ラブレター
■ラブレター
クラス対抗戦と共に6月が終わり、生徒たちは夏服へと衣替えしていた。
教室の窓から差し込む日差しは、いつもより強く感じられる。
蒼紫たちは、変わらない日常を過ごしていた。
土屋「紅莉ちゃんの夏服かわいすぎるぜ!」
紅莉「そ、そうかな……?」
玲奈「まったく、バカね、あんたは」
玲奈は呆れたように肩をすくめる。
土屋のボケに玲奈がツッコミを入れる。
いつも通りの日常――そのはずだった。
そこへ白馬が顔を出す。
白馬「湊君にお客さんだよ」
玲奈と紅莉が同時に目を丸くする。
蒼紫が廊下に出ると、水色の短い髪を揺らす少女が立っていた。
水瀬「あ、あのっ……これ、受け取ってください!」
顔を真っ赤にしながら手紙を差し出すと、水瀬はそのまま逃げるように走り去った。
教室の出入り口には、土屋たちが固まっていた。
玲奈「もしかして……ラブレター?」
紅莉「B組の、水瀬天さん……」
土屋「蒼紫って白馬の陰に隠れてるけど、意外とモテるんだよなぁ……」
玲奈「あんたは全然モテないわね」
土屋「うるせぇ!」
その瞬間、紅莉が思わず吹き出し、つられて周りにも小さな笑いが広がった。
教室の空気がふっと軽くなる。
玲奈「それより、その手紙開けなさいよ」
蒼紫は静かに封を切った。
『湊蒼紫くんへ。放課後、天文台の前で待っています。』
(……似たような手紙を受け取ったことがあるな)
蒼紫「……放課後、天文台に来いって」
土屋「まじかよ!?それって告白じゃん!」
玲奈「まだ決まった訳じゃないでしょ!」
玲奈は土屋を軽く叩いた。
紅莉「……蒼紫くん」
紅莉は不安そうな表情で蒼紫を見つめていた。
普段は真面目な蒼紫だが、その日は授業に集中できなかった。
――放課後。
天文台の前は夕日が差し込み、静かに影を伸ばしていた。
蒼紫が足を踏み入れると、水瀬天はすでにそこに立っていた。
水瀬「あ……来てくれたんですね」
緊張で指先が震えているのが分かる。
蒼紫「手紙、読んだよ。話って……?」
水瀬は胸の前で手を握りしめ、深呼吸を一つしてから顔を上げた。
水瀬「私はB組の水瀬天と申します。クラス対抗戦での暁くんとの戦いに感動しました!」
蒼紫は黙って耳を傾ける。
水瀬「同じ青系の魔法使いとして、尊敬しています。落ち着いてて、強くて、かっこよくて……」
言葉を紡ぐたびに、頬が赤く染まっていく。
夕日の光が水瀬の横顔を照らし、その瞳はまっすぐ蒼紫を見つめていた。
水瀬「……だから、私と付き合ってください」
風が静かに二人の間を通り抜けた。
蒼紫はゆっくりと息を吸い、言葉を選ぶ。
蒼紫「……ありがとう。そんなふうに言ってもらえるのは、本当に嬉しい」
水瀬の表情がわずかに明るくなる。
だが蒼紫は続けた。
蒼紫「でも……ごめん。今の俺は、誰かとそういう関係になるつもりはないんだ」
水瀬の肩が小さく揺れた。
蒼紫「君を傷つけたいわけじゃない。ただ、中途半端な気持ちで答えるのはもっと失礼だから」
水瀬は俯きかけたが、すぐに顔を上げた。
涙はこらえているが、声は震えていた。
水瀬「……そっか。ちゃんと答えてくれて、ありがとうございます」
一度深呼吸し、決意を固めたように蒼紫を見つめる。
水瀬「じゃあ……お願いがあります」
蒼紫「……お願い?」
水瀬は胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
水瀬「私を……湊くんの弟子にしてください!」
蒼紫「……弟子?」
水瀬「湊くんの魔法の扱い方、判断の速さ……全部、すごいと思ったんです。」
水瀬は必死に言葉を重ねる。
水瀬「そんな湊くんに、魔法を教わりたいです!」
その瞳は、告白のときよりも強く揺れていた。
蒼紫は少しだけ目を見開き、そして静かに視線を落とした。
蒼紫「……すぐには答えられない。弟子を取るなんて、簡単に決めることじゃない」
水瀬は小さくうなずく。
水瀬「分かってます。だから待ちます。湊くんが決めてくれるまで」
その声は震えていたが、無理に笑おうとはしなかった。
期待と不安が入り混じった、揺れる瞳だけが蒼紫を見つめている。
蒼紫はしばらく沈黙し、夕日の中でそっと言葉を落とした。
蒼紫「……分かった。考えておく」
水瀬は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
水瀬「……はい。それだけで……十分です」
涙は見せない。
ただ静かに頭を下げると、水瀬はゆっくりと背を向けた。
その歩みは軽くも明るくもない。けれど、逃げるようでもなかった。
自分の気持ちと向き合おうとする、そんな歩き方だった。
蒼紫はしばらくその場に立ち尽くし、胸の奥に残ったざわめきを押し込むように息を吐いた。
そして、夕焼けに染まる校舎を背に、寮へと足を向けた。
