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株式会社IT  作者: おじぎ猫
4/17

こんにちは異世界

「……ふう」


 静かな水面を眺めながら一息つく。

 なんというか、こんな大自然で、こんな神秘的な場所に来る機会があるとは思ってもみなかったが、……凄く良い。


 ちゅんちゅんと鳥がさえずっているし、暑すぎない優しい日の光も木々の間から射し込む。心が洗われるようだ。


 都会よりも田舎での暮らしを望む人はこういうものに惹かれてしまうのだろう。確かにこれはなんともかえがたい優雅さがある。


 そういえば、こうして草の上で座るというのは意外に幼少期にもやった覚えがない。小さい頃から地面に座るのは汚ならしいとか、行儀が良くないとかであまりする機会が無かったのだろうな。

 教育制度が整った国で育った影響なのか?


 ならば、もっと自然に寄り添った授業を受けてたら今の視点もまた別ベクトルになったりとか……。


「もしもーし」

「あっ、はい!?」

「ミシュが用意できたって」

「あー、OKです」

「何で敬語?」


 完全に呆けてしまって、それこそ学校でいきなり先生に指された時みたいになってしまった。これで相手がソフィアだったからまだ耐えたが、あいつだったら終わってたな。


「いや、何でも。というか、別に離れてるわけでもないんだからソフィアが伝える必要はない気がするんだけど」


 因みに、ミシュとアナザーは振り替えれば目視できる程の距離に集まっている。


「私のメインタスクはこれなのよ? それを必要ないなんて酷いわね」

「事前の話の通りなら、結構なメインは他にもある様な……」

「他のメインがないでしょ」


 この人(AI)の辞書からサブって消されているらしい。開発者は今すぐアップデートしてくれ。

 修正求む。


「私達三人しか居ないんだから頑張らなくちゃ。サブメンにはなりたくないし」

「どうしてもツッコまないといけないのか」


 これから本館とやりあうので少しは休ませて欲しい。


「冗談冗談。今の内にエンジンは掛けといた方が良いかなって」

「素敵ないい迷惑ありがとうございます」


 べらべら喋りながら腰を浮かせ、巨大な人型と小さな人影に近づく。


「……はぁ、やっと来ましたか」

「いやいや、そんなため息つかれる程は待たせてないぞ」

「五分も待たせたくせに」

「え? 俺そんなにぼーっとしてたのか?」

「私が呼ぶの頼まれたの一分くらい前よ」

「ナチュラルに嘘をつくな! ちょっと自覚あったような気がしちゃったじゃないか!」

「嘘じゃないですよ。私が言っているのは実際でなく体感の時間です」

「屁理屈だ」

「事実です」

「気持ちの問題を事実にするなよ」

「じゃああなたは気持ちの問題だからとパワハラセクハラを看過するんですか?」

「勿論それは顔面蹴り倒してでも許していけない事だが、一緒にできるもんだと思うな。お前のはただの言い訳だ」

「その話はいいですから、早く行きますよ」

「……分かった」


 彼女の十八番、形勢が悪いとお話チェンジを見せられてしまったが、俺もこのまま駄弁っててはいけないと思ったので次の言葉を喉に引っ込めた。

 いや、ここは鞘に納めたというべきだろう。良かったなミシュよ。


「それじゃ、乗って乗って」


 ソフィアに誘導されるような形でアナザーに乗る。体に浮遊感を覚える。

 この感覚はまだ二回目で慣れていないので、少し心臓が絞められたような気持ちになる。


「怖い?」

「少し」

「まあ、市郎くんは怖がりだものね」

「待て待て。誰でもビビるでしょこれは」

「私はそうでもないですけどね」

「ミシュは俺より経験多いじゃないか」

「言っても三回目ですよ。市郎と乗っていないのはNW(ノーマルワールド)に来る時の一回ぐらいです」


 ……マジか。もっとやってるもんだと思っていた。俺が慣れるのが遅いのか?


