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平和な余生を邪魔するな。~亡霊と呼ばれた男の、こだわり無人島暮らし~  作者: 空と海


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第九話:楽園の再建と、酔いどれの賢者

嵐が去った島に降り立ったのは、冷徹な支配者……ではなく、あまりにも自由奔放な「一人の老人」でした。


組織の粋を集めたプロフェッショナルたちが、魔法のように施設を修復していく傍らで、佐伯と美月に与えられたのは、一つのワンポールテントと、泥にまみれた菜園の再生という任務。

 

 昼は泥にまみれ、夜はテントの薄い布一枚を隔てて眠る二人。

 そして、それを見守りながら酒を煽り、勝手に釣りを愉しむ老人の真意とは。

 緊迫感とユーモア、そして微かな甘さが混ざり合う、再建の一週間が始まります。

ヘリの爆音が止み、巻き上がった砂塵が落ち着いた頃。

 タラップから降りてきたのは、想像を絶するほど「軽い」足取りの老人だった。


「……やあやあ、佐伯! 生きてるか? 910ヘクトパスカルの直撃に耐えるとは、流石は私の最高傑作だ。いやあ、空からの景色は最悪だったぞ。お前の自慢の菜園が、まるで泥のスープみたいだったからな!」


老人は、仕立てのいいスーツの袖をまくり、佐伯の肩をバシバシと叩いた。かつて世界中の諜報機関を震え上がらせた組織の首領とは思えない、親戚の叔父のようなフランクさだ。


「……老人。ヘリの燃料が余っているなら、そのまま帰ってくれないか」

「冷たいことを言うな。ほら、美月も。そんなに怖い顔をするな。お前が勝手に持ち出したピットバイパーの代金は、今度のボーナスから引いておくだけで許してやるから」


老人は美月にウィンクを飛ばすと、すぐ後ろに控えていた黒づくめの集団に合図を送った。

 彼らは無言で、しかし機械のような正確さで動き始めた。組織が誇る工兵部隊のプロたちだ。


「さて、佐伯。建物とライフラインの修復は、私の可愛い息子たちに任せろ。一週間もあれば、以前より頑強な『城』に作り替えてやる。その代わり、お前たちはその間、外で野営をしろ。……たまには若い男女が狭い場所で肩を寄せ合うのも、リハビリには丁度いいだろう?」


