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廃墟宿泊

作者: 倉紀ノウ

 

 廃屋に泊まるのが私の趣味だった。


 悪趣味という、丁度よい言葉がある。私の趣味は、人には堂々と言えない、悪い趣味である。廃屋といえど所有者というものがいる。どんなに朽ち果てていても厳密には不法侵入である。


 去年は×県の山中に出かけて行って廃校で夜を明かした。大自然の中に建つ校舎で眠る。あれは良い思い出になった。珍しいところでは、廃園になったテーマパークの売店で眠ったこともある。


 廃屋の中でも、とくに廃寺や廃神社が良い。木材の香り。ヒノキの香りというのも、長い年月が経つとまた違ってくる。匂いは薄れるが、なんと表現したものか、落ち着いたものに変わってくるのだ。これは神社や寺でしか味わえないものなのだ。


 さて、私は休暇を利用してこの大好きな廃屋宿泊に向かうことにした。行先はもちろん、誰にも告げていない。最近、住職も逝去し、跡取りもなく廃寺になったとの情報を得て、×県にある廃寺に向かった。

 木々の葉の間から、寺の屋根が見える。たしかにある。

 廃寺というには綺麗な寺だが、その昔は合戦場だったという話だ。

 


 人の気配は無い。本当に廃墟と化しているようで安心する。

 早速、上がらせてもらう。

 さて、今夜はここに泊まる。寝袋を広げ、そこに入る。初夏とはいえ、夜に冷え込んだら眠れない。 暑ければ寝袋から出ればいい。ちょうど夏用の寝袋を新調したばかりだ。

 新しい寝袋の匂い。それは幼少期のキャンプを思い出させる。あの頃は、自分が廃寺に泊まることを生き甲斐にするなんて、予想もしなかっただろう。


 夜中。やはり山中なので夜は少し寒くなったようだ。寝袋に入っていてちょうどよい。

 腕時計を見ると、時刻は1時半。

 みしり。と足音のようなものがした。背筋に嫌なものを感じた。

 廃墟になった途端に、人ではない何かが棲むようになるのは本当に奇妙なことだ。これまで寝泊まりしてきた様々な廃墟にも、そういうものはいた。

 ここは特に住職が不遇の死を遂げたという噂が立っている寺のはずだ。寺で死んだのかはわからない。所詮は不確かな情報だ。だが、寺が廃墟になっているというのは、なにか没落する訳があるからだろう。

 ここには何がいるのだろう。冷静に頭で考えつつも、体は動揺を隠せない。心臓が高鳴っていくことを抑えきれない。決して楽しいことではない。

 みし。また音がした。私がいることを知っていて、わざとゆっくりと近づいてくるのかもしれない。

 猫や狸かもしれない。動物が住み着いている場合も多い。そのほうが可愛げがあっていいのだが、実際はどうだろう。野良猫がすり寄ってきて一緒に夜を明かしたこともある。



 …………。

 辺りはしんとしている。何か、車の音でも聞こえれば少しは安心するというのに、風で木の葉が揺れる音さえしない。音さえも滅んでしまった廃墟。心細くなる。

 そのうちに眠ってしまった。

 気が付いたら、朝になっていた。

 無事に朝を迎えることができた。

 人のうめき声が聞こえたり、黒い影が一晩中自分の周りをぐるぐると回ったりと、もっと恐ろしい夜を過ごしたこともある。

 起きて、寝袋を畳んだ。



 この趣味はやめられない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が、廃屋なんてものに泊まるに際して、まともな準備をしていないのに、最後まで読み進めると、それでやれていれて、趣味続けていられそうなのに納得がいきました。 [気になる点] 心細くなる。…
[良い点] 不法侵入罪として法に触れる危険性や廃墟を根城にしている暴走族とのトラブルなど、廃墟探訪には様々なリスクが御座いますね。 それらのリスクは勿論ですが、本作の主人公は既に様々な霊障を既に体験し…
[良い点] あ、結局何も起こらなかったのか、という感じでした。結局タヌキかキツネだったんでしょうか?廃墟は良いですよね。若い頃よく入ったような気がします。宿泊は怖くて勘弁ですが。
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