交渉開始 ①
某日。
この世界での呼び方はあまり分からないが、NW基準で言うなら、五月二十三日。
FAWに来てから三日後だ。
「……おいおい、これで大丈夫かよ?」
「問題は無いです。大体は」
「さっきは完璧って言ってただろうが」
「冗談です」
「ビビらせないでくれ」
「もう止められないタイミングで弱気を吐くあなたが悪いです」
「はーい、話は終わり。後十秒で着陸よ!」
「オッケー」「OKです」
◆◆◆◆
セイクレート王国城門前。
いつもと大して変わらない、ある程度の人数で溢れたレンガの道。何の変哲もない、変わらずの毎日が過ぎようとしていた。
――俺らの介入が無ければ、の話だが。
メルヘンよろしく立派な城の門前に、フューチャリスティックな丸状の赤い光が映し出される。
相撲が取れなくもないぐらいの大きさの二重円の間に『亟』のような文字が浮き回っている。危険という意味の単語らしいが、正直分からない。
近しい言語性因果値を持っているはずのNW出身でも分からないのだから、ここの人たちにはまったく伝わってはいないだろう。
それでも、けたたましいアラーム音も含めてこの風景を見れば近づきたくはなくなるはずだ。
被害は出したくない。
「お、おい! 何だあれは!」
こっちに気付いたらしい男が、空へと指差す。
地面に向かって何かが落ちてくる。向かっている。
「あれって、……人?」
窓から眺めていた女中が、小さく呟く。
近視や老眼でない限り、皆にはその姿が既に見えてきている。見えてくる。
「……いやいや、人にしちゃデカすぎるだろ!」
鎧と兜を備えた兵士が、思うがまま吠える。
地面との距離が縮まるほど、その大きさがはっきりしてくる。まるで、というかそのまま巨人だ。
頭から落ちていたそれは、頭を後ろに振る形で縦回転し足を下へ向ける。
足裏からの急噴射を起こし、落下速度は少しづつ小さくなっていく。
機体は落下地点から約十メートル上で速度を完全に失い、軽いホバーをする形でゆっくりと着陸した。
周りの住人は口をあんぐりさせ、状況を飲み込めずにいた。
すると、二重円は少しづつ姿を消し、代わりに巨人の中から全身タイツのようなスーツにビジネス用スーツを着込んだヘルメット頭――言葉にすると珍妙な二人が現れ、地面へと降りた。
片割れがきょろきょろと見回し、城を見上げながら日本語で話す。
「あと何秒で切り替わるんだ?」
「約四十秒後です」
ヘルメットに付けた拡声器で、俺らの声は周りに聞こえるくらいの大きさになっている。
「そんなに話すこと無いぞ」
「いつもは言えないこととかがおすすめですよ。例えば、もう取り返せないことへの懺悔とか」
「俺が犯罪者である前提の提案はやめてくれ」
「え?」
「違うんですか? みたいな顔をするな。善意に満ち溢れとるわ」
「過去に行ったことに今の感情は原因には出来ませんよ。というか、よく私の表情が読めましたね。驚きのあまり、私が懺悔したくなります」
「ミシュが懺悔を?」
「私が優秀すぎるあまり、市郎のやることがほぼ無いことです」
「ただの自画自賛じゃねえか。ていうか、この後は俺の仕事もあるだろ」
「だからほぼ、って言ったんですけどね。まあ、精々頑張ってください。応援してますよ」
「エールは嬉しいけどな、その上から目線はどうにかしてくれ」
「無理です」
「言い切った!?」
「地面に潜り込めるのは土竜だけですよ」
「ならミミズの様にやればいいだろ」
「そんな風にされてまで刺されたい目線なんですか?」
兵士らしい武装をした奴らがぞろぞろ集まってきている。
「……そう言われると惨めに思えてきた。やっぱやめてくれ」
「分かりました。もうそろですよ」
「ん。――あー、あー、あー」
チェックで出している声の感覚が変化しているのが分かる。
