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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿
第1章 DEAD STOCK

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7/16

歌姫

「ヒュウマネー、お疲れ様です」

 孔明が地下鉄四番出口から現れると、和真が心配そうに声をかけてきた。

 どこから聞いたのか、和真は佐藤忠のプレゼンを知っていたようだ。

 精根尽き果てた孔明を見た和真の方が、泣きそうな顔だ。

「御園生マネージャー、お疲れ様です」

 孔明の後ろから、都がひょっこり顔を出す。

 悪戯っ子が、してやったりと得意顔で悪戯を名乗り出たような顔だ。

「この人を誰だと思ってるんですか。ただのくたびれたオッサンじゃないですよ」

 と、満面の笑みを浮かべる。

 くたびれたオッサンでわるーござんした、と孔明が舌を出し横の都を睨む。

 それにアッカンベーで応戦した都の顔の晴れやかなこと。

「へ?」

 虚を突かれた和真が、間の抜けた顔になる。

「圧勝だったと思います」

 と都が和真に向かってガッツポーズを決める。

「ボク、頑張ったよね。オッサンにしては良くやったよね」

 ヨレヨレの孔明が、都に同意を求めた。

「ええ、世界一カッコよかったですよ」

 それは嘘ではなかった。

 都は得意げに、今朝の孔明の雄姿を和真に語り始める。

 まぁ、今は見る影もなくなってますけど、朝はカッコよかったんですと。

「ハイこれ、写真。グループLineに送っときますね」

 と都はスマホを見せた。

 少し煽り気味の構図で、ステージ中央に孔明が立っていた。

 右手を突き出し、何かを指し示している。

 この写真だけを見たら、どこかのライブパフォーマンスと勘違いしそうだ。

「ヒュウマネ、これカッコよすぎっス」

 先を歩く孔明に声をかけ、スマホを都へ返した。

 彼女の語りによると、ステージに登場したその瞬間、会場に居合わせた全員が孔明を注視したという。

 きっかけは主催側の佐藤忠の席だった。

 曲に釣られ舞台を見上げた代表(CEO)が、孔明と目が合ってしまったのだ。

 それを見逃す孔明ではない。

 すかさずにっこり微笑み挨拶を投げ、それに代表が合わせて答え場の笑いを誘ったのだ。

 そのお陰で、賑やかしの外資に主催が巻き込まれてしまったのだ。

 その後はもう、孔明の独壇場だ。会場を巻き込んで、彼のショーが始まった。

 姿勢の正しさは元より、手の動きにステージを歩く様まですべてが計算されたかのように無駄がない。

 プレゼンの内容は当然だが、目を引いたのは孔明の声と立ち居振る舞いだった。

 人を魅了するとは、都はその姿を仲間(チーム)に伝えるため、必死で写真に収めた。

 孔明が会場入りしたとき纏っていた攻撃的なオーラは姿を消し、ステージでは役者顔負けの豊かな表現力と声色で、会場の注目を一身に集めていた。

 

 昨今のプレゼンは、海外のそれに押されエンターテイメント性が求められるようになってきた。

 例えるなら、ゲームショウなどで一般客へ披露されるものに近い。

 併せて技術部が開発した追尾するライトの演出が、際立っていた。

 舞台演出だって負けてない。

 それは、世界のOUTECHの最新技術を見せつける絶好の機会だからだ。

 そして孔明はその技術に対抗しうる存在感があった。

 彼のプレゼンは、本場仕込みのライブパフォーマンスそのものだったのだ。

 その孔明に負けないのが、当然ながらプレゼンの内容になる。

 小池怜子の所属するEMCのリサーチチームは、業界でもその実力は恐れられていた。

 怜子はその集められた情報を元に、ライバル各社が提示するであろう案件を徹底的に分析し、潰しにかかるのだからとても攻撃的な内容になる。

 レイコパスの所以である。

 それを幾重にもオブラートに包み、持ち上げ、最後に叩き落すのが孔明の仕事だ。

 その後四社のプレゼンが始まるも、もう誰も聞いちゃいなかった。

 と言ったら失礼か。

 でも、そこかしこで日本OUTECHのプレゼンの話で盛り上がっていたのだから。

「トリのMTTデータは、それでも迫力ありましたよ」

 という都の発言は、勝利を確信した余裕かもしれない。

「僕、一度でいいからヒュウマネのプレゼン生で見てみたいです」

「圧倒されますよ。ヒュウマネが佐藤忠幹部に頭を下げた時、CEOは思わず立ち上がって拍手したくらいですから。もう、感動しちゃって私、泣きそうでした」

「オープニングから飛ばしちゃったんですか」

 と和真が目をキラキラさせて聞いて来た。

「やったよ」

「何流したんですか」

 毎回孔明はテーマに合わせ、曲を選ぶ。

「シドの『歌姫』」

「めっちゃクールでエッジの利いた曲でしたよ」 

「そーなんだ。絶対聞きたい」

「ビートが利いていて、サイコー。イントロをうたちゃんにリミックスしてもらって使った」

 聞くならあげるよと言う孔明に、和真が二つ返事で返す。

 早速、通知音が鳴り和真の音楽アプリに曲が届いた。

「うっす。じゃ、お礼はターリーの珈琲で」

 いらないよと、笑顔の孔明が頭の横で手を振った。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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