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勇介君は巨乳が嫌い  作者: 諏部たぬき
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13話 バイト・地獄編

「なるほど、だいたい美月から聞いたとおりだね」


 バイト先の休憩室で、俺・高野勇介は川原にこの前の安達美月とのデートの内容を伝えていた。


「安達から聞いてたんなら、わざわざ俺に訊ねなくてもいいだろう」

「いやいや、こういうのは両方から意見を聞かないとね。きちんと状況を把握して美月が嫌な思いをしないようにしないと」


 俺はため息を付いてお茶をすする。

 全く、おせっかいな奴だ。


「まあ、とりあえず上手くいってるようで安心したよ」

「いやまあ、上手くいってるのかねえ」

「なに? 不安でもあるの?」


 実際の所、俺の安達への評価はあまり変わっていない。

 元々安達が美人で成績がいいことは知っていたんだし、新たに分かったことと言えば、真面目で慎ましいという性格ぐらい。

 最大のネックである巨乳に関してどうにもならない以上、俺と安達の関係が友達から進展することはない。


 川原は「心配事があるなら任せてよ」と言ってくるのだが、まさか安達の胸を何とか出来るはずもないので、適当にお茶をにごす。

 そんな話をしていると、店長が休憩室に現れた。


「あー、悪いんだけど、今日のシフトは高野君と川原さんの2人だけね」

「「え」」


 店長の言葉に、俺と川原の感嘆句が重なった。


「ちょっと待ってください!川原が慣れてきたとは言ってもまだ新人ですよ!?」


 俺が「無茶です」と続けると、川原も「こくこく」とおびえた表情で頷く。通常4人で回しているピークタイムを2人で対応することを想像してビビッているのだろう。


「んー、そうは言っても、みなもと君も酒井さんも病欠でねえ。代わりの人もつかまらなくて……」


 店長はすまなそうな顔で「ごめんね」と詫びてくる。

 店長がこういっている以上、多分どうしようもないのだろう。店長の立場では、まさか店を閉めるわけにもいかないだろうし、覚悟を決めるしかないのか。


「なるべく今入っている人にも残ってもらうようにするし、どうしようもなくなったら僕も出るから、がんばって」


 店長はそういうと「じゃあ、僕も仕事が溜まってるから」と言って店長室に戻っていった。


「……」

「……」


 再び俺と川原だけとなった休憩室で、引きつった顔で見つめ合っていた。

 まあ、長いことバイトをしていると、こういうきつい状況は何度か経験するものだ。そうして俺は覚悟を決めた。



 まだ勤務時間の半分も過ぎていないというのに、一日働いたかのような疲労が溜まっている。


 嵐のようなピークタイムは店長のヘルプもあってどうにか乗り越えたが、まだまだ客足は途絶えない。バックを俺一人で回しているため、カウンターには新人の川原だけという危険極まりない状況だ。川原も頑張ってくれているが、注文やお勘定で待たされるお客さんが出てきている。俺も隙を見てフォローしているため、ぎりぎりで均衡を保っているが……


 この状況で何か一つでもミスがあれば、均衡は一気に崩れ、手が付けられなくなる。そこまでいけば店長が出てくるだろうが、お客さんは確実に不快な思いをする。そしてその不快な感情は大抵カウンターにいる人間にぶつけられる。


他人から向けられる理不尽な負の感情というのは慣れていても結構きついからな、出来れば避けさせたい。


 これほど忙しいと、さすがに時間が立つのが早い。気付けば後30分ほどで交代の時間だ。時間も遅くなって客足も減ってきたし、どうにか乗り切れそうかな。

 しかし、ここまでどうにか保っていた均衡は一人の馬鹿のせいで崩れてしまった。


「お冷ー、早くしろよ!」


 店に大声が響く。

 声のしたほうを見ると、スーツを着た、恐らく仕事帰りのサラリーマンであろう客が、明らかにいらいらした様子で川原に文句を言っていた。

 普段はカウンターにお冷用ボトルが置いてあるのだが、空になったので入れ替えようとしている間に注文や勘定が入ってしまったんだろう。


「申し訳ございません。 すぐにお持ちします」

「水持ってくるだけで何分待たせんだよ!」


 ち、手が離せないのは見れば分かるだろうに。


「お待たせいたしました」と川原がお冷ボトルを持っていくと、そいつは「ちっ」と舌打ちして乱暴に受け取ると、急いでコップに注ぎ、一気に飲み干すと、小銭をカウンターに叩きつけ、「まじ、使えねえ」と捨て台詞を吐いて出て行った。


 川原には馴染みがないであろう、理不尽な悪意。ちょっとフォローしておいた方がいいかと考えていると、


「ありがとうございましたー」


 元気よく挨拶する川原。そして何事も無かったように業務に戻る。

 一瞬、暗く沈みかけた店内の空気も元に戻っている。


 おー、なかなかやる。

 あそこで店員が落ち込むと、嫌な空気が他のお客さんにも伝染するからな。根が明るいんだろうけどたいしたもんだ。

 またジュースでも奢ってやるかな。



 引継ぎが終わり、休憩室に戻ると、川原がなにやら暗い顔で佇んでいる。

 さっきの件で落ち込んでいるのだろう。あの場では平気そうに振舞っていたけど、シフトも終わって気を緩めたら落ち込んできたのだろう。


「お疲れー」

「うへあっ!」


 冷たい缶ジュースを川原のうなじに押し当てると、なんとも珍妙な反応が返ってきた。


「もー、なにするの!」

「はは、やるから許せ」


 膨れた顔をこちらに向ける川原にジュースを渡す。


「普通に渡してくれればいいのに……」

「今日は良く頑張ったな。 正直、見直した」

「えへへ、そうかな」


 川原はなにやら複雑そうな顔になる。


「なんかいっぱいお客さん待たせちゃったし、高野君にも迷惑かけっぱなしだったもん……」


 なんか思った以上に凹んでるな。


「高野君、ちょっといい?」


 俺がフォローの声をかけようとすると、店長が声をかけてきた。


「これ、今日はほんとに助かったから、お礼ね」


 そう言って店長は2枚のチケットを差し出してきた。


 スパランド平川シルバーチケット。

 スパランド平川はショッピングモールを中心に温泉、プール、劇場などが揃っており、老若男女だれでも楽しめる、この辺りでは唯一の大型娯楽施設だ。

 スパランド平川シルバーチケットは、そのスパランド平川で一日限定だが、温泉とプールが無料になり他の施設でも割引が受けられる、結構な人気のチケットだ。


 お礼を言ってチケットを受け取り、店長が事務室に引っ込むと、「はいこれ」と川原が自分の分を俺に渡してきた。


「美月と行って来て」

「いやいや、それは今日の報酬の一部として貰ったんだから、お前が使うべきだろ」

「んーでも今日は迷惑かけちゃったし、美月が嬉しいならボクも嬉しいし」


 川原は自分の出来る範囲で十分やってくれたし、迷惑かけられたなんて微塵も思っていないんだが。むしろ俺が頑張ったご褒美をあげたいと思ったくらいだし……あ、そうだ。


「んじゃ、こういうのはどうだ?」


 ……俺が思いついた案を提示すると、川原はびっくりしたような顔をした後少し思案し、案外嬉しそうに乗ってきた。

 こうして今度の土曜日は、スパランド平川で遊ぶことが決定した。

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