「あーあー、これで何言ってるかは分かるか。なあ、そこの」
適当に一番派手な鎧の男を指差す。
「お前達は何者だ!」
興奮状態で平静を保っていない。見た通りの怒りっぽい男だった。
「話を聞いてくれよ。後で自己紹介はするからさ」
「素性の分からぬ者の話など聞けるか! 何者かが先だ!」
「まあまあ、落ち着いてくれって。――返しが出来るなら理解は出来てるみたいだな、よし。じゃあ話させてもらうが……」
「何者だと問うているんだ!」
男は腰に携えていた剣を抜き、こちらに切っ先を向ける。反射して光る刀身は殺意を向けていた。
「分かった分かった、冗談だよ。自己紹介するのは先だ。俺の名前は浅間市郎、それとこいつはカイヤ・ミシュールだ。俺らは異世界から来た」
「……イセカイ、だと? 馬鹿言え、そんな場所聞いたことがない」
「当たり前だ。異世界は異なる世界と書く、つまりこの世界とは違う別の世界から来たと言っている」
「はっ、それこそ馬鹿言え、だ。信じられると思うのか」
「信じるも何も、今見てるだろ。これ」
今度はアナザーを指差す。
「その巨人がどうしたというのだ!」
「巨人って。人が体内から出てきてるのに、まだ生物だと思うのかよ」
――いや、よく考えたら人間だって胎内から出てくるな。
「それなら……。ソフィア、えっと……あれ何て名前なんだ? あの爆撃機みたいな形態」
「特には決まってないけど、ファイター形態とかがいいかしらね」
「へえ、なら今はバトロイド形態、ってなるか。名前は後でいい、取り敢えずそれに変形してくれ」
アナザーは俺の願い通りに姿を変化させた。足を畳み、出っ張った部分はいるのか分からない行程で収納される。
ここから先の変形は正直よく分からない。単純な知識不足かもしれないが、それでもなんとも形容しがたいメタモルフォーゼを繰り返す。
やがて、何かしらのアニメに出てきてもおかしくない人型ロボットから飛行に特化したエイのような形状になった。
一部始終を見ていた人々は目の前に起きたことが信じられないのか硬直していた。無論、派手な鎧の男も。
「これで分かったか? 俺らはこの世界とは違う力を持っている。我が身を守るには十分なくらいの力はな。だから、今すぐ武力行使するのは御勘弁願いたい」
なんとも歯痒い顔で睨み付けられているが、これで今すぐ鎮圧される、みたいな最悪の展開は避けられたようだ。問題はこの後だ。
「自己紹介も済ませたし、本題だ。その本題ってのはな、交渉だ。ちょっとした話し合いをしに来たんだよ」
誰も直ぐに返答しなかったので、縄張りを守る獅子の如き険相の派手な鎧の男が声を出す。
「……仕方がない、話は聞く。何を交渉するつもりで来たのだ」
顔はちっとも諦めていなさそうだった。
「思ったよりも素直で助かる、……えっと、名前は……」
「サハスだ」
「ありがとう。派手な鎧の男と呼ぶよりずっといい名前だ。サハス、交渉の内容は……」
「待ってください」
鶴の一声。正にそういった感じだった。
周りから聞こえていたひそひそ話――目立つ程ではないにしろ――も含め、全ての人声がぱたりと止んだ。それが当然であるかのように。
「その話を聞くべきは私です。この国の代表であり、象徴であり、存在である私が」
城門の隣の入口。上から見た時は解決しなかった違和感が、この城と融合した教会だったことに気付きつつ、その存在に目を向けた。
明らかに少年だった。
「こんにちは、乱暴な来訪ですね」
「そう思われたのなら申し訳ない。出来るだけ被害のないように参上したつもりではあったのですが」
立っている高さが違う。物理的でなく、人としてのレベルの表彰台の。
俺は咄嗟に敬語で応対すべきと思った。
「まあ、実際被害はレンガが幾つかで済んだようですし、問題にする程では無いでしょう。それでは本題に入りたい、のですが」
