あるべきものがあるべき場所に戻っただけですわ。
聖女アンエラは妹のコレクトに聖女の印が浮かび上がったことに驚きもしなかった。自分から聖女の印が無くなったって、泣きもしなかった。代わりにほっと息をついた。「なんでそんなに余裕そうなの?」「あるべきものがあるべき場所に戻っただけですわ」アンエラはコレクトに微笑みかける。そんな時、コレクトの隣にいた男性が、アンエラの元へと歩き出した――。すべては女神のお導きのままに。すべては女神のご機嫌取りのために。
※細かいことは気にせず読んでください。
「私が聖女にふさわしいのだわ!!!オーッホッホッホ!!!」
アンエラは、聖女として生きてきた五年間を振り返っていた。五年前に聖女として教会に入り、家族と離れ離れで暮らしてきた日々。辛くもあった。でもやりがいもあった。それが終わることに、ほっと息をついた。ようやく終わった、と。
「そうね、貴女が聖女にふさわしいのだわ」
アンエラの妹コレクトは、わがままな少女であった。少女と呼ぶには体格だけは立派な彼女は、アンエラの態度が気に食わないとばかりに眉にしわを寄せた。
「なんでそんなに余裕そうなの?あなたはもう、聖女じゃないのよ?」
その通りだ。アンエラは自分の右手の甲を見た。そこに聖女の印がなかった。五年前から、それがあったからアンエラが聖女だった。しかし今はなくなっている。代わりにコレクトの左手の甲に、アンエラが持っていた印と同じ印が浮かび上がっていた。
「あるべきものがあるべき場所に戻っただけですわ」
やはりアンエラは微笑んでいた。怒らなかった。悲しまなかった。ただちょっと疲れを顔に滲ませて、それからこれからどうなるのだろうと憂いた。アンエラにはもう関係が無くなることとはいえ、女神に仕えていた聖女として心配にもなる。
アンエラとコレクトは仲のいい姉妹ではなかった。同じ両親から生まれたというのに、外見も価値観も違って育ってしまった。両親は大人しくまじめな次期領主のアンエラを大切にし、自由でお転婆なコレクトの世話はほとんど使用人に任せていた。その結果助長されたのかもしれない。
コレクトがアンエラに攻撃的になってきたころ、アンエラが聖女だと発覚して教会へと向かった。その当初はよかった。アンエラの婚約者はコレクトの婚約者になった。アンエラのドレスも髪飾りも全部コレクトの物になった。でも、両親の愛がコレクトに向いているかと言われれば、そうとは思えなかった。
アンエラが教会に入ってから、両親は忙しい忙しいと走り回るようになった。聖女の両親として招かれることが多くなり、時には王宮にまで向かった。アンエラの代行として外にだけいい面をする両親をコレクトはだんだん、いやますます恨むようになった。
ただ、コレクトの婚約者――アンエラの元婚約者なのであるが――がコレクトを大切にしてくれたので一応の落ち着きは見せていた。婚約者が王子である点もかなり大きかったのだろう。コレクトの自尊心はますます膨れ上がり、そうして今度は「自分こそが聖女にふさわしいのではないか」と思うようになった。
その結果、アンエラにあった聖女の印がコレクトに移った。これにコレクトはたいそう喜んだ。やっぱり自分が選ばれるに決まっている。女神さまは私を喜ばせるための機会を見ていたんだわ!そうはしゃいだ。
「アンエラ嬢、やっとだな」
ふと、コレクトの隣にいた男性が動き出した。彼こそアンエラの元婚約者でありコレクトの婚約者、第三王子のウロングがアンエラの元へと歩き出したのだ。
「え、殿下……?」
代わりと言っては何だが、教皇がウロングとすれ違うように歩き出し、コレクトの隣に収まった。教皇はそうして、手を挙げた。瞬時に周りにいた五人の修道女が動き出し、コレクトを包囲した。
「な、なに、なによ」
コレクトは左手を確認された。インクではない、肌に焼き付けたような印。それを伝承が書かれている本と照らし合わせるようにまじまじと見つめた。そうしてそれが本物であると五人の修道女が認めた。教皇もそれに満足そうに頷き、そうしてアンエラとウロングの方へと声をかけた。
「コレクト様が本物の聖女様と確認できました。アンエラ様、ウロング様、先をお急ぎください」
