表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

道をゆく助手の物語

作者: ファラリス

君は道をゆく途中の博士だった。

家に引きこもり読書に耽る君は、よくいる変わり者の女の子に過ぎなくて、

君を博士と呼ぶのは、ただひとり僕だけだった。


はじめ君は僕を厄介がっていた。

男など信用できないのだと言っては、僕に軽蔑の言葉を投げた。


女の子は信用できるのかと聞いたとき、苦手なのだと小さく言って、僕はその様子を可愛いと思った。


「可愛いものが欲しければ、他を当たれ」


赤くなった頬に気づかれて、余計に軽蔑された。


僕はめげずに君の傍にいて、することがないので世話を焼いてみた。

寝食を忘れがちな君に昼食を分けに行くうち、君がゆく道の話をするようになった。


君は何か遠い、遠いものを探求していた。

深い海の底に沈んでまどろみ続けているような、遠い宇宙の星に根を張っているような、

果てのないものだ。


「博士、次はどこの本が欲しい?」


僕は少しずつ、少しずつ気を許されて、君の求める本を探す手伝いをするようになった。

君はラテン語をすらすら読めるくせに、英語はてんで駄目なのだと知って、やっぱり可愛いと思った。

ふて腐れた顔はしたけど、君は何も言わなかった。


君は活字の間に顔を埋めながら、古めかしい書物の中に埋もれたニュアンスを必死で探っていた。

内容が気になってラテン語の辞書を出してみたけど、遠まわしな言葉ばかりが並んでいて、よく分からなかった。


君の探求が少しずつ進んでいくのに合わせて、僕が君の傍に座る距離も近くなっていった。

僕は、君と書物や図書館の話を交わすようもになった。

イギリスのある図書館の貸し渋さについて冗談を飛ばしたとき、君は初めて笑ってくれた。


「紅茶は大いに評価できるのだがな。あと蔵書だ」


君が紅茶を好くようになってくれたのは、僕が抱くひそかな成果だった。

博士には紅茶が似合う。古めかしい書物にも。

それは僕の勝手な持論であって、でも間違いないと思っていた。


君は変わらず、どこか遠いものを追いかけていた。

周囲の誰もその価値を知らなかったが、ラテン語の書物を置いていた小都市の図書館などは、

その価値を知っているのかもしれない。


彼女の探求には終わりがなかったが、区切りはあった。

抱えていた大書をひとつ閉じた時、君は僕が思わず嬉しくなった、あの一言を言ってくれた。


「人を横に置くのも悪くないな。君ならだが」


僕は君の手を取ろうとした。

小さな指輪も準備していた。


けれど君はそれからすぐに、どこかへ行ってしまった。


古めかしいラテン語の書物は山と積まれ、

紅茶の缶にはまだ、お気に入りの茶葉がたくさん残っていた。


「博士」


君の探求には終わりがなかった。

何か遠い、遠いものを探求したのだから、どこか遠いところに行ってしまったのだろう。


帰宅中の失踪という結論を僕は受け入れなかった。

僕だけは知っていたのだ。彼女はその日、家に帰ってきていた。

しっかり鍵をかけた部屋の中、僕が帰ったすぐあとに、君は行ってしまったのだ。


僕はラテン語の辞書を、もう一度手に取った。

君が見ていたなら、不純な動機だと言うだろう。


気になったと言ったなら、分かってくれるだろうか。

君の探求を。

宇宙の果てに浮かぶ星の向こうに眠るものを。


君が至った場所が、どんな所なのかを。


僕は君が使った書見台に大書を置いて、最初のページをめくった。

遠まわしな言葉の中に、君がゆく道が見えてくるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