「言っちゃえば、ぶっつけ本番のフライトしか出来なかったのよね」

「それは私が優秀だから大丈夫でしたけど」

「なんで自慢っぽくなってるんだよ。――あ、そういえばこれって何処に向かってるんだ?」

「あー、それはね」


 突如視界に広がる視界。

 意味が分からない表現をしたが、ちゃんと言えば、少し前に撮ったらしい鳥瞰映像を網膜下に投射された。


 見えたのは立派なお城を中心に、放射状をなして多くの建物が立ち並ぶ土地。


 それに、城と同じかそれ以上の高さのある壁がその全てを隠さんとしている。


 上からの眺めなので隠れてはいないのだが。とにかく、それを一単語でまとめるなら、"王国"と呼ぶのが綺麗だ。


「ここに向かってるのか?」

「この周辺では一番大きい集落のようです」

「随分と立派な所だな」

「そうかしら。市郎のいた町ほど、発展はしてない様に見えるけど」

「俺の世界、NWやミシュ達の世界ほど時間がたってないんだろ。それに、俺の知っている街の風景にこんなに豪華な城は建ってない」


 立派だというのは、その点だ。するとソフィアが不思議そうに言う。


「すごく大きな城のあるテーマパークって市郎くんの所になかったっけ? 名前は、えーと」

「あれはハリボテ。 中身は行ったことが無いからあまり詳しくないけど、ガラスの靴を履いたりしか出来ないはず」

「へえ。結構NWは調べ尽くしたと思っていたけど、まだまだ未知はあるものね。ありがとう」

「どうも」


 ここで感謝を述べられるのがソフィアの魅力の一つだ。誠実さをすごく感じる。


「でも、こういうのを見ると異世界に来た! って感じがするな」

「それは私も思います。最近の網目でもよくありましたしね」

「アニメと網目を間違えるほど違う言語は使ってないって話だったろ」

「すいません、噛みました」

「迷子の少女の十八番に似せるな。これ以上は続けんぞ」

「そうですか。何回も読み返してたので好きなシーンなのかと」

「大好きだけど他の人にされるのは気に入らないし、何より使っていい権利がない」

「面倒くさいオタク思考ですねえ。ほぼほぼ信仰じゃないですか」


 うるせえやい。


「国民的な作品だったら良かったんですか?」

「まず自分の言葉で伝えられるようになってくれ」

他人(ひと)の袖に我が腕通らずってことね」

「ごめん伝わる言葉でお願い」

「お、見えてきたわよ」


 あんたも無視するのかい。泣きたくなる。


 ――冗談はさておき、目的地へと辿り着いたようだ。実際に来てみると、やはりおしゃれでど派手な城が断然トップで目に入る。


 こう見ると、周りにある建物も俺からしたら古めかしいものだ。


 木枠でできたレンガ造りの壁に、切妻屋根が載っかった家屋は中世ヨーロッパを彷彿とさせる。

 これまたレンガ造りの広い大道が十字に延びていて一種の芸術的な美しさを持っている気がした。


 さっきは気付かなかったが、城の形に少し違和感を感じる。


「歪じゃないか? あの城」

「私にはそうは見えませんよ。むしろ美的センスをこれでもかというほど刺激されます」

「いや、確かにきれいなんだけど、えぇっと、歪って言うのが違うな。何というか、腑に落ちないというか、ごちゃごちゃというか」

「世界が違うから、自分の感覚と合わない部分があるんじゃないかしら」

「……そういうことなのか」

「それか、市郎には理解できない領域にあるかですね」

「真面目な顔で言うな」


 違和感の話を続けても煽られるだけなので、再び国へ目を向けた。 


「あそこで調査するのか」

「そうですね。色んな言語を聞けたり、データベースがあればこの世界の歴史も辿れます」

「データベース……、このぐらいの発展具合だと図書館、とかかしらね」

「少なくともインターネット上のものは無さそうだ」

「はい」


 アナザーはそのまま空を進み、何事もなく中に入る。


「カモフラージュは」

「もうかけてるわよ」


 カメレオンの様に周囲に擬態し、感知できなくする技術。

 アナザーには迷彩柄になるとかじゃなく、完全に背景に溶け込める(光学迷彩とかそんな感じだろうか)。


