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平和な余生を邪魔するな。~亡霊と呼ばれた男の、こだわり無人島暮らし~  作者: 空と海


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第十二話:遺言の旋律、そして約束の島へ

戦いを終えた佐伯が手にしたのは、エリカからの最後の遺産。

 銀色のUSBに刻まれていたのは、世界を震撼させる恐るべき「真実」と、一人の女性としての、あまりにも純粋で無垢な「願い」でした。


ミサイルサイロに隠された、母国を狙う核の銃口。

 そして、自分の死後、最愛の男に「誰かを愛してほしい」と泣きながら告げるエリカの遺言。


その言葉を受け取った時、佐伯の胸に去来したのは、あの泥だらけで笑う、不器用な教え子の姿でした。

 亡霊が愛を知り、守るべき真の目的を見出す第十二話。

 静かなる再始動の物語を、どうぞお読みください。

戦場となった施設を離れ、佐伯は組織が用意した隠れ家の一室で、ノートパソコンに銀色のUSBを差し込んだ。

 画面には二つの暗号化されたフォルダが表示されている。一つは無機質なシリアルナンバー、もう一つには『 For my ghost(私の亡霊へ)』と記されていた。


佐伯はまず、一つ目のフォルダを開いた。

 そこに並んでいたのは、彼が三年間守り続けてきた「無人島」の設計図と、地下深く眠るミサイルサイロの最終仕様書だった。読み進めるうちに、佐伯の指先が微かに凍りついた。


「……標的ターゲットが、この国だと?」


そこには戦慄の事実が記されていた。サイロに格納された弾道ミサイルに搭載されているのは、中性子核弾頭。そしてその誘導装置にプリセットされていた座標は、他国の軍事拠点などではなかった。この日本、それも首都圏を含む主要都市を完璧に捉えていた。

 

 他国を牽制するための抑止力ではない。これは、国内の勢力争いやクーデター、あるいは「組織」がこの国を根底から支配し直すための、究極の「自爆装置」だったのだ。エリカの組織『真実の人』は、この事実を掴み、そのトリガーを奪うために彼女を送り込んだ。

 

 佐伯は、自分が「平和」だと思い込んでいた場所が、実は世界でもっとも巨大な「死の引き金」の上だったことを知った。


佐伯は深く息を吐き、重い心で二つ目のファイル――ビデオメッセージを開いた。


画面が揺れ、そこには見慣れた、しかしどこか痩せてしまったエリカの姿が映し出された。背景は、彼女が最後に滞在していたホテルの部屋だろう。

 

『……佐伯。この映像を貴方が見ているということは、私はもう貴方の隣にいないということね』


彼女の声は、ピアノの旋律のように優しく、しかしひどく儚かった。

 

『貴方を騙し、近づいた私を許してとは言わない。でも、信じて。貴方と一緒に過ごした時間は、私の人生で唯一の、本当の光だった。……私は組織を裏切った。貴方を撃つことはできない。だから、私は私のやり方で、貴方とこの国を守るわ』


エリカは画面越しに、泣き出しそうな笑顔を見せた。

 

『ねえ、佐伯。……お願いがあるの。貴方はきっと、私の死を背負って、一生自分を罰しながら生きていくでしょう? でも、それはダメ。私が貴方に残したいのは、後悔じゃなくて、未来なの』


彼女の頬を、一筋の涙が伝う。

 

『もし……いつか貴方の前に、貴方の心を動かすような女性が現れたら。貴方に真っ直ぐぶつかってくる、不器用で、一生懸命な人が現れたら……その人を、絶対に逃さないで。……だって、きっとその人が、貴方の「運命の人」だから。……私の代わりに、その人を愛してあげて。……お願い。……幸せになって、佐伯』


映像は、彼女がカメラに向かって手を伸ばし、レンズを愛おしそうになぞる場面で終わった。

 

 静まり返った部屋で、佐伯は動けなかった。

 エリカは知っていたのだ。佐伯という男の不器用さを。彼が誰かを愛するには、死んだ自分からの「許し」が必要であることを、彼女は見抜いていた。

 

