23話 独白
安達美月が目を覚まし、最初に目にしたのは灰色のコンクリートの天井だった。
天井には裸電球が1つだけだが、薄暗いながらも視界の確保には問題ない明るさだ。
(あれ……確か……)
一瞬、現状を把握できなかったが、徐々に眠る前のことを思い出していく。
(確か高野君を眠らせて、蔵の地下室で一緒に……)
「……目が覚めたか?」
美月が横になったまま思案していると、壁に背を預けた高野勇介が声をかけた。
ようやく美月は理解した。自分は失敗したのだと。
「……」
「……」
薄暗い部屋の中を重苦しい沈黙が支配する。
「……ごめんなさい……」
長い沈黙の後、美月がようやく絞り出すように謝罪の言葉を口にした。
「まあ、言いたいことは色々あるけど……とりあえず、聞かせてもらえるか?」
「……はい」
◇
……お父さん……
目を……目を開けて……
……そんな……
11月も後半に入り、最近はようやく冬らしくなってきた冬のある日。
美月の元に悲報が飛び込んできた。
父親が脳梗塞で倒れたのだ。現在も意識が戻っていない。
運が悪かったのは、父子家庭であり、父親と美月の2人暮らしの状況で、美月が学校に行っている間に倒れてしまったこと。
倒れたのは恐らく午前10時前後で、見つかったのは午後3時。
週2で家事を代行してくれている家政婦が発見した。
日々の気温の低下に伴い厚着になり、勇介の巨乳嫌いが緩和され、2人の仲が以前より近付いたと感じていた美月の幸福で刺激に満ちた甘酸っぱい日常は、音を立てて崩れていった。
美月が病室で見た父の顔は穏やかだった。
美月は父のことを思い出す。
武術の鍛錬を怠らず、自分に厳しく、だが決して他人に必要以上の無理強いはしない。
優しくて厳格な父。
そんな父が気にしていたのは、いつも跡取りのことだった。
元々、美月の父の実家は資産家であったが、色々あって実家とは距離を置いており、妻を亡くしてからは女っ気もない。
一人娘は親のひいき目抜きに美人だったが、高校に入っても男の気配は微塵もなかった。
ようやく最近、休日に着飾って遊びに行くようになり、ほっとしていた矢先の出来事だった。
美月は立派過ぎる日本家屋に一人になってしまった。
これまでも一人の夜は何度もあったが、このひとりの夜は続くのだ。
いつまでだろうか。
父はこのまま戻らないかもしれない……
人の人生はいつ終わるのかわからない。
目を閉じて眠りに落ちれば明日は必ず訪れるとは限らない。
いつ目が覚めるともしれない父の姿を見て実感した。
人間は死ぬのだ。今、幸せだったとしてもそれはいつか無くなる。
「真っ暗だよ……誰か……」
美月の心は父への思いと、死はどこにでもあるという恐怖でいっぱいになった。
暗く静かな家の中、一人で震える夜。
そんな美月の脳裏に浮かんだ、一筋の光。
それは朝焼けの校庭でひたすら楽しそうにボールを蹴っていた高野勇介だった。
「高野君……高野君……」
時間は午前5時。
美月は着の身着のまま、学校の校庭へと走っていた。
美月がもつれる足を必死に動かし校庭に辿りついたとき、そこに勇介の姿はなかった。
3年生が引退し、サッカー部の朝練が無くなったため、勇介は再び朝のサッカーを再開しているのを、美月は知っていた。
「高野君……」
校庭を囲む金網に縋り付きながら愛しい人の名前を呟く。
(もう一度……告白してみよう……それでダメだったら……どうしたらいいんだろう……)