 中からじゃ、いつ使ったのかはパイロットと搭乗AIしか分からない。


 ヘリポートなんかはある訳が無かったので誰かのお家の屋根に停めさせてもらった。斜面でも停められるのはアナザーの機能の一つらしい。


「……で、こっからどう降りる」

「そりゃバレないようにこっそりと……」

「屋根の上からか?」


 道をたくさんの人が歩いている。屋根から降りてくる人なんてやたらと目立つだろう。


「それならこれ使えば良いんじゃないかしら」


 机から折り畳まれた青っぽいグレーの布がどこからともなく出てきた。

 持ち上げ、裏返してみると自分のリュックが見える。手にある布越しにはっきりと見えた。


「光学迷彩マントですか」


 こんなのありましたね、とミシュは同じものを眺めた。


「こんなひみつ道具みたいなのあるのか」

「二十二世紀に誕生したアイテムがFW(フューチャーワールド)に無い訳が無いじゃないですか」


 確かに、二十二世紀が遥か過去の時代であるミシュらの世界に存在はしていないという方が想像しづらい。


 ただ、実際同じような物は既に発明されていっているらしいので、NWでも二十一世紀の間には出来ちゃったりしているかもしれない。

 ドラえもんも元々二十一世紀から来ていた筈だし。


 今にしろなんにしろ、このマントのお陰で下に降りる事ができた。


「――おお。こうして立ってみると迫力が凄いな」

「これは、予想以上ですね」


 先程まで見下ろしていた城だが、見上げてみるとその大きさをしっかり認識できる。


 城に入ったら迷ってしまいそう、そんな風に思ってしまうでかさだ。

 王様とかお姫様とか居ちゃったりするのだろうか。居るなら一度はお目にかかりたいものだ。


「じゃ、散策するか」


 ミシュが頷く。


「あの建物とかどうかしら」


 いつの間にか見えるようになっていたソフィアが周りより一回り大きい建物を指差す。

 森の洋館に近い、少し場違いな雰囲気を醸し出している。


「ちょっと怖くないかあれ。幽霊でも出てきそうな面持ちだぞ」

「でもあれ、図書館じゃない?」


 再び彼女が向けた指先には看板が吊り下げられており、記号の羅列の上に角張った蝶々の形、見開きの本のマークが描かれていた。


 確かにあれは本関係の建物だと言っている。


「確かに。ごめん、気づかなかった。……行ってみるか」


 ミシュも納得したような顔をしているので、件の建物へ足を運ぶ。


 因みにミシュがあまり喋らないのはそういうキャラの方が色々と楽だかららしい(単純にコミュ障だからでもあるだろうが)。


 俺からすれば意志疎通がしにくいので別に必要ないと思う。


「ていうか、別に電話かけてくれば良いんじゃないのか?」


 俺とミシュは空気を介さずとも会話は可能の筈だ。


『それもそうですね』

『いきなりの電話はちょっとびっくりするから勘弁してくれ』

「確かに心拍数が上がってるわね」

「蛇足を付けないでくれ」

『あの』

「なんだよ」

『市郎が気にしないならいいですけど、今の市郎、虚空と一人で勝手に話してる変人ですよ』

『それもっと早く言えません?』


 建物の扉を開ける。


『だって電話かけたのさっきなんですから無理に決まってるじゃないですか』

『お前の頭脳なら、この方法俺よりも早く気づいてたろ』

『まあ、無理に話す必要もないかなって』

『その言い方は分かってたよな! なあ!? 俺を助けてくれよ!』

『残念ながら、私にはその事に勘づく卓絶した知能はありましたが、あなたを助けようと思えるほどの器量がなかったようです』

『それは器量じゃなくて雅量だ! 思いやりの心は才能で決まらんわ!』

『しかし、性善説や性悪説なんてのもあるんですから生まれ持った考え、才能の絡まないステータスは存在しないでしょう』

『そっからどう伸ばしていくかで変わるだろ!』

「そめむさい」

「なん! ……で、すか」


 やばい。そう言えば図書館に入ったんだった。


 ――というか、今、何と言った?


