無念
……ああ、失敗した。
悔やんでも、悔やみきれない。
ここまで根付いてしまっていては、今さら考えを改めることはないに違いない。
ああ……、どうして止めることができなかったのか。
不必要な、概念。
害悪でしかない、常識。
真っ先に手離さねばならない、偏見。
【無い】という、認識の…発生。
人という生き物は、狭い領域での利便性を望んで…偉大な知見を得る機会を失ったのだ。
人という種は、容易さを求めて…真理に触れる好機を逃したのだ。
この星の、人間という生物は、無いという考え方を第一に選択する。
この星で繁栄している生物は、無いという考え方に囚われている。
命という限りのあるものを与えられているから、失うという考え方しかできないのかもしれない。
数多の経験をするために設けられた命というシステムが、悪い方に影響してしまったのかもしれない。
……生きる物の考えることは、理解が難しい。
すべてが【ある】この世界で、なぜ【無い】という考えを生み出したのか。
全てを自由に使えるこの世界で、なぜ何も自由に使えないという世界に暮らしているのか。
……無いという環境を生み出すことで、より豊かな感情を得るためなのだと…どこぞの研究者は言っていた。
おかしな事だ、なぜすべてがあるのに、わざわざ。
おかしな事だ、なぜ求める気持ちを、わざわざ。
おかしな事だ、なぜ何もないという認識を、わざわざ。
気づけないのか、気づかないのか。
気づいていても、気にしないのか。
すべてがある世界を、自ら手離して。
何もない世界を、自ら求めて。
すべてがある世界で、何もないのだと決めつけて。
何もない世界で、何もないと嘆いて。
無いという考え方は……、生きるものと相性が悪い。
すべてがあっても、無いものを求める。
すべてを見ようともせず、無いものにしようとする。
すべてに鈍感なくせに、無いものにすることには執着する。
……今にして思えば、阻止しておけばよかったのだ。
新しい発見をしただけだと、悠長に構えていてはいけなかった。
すぐに忘れて、また新しい何かを発見して夢中になるはずだと思い込んでいたのがまずかった。
あの時……、【0】という発想を、潰しておいたならば。
今よりも、豊かな時代が築けていたのかもしれない。
今頃、私たちと邂逅することができていたのかもしれない。
無いという考え方を思いついた単体が、恨めしい。
【在ること】を否定するために生まれた考え方。
【有ること】を認識させぬよう生まれた仕組み。
あるとかないとか、そういう考え方をしている時点で…視野を狭めている事に気がつかないのが嘆かわしい。
このまま、ただの生き物として消えていきそうだ。
このままでは、ただの記録に残る生き物になってしまいそうだ。
いずれ数を減らしてしまうのだから、仕方がないことだと宣うものもいる。
次の生き物に期待すればよいと、能天気に構えるものもいる。
あるものが…無くなるなんて、もってのほかだ。
広がり続ける宇宙は、全て在ることを証明しているというのに。
無限に広がる宇宙は、全て有ることを物語っているというのに。
いっそのこと……、知識を奪ってみようか。
余計な記憶を消してしまうのが良いだろう。
必要のない常識を消してしまうのが良いだろう。
……だが、しかし。
それでは、無いということを第1選択にする、愚かな生き物と…変わらないではないか。
……無念だ。
実に…、無念で……ならない。