――その後。
蒼紫が部屋に戻ると、土屋、紅莉、玲奈が談笑していた。
蒼紫「……ただいま」
玲奈「やっと来たわね」
紅莉「蒼紫くん、おかえりー!」
土屋「おー、蒼紫。どうだった?」
蒼紫は少しだけ視線をそらし、覚悟を決めたように口を開いた。
蒼紫「……水瀬さんに告白された」
紅莉「……っ!」
玲奈「やっぱりね。で、どうしたの?」
蒼紫「断った。でもそのあと……弟子入りを頼まれた」
土屋「弟子入り!?あの子、攻めすぎだろ!」
紅莉は胸の前で手をぎゅっと握りしめる。
紅莉「で、弟子……取るの?」
蒼紫「すぐには答えられないから保留にした。でも、どうするべきか分からなくて」
玲奈は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
玲奈「弟子入りねぇ……。だったら私も蒼紫に弟子入りするわ!」
紅莉「わ、わたしも、蒼紫くんに魔法教わりたい!蒼紫くんの魔法、すごく綺麗だし……!」
土屋「お、いいじゃん!俺も弟子入りするわ!“湊流・モテ術”とか教えてくれよ!」
蒼紫は呆れたように眉をひそめる。
蒼紫「そんな術はない」
土屋「よーし、弟子入り希望者三名!湊師匠、よろしくお願いします!」
蒼紫「……やめてくれ」
玲奈「ほら見なさい。弟子なんて取ったらこうなるのよ」
紅莉「……確かに、蒼紫くん大変そう……」
土屋「俺は大変じゃないけどな!」
玲奈「いや、あんたは黙ってなさい」
蒼紫は深く息を吐き、三人を見回した。
蒼紫「……分かった。水瀬さんの弟子入りは断る。俺には向いてない」
紅莉はほっとしたように胸に手を当てた。
紅莉「……よかった。蒼紫くん、無理しちゃうから」
玲奈「正しい判断よ。あんたは弟子より仲間を大事にしなさい」
土屋「俺の弟子入りは?」
玲奈「却下に決まってるでしょ」
土屋「なんでだよ!」
蒼紫は小さく笑い、肩の力を抜いた。
蒼紫「……ありがとう。みんなのおかげで決められた」
紅莉と玲奈は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。
――翌日。
蒼紫は滅多に行かないB組に顔を出した。
しかし、蒼紫にはB組に仲のいい生徒はいない。
蒼紫は廊下でたじろいでいた。
そこに、聞き覚えのある、男らしい声が聞こえる。
暁「おー!蒼紫じゃねーか!B組に用か?珍しいな!」
蒼紫「……暁。……すまないが水瀬を呼んでくれないか?」
暁「おー!いいぜ!」
暁は特に詮索もせず水瀬を呼び出した。
蒼紫が待っていると、明るい笑顔で水瀬が教室から飛び出してきた。
水瀬「おはよう!湊くん!」
朝の光を受けて、水瀬の水色の髪がふわりと揺れる。
その笑顔は、昨日の告白の余韻を感じさせないほどまっすぐだった。
蒼紫は一瞬だけ視線をそらす。
水瀬の無邪気な笑顔が、胸の奥にわずかな痛みを残した。
蒼紫「今日の放課後……天文台の前に来てくれるか?」
水瀬は迷いなくうなずく。
水瀬「いいよ! 行くね!」
その返事は軽やかで、期待を含んだ響きがあった。
蒼紫はその色を読み取ってしまい、胸が少しだけ重くなる。
蒼紫「……じゃあ、また放課後に」
水瀬「またねっ、湊くん!」
水瀬は手を振りながら教室に戻っていく。
その背中は、昨日よりもどこか弾んで見えた。
蒼紫は静かに息を吐き、要件を伝え終えた足でB組を後にした。
(……言わなければならない)
歩きながら、蒼紫の表情はゆっくりと引き締まっていった。
――放課後。
蒼紫が天文台の前で待っていると水瀬は小走りでやってきた。
水瀬「ごめん、湊くん。お待たせ」
蒼紫「気にするな」
蒼紫は少し間を置いて水瀬を見つめる。
蒼紫「……弟子入りの件だが、悪いが断らせてもらう」
水瀬は少し視線を落とし、かすかに笑った。
水瀬「……そっか。湊くんは人気者だもんね。弟子なんて、簡単に取れるわけないよね」
その声には強がりが混じっていたが、責めるような色は一つもなかった。
蒼紫「……水瀬さんの気持ちを軽く扱いたくなかっただけだ。それだけは分かってほしい」
水瀬はゆっくりとうなずく。
水瀬「うん。ちゃんと伝わったよ。湊くんが真面目なの、知ってるから」
風が吹き、二人の間を静かに通り抜ける。
水瀬「……もしよかったら、これからも、その……普通に話したり、友達として接してくれたら嬉しいな」
蒼紫は少しだけ目を見開き、そして静かにうなずいた。
蒼紫「もちろんだ。それは……俺も望んでる」
水瀬の肩がわずかに緩む。泣きそうでも、泣かない。
その強さが蒼紫の胸に残った。
水瀬「……ありがとう。じゃあ、またね!」
深く頭を下げると、水瀬は夕日の中へ歩き出した。
その背中は小さく揺れていたが、どこか前を向いているようにも見えた。
蒼紫は水瀬の背中を見ながら新しい季節を感じていた。




