第2話 赤雷と槍
落雷とともに現れた銀髪の少女──名をリュシアと言うらしい──を村長の家に運んだその夜。
アレスは一睡も出来ずにいた。
村の上空では、いまだ赤雷が唸りを上げている。
その異常現象が自分と関係している──根拠のない確信のような予感が、胸の奥をざわつかせていた。
「……平凡に生きたいだけなのにな」
狭い部屋に、アレスの独り言が虚しく響く。
このままでは気が狂いそうだと感じ、布団を跳ねのけて鍛錬場へ向かった。
村はすでに寝静まり、家々は闇に沈んでいる。
夜は静かなはずなのに、アレスだけがこの赤い夜に囚われ続けているかのようだった。
──その時だった。
バチッ。
「……え?」
足元で赤い火花が弾けた。
先ほど村外れに落ちた赤雷とは明らかに質の違う、もっと禍々しく近い光。
まるで自分の影から生まれた稲妻のようだった。
次の瞬間、轟音が世界を裂いた。
──ズドォォン!!
「っ……うああっ!」
視界が赤に染まる。
肌を焼くような熱と、耳をつんざく雷鳴。
そしてその中心で、何かがゆっくりと“形”になっていくのが分かった。
光が引くと──そこに一本の槍が浮かんでいた。
真紅に輝く鋼の柄。
赤い稲妻をまといながら、意思を宿したように空中に静止している。
「……槍?」
初めて見るはずなのに、どこか懐かしい。
気づいた時には、手が伸びていた。
触れた瞬間、世界がひっくり返った。
──白い閃光。
──脳を貫く激痛と、怒涛の映像の奔流。
──戦場。怒号。断末魔。燃えさかる空。
──そして、聞いたこともない男の声。
『その槍を、受け継げ──我が血脈よ』
「う、ああああああッ!!」
アレスは膝をつき、歯を食いしばった。
体の内側から焼けるような熱。
心臓が別の意思を持って暴れ出す。
だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ──
懐かしい。
理由は分からない。
ただ、この槍は自分のものだ。
そして、この槍もまた主を求めていた。
そんな確信だけが胸にあった。
やがて光が収まり、槍は静かにアレスの手に収まった。
「はぁ……はぁ……お前は……」
槍は応えるように赤雷を弱め、アレスを落ち着かせる。
その時。
「その槍を……受け取られたのですね、アレス様……」
「っ!?」
背後から声。
まったく気配を感じなかった。
振り返ると、寝ていたはずのリュシアが、ふらつきながらも立っていた。
「まずは……介抱してくださり、ありがとうございました。
その槍について……そして、貴方について説明いたします」
荒い呼吸を整えながら、彼女は言う。
「その槍は、二千年前の戦神アレス様が残された遺物。
“赤雷槍ドゥリオン”」
「戦神アレス……? 俺と同じ名前の……神?」
アレスが眉を寄せると、リュシアは畏れのこもった瞳で彼を見つめた。
「……アレス様。
貴方は戦神アレスの血を継ぐ“最強の落胤”。
まもなく、神々の戦乱が始まります」
「落胤? 戦乱? 何を言って──」
言葉は雷鳴にかき消された。
空の赤雷が一段と轟き、夜空が裂けるように赤光が走る。
その向こうに、巨大な“影”がゆっくりと浮かび上がった。
「……こんなに早く……もう来たのですか……!」
リュシアが震える声で呟く。
「アレス様! 説明はあとです!
槍を構えてください──最初の“神”が来ます!」
「……俺が……?」
アレスは槍を見下ろした。
初めて握るはずなのに、なぜか使い方がわかる。
握り込むと、槍が強く赤い稲妻を迸らせた。
「……わかった。
でも後で全部、ちゃんと説明してもらうぞ」
次の瞬間、遠雷を突き破るような咆哮が山々に響き渡った。
神が来る。
だが、恐怖はなかった。
自分こそが、この神を屠る者。
そんな確信が心の底から湧き上がってくる。
赤雷を背負ったアレスの姿は、
まさに二千年前──最強の戦神アレスの影を宿していた。