 佐伯の脳裏に、強烈な色彩と共に、ある光景が浮かんだ。

 泥だらけの顔でジャガイモを掲げる姿。石鯛を抱えて海に落ち、ずぶ濡れで笑う顔。温泉の湯気に包まれた白い肌。

 

「……美月」


その名を呟いた瞬間、佐伯の胸の奥で、何かが完全に解けた。

 エリカが遺した願い。それは、今、あの一人で島を守っている愛おしい教え子そのものを指しているように思えた。


亡霊の宣戦布告

佐伯はノートパソコンを閉じると、老人の個人回線へ連絡を入れた。

 

「……老人か。ミサイルの真実を知ったぞ。……アナグラムで内容を送る。読み解け」

 

 佐伯は、ミサイルの標的が日本国内であること、そしてこの計画を即刻破棄せねば、自分がサイロごとすべてを破壊するという意思を、組織の最高暗号で伝えた。

 

『……ふむ。やはりエリカはそこまで掴んでいたか。佐伯、お前はどうするつもりだ?』

 

「俺は島に戻る。……ミサイルを守るためじゃない。あそこにいる、俺の運命を預けるべき相手を守るためにだ。……老人のわがままには、もう付き合わない」

 

『はっはっは! 運命、か。……いいだろう。お前が亡霊を辞め、一人の男として生きると言うなら、私も相応の覚悟を決めようじゃないか。……修復した施設は、お前たちへの結婚祝いだと思っておけ』


老人はそう言って、電話を切った。


約束の島へ

夕暮れ時。

 佐伯を乗せた小型船が、懐かしい無人島の桟橋へと接岸した。

 

 船を降りると、そこには一人の女性が立っていた。

 

「……先生!」

 

 美月だった。彼女は一週間、一睡もしていないかのように少し顔色を悪くしていたが、佐伯の姿を認めると、弾かれたように駆け寄ってきた。

 そして、勢い余って佐伯の胸に飛び込み、その首に強くしがみついた。

 

「……遅いですよ! 連絡もくれないし、本当に死んじゃったかと思って……っ」

 

 佐伯は、いつもなら彼女を突き放すか、冷静に窘めていただろう。

 だが、今の佐伯は違った。

 彼は大きな手で、美月の背中を優しく、しかし確かな力強さで抱き締めた。

 

「……すまない、美月。……ただいま」

 

 美月は驚いて顔を上げた。佐伯の腕の中にいるという実感。そして、彼の声に宿る、今まで聞いたこともないような深い慈しみ。

 

「……先生? なんだか、雰囲気が……」

 

「……少し、荷物を下ろしてきた。……美月、約束通り、トマトを食べさせてくれるか」

 

 美月は、花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

 

「はい! もちろんです! 先生がいない間、一生懸命お世話したんですから。……世界で一番美味しいトマト、用意できてます!」

 

 二人は並んで、再建された菜園へと歩き出した。

 

 背後のミサイルサイロには、まだ不穏な真実が眠っている。

 だが、エリカの愛という光を受け継ぎ、美月という新しい熱を手に入れた佐伯にとって、それはもはや「呪い」ではなかった。

 

 亡霊たちの長い冬は、今、本当の終わりを告げた。

 夕陽に染まる無人島。二人の足跡が、柔らかい土の上に重なり合って続いていく。

第十二話、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 ミサイルサイロに隠された驚愕の真実。そして、エリカから託された「次の幸せ」へのバトン。

 佐伯が美月を抱きしめるシーンは、この物語の大きな到達点となりました。エリカという過去を否定するのではなく、彼女の愛があったからこそ美月を愛せるようになるという、再生のプロセスを描けたのではないかと感じています。


さて、第十三話からは、本当の意味で「二人」になった彼らの、新しいスローライフが始まります。

 しかし、ミサイルの件を含め、老人の動向や「真実の人」の残党など、不穏な火種はまだ完全に消えたわけではありません。

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