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一話一章

今回の話しの主役です。彼についてはもう少し話しを進めて掘り下げていく予定です。名前を覚えて頂けると嬉しいです。

「さっききた仕事なんだけど今回はアキ君一人で担当してほしいんだ!」


「…はい?」


「せっかくだしこの仕事の結果をそのまま本部に提出して、アキ君の雇用について正式な手続きも済ませるね。じゃあ頑張ってね!」



あまりにも突飛だった為、間の抜けた返事をしてしまったことを恥ずかしく思いつつ、緋上秋(ひがみあき)は飲みかけだったコーヒーを机において支部長に確認した。


「えっと、支部長…今さっき連絡の入った案件を僕一人で請け負うんですか?」


「うんうん。アキ君ってほんと敬語上手く使うよね。でもそんなに堅くなくていいよ。僕は気にしないほうだし」


「…えっと…」


自分が求めた質問の応えは返ってこなかった。


しかし、頭の隅ではそうなるとは思っていた。


内心失礼なことだと思うのだが、しかしそれは支部長の日常を知っていれば無理もないことだった。


その支部長は話しを誤魔化したかと思うと、秋の目の前で仕事関係だと思われる数枚のプリントが整理されず置いたままの机で、紙を気にも止めず放置したままその上でガサガサと朝食と思われるおにぎりを食べだした。


机の片隅には『支部長』とかかれたプレートが落ちるギリギリのところに載っている。


彼、支部長麻野真樹也(あさのまきや)は極めて掴めない男で、この支部の代表であるはずなのに仕事に対するやる気が全くみられない。この支部に研修として入った三日ほどで秋はその様子をまざまざと見てしまった。


支部長の行っていた主な仕事は、社員に仕事を割り振り、シフト表を作り、机で何かを食べて、机で寝る、である。


アルバイトである秋はこんなときいつもなら支部長ではなく別の社員に聞くのだが、出勤時間前なので他に人がいなかった。


少し粘って聞くかと考えていると、ガチャリと事務所ドアの開く音に顔をあげた。


入って来たのは二十代中頃と思われるきちんと整ったスーツを着た女性。

髪は首筋にひとまとめしていて、おろすと長いのだと予想できた。

薄く化粧をしていて美しく、彼女の凛とした様子と黒のスーツも相まって、職業は弁護士や秘書といってもきっと通ってしまうだろう。


「あなたの研修期間はそろそろ終わりということよ」


「…速水さん。おはようございます」


「ハヤミちゃんおはー。外にまで話し聞こえてた?」

「おはよう緋上君。朝から早くご苦労様」


「いいえ、そんな…」


「ハヤミちゃん二回目おはー」


「…はあ。おはようございます。支部長」


支部長に対して溜め息をつきながら挨拶を返すと、速水と呼ばれたスーツ姿の女性は事務所の自分の机に着いた。


彼女もこの支部に在籍していて、支部長と同じ正社員である。

「ハヤミちゃんは朝御飯食べた?おにぎり食べる?」

「朝は食べない方ですし、おにぎりは苦手なので」


「えー美味しいよ?じゃあ今度僕のおすすめのおにぎり買ってくるから食べてみてよ」


「支部長が差しだしたおにぎりを食べたくありません」


「それおにぎりが嫌いとかじゃなくて僕に対する悪口だよね…。朝からつれないなあ、ハヤミちゃんは」


にこやかに話す支部長に対して速水は、はっきりと実に面倒そうな表情を顔に浮かべながらパソコンを起動させた。


自分には普通に挨拶を交わしてくれた彼女を、秋はつい、まじまじとみてしまう。


研修当初から未だに、この正社員2人の関係がよく分からない。


この光景はかれこれ幾度も、悪口を通り越し罵倒と言える会話も目撃していた。


聞いた話しでは、速水は支部長ともう1人の正社員である副支部長の学生時代の一学年下の後輩らしく、副支部長に対して敬語を使うが支部長にだけは…この通りの接し方である。