「行こう、アンエラ嬢」
「ウロング様……」
ウロングが手を差し出せば、アンエラがそれに手を重ねる。ぎゅ、と握りしめたかと思うと、教会の外へと向かって行った。いったい何が起きたのか。コレクトだけがわかっていない。
「ウロング様!?どこに行かれるのですか!?」
「これからアンエラ様の聖女解任を理由に、改めて国王のお膝元にて婚約を結びに行きました」
「――え?」
「ああ、そうでした、お伝えしていませんでしたね。聖女は結婚できませんよ?なのであなたとウロング様の婚約は自動的に消滅しました」
教皇はいい人だ。だから、親切に教えてくれた。相手に教える時は、相手に伝わるような言葉を選ぶ。それは善意だ。教皇は、善意で彼らの幸せを祝っている。
「アンエラ様が聖女になってから五年、ウロング様は時間を作っては教会にいらっしゃっていました。アンエラ様にお会いするためです。その間コレクト様は一度も教会にいらっしゃいませんでしたね?聖女様のご家族であったというのに。使用人の方々は定期的にいらっしゃっていましたよ?」
「そっ……別にいいじゃない。神に祈るのは家でだってできるわ」
「そうでしたか。きっとその祈りが届いたのでしょうね。女神は貴方を聖女だとお認めになられました。……、いえ、これは正しい言い方ではありませんね。そう、時期が来たので、でしょうか?」
教皇は少しだけ開いている扉を見つめた。アンエラとウロングの様子を思い返して満足そうだった。
アンエラとウロングが婚約したのはお互いが五歳の時だった。侯爵家の長女であったアンエラと、王家第五子であり三男のウロング。将来的にウロングが婿入りすることで決まったその婚約は円満なものだった。何せ一目見た瞬間から、大人びていた二人が一目ぼれしあったのだから。
アンエラは普段は大人しいのだが、ウロングが家に来るときはおおはしゃぎだった。ドレスはどれにしよう、お菓子は何がいいかな、紅茶は私が淹れて見てもいいかな、どうしたらウロング様に気に居られるかしら。初めての恋に浮かされたアンエラだが、ウロングもだいぶ浮かされていた。アンエラの六歳の誕生日に指輪をプレゼントしたのだ。これにアンエラは喜んだが、アンエラの両親も付き添いできていたウロングの一個上の姉も心配になった。ちょっと愛が重たくなりすぎていないか?大丈夫?と。
成長するにつれて恋する二人に変わりはなかった。のだが、突然アンエラの右手に聖女の印が現れたときは大騒ぎになった。
どうしてアンエラなんだ。どうして、どうして。聖女は結婚できない。処女性が求められているというよりは、女神から束縛されるため他の人の方を向くことが許されないのだ。だからその時点でアンエラとウロングの婚約は消滅。破棄でも、白紙でもなく、消滅。そんな事実はなかった。二人の間に何の感情もなかった。そういう事になった。そういう事にされた。
しかしアンエラは教会に入ってから自分が聖女に選ばれた理由を知った。自分が代役であるという事を。
「本当は初めからコレクト様が聖女でした。しかし女神が聖女をお決めになるときにまだあなたは幼かった。だから姉であるアンエラ様に五年間代理をお任せすることになりました。すべて、女神がアンエラ様を通して私たちにお伝えしたことです」
コレクトが聖女なのはその通りだ。女神が決めたから、そうなった。あくまでアンエラは代理だったし、代理だったから五年間と言う決まった時間を必死に努め切った。ただ、前哨戦だった。女神の気分を高めるために必要な期間でもあった。
「コレクト様、女神がお待ちです」
五人の修道女に囲まれては身動きがとりにくい、しかし修道女たちが進めば後ろから押されて歩くしかない。コレクトは歩いた。いったいどこに連れていかれるのだろうと危惧しながら。
「こちらからはおひとりで」
修道女たちがコレクトの周りから離れ、今度はコレクトと扉を囲むように等間隔で並ぶ。その圧に、コレクトは言いようのない不安がよぎった。自分は聖女なのに、なんだこの扱いは。教皇はにっこりと笑ったままだが、修道女たちはにこりともしない。まるでこの扉の先にいる女神を恐れているようだ。敬っているのか?本当に?
