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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿


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5/5

普通がキセキ

 先日の全体ミーティングでのCOOとの直接やり取り以来、なぜか孔明の元に米国本社からチャットが飛んで来るようになった。

 内容は、クライアントに対する提案へのアドバイスだ。

 孔明、君ならどうする? って聞かれてもだ。

 眉毛サロンで整えた眉毛だろうと、八の字になるってもんだ。

 流石にG M(ゼネラルマネージャー)クラス以上だから、丸投げで聞いてきたりはしないのが救いではあるが。

 どの提案も問題はないし、自分でも同じことをするであろう案件ばかりなので、相手の意図が全く分からない。

 

「ヒュウマネ、眉毛が八ちゃんになってますよぉ。美しい眉間にシワが……」

 そんな孔明のもとへ、木島都がオフィス内にあるコーヒーマシンから、ラテを作って持ってきてくれた。

「都ちゃん、サンキュー。もう、気が利くなぁ。レイちゃんとこじゃなくてウチに正式に来る?」

 上機嫌でラテを両手で受け取り、ちょうど欲しかったんだよ、あー美味しいとため息交じりに言う。

「都ちゃんが淹れると、同じデロンギでも味が違うなぁ」

 それって、若い子にお茶を淹れてもらった上司が嬉しくてつい言ってしまいがちなおじさん定番誉め言葉ですよ。

「どーもでーす」

 気の抜けた笑顔で都は礼を言うと、孔明の隣の席にちょこんと腰かけた。

 今日は朝一で大口の商談(コンペ)がある為、孔明は珍しくスーツで来ていた。

 細身ながら引き締まった体躯に、ポールスミスのスーツが良く映える。

 生地は濃紺のように見えるが、光が当たるとまるで虹のように乱反射して見えた。

 濃い紫色の繊維で織られたストライプ模様が、光を反射しているのだ。

 そして淡いラベンダー色のシャツに、ペールピンクと濃紺のストライプのネクタイ。

 ジャケットの袖から見えるシャツは、ダブルカフスだった。

 ネクタイピンとお揃いの、カフスボタン。

 この淡い色の石はと、都はそれをじっと見つめた。


 ポールスミスのブランド力か、ヒュウマネの着こなしが巧いのか。

 ふーっ、と珈琲に息を吹きかけ、都はコーヒーをすする。

 隣では再び眉を寄せた孔明が、米国からのチャットに返信していた。

 GMである孔明の仕事は多岐に渡り、別に孔明じゃなくても良い事務的内容の仕事で忙殺されることが増えてくる。 

 はっきり言って、これでは時間の無駄遣いになる。

 米国なら専用の秘書が付く役職のGMだが、ここ日本ではまだそこまでではなかった。

 その代わりといっては失礼になるが、孔明のもとには秘書代わりにE S Mエンタープライズサービスマネジメントから木島都が派遣されていた。

 研修という名目の下、孔明の下に就きその仕事内容の補佐をしながら実践で学んでいくためだ。

 E S Mは企画を立てるのが主な仕事になるが、クライアントが何を欲しているかを察するのではなく、その先にある何を提案すればクライアントの助けになるかを考える、という発想で動いていた。

 その為、実際にクライアントと接触する孔明の部署とE S Mは、仕事内容こそ異なるが、お互いなくてはならない存在関係といえた。

「今日は二社回ります。先に佐藤忠のプレゼン、その後、カドクラです」

 スマホのスケジュールを見ながら、都が確認する。

「佐藤忠への機材セッティング、今終わったとメール入りました。一人オペレーターつけるそうです」

「それはありがたい。だったら都ちゃんは見てるだけでいいよ。他社のプレゼンは好い刺激になるから」

「はい。それから、カドクラは、急遽社長が出張なので河野常務がお相手してくださるそうです」

「あはは、それ河野さんが買って出たんだ。めっちゃ助かる」

 お礼のリプライしました、とスマホを見ながら応える都。

「レイちゃんって、人を良く見てるね」

 え、何がですかと都が顔を上げて孔明を見た。

「佐藤忠は外苑前だよね、一本だから直ぐか」

「はい。二駅なんで二十分あれば着きます」

 はいな、じゃそろそろ行きますか、と孔明が愛用のショルダーにラップトップを押し込んだ。

 都が準備してくれたプレゼン一式を詰め込んだキャリーを持ち、歩き出す。

「カドクラは、東西線木場駅4番出口で、御園生さんと待ち合わせてからですね」

「そーだ、今日和真来るんだ」

 ラテを飲み干し、カップを手近のゴミ箱へ放り込むとエレベーターホールへ向かう。

「……何時に待ち合わせ?」

 手早くマスクを付け、下降ボタンを押した。

「えっと、十五時です」

「午前中は佐藤さんで潰れるもんね。余裕見てくれてありがとう。都ちゃん、さすが」

 横に並んでエレベーターを待つ都に向かって、軽くウインクをした。

「どーもでーす」

 そう、答えた都の視線が泳いだ。大きく息を吐き、マスクの上から手で扇ぐ。

 孔明にしては珍しいスーツ姿だったこともあり、いつもよりまともに見えるのだ。

「都ちゃん、まだ少し早いからゆっくり行こうか」

 エレベーターから降り、久々にヒールを履いて来た都の足元を見ながら孔明が言った。

 そう、都も今日のプレゼン先が天下の佐藤忠商事なので、気合い入れてスーツを新調してきたのだった。

 春をイメージして、桜色のシルクツイードのシャネルスーツ。

 期せずして、ヒュウマネとコーデしてしまったのも、顔を扇ぐ原因だったのかもしれない。

 なのにこの男、

「都ちゃん、スーツの色が肌色に合って、凄くきれい。美人さんがより美人さんになって、もう照れちゃうなぁ。なのにごめんね、こんなおじさんの横歩かせて」

 などと言ってきた。

「歩くと、やっぱり熱くなるよね」

 と、都の顔を覗き込む。

「そ、そうですね、もう春なんだなぁ~」 

 そう言いながら、都は何度も手で顔を扇いだ。

 普段のカジュアルな孔明と歩く時もだが、今日のようにスーツで決めた孔明の隣を歩くときはより強く感じることがあった。

 それは、通りすがりの女性の視線だ。

 まず孔明に見とれて、それから隣の都を一瞥する。

 そのあともう1回孔明を見て、都を見るのだ。

 え? という目で。

 失礼極まりない話では、ある。

 女性の意図があからさま過ぎて腹も立たない、とはこのことか。

 当の孔明はすまし顔で、たまに通る自転車や車から庇うように都の横を歩いてくれるから、ますます視線を集めてしまうのだけども。

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