「都合の悪いことでもありましたか」
「いえ、あなた達は私と話し合いをすることになります。国の代名詞とも言える私と。異世界人というあなた方にはあまり意識することのない肩書きかもしれませんが、我が国民らからすれば重大なものなのです」
「この道端で話すような内容ではないと?」
「そうですね。不特定多数に大事な計画を、良くある噂話のようにばらまかれるのはあなた方が望まれたことではないでしょう」
話しながら歩いていた少年は城門の前で止まり、手を後ろへ伸ばした。
「続きは中で話しましょう。……ああ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね」
伸ばした手を引っ込め、改めて体を向き直す。
「私は十三代目セイクレート国王兼十三代目フリードレート家当主、カエズ・フリードレートです。以後お見知りおきを」
◆◆◆◆
サハスとゴツい兵士二人に挟まれながら、前を歩くカエズについていく。
真っ白な壁に名前の知らない飾りが入れられた柱が大きめの等間隔で刺さっていて、これまたよく知らない紋様のカーペットは赤く染められ、宮殿のような華美さを至る所から感じた。
実際、使用用途としては宮殿の方が正しいのだろう。
「あまりじろじろと見渡すな。失礼だ」
「ああ、悪い。生まれ故郷でこういう場所には来たことが無いんだ。堪忍してくれ」
「……」
許容した、ということだろうか。返事はなかった。
『思っていたよりずっと素直ですね、この男』
『ミシュ、久々に喋ったな。いや、別に話してはいないか、まだ』
WITH、ミシュがそう呼んでいた装置を介して精神感応してきた。
『私はこうやって黙ってる方が強そうなので良いんです。一面のボスと毎回出てくるライバル敵幹部の二人みたいでしょ』
『それは俺が雑魚ボス枠ってことか? よく喋るキャラはしぶとく出てそうなイメージだけど』
『人それぞれの感性によって変わる、決着つかない話は良いとして。最初の応対からすると、このサハスさんという人はもう少し怒りっぽい性格だと受け取れます』
それには同意だ。先の状況だったら、もう少し怒鳴ってきそう。
『それが単なる俺らの思い違いなのか、もしくは』
「私の前、だからですか?」
――カエズは唐突にそう切り込んできた。
「……えっと、何でしょうか」
突然の台詞にサハスが声を漏らす、当然。俺らは、一瞬発する言葉を忘れていた。
「いえサハス、君にではないです。その二人、アサマイチロウにカイヤ・ミシュール。その二人に言ったのです」
「……モノホンの読心術ですか」
「テレパシー? ――ああ、心読のことを言っているのならそうなりますね。まあ、それらも含めて話すとしましょう」
そこから少し歩き、途中途中で見かけた扉よりも少し派手で大きめの両開きの扉が現れる。
「この先です」
扉が開かれ、奥にある空間を認識する。
第一に広い。
五十メートルのプールがすっぽり入りそうな床面積にアナザーも余裕で入れる高さは不必要な気がするほど大きい部屋を構成していた。
第二に派手。
そんな広大な空間に敷き詰めるように瀟洒な飾りが配置されており、最奥にはそれらに負けず劣らずの、座り心地の良さそうな飾金が入った椅子が置かれている。見たままの玉座の間だ。
カエズは玉座の前まで歩くと、細い腰をサイズ感の合わないそれに据える。
「申し訳ありませんが、皆さんが座るための椅子は無いのです。ご了承くだされば」
「いえ、大丈夫ですよ」
「良かったです。……では、早速本題なのですが」
目が合う。底の見えない、むしろこちら側の全てを眺めているような黒が。
「まず、異世界人であるあなた方の素性を教えて頂きたい」
…………?
