咎人と贖罪
投稿二作目です。よろしくおねがいします。
罪を犯したものを咎人という。しかし、咎人はそれ以上の善行を行うことにより天の光に照らされ、その罪は許される。それはこの世界の規則であり常識だ。
これは私が14歳――このような規則に疑問を持ち始めたころに出会った一人の咎人の物語だ。
その男の名は何と言ったか……そう確かニールだった。私がニールと出会ったのはドーエフ暦167年の初冬。当時私の住んでいた村に雪が降り始めた時だった。
「お嬢さん。この村に宿屋はあるかい?」
私がいつものように村はずれの井戸で水を汲んでいた時、後ろから声をかけられた。私が振り返るとそこにいたのは痩せこけた体に蒼白な顔をしたいかにも不健康そうな男だった。この村に外から人がやってくることは非常に少なかったので非常に驚いた。
私は驚きつつも村唯一の宿屋に男を連れて行った。その道中、男が私が両手に持った水桶を持ってくれた。
この村に外から人が来るということはとても珍しいことだった。だから私は宿屋につく間に男にこの村に何か用があるのかと尋ねた。
「いいや、この村じゃなくてもいいんだ」
私の問いに対し男はそう答えた。私が疑問を口にすると、男は自分のことをポツリ、ポツリと語りだした。
ニールという名前。首都で医者をやっていたこと。そこで治癒魔法の研究を行っていたこと。そして、彼が咎人だということ。
「私が愚かだったんだ。もっと安全性を確かめていれば、彼は死なずに済んだのに」
ニールは新型治癒魔法の実験中、事故で被検体の少年を殺してしまったらしい。
「何度も動物実験は行っていたし、安全性の確認も十分すぎるほどに行った。完璧だ、そう思っていたよ。しかし事故は起きた。私の過信が事故を招いたんだ。私のせいだ。私のせいなんだ」
だからこそ。ニールはそう言葉を続ける。
「だからこそ、この罪は償わなければならない。絶対にだ。そうして私は初めてあの子に顔向けできる」
それは正しいことなのか、私はそう思ったが何も言わなかった。そう考えるほうが常識はずれなのだから。
そうこうしているうちに宿屋につき、私はニールと別れた。
翌日から、ニールは村で医者を始めた。彼は罪を償うために無償で治療しているらしかった。しかし咎人ということで村の皆から避けられ、治療を望むものはほとんどいなかったようだ。
そんな状況に変化が訪れたのはそのまま冬が終わり春もすぎ、夏に差し掛かろうとしていた時のことだ。
私が水をくみ村はずれから帰ってくると村中が大騒ぎだった。私は一目散に家に帰り、母に何事かと尋ねた。
話を聞くと、村長の息子が屋根の修繕中に落ち重体らしい。
「あぁどうしようこの村には医者なんていないし、外からよんでくるにもそれまで持つかどうか」
私がニールはと尋ねると母は咎人に診せられるわけがない、そう答えた。
私は冬からこれまでの間に何度かニールの治療を見る機会があった。そして、彼の腕は確かなものだとわかっていた。
だから私は家を飛び出し村長のもとへと向かった。
村長は村長宅の前でおろおろしていた。今思うとこの村長は非常に優柔不断な人物であったと思う。
村長の息子はその近くで倒れていた。彼は意識がなく頭から血を流していた。
私はニールの姿を探した。すぐに見つかった。村長宅、そのすぐ近くで村人に取り押さえられていた。
どうしたのかと尋ねると村人は咎人に診せるなどもってのほかだ、そう答えた。母と同じ答えに私はカッとなった。彼の腕は確かなのだ。それは当時の私はそう思っていたし今の私ならそれを保証できる。
彼は確かに優れた医者だった。だから私は村人にその手を放すよういった。しかし村人は手を離さない。だから私は力いっぱいにその村人を蹴った。私の蹴り上げた足は偶然にも村人の右足と左足の間に入り、村人は声にならない声をだし倒れた。……弁明しておくが私はそこを狙ってなどいなかった。それは本当に偶然だった。
ともかく、それにより自由になったニールは一目散に村長の息子のほうへ走り治療を開始した。村長は相も変わらずおろおろしたままだった。
結果から言おう。村長の息子は助かった。ニールによると本当に危なかったらしい。そしてこのことがきっかけでニールは少しずつ村人たちから信頼されていった。
また冬がやってくる頃、このころにはニールは村の住人、村唯一の医者として誰からも認められるようになっていた。ニールのもとには毎日のように人が訪れ、ニールはその人たちを治療した。ニールが金銭を要求することは一度もなく、差し出されたものも受け取ることは決してなかった。
そんなある日のことだ。ニールの頭上に天からまばゆい光が降り注いだのは。それは天の光、咎人が罪を許された証だった。その日、村はまるで祭りの当日のような状態だった。
おめでとう。おめでとう。村の人たちは皆がニールにそう言っていたが、当のニールはあまりうれしくなさそうに見えた。
その日の夜、ニールは首都に帰る、そう言いだした。なぜ? 当然のように皆がそう尋ねた。
「遺族に謝罪に行かなければならない」
彼はそう答えた。その時の彼の顔を私は今でも鮮明に覚えている。その時の彼は私が今までに見たことに顔をしていた。その時は分からなかったが今ならわかる。あれは覚悟をした男の顔だったのだ。
翌日、彼は首都に行ってみたいと常々言っていた村の若者一人と村を旅立った。彼は村を出る直前、
「必ず戻ってくる」
そう言い残した。しかし、彼がこの村に帰ってくることはなかった。
数日後。若者が村へ戻ってきた。一人だった。出るときよりはるかに大きな荷物を持った彼は村に帰ってくるなり村人を集め、重々しく口を開いた。
「ニールが、死んだ」
私は愕然とした。しかしそんな私をよそに彼は話し続けた。
ニールは首都で殺されたらしい。そして犯人は遺族の親だったという。
しかし、ニールは約束通りここに戻ってきた。そう言って若者は大きな荷物から木箱を取り出した。その中には、ニールの遺骨が入っていた。
ニールは若者が持ってきた彼の遺品とともに村の墓地、その一番高いところに埋められた。
彼の墓の前で今、私は思う。
彼は天に罪を許された。しかし、彼は遺族に殺された。
きっと天が許そうと咎人から罪がなくなることなどありはしないのだ。ならばいかにして贖罪すればいいというのだろう。それは彼のように殺されることでしかなすことはできないのだろうか。その答えは、今の私にもわからない。
罪とは許されようと償おうと決して消ないものだと思います。
では罪に対する罰、それは罪に対する報いでしょうか?
罪を犯した者はその形はどうあれ必ずその報いを受けるのだと思います。
まぁそもそも罪を犯さなければいいだけの話なんですけどね?