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似た者同士の年の明け

作者: 白湯

日も傾き始め、少し暗くなってきた社内にカタカタと音が響き渡る。ため息をつきながら栄養ドリンクをぐいっと一息に飲み、再び画面へと向き合う。一息に仕事を片付け、少し休憩をしていた時、ふと時計を見れば6時を回る手前程度だった。

休憩してる場合ではないなと気付き、時間に背中を押されながらバッグに荷物を大急ぎで詰め込む。ロングコートを着込み、帰り支度が終わった所で課長から声をかけられた。

「お?仕事終わりかい?お疲れさん!」

「ありがとうございます、すみません時間が無いので失礼しますね」

「良いよ良いよ、良いお年を!」

「良いお年を!」

課長との別れの挨拶を終え、会社から出ると街は見渡す限り人ばかりで賑わっている様子だった。そんな街を見れていると、自分も何かつまんで行きたい気分になってしまった。しかし、そうしていれば帰りはさらに遅くなってしまうだろうなとぐっと自制し、居酒屋やらファストフード店やらから湧き出す街の喧騒を音楽代わりに楽しみながら、駅まで小走りで駆け出す。

幸い駅までは近いのですぐに着いた。改札を急いで抜けて構内へと入ったタイミングで電車は目の前で無慈悲に発車していってしまった。

「マジか~......」

肩をガクリと落とし、ベンチへと腰掛ける。手持ち無沙汰でスマホへと目を落とすと、彼女からの連絡が入っていたことに気がついた。

もう少しで着きそう?

そんな連絡に少しだけ苦笑して、かじかむ手でまだ1時間位かかるだろう、という旨の連絡を打ち込んで送信する。そうしているうちに時間は幾ばくか過ぎて、電車がけたたましい音を立てながら現れる。乗り込んで辺りを見渡すと、時間と時期のせいか車内はがらんとしていた。こんな日位は楽に帰られるようで少しだけ安堵する。

ガタンゴトンと電車に揺られ、外の景色を眺めていると眠気に襲われバッグを抱き枕に一時の眠りにつく。次に目を開けると丁度家の最寄り駅に着いた所で、そんな事実を理解すると水を浴びたように目が覚める。急いでバッグを抱えたままで電車を降りた。降りてすぐに電車は発車していき、もう少し遅れていたらと肝が冷える。

ここまで来ればもうすぐで着くだろう。また少しだけ駆け足で行こうかと思った時に、ケーキ屋の看板が目に入る。少しだけ悩んだが、まぁ今日くらいは贅沢してもいいだろう。ドアを押して鈴をカランカランと鳴らしながら、ケーキ屋の中へと入る。

