8話 両手に花
さてさて、俺、高野勇介は、先日、安達美月と友達として付き合うこととなった。
「付き合う」に男女の交際という意味があるので、なんだか変な感じだが、この場合、行動を共にするという意味での付き合うだ。
それにしても安達の入院が自殺未遂ではなく事故だったとは。
川原は知っていて今の状況を作り出しだのだろうか。だとしたらかなりの策士だ。
時刻は午後12時15分。
午前中の授業を全力で消化した俺の腹は、消費した分のカロリーを補おうと悲鳴を上げている。
その俺の前には一切れの卵焼き。
その卵焼きを差し出すのは長い黒髪が印象的な美少女、安達美月。
俺は今、安達の親友である川原渚の主導の下、昼食を安達と一緒にとっている。
体育館2階の観客席。そこにある4人掛けのベンチに安達と並んで座っている。先日、安達と話し合った物置き場とは結構距離がある。
幸い周りには俺、安達、川原以外の人気はない。
まあ、予想はしていたのだが、安達は俺の分まで弁当を作ってきていた。
これは俺との交際を望む安達の立場からすれば当然のアピールだろう。弁当を作ってきてくれることに関しては問題はない。しかし食べ方には大いに問題がある。
「はい、あ、あーん」
安達はとても綺麗な箸の持ち方で、これまた綺麗な焼き色の卵焼きを持ち上げ、俺に口を開けるように要求している。しかも不必要なまでに俺に密着して。
「い、いや、これは……」
「じれったいなあ」
俺が躊躇していると、少し離れた位置から川原が呆れた様に声をかけてくる。
「いや、友達からだろ? 友達にこんなことしないだろ」
よく見ると安達の顔は赤いし、差し出した箸も細かく震えている。
「ボクは美月とよくやるよ?」
そう言いながら安達にもっとくっつけというようなジェスチャーを行う。
くそ、お前の指示か。
「あ、あーん」
安達は俺の腕に寄りかかるようにして、さらに箸を差し出してくる。
そのせいで、腕に俺の苦手な「あれ」の存在を強く感じてしまう。
その柔らかな感触は俺が巨乳嫌いになってしまった過去の記憶を呼び起こす。
夏の暑さ。蝉の声。きつい香水の香り。白い肌。大きな乳房。動けない恐怖。
俺の深層心理に刻み込まれた記憶の大部分は、巨大な力を前にして何も出来なかった屈辱と恐怖。その苦く辛い記憶は、強い香水の香りと大きな胸に関わるとゆっくりと蘇り俺の体を侵食していく。
案の定、そのトラウマが鎌首をもたげてきた。胃が締付けられる様な感覚から立ち眩みのような状態に陥り、平衡感覚が失われるいつもの感覚。
「いや、自分で食べるから!」
言いながら、安達の膝の上にあった、おそらく俺の分である弁当を奪い少しだけ距離をとる。
危なかった。さすがにこんな状況で倒れるわけにはいかない。
「そ、そうですよね、すいません」
残念なようなホッとしたような表情で安達は未使用の箸を渡してくれた。
なにやら不満そうな様子の川原を無視し、「いただきます」と言って卵焼きを口に運ぶ。
ほんのり甘くて美味しい。
俺は食べ物の味をあまり気にして食べない。極端に不味いもの以外は大抵美味しく食べられるのだが、それでも久々に食べるお店や既製品ではない家庭の味は、なんだか懐かしさを覚え、とても美味しく感じられた。
「うん、美味しい。ありがとう」
「いえ、ありがとうございます」
感想と感謝を述べると安達はとても嬉しそう相好を崩す。
嬉しそうにしている人を見るのは心地いい。昼飯を一緒に食べるだけでこんなに喜んでもらえるのなら、友達として問題なく付き合っていけるだろう。あくまで友達としてなんだが、それで納得してはもらえないんだろうな、やっぱり。
それに川原は、どうも安達の巨乳を武器に俺を篭絡しようとしているようだ。
結局、この日の昼食は、女子の手作り弁当という身に余る幸福に浸りながら今後に不安を感じる、なんとも複雑なものとして過ぎていった。
はあ、男がみんな巨乳好きだと思ったら大間違いだ。