「…あの、すみません。少しいいですか?」


秋は申し訳なさそうに、しかしはっきりとした声で二人の会話を遮った。


今この二人がいるときに、特に支部長以外の人がいるときに話しを聞かなければならないと思ったからだ。

「ん?アキ君、どうしたの」


「研修が終わるということですが、僕の勤務日数は一ヶ月も満たないと思うのですが…」


「ああ、その話しね。そんな謙遜しなくてもアキ君ならだあ!?」


「…支部長。詳しく説明しなければ更に伸ばしますよ。話してください」


この事務所はあまり広いとは言えないので、支部に在籍している人数分なるべく寄せて置かれているのだが、速水少し体を傾けてまで手を伸ばし、支部長の頬をつねり始めた。


おにぎりを頬ばったところだったのでご飯粒がぽろぽろと落ちた。


「ま、まっひぇ!ひはこはんたべへ」


「私が待つと思っているんですか?」


ぎりぎりと音がでそうなほどだんだんと頬をひねりあげていく。


「おっへー!わかっは!!へつへいするはら!!」


それを聞くと速水は引っ張っていた指を、分かりやすく乱暴に離した。


支部長の頬には指の痕が残り涙を浮かべながら秋の方を向いた。


…少し他の人がくるのを待つべきだったかも知れない。


目の前で起きた出来事に秋は少し胸を痛めた。


「痛た…速水ちゃんホントに痛い…。えっとアキ君、今度の仕事について質問、だっけ?」


「はい。それもありますが、僕が最初に事務所に来て渡されたマニュアルには最低三ヶ月の研修の後に正式な社員登用とありました。僕には早すぎるのでは…」

「あれは形式的なものだよ。今支部にいる子もほとんど二ヶ月ぐらいで仕事まわしてたし。それに今人数が足りないから僕ら正社員も凄く助かるし」

「緋上君は優秀だから支部長、副支部長、私で話しあって決めました。問題があればそのつど事務所に連絡を入れてください」


支部長の話しの途中で速水が口を挟む。


そのタイミングのよさにわざと割って入ったのだと秋は確信した。


「それにアキ君は『心創』(しんそう)技術高いし大丈夫でしょう」


支部長は笑顔で話しを続けた。


…この流れはまずい。


秋は2人が自分を上手く丸め込もうとしていることにはたと気づいた。


変にごたつかないように説明を省こうとしたり、急に決めた風だったのもこれで納得した。


事務所で書類整理する自分に、とにかく早くそっちの仕事が出来るようにしたいようだ。


多少、無理矢理でも、だ。


「確かに心創は先輩方に習いましたけど実戦では…普通の人もいます。ですから僕は…」


そこで始めて秋は言いよどんだ。


「僕が一人だと逆に危なくなってしまうんじゃ…」


無意識にうつむいてしまう。


自分の力をちゃんと制する自信がまだ秋には無かった。


「アキ君。それぐらいの実力でやっと自分の身を守れるぐらいなんだよ。大丈夫だって!!」


「そう…なんでしょうか…」


「アキ君は優しいね。周りのことを考えることがちゃんとできるんだから」


「…」


秋がこの仕事に着く前。

この仕事に出会った理由。

この支部の人達は嫌な顔をせずに全員が秋を向かいいれてくれた。


たくさん迷惑をかけるかも知れないのに。

自分のことを放っておけないと。


友達になろうと言ってくれた事務所の先輩達。


「アキ君の力は誰かを守れる力に変わってる」


アキの顔をじっと見つめ支部長、真樹也は語りかけた。


いつも通りの笑顔だった。

速水も秋の方に視線を送っている。


「僕らがそう思って送りだすんだから、大丈夫だよ」

「最善を尽くしてきなさい」


「…ありがとうございます」


二人の言葉を受け取った秋はお辞儀をしながら、感謝を返した。


今回の依頼、不安かなりある。


けど何か、自分を変えるきっかけになるかも知れないと考えることにした。


力強く言われ、秋は2人の話しにあえて丸め込まれようと快く思えた。


「あ、それとアキ君」


「はい?」


「その仕事の日、学校がない土曜日にしたんだけどこの仕事が終わったら一度この事務所に戻ってきてね」


「…えっと、仕事が終わるの何時になるか分かりませんが…一日で終わるか分かりませんし…」


「多分一日でだいたい終わると思うよ、今回の仕事はね。で、一度顔だしにこの事務所に来てほしいんだ。よろしくね」


「はい…分かりました」


少し不思議に思いながら秋はふと速水の方に顔を向けると、


「頑張ってね」



その柔らかい笑顔に不意をつかれた。


約一ヶ月働いて始めて秋は速水の満面の笑顔を見たのだ。


そのあと他の社員が全員集まるまで、秋の心臓の鼓動は聞こえるぐらい速くなっていた。

次話で今回の依頼の舞台に向かいます。読みやすさを考え実験的に章を分けて投稿します。

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