「いらっしゃいませ〜!」

いつも頼むものは決まっている。

「ショートケーキを一つとモンブランを一つ」

「少々お待ちください」

そう言うと店員さんはトングで詰め込みはじめ、それを見ながら財布を開いて会計の用意をする。

「こちらで全てですね、会計1020円になります」

トレーに対して用意していたお金を乗せて差し出す。

「丁度ですね!ありがとうございました〜」

紙袋を受け取って再び鈴を鳴らしながら店を出る。

腕時計の針はまだ6時半を示しており、これなら夕飯時には帰れそうだ。ケーキを崩さないように大事にしながら、いつもより軽い足取りで帰路へと戻った。

大事に持って帰ってきていたせいか、時計の針が7時を既に回ってしまった頃にようやく家の扉前まで着いた。

バッグの中から鍵を出そうと探っていた時、ガチャリと勢いよく開き中から彼女が顔だけ出して来た。

「おそーい!」

「ごめんごめん、色々あってさ」

「ご飯できてるからさっさと入って!」

彼女が少し不機嫌そうに、それでも帰ってきたことを喜んでいるように私へと怒りをぶつけてきた。まぁ本当に怒っているわけではないのだからこれもまた愛なのだろう。

コートを脱いでハンガーに掛け、テーブルへと着く。

そこにはいつもよりかなり贅沢な食事が並んでいた。

「こりゃ御馳走だね」

「結構奮発しちゃった、まぁ今日くらいは良いでしょ?」

「いつもこれで良いくらいだよ」

「そんなことした日には家計が火の車、もやし生活が始まるよ」

それは嫌だな、なんて笑い合った所でそろそろ冷めない内に食べ始めるとしよう。

「「いただきます」」

真正面にあった唐揚げを一口で頬張って、噛むと熱々の肉汁が溢れてきて口の中を火傷させんと暴れ回っている。はふはふと冷ましながら何とか味わう。

「美味しい?」

「おいひいけどそんなことよりあふい」

クスクスと笑っているがそれどころではない。水を一息に飲み干し何とか口の中の無事を確認する。

「死ぬかと思った」

「そんなんじゃ死なない死なない、でも気をつけなよ」

次は気をつけようとしていたが、食事を終えるまでに何度かは火傷しそうになった。

何とか火傷をしなくて済み、たらふく食べて満足した所で満を持して驚かせようとケーキを隠しながら食卓へと運んでいく。

「「じゃ~ん、えっ!?」」

そこには全く同じ様にショートケーキとモンブランを持っている彼女がいて、考えている事は一緒だったらしい。

「まさか完全に一緒?」

「あはは!そんな事ある〜?」

「サプライズのつもりだったのになぁ」

少し残念な気分になったが、彼女も俺を喜ばせようとしてくれたんだな、と理解すると途端に嬉しい気分に切り替わっていってしまった。

「どうする?ショートケーキ2つ食べる?」

「いや、1個ずつ交換しようよ」

それぞれ一つずつケーキを分けて紅茶を入れ、再び席へとついた。

「まっさかおんなじ事考えてるとはね〜」

「なんでかなぁ、良い考えだと思ったのに」

「私もそうだから似た者同士ってことだねぇ」

ケーキを口に放り込みながらそんな他愛もない会話を繰り広げる。

流しているテレビから流れてきた言葉で、年明けにやりたいことがあった事を思い出した。

「そうだ思い出した、明日初詣行かないか?」

「良いじゃん!近いところってどこだったかなぁ」

「確か電車で20分位のところにあった筈」

「ほんとだ〜どんな服着てこうかなぁ」

キャピキャピと喜んでいる彼女を眺めながら、願い事を考える。特に俺に関することは何も思い浮かばないし、かといって大層な願い事をするのもなんだか憚られる。

「なぁ、願い事は何にするんだ?」

自分の願い事を考えている内に、彼女の願い事も気になって質問をする。

「んー、思いつかないなぁ」

彼女は少し考えたような仕草の後、少し笑ってそう答えた。

一緒に何願おうかなぁ、なんて一緒に話し合っていると彼女が急に時計を指差して声を出す。

「ねぇねぇ、もう年越えるよ!」

「あれもうそんな時間!?」

頭を捻っている内に58分位まで回っていて、何か気の利いた言葉を用意しようと思ったがそんな時間はなさそうだ。

「んじゃ、来年もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

そんなざっくりとした挨拶がなんだか少しおかしくて、2人で顔を見合わせて笑い合う。きっと俺たちはこんな日常を今日も明日も来年もいつまでも、ずっと2人で過ごしていくんだろう。

あぁそうだ、願い事を思いついた。こんな日常をいつまでも守ってくださいますようになんて願おうか。少し気恥ずかしい気分になって少し口から笑いがこぼれる。

眼の前にいる彼女も同じ様に笑っていて、きっと同じことを考えている。やっぱり似た者同士らしい。

「ねぇ、当てようか?」

「もうわかったようなもんだから良いよ」

「まぁそうだね、なら言うべきことは」

「そうだな丁度回った頃だしな」

「「今年も1年よろしくお願いします」」

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