Part3 社内恋愛
運命の日、
(と、勝手に私が決めた日)
どしゃ降りもいいとこだった。
会社についたら髪の毛は広がり、ベースメイクがよれていて
「最っ悪!!!」
だった。
「怒ってないで早く直したら?」
と、隣で同じように修復をはかっている同僚の女の子が笑いながら言った。
「ははっ。そうだね」
「そういえば、今日から来る竹元さんってカッコいいよね」
その言葉に、私のメイク直しをする手が一瞬止まった。
「彼氏の足元にもおよびませんが~」
焦っている私には気付かずに、彼女は自慢げに、ふざけたように言った。
髪の毛を直し、メイクも修復し、気を立て直して最後に香水を一吹きした。
彼の好きな匂いをまとって、準備は出来た。
「佐藤さん」
呼ばれた方を見ると、アキちゃんがにっこり笑って立っている。
「アキちゃん…今日、来る日だったんですね…」
気合い入ってる姿なんて、恥ずかしいから見られたくなかった。
「今日来ちゃいけなかった?なんかあるの?」
「なんでもない」
「冷たい…この前と全然違う」
ちょっと小声でアキちゃんが言った。
頬を膨らませて、口が尖っている様子はやっぱりリスみたいだ。
「緊張してるんです」
「どうして?」
私は彼に近寄ると、耳元で言った。
「今日から異動で彼が私の上司になるの」
アキちゃんは”なるほど"と言うと、今度は彼が私の耳元まで近づいて言った。
「それよりさ。
こうやって近づくとあの日のこと、思い出すな〜」
「なっ…」
一瞬で顔が熱くなった。
この人はいじめっ子なのかな?
私はこれから大切な人と会うっていうのに、動揺させて面白がってる?
「まあ、落ち着きなよ。さっきまでの表情、ちょっと怖かったぞ」
アキちゃんにぷにっと軽く頬っぺたをつねられた。
前言撤回?
やっぱり優しい?
「じゃあね。たまには幸せわけてよ」
彼はそう言うとスタスタとどこかへ行ってしまった。
いつものアキちゃんの匂いが、私の香水に勝る位に頭の中に香っていて、びっくりするくらい落ち着いた。
「奈々…サトーさん!」
アキちゃんが去って行った方向を見つめながら、ぼーっと突っ立っていた私にかけられたその声は、待ちわびた彼。
「サトーさんって、気持ち悪い」
「俺だって嫌だけど」
「会社ですし、上司ですし?」
私がふふっと笑うと、竹元さんはそっと近づいて言った。
「今夜はずっと一緒に居られるから」
少し高めの声が、私の脳内を支配する。
竹元さんは背が高く、すらりとしていて、40歳には見えない。
30代前半にも間違われるらしい。
『貫禄がないってことだよな』
なんて落ち込んでたこともあったけど…
私は活動的で、優しくて、頼りがいのある人だと思っている。
私たちが出逢ったきっかけは、部署が同じフロアで、休憩室で何度も一緒になったこと。
話す度に惹かれていって、私から告白した。
「妻がいるんだ」
彼は困った表情をして、というか、元々笑うと困ったような顔になるんだけど、下を向いた。
「そう…ですよね」
薬指のリングにはとっくの昔に気付いていたし、どうにかなるなんて思ってなかった。
だけど言わずにいられなかったから…
自己満足というのだろうか。
私がその場を去ろうとした時、手がふわりと握られ温かくなった。
「でも…俺も好きなんだ」
絡まる指。
温かさの中に金属を感じる。
これって、一生の誓い…だっけ。
「本当ですか…」
「本当だよ」
私はその手を握り返した。
きっと、この時から私は、自分の間違いに気が付きながら、気付いていないふりをしようとした。
そして、今。
幸運と言うか、もしかしたら不運かもしれないけど、竹元さんは私の上司になった。
一日目にして、素早く仕事をこなす姿を見つめてしまう。
今夜はこの人と一緒に居られるんだ。
ドクドクと血液が波打って流れている。
「おはようございま〜す」
職場の皆が、竹元さんももちろん、その声に振り向いた。
私は、耳元に僅かに残っていたその声の感覚からか、敏感に反応してしまって動けなかった。
「アキちゃん!おはよ」
同僚が親しげに声を掛ける。
「アキちゃんって誰?」
竹元さんの声が私の胸に突き刺さる。
妙にドキドキしてますます仕事にならない。
結局、アキちゃんと竹元さん、何人かの社員が隣の会議室に消えた。
視界から消えて、若干ほっとした。だけどやっぱり、いてもたってもいられなくなった私は、給湯室へと逃げた。
「心臓に悪い…」
ぼそっと呟くと、お姉様(お局様)がやってきて、
「さっさとお茶、出してね」
と、吐き捨てて消えた。
「私が…ああ〜…」
一番避けたかった役目を任されて、ため息どころかうなだれた。
そうは言っても、出さないわけにはいかないので、私はお茶を持って会議室のドアをノックした。
部屋に入ると、真っ先にアキちゃんと目が合った。
アキちゃんは、私と竹元さんを交互に見て声には出さず笑った。
それを何とか平常心で乗り切り、部屋を出ようとしたその時。
「佐藤さん」
竹元さんが私を呼び止めた。
私の心臓はより一層、激しく血液を送り出す。
「今夜、皆が私の歓迎会をしてくれるそうなんだけど、彼、アキちゃんも来てもらうから、佐藤さんが連絡取り合ってくれる?」
「私、ですか?」
「そう。よろしく」
アキちゃんが、にやっと笑った。
私は背筋がぞくっとした。
今夜は一体どうなるのだろう。
不安だけが膨らんで、何も手につかないまま、退勤時間になってしまった。
私と、竹元さん、そしてアキちゃん。
微妙な三角関係が動きだそうとしていた。