ、わかる? どうやって飛んでいるのか」
「それは魔法的な力とか? ドラゴンが出てくるってことはファンタジーだろうし」
「それが違うのよ」
また、てのひらをひらひら。
「なぜなら魔法使うシーンは他にあるんだけど、そのシーンだと『魔法エフェクト』がちゃんと出てるのよ」
「光の粒子が舞う的な?」
「そう。虹色の光が弾ける的な」
「空中に浮かび上がり回転する魔方陣的な」
「そうなのよ。でも恐ろしいことに、ドラゴンが飛ぶシーンにはその『魔法エフェクト』は出てないのよ!」
「ハートのマークが飛び交う的なエフェクトが?」
「そう。あと、なにか、こう、電子的でありながらもどこかこの世のものならざる効果音とか、そういうのが一切ないわけ。するのは羽ばたきの音と、それによって起きる風の音だけ。つまりこのアニメの文脈的にそのシーンでドラゴンは物理法則を用いて空を飛んでるはずなのよ! でも、にもかかわらず」
「翼が小さすぎると」
「そう。そして胴体が大きすぎるのよ」
「物理的に」
「鳥人間コンテストと全然違うのよ、比率が」
ときこはスカーフのリボンの載った、というより張り付いた感のある、比較的小さな胸を膨らませ、息をつく。
「のぞみ。それはね」
「うん」
「『そういうもの』なのよ」
「うん?」
「たとえば、天使っているじゃない? 背中に翼持ち空飛ぶあの天使。実際リアルに羽根を生やした人間があんなスタイルで空を飛ぼうと思ったら、全幅30メートル以上の翼と、ボルゲーゼのアレスもびっくりの超・分厚い大胸筋が必要らしいのよ。でも、そんな奇形の天使誰も見たくないでしょ。それと同じででかすぎる翼と大胸筋のドラゴンよりすらっとしたかっこいいドラゴンをみんな見たいのよ。アニメは人の願望を形にするものだからそれをそのまま顕してるわけ。そういうこと。わかった?」
「わかったような。うーん…………なんだか身も蓋もないなぁ」
どこか釈然としないひとりと、そんな彼女にあきれたひとりを、他の乙女達の流れごと飲み込んで、校舎はいつも通りホームルーム開始十分前の予鈴を鳴らした。
やおい。