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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿


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エスプレッソマキアート

「本日のミーティングはこれで終了です。お疲れさまでした」


 小池怜子が、凛と響く声で挨拶をした。

 樋浦孔明率いるC Aカスタマーアカウントサービスチームの全体ミーティングが、これにて今月も無事終了した。

 今回は孔明が切った、約四十二万ドル(約6千万円)の決済が主な話題となった。


 今年就任したばかりの本社初の女性COO(最高執行責任者)が、孔明を名指しで追及してきたからだ。

 孔明は、詳細な報告書を提出しているが、彼女としては直接話がしたかったのだろう。


 流暢な英語で丁寧に応答する孔明の話を、COOは真剣に頷きながら聞いていた。

 最後に満面の笑みで「You are amazing」と一言伝え、孔明に向かって拍手を送り、終わりとなった。


 だが、なぜ高々四十万ドルやそこらでCOOが出てくるのか。怜子は首をひねった。

 一千万ドルを超える決済ならまだ分かる。が、四十万ドルだ。


 その謎はあっさりと解けてしまう。

 会議後の雑談で、COOが今回直接孔明とやり合えると聞き、飛び入り参加した、と米国側のディレクターが種明かしをしてくれたからだ。

 ツラ王子の名前は本社にも飛び火したのか?(絶対違うと思うが)。


 いわゆる定例会議と業務報告を兼ねたこのミーティングは、毎奇数月の第一月曜日に配信ソフトを使い、全国の支店と在宅を含む社員に配信されている。

 事案によっては本社からの参加もあり、その場合の進行は共通語の英語に切り替わる。

 今月は事前に本社の参加が分かっていたので、進行役を怜子が買って出てくれたのだった。

 オフィス内に設置されている3台の巨大8Kモニターには、今回も無事目標を達成しニコニコ顔の孔明が映し出されていた。

 

 通常業務ではチャットツールを使用し、サポートチームはクライアントからの依頼やトラブルを解決していた。

 この会議中もジョブは回っていて、それでもアラートのビープ音が会議を邪魔することはなかった。

「あらゆる質問に、十五秒以内で()()する」を徹底してるからだ。

 クライアントからの依頼や質問はツールを通じチーム内で共有され、どんな時も必ず誰かが対応する仕組みになっている。


 今は、ミーティング独特の緊張が取れ、オフィス内は一気に和やかな空気に包まれていた。

 アラート音さえ、BGMだ。

 なにせツラ王子がニコニコしているのだから、みんなほっこりしてしまうのは当たり前か。

 

 そこまで備えていても、即対応できないトラブルやバグは起きる。

 急遽パッチを当てる作業が入ったり、エンジニアを招集して現場に赴くこともあれば、マネージャー権限で機器一式を導入することもある。

 そのため、GM(ゼネラルマネージャー)の孔明には、高額の決裁権が与えられていた。

「先輩、ヒューマネ嬉しそうですね」

 てきぱきと機材を片付ける手は止めず、都は笑顔だ。

「そーね」

 心なしか怜子も、放送開始前に比べ顔つきが穏やかになっていた。

「しかしCOOもたぶらかしたか、あのツラ王子は」

「御園生さん、あれ以来ヒューマネにぞっこんですもん」

「『ボクは責任者として立ち会っただけ。彼は自分が何をすべきか理解していましたから』だっけ、カッコつけちゃって」

 先ほど行われた本社COOとのやり取りを身振りまで入れて、怜子が茶化す。

「実際カッコいいから、男でも惚れるってことですかね」

 と、都はきっとマッチングアプリの話を孔明にしているだろう和真を見た。

 