俺は少し違和感を感じた。
「その言い方じゃまるで、俺らが異世界人なのが当たり前みたいではないですか」
「? ええ、そうでしょう? あなた方もそうおっしゃったではないですか」
「い、いや。……まあ、そうですけれど……。自分が言うのも何ですが、簡単に信じて良いことなんですか」
「はい、勿論信じますよ。何故かと言えば、私は既にあなた方が異世界人であることも、そしてここに来ることも知っていたから、ですよ」
知っていた。それならこいつは読心術だけじゃなく未来予知も可能なのか。
「……ううむ、少しややこしくなってしまいそうですね。私の素性から話しましょう」
困った素振りは見せたものの、迷う様子はなしに話し始めた。
被ってしまいそうな話なので、大体をまとめる。
カエズの産まれたフリードレート家には神交力という能力が備わっており、そして神交力とは神と会話することが出来る力だそうだ。
「この地に住まう神は命の神シンミン。名に冠する通り、生命を司る神、命あるものを管理する存在です。その為、生物の動きはおろか、想いや未来なんかも把握しています」
「成程。さっきの読心術や千里眼は所謂神業ということですか」
「間違いのないように言っておくと、私はあなた方の考えていることや辿る道は分かりません。――即刻王の座に着いた私だから、というのもありますが。シスターや神父をある程度経験したフリードレート家の人間ならば心を読むくらいは容易なことです。それに、あなた方の場合は神ですら思慮を捉えられていないようです」
「……それならば、さっきの読心術に説明がつかないのでは」
「そうなのです。そこで、あなた方の素性を知りたいのです。恐らく、異世界の人間だからというのでしょうが」
◆◆◆◆
俺はどのような世界から来たか、株式会社ITという会社の社長を(一応)務めていることを話した。
流れとしても自然だったのでそのままFAWに来た目的も含めて自分達の計画も話した。
因むと、大部分はミシュが用意したカンペ通りに喋っただけなので完全に理解していない所がある。
静かに話を聞いていたカエズは俺の話の切れ目に合わせて切り出した。
「……つまり、この国を世界横断の拠点とし、異世界からの客人をもてなせということですか」
「もてなしとまではいきませんが、この場所にやって来ることを容認していただきたい」
「そうですか、……そう、ですか」
「……あまり雰囲気は芳しくないようですね。何か問題がありましたか」
重々しい顔のまま、重い口を開けた。
「……この国は全盛期に比べると大分廃れました。歩けば人にぶつかりそうな程の人数は居たのですよ。安住地というのは昔から変わりませんが、今は元気なうちに過ごす場所ではありません」
そんなことをさせてやれる余裕はここには残っておりませんから。
「………………」
今やっていることの無遠慮さ、言ってしまったことへの罪悪感から直ぐに言葉は出てこず、沈黙してしまった。
その変化を感じたようで、仮面を着けたような表情のまま早口になる。
「すみません、我ながら悪い言い方をしてしまいましたね。今回の提示、私は受けても良いと思っています」
「……さっきの口振りでは、そうは感じませんけれど」
「だから悪い言い方をしたと表したのです。簡単に了承は出来ず、条件をつける必要がある、ということです」
相手方からの何かしらの提示。当たり前に考えられる、予測していたことだ。
「条件……。それは何でしょうか」
「これも一つとはいきません。そうですね、三つになりましょうか。一つ目は、あなた方の計画をセイクレート王国と親交のある他主要国に伝えること。二つ目はそれらの国からの計画実行の為の資源供給。まあこれは、一つ目を達成させて頂ければこちらがやりますので、計画と共に話していただければ十分です」
「それならば優に。うちのアナザーの方が早く行けそうですしね」
ミシュに小突かれた。うちの、といったのが引っかかったのか。
『勝手にあなたのものにしないでください』
「いいだろ、別に。関係者なんだぞ。――それで、三つ目とは何でしょうか、……カエズ様」
「無理に様付けされるくらいなら呼び捨ての方が嬉しいですね」
「それならばそうしたいんですが、敬語で相手を呼び捨てとか中々に奇妙な気が……」
「それほど珍しくもないですよ。例えば、私の姉はそのような口ぶりでした」
「姉?」
「ええ、私には姉が居たのですよ」
カエズは懐かしむように目を細める。ちっちゃくはあるが初めて、この少年の顔が変化したのを見た。それよりも横に居るサハスが動揺しているのも見えた。
俺は奥の方へと踏み込むことにした。
「カエズの姉とは、どんな人間なのですか」
「私達フリードレートの家系では珍しい、感情豊かな人でしたね。民の前ではそのような部分は隠しておりましたが」
「感情豊か」
「そう。それでいて、ここ最近の、いや、フリードレート家歴代で一番とも言える神交力を有していました。彼女がセイクレート王国の女王として、セイクレート家の当主としてこの玉座に座るのは至極当然のことだったでしょう」
「……突っ込んだ質問であることを自覚した上で申し上げます。今、カエズの姉という人物は何処にいるのですか」
「今回は話の流れが良いですね。回答としては"分からない"ということです。ましてや、生死すら不明です。それこそが。私の姉、ユンクォ・フリードレートの行方、生死を究明することが、私からの三つ目の条件です」
株式会社ITを読んでいただきありがとうございます。
この話から少し分割して投稿してみようと思います。詳しくは活動報告の方で。