第1話 赤雷と終焉
神々が姿を消して二千年。
山奥の小さな村〈リオス〉に住む少年、アレス・カイロスは、今日も薄暮の丘で日課の鍛錬を続けていた。
静かで平穏な村だが、空気にはどこか張りつめたような冷たさがあった。
石を積んだ簡素な鍛錬場の中央で汗を拭っていたアレスは、ふと空を見上げて目を見張る。
「……空が、赤い?」
茜でも夕焼けでもない。
空そのものが、じわりと滲むように深紅へと染まりはじめていた。
雲の合間で蠢く光は、稲妻の青ではなく、血のように濃い赤。
胸の奥がざわつく。
逃げるべきだと頭では理解しているのに、足は不思議とその場に縫いつけられたように動かない。
「なんなんだ……これ……」
呟いた直後だった。
アレスの周囲――ほんの腕一本分の近さで、赤い光が地を裂いた。
閃光。轟音。体が強制的に揺さぶられる。
視界が戻ったとき、光の中心で倒れている人影があった。
「誰か……? いや、女の子……!」
銀糸のような髪が土の上に広がっている。
まだ幼さの残る顔だが、表情は苦痛に歪んでいた。
明らかにただの雷ではない何かに巻き込まれたのだと分かる。
アレスは慌てて駆け寄り、少女の肩を支える。
「大丈夫か!? しっかり……!」
少女の瞳がかすかに開き、紅の雷光を映した。
「……やっと……見つけました……」
小さな声。だが、確かな意志を帯びていた。
「見つけた? 俺を……?」
問いかけに答える代わりに、少女はアレスの手首を掴み、かすれた声で告げる。
「貴方は……“栄光の血脈”を継ぐお方……。間もなく……神々の戦乱が……迫っています……」
「待て、何を言ってるんだ。そんな――」
少女の指から力が抜け、再び深い眠りへ落ちていった。
アレスは戸惑いながらも、少女を抱き上げる。
「……とにかく、村長のところへ連れて行かないと」
歩き出した瞬間、不気味な違和感が足元に広がる。
「……足跡が、赤い……?」
彼が踏んだ地面が、ぽうっと赤い光を放っていた。
光はすぐに消えるが、まるでアレスの歩みに反応しているかのようだ。
それは空を駆け巡る赤雷と同じ色なのに、なぜか彼の心には不思議な安らぎが宿る。
(なんだ……これ……怖くない……?)
理解できない現象。それでも、確かに自分と“何か”が繋がったような感覚があった。
――その頃。
アレスの村から遠く離れた荒野で、空に巨大な裂け目が生じていた。
空が破れ、黒い門のようなものがゆっくりと開いていく。
門の向こうで蠢く影は、もはや人の形をしていなかった。
「……赤雷が、発現したか」
低く、重たい声が空気を震わせる。
「“落胤”が目覚めた。二千年の封印は、ここまでだ」
影が笑ったように揺らめく。
赤雷が地上に降ったその夜――
世界の均衡は、静かに、そして確実に狂い始めた。
そしてこの世界の中心に立つことになる自分の運命など、
アレスはまだ知る由もなかった