 先月顧客の1つ、全国二千支店以上を展開する資材卸業のシステムがダウンした。

 社内システムも含め受注発注に物流までストップしたため、事実上開店休業状態になったのだ。

 こうなると時間との勝負になる。企業側は一分一秒を争う。

 直接の原因は顧客側にあったのだが、孔明はこちらの対応にも不手際があったとして、集められる機器と人材とを総動員し翌営業までの勝負に出た。


 企業の担当は和真だった。

 真っ青になって何もできなくなっていた彼に孔明は、

「わが社の技術スタッフを信じなさい。それから、これはチャンスだから必ず活かすこと、それが君の仕事だ」

 それだけを伝え、作業に当たらせた。

 幸いだったのは、システム異常が発生したのは午後の遅い時間だったこと。


 朝までに復旧すれば損害を抑えられる。

 和真は孔明と二人、徹夜で作業を進め無事復旧させることに成功したのだった。

 お陰で企業側から感謝され、結果全システムがOUTECH日本に移管することとなる。


「ヒューマネ、マジで彼女見つけたいのなら写真は大事っす」

 と和真は立ち上がり、ちょっと待ってくださいよと長い脚をひょいと上げデスクを飛び越える。

「そうなの?」

 暢気な孔明に何言ってるんですか、第一印象が全てですよとデスクに腰掛け、職権乱用で人気ユーザーのプロフィール写真を見せた。

「へぇ~。みんなおしゃれだねぇ。スイーツとか載せるんだ」

 孔明は、ほーとかへーとか感嘆しながら、人気ユーザーの写真を見ている。


「こうくん、楽しそ~っ」

 絵に描いたような笑顔で怜子が笑いかけてきた。いやん、それ逆に怖い。

「あたしこのままプレス行くから、後宜しく」

 すっと真顔に戻り、機材を積んだキャリーを後ろ手に、怜子は颯爽と歩き去っていった。

「小池さん、カッコいいっすよね。美人だし」

「とっても優しくて、イイ女なんだけどね。人妻なのよ」

 孔明は床を蹴り、椅子を和真の横に並べる。

 背もたれに上半身を預け、両手を頭の後ろで組んだ。

 そーなんすよね、と和真は怜子の後ろ姿を見送る。

「飯、いく? ついでにアプリ教えてよ」

 そのとたん、和真の顔が綻んだ。

「喜んでっ」

 

 このオフィスビルの低層階は、ショッピング施設になっていた。

 いろんなお店が入っているから、何でもそろうし食事の場所にも事欠かない。

 孔明たちはその中の日本食カフェ、ミソスープバーへ入って行く。

 孔明は好きなおむすびを2つ選び、本日のミソスープを頼む。

 和真は本日のどんぶりセットと、別におむすびを2つ頼んだ。

「若い子はいっぱい食べなさい」

 と言いながら、和真の分も合わせて孔明が会計を済ませる。

「ごちそう様です」

 和真はペコっと頭を下げるが、口はへの字に曲げていた。

「コーヒーは僕が奢りますからね」

「へいへい、それよりさ使い方教えてよ」

 適当な場所に席を取り、孔明はマスクを下へずらすとお結びにかじりつく。

「写真なんですけどね、普通の写真がイイみたいなんですよ」

 と早速スマホで孔明の写真を撮り始めた。

「へ、お結びかじってるおじさん撮ったらダメでしょ」

 孔明が慌てて、お結びから口を外す。でもかじっちゃったから、右のほっぺが膨らんだままだ。

「それが、味があっていいんっすよ。はい、次は味噌汁飲んで」

 テキパキと撮影を終え、お昼を食べると続けて一階にあるカフェに孔明を連れて行った。


 ニューヨークチーズケーキにエスプレッソマキアートの写真を撮る。

 カップを持たせ、また孔明の写真を撮った。

「もう、充分じゃない。おっさんがカッコつけたってしょうがないし、ね」

「何言ってるんですか」

 と、小声で孔明に周りを見るように促す。

 さっと視線を外す女、あからさまに視線を送ってくる女、女。ちらちらこちらを窺っている様子の女。

「みんな、ヒューマネ見てるんですよ」

「なんで。顔になんかついてるとか」

 ペタペタと顔を撫でまわす。

 言い忘れていたが、こいつらは、デカい。

 カフェのスツールですら脚が余っているありさまだ。

 二人が並ぶと、嫌でも悪目立ちする。

 「いいからこれ食べちゃってください」

 今にも囲まれて声をかけられそうな雰囲気に、和真が焦りだす。

 いやその内の何割かは君を狙ってるぞ、和真。

 もう、バカなんすかヒューマネは、と急いでケーキを食べるように言うが、

「こんなに食べられないよう。和真半分こしよう、ね」

 と、暢気な事を言う。

 和真は渋い顔で付属のフォークで半分にカットすると、大きい方を自分の口に放り込み、残りを躊躇いなく孔明の口に突っ込んだ。

 モグモグ言ってる孔明をよそに、カップを両手に持つ。

「上に行きますよ」

 と顎をしゃくり、孔明をせかして店を出て行く。

 一斉に女性陣の悔しがる声が聞こえた気がした、和真であった。

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