コレクトは、自分で扉を開けた。その先から光が漏れ出した。先ほどまでの不安など消し飛んだ。アンエラとウロングのことも頭から消えてしまった。
地獄が、待っていたから、そんなこと考えられなかった。
*****
めがみさまはいいました。
「いいこにならなくていいのよ」
めがみさまはいいました。
「わるいこのほうがいいわ」
めがみさまはいいました。
「ここまでおいでおちびさん」
■■■さまはいいました。
「あそんであげるわ」
*****
「ウロング様、その」
「ああ、コレクト様の事かな?」
王宮の一室で、アンエラは頷いた。その隣には先ほど再婚約を果たしたウロングがいる。お互いの両親は二人を残してこれからのことを話しあいに行ってしまったし、後は若いお二人で、と残されてしまった。アンエラはウロングの肩に自分の頭を置いた。小さいころはこうやって、二人で木の根元で本を読みながら転寝したものだ。
「女神様は、その、コレクトが捻じ曲がるのをずっと楽しみにしていました」
「言っていたね、そんなことも」
「その、何と言いますか、女神様の……うーんと」
「何というかね、琴線に触れるとか、性癖とか、……心の勃起とか?」
「何を言い出すのですか!」
「まぁまぁ。……ともかく、女神は性格のねじ曲がった女性をいじめるのがたいそう好きなお方であるのは歴史から見てもそうなのだよね」
「いつでしたかね、悪女と呼ばれていた女性が聖女になったのは」
「うーん、三代前かな」
「聞いた話によると、聖女に選ばれて教会入りしてから一年後にお披露目した際は、色も、形も、性格も、全くの別人のようにすべてが変わっていたとか」
「そういう風に作り直すのが楽しいとと言っている絵本があったね」
「ありましたね、殿下がコレクトの三歳かの誕生日に持ってきてくださった。……コレクトが大泣きしていましたね」
「あの時は本当にコレクトが聖女になる運命だとは思わなかったよ」
そうですね、とアンエラはつぶやいた。ふあ、と、眠たそうにあくびをした。
「少し眠るかい?」
「あ、いえ、起きます!ウロング様とまだお話がしたいので」
「でもねアンエラ、明日も会えるんだよ?」
ウロングがそう言うと、アンエラはぱちぱちと大きな目を瞬かせた。
「あ、したも、あえる」
「そう、君を支える準備は五年前に整えていたからね、いつだって動けるよ」
「ウロング様」
「愛しているよアンエラ嬢――いやアンエラ。やっとまた、君の隣に立てるね」
「っ!」
コレクトのことは心配だ。今までの聖女の行く末を知っているから。しかしそれ以上に、アンエラにとってウロングとの未来の方が大切だ。血のつながった妹だけれども、向こうが敵意を示してきたのだから、こちらも敵意を返したくなるのも仕方のないことだろう。だから、なるようになった。アンエラは、後悔こそしていない。
「これからやることがいっぱいですよね、出来るかしら」
「君なら大丈夫さ」
元聖女が実家を継ぐこととなり、第三王子を配偶者に選んだ。その素晴らしいニュースは瞬く間に国内に広がっていき、どこへ行ってもお祝いされることになる。
ここが、アンエラのあるべき場所。あそこが、コレクトのあるべき場所。女神に決められた場所で、それぞれ幸せになりましょうね、と、アンエラは教会がある方向を見て微笑んだ。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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余談
・聖女の役割は女神の遊び相手。アンエラは代理なので一般的な子供とするようなおもちゃ遊びとかごっこ遊びとかを定期的に行って女神に合わせるのが仕事でした。しかし本物の聖女のコレクトは、女神のためのカスタマイズドールなので、女神の趣味に合わせてその身をささげるのが仕事です。ねじ曲がった性格の矯正。髪の色も目の色も変えるために引っこ抜かれたりえぐりだされたり。コレクトが発狂して従順になれば出来上がりです。
・アンエラは教会を離れて実家を継ぎ、再婚約を果たしていたコレクトと結婚しました。子供は三人も恵まれ、領地経営も良好。理想的な貴族夫婦として人気者になりした。
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今回の名付け方:アンエラ/an error(間違いをする)、コレクト/correct(正しい)、ウロング/wrong(間違っている)