老人が指差した先には、既にプロの手によって設営された、大型のワンポールテントがあった。


「一週間、ここで……二人で?」

 美月の声が、期待と緊張で裏返る。佐伯は眉をひそめたが、老人は既に興味を失ったように、自前の高級釣竿をケースから取り出していた。


「私はあそこの一級磯で、昨日の生き残りを探してくる。夕食は石鯛の刺身を期待しているぞ、佐伯!」

 老人は鼻歌交じりに、泥にぬかるんだ道を歩いていった。


一週間の「不自由」な共同生活

修復作業は、驚異的なスピードで進んだ。

 プロたちが重機や特殊資材を使って建物を直す間、佐伯と美月は、自分たちの「手」でしか直せない場所に向き合った。


泥を掻き出し、塩害にやられた土を入れ替え、折れた苗を一本ずつ支柱に結び直す。

 海岸に打ち上げられた大量のゴミや流木を片付け、一級磯へ続く道を整備する。


「先生、見てください。このトマト、根っこがまだ生きてます!」

「ああ。土を被せておけば、また芽吹く。……美月、そのくわの使い方は、昨日教えただろう」


泥だらけになりながら、二人は言葉少なに作業を続けた。

 組織のプロたちが効率的に「物」を直していく隣で、二人の「時間」だけが、ゆっくりと、しかし確実に再生されていく。


そして、問題は夜だった。

 ワンポールテントという空間は、想像以上に狭い。

 中央の支柱を挟んで、左右にシュラフ(寝袋)が二つ。薄い布一枚を隔てて、外では嵐の後の虫の声が響いている。


「……先生、起きてますか?」

「……ああ」

「なんか、不思議ですね。あんなに広いセーフハウスがあるのに、今はこの狭い場所の方が、ずっと落ち着く気がします」


美月の声が、すぐ耳元で聞こえる。

 彼女の体温が、テントの中の空気を柔らかく温めている。佐伯は天井を見つめたまま、自分の胸の鼓動が少しだけ早くなっているのを自覚していた。


「……早く寝ろ。明日は海岸の瓦礫撤去だ」

「はい。おやすみなさい、先生」


酔いどれの「老人」

一方で、この状況を誰よりも謳歌しているのは「老人」だった。

 彼は昼間、一級磯で佐伯も驚くような手つきで良型のメジナを釣り上げ、夜になると、どこから持ってきたのか最高級のヴィンテージ・ウイスキーのボトルを空けていた。


「いやあ、美味い! 佐伯、お前の島は最高だな。この潮騒、この星空。仕事なんて放り出して、私がここに住みたいくらいだ!」


老人は焚き火のそばで、顔を真っ赤にして上機嫌に笑っていた。

「見てみろよ、美月のあの顔を。あんなに泥だらけになって笑うあの子を見るのは初めてだ。佐伯、お前は冷徹な亡霊だが、女を育てる才能だけは、私を超えたかもしれんな!」


「……酔いすぎだ。少し黙れ」

「はっはっは! 照れるな。……いいか、佐伯。過去なんてのは、この波に洗われる石と同じだ。角が取れて、いつか丸くなる。お前がその不器用な手で、新しい苗を植え続ける限りな」


老人はそう言うと、焚き火に薪を放り込み、そのままゴロリと寝転がった。

 フランクで、酔っ払いで、どこまでも捉えどころのない男。

 だが、その言葉の端々には、佐伯に対する深い慈愛と、彼なりの「救済」の形が込められていた。


一週目の終わり

一週間後。

 小屋とセーフハウスは、嵐の前よりも頑強に、そして美しく生まれ変わっていた。

 菜園も、二人の努力によって再び生命の息吹を取り戻し始めている。


撤収の準備を始めたプロフェッショナルたちを見送りながら、老人は佐伯に一枚の小さな封筒を手渡した。


「これは?」

「修復代の請求書……と言いたいところだが、私の『わがまま』への招待状だ。佐伯、お前がその時間を整理し終えたら、一度だけ顔を出せ。エリカのことで、お前に渡せていなかったものがある」


老人の瞳から、一瞬だけ酔いが消え、かつての「支配者」の鋭い光が宿った。

 だが、すぐに彼はいつものフランクな笑顔に戻り、ヘリのタラップへと足をかけた。


「じゃあな! 次に来る時は、もっといいトマトと、あわよくば曾孫ひまごの顔でも期待しているぞ!」


爆音と共に、ヘリが空へと舞い上がる。

 再び訪れた島の静寂。

 そこには、一週間前とは違う、少しだけ距離の縮まった二人の姿があった。


「……先生。トマト、また赤くなってきましたね」

「ああ。今度こそ、カラスに食われないように見張っておけ」


佐伯は、老人の残した封筒をポケットにしまい、美月の隣で、再生を始めた菜園を見つめた。

 亡霊の冬は終わり、島には、新しく、そして騒がしい春が訪れようとしていた。

第九話、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 「老人」というキャラクターの登場により、物語に陽気なエッセンスと、組織の巨大な背景が加わりました。

 フランクに振る舞いながらも、二人の関係を密かに後押しする彼の粋な計らい。テント生活という限られた空間での佐伯と美月の描写は、書いている私自身も少し気恥ずかしくなるような、甘酸っぱい空気感を目指しました。


さて、第十話では、老人が残した「エリカに関する何か」が、物語をさらなる深みへと誘います。

 

 感想や、次なる展開へのリクエスト、お待ちしております!

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