夏休み(前編)
■海
夏休みのある日、蒼紫たちは学院近くの海に来ていた。
青い空がどこまでも広がり、潮風が肌を撫でていく。
波の音が絶え間なく寄せては返し、夏の匂いが胸いっぱいに広がった。
紅莉「ど、どうかな……? 水着」
紅莉は照れくさそうに身じろぎしながら、そっと感想を求めてきた。
桃色の水着が、彼女の柔らかな体つきを優しく包んでいる。
蒼紫「……似合っているよ」
蒼紫は少し視線をそらしながらも、正直に答えた。
紅莉「えへへ……蒼紫くんに言われると、なんか嬉しい……」
紅莉は胸の前で指をもじもじさせながら、頬をほんのり赤く染めた。
すると、すかさず玲奈が身を乗り出す。
玲奈「じゃあ蒼紫、わたしはどう? 感想は?」
黄色の水着は、玲奈の明るく元気な性格をそのまま映したようだった。
蒼紫「……玲奈も似合ってる」
目のやり場に困りながらも、蒼紫はなんとか言葉を返す。
玲奈「ふんっ、まあ当然よね! 似合ってるに決まってるじゃない!」
強気な口調とは裏腹に、玲奈の耳はほんのり赤く染まっていた。
二人のやり取りがひと段落したところで、紅莉はふと海の方へ視線を向けた。
紅莉「わぁ……海、きれい……!」
紅莉は砂浜に足を踏み入れた瞬間、ぱっと表情を明るくした。
玲奈「よし、泳ぐわよ! ほら蒼紫、早く来なさい!」
玲奈はもうサンダルを脱ぎ捨て、波打ち際へ駆けていく。
金髪が太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
澪「わぁ……なんだか、ちょっと緊張するね……」
澪は足元の砂をつま先でそっと踏みしめながら、海を見つめた。
夜宵は少し離れた場所で、海を眺めながら静かに言った。
夜宵「……眩しい」
土屋は紅莉たちの水着姿を見て、目を輝かせていた。
土屋「いやぁ蒼紫さん……あれは眼福ってやつですなぁ……!」
蒼紫「……」
蒼紫は青くきらめく波を静かに見ていた。
海に来たのは久しぶりだが、騒がしい仲間たちのおかげで不思議と悪くない。
紅莉が振り返り、蒼紫に手を振る。
紅莉「蒼紫くんも行こ? 水、気持ちいいよ!」
蒼紫「……分かった」
蒼紫が歩き出すと、波が足元をさらい、ひんやりとした感触が広がった。
その瞬間――
玲奈「えいっ!」
玲奈が勢いよく水をかけてきた。
蒼紫「……おい」
玲奈「ふふん、油断してるからよ!」
紅莉「わっ、ちょ、ちょっと玲奈ちゃん……!」
紅莉にも水しぶきが飛び、慌てて笑いながら逃げる。
夏の海に、蒼紫たちの笑い声が響いていった。
玲奈と紅莉の笑い声が波に混じって響く中、ふいに紅莉が「あっ」と小さく声を漏らした。
紅莉「……え、ちょ、ちょっと……!」
紅莉は肩に手を当て、慌てて体を縮める。
桃色の水着の肩紐が、波に揺られてずり落ちかけていた。
紅莉「ご、ごめん……ちょっとだけ、見ないで……」
蒼紫「……ああ」
蒼紫はすぐに視線をそらした。
紅莉「……玲奈ちゃん、助けてぇ~」
紅莉は玲奈に泣きそうな声で助けを求める。
玲奈「まったく仕方ないわね」
呆れたように言いながらも、玲奈はすぐに紅莉の元へ駆け寄った。
その時、紅莉が玲奈の方へ体勢を崩した。
紅莉「わっ!」
玲奈「ちょっ……!」
二人はそのまま水に倒れ込み、すぐに顔を出した。
玲奈「ちょ、ちょっと待って! 蒼紫と土屋は絶対こっち見ないで!」
紅莉「もしかして……玲奈ちゃんも?」
二人の水着の紐が、どちらも緩んでいた。
紅莉「澪ちゃん、夜宵ちゃん、お願い……!」
澪「う、うん……! 今行くね!」
夜宵「落ち着きなさい。動くと余計ほどけるわよ」
澪と夜宵が駆け寄り、水着の紐を直しにかかる。
土屋と蒼紫は反対側の砂浜をまじまじと見ていた。
土屋「なぁ蒼紫、ここで俺が振り返ったら俺の人生は変わるのだろうか」
蒼紫「……やめておけ」
土屋「……それでも俺は」
蒼紫「仲間でいられなくなるぞ」
土屋「……耐えるか」
土屋は一人、究極の選択に迫られていた。
波の音と笑い声が混じり、夏の海はますます賑やかになっていった。
蒼紫たちは一通り水遊びをした後、海の家で昼食を取ることにした。
潮風が吹き抜ける店内には、焼きそばの香ばしい匂いが漂っていた。
それぞれが好きな料理を頼み、いつものように同じテーブルを囲む。
蒼紫は迷わず、定番の焼きそばを注文した。
それぞれが注文した料理を前に、蒼紫たちは潮風に吹かれながら、思い思いに箸を進めていく。
玲奈「まったく、紅莉のせいで酷い目に遭ったわ」
紅莉「ごめんね、玲奈ちゃん……あれは本当に偶然で……」
玲奈は焼きとうもろこしをかじりながら、ため息をつく。
玲奈「まあ、紅莉だから許すけど」
紅莉「えへへ……ありがとう」
夜宵は麦茶を口にしながら、静かに言った。
夜宵「……あなたたち、食べる時くらい落ち着きなさい」
澪は冷やしきゅうりを大事そうにかじりながら、くすっと笑う。
澪「でも……なんだか、こういうのって夏って感じだね」
土屋「分かる! 海の家のカレーってなんでこんなにうまいんだろ!」
蒼紫は焼きそばを口に運びながら、騒がしい仲間たちの声を聞いて、ふと小さく息をついた。
蒼紫(……悪くないな)
潮風と笑い声が混じり、海の家は心地よかった。
午前中にはしゃぎすぎた紅莉たちは、午後は砂浜でごろごろと過ごし、気がつけば太陽は沈もうとしていた。
紅莉「今日は楽しかったね!」
澪「うん!」
蒼紫「……ああ、楽しかった」
夜宵「……悪くなかった」
土屋「いやぁ~今日はいい物が見れました」
玲奈「まったく、相変わらずバカね」
玲奈が呆れたように肩をすくめる。
そして、ふっと笑って言った。
玲奈「次は夏祭りね」
紅莉「お祭り! 楽しみ!」
土屋「浴衣姿楽しみだな~」
玲奈「あんたはそういうのしかないわけ?」
玲奈のツッコミに、一同の笑い声が夕暮れの浜辺に広がった。
ゆっくりと沈んでいく太陽を眺めながら、蒼紫たちの夏の一日は、穏やかに幕を閉じていった。