「……? にせぃくいねぬねくいおだそく?」


 優しい笑顔を浮かべたお爺さんが眠たくなるほど優しい声でそう言った。


「え、えと」

「ぢおせむせつ?」

「あ、はい、大丈夫です」


 ミシュの手を取り、さっさと奥に入る。お爺さんがまだ何か言っていたようだがどうせ分からないので聞こえないふりをした。


『危なかったあ……』

『アウトです』


 これには流石に反論できない。


『いやな、まさかここまで何言ってるか分からないとは』

『このぐらいの違いは普通ですよ』

『そうなのか。……ん? 待て、ミシュはこれで二つ目の異世界だろ? その一個目のNWも言語体系は似てたんだから、それを言える程ミシュも経験ないんじゃないか』

「あれ、言ってなかったっけ? 私にはいくつか、異世界言語のモデルがインストールされてるの」

『言われてないよ。初耳だよ。それじゃあれか、ソフィアが一番異世界経験ありってことになるのか』

『いや、違います。あくまで姉さんはヘルスケアAIの部分が大きいので先行調査とかはしてません』

『じゃ、どうしたんだよ』

「簡単よ? 人の生まれ、進化、発展を予想してから言語体系の変化をシミュレーション、実用的で残っていくと思われる形まで整えたもの、発展途上であることも考慮して構築予想の経過にあるものも含めて言語モデルとして保存する。それだけよ」


 …………えーと、つまりは想像で新たな言語を完成させるってことか?


『全然簡単じゃねえだろ!』

『そうでもないですよ。ほら、数式を解くときには公式を使うでしょう? 複雑な計算でも、公式を応用したり組み合わせれば解決できるようになります。それか、経験則なんてのも同じようなものです』

『いや、そこは良いんだけど、言語を創り出すって方が難しくないか』

「私の演算能力なら不可能じゃないわ。どうしても時間がかかっちゃうのがネックではあるけど」


 ミシュが一つ本を取り出し、ペラペラとめくり始める。俺も倣って近くの本を手に取った。


『……まじで勉強とか要らなくなるのかな、未来って。ソフィアが居たらそういう意欲っていうか、意義みたいのがなくなっちゃうような』

『自分が考えなくても良くなったとして、それらを理解できる様にしないとろくなことにはなりませんよ』

「とりあえず従っているだけじゃ、それこそロボットで十分、どころか、命令が伝達しているか怪しい所を含めれば人の方が要らなくなるわね」

『操り人形と同じってことか』

「あ、市郎くん。今のページもう一回見せてくれる?」

『分かった』

 さっきまでと反対向きの動作をして、さらりと流したページを視界に捉える。

『今みたいな感じですね』

『何がだ?』

『操り人形と同じって奴ですよ』

『ああ、……まあ、確かに。気づけなかったな』

『理解できないと自分がパペットであることも把握できない。何も考えないで生きるのは楽ですが、何も知らないで生きるのは、人がどうか怪しいものですね』


 それは教訓なのか、或いは俺への煽りなのか。


「ありがとう。解読はもうちょっとで終わりそうよ」

『後はどれくらいですか』

「八割かしらね」

『それなら、同時翻訳は使えそうですか』

「誤訳はあるとは思うけれど、運用可能なレベルまでは整えたわ」

『大丈夫です』


 ミシュがそれを起動したらしく、景色が少し変わった。この世界では始めて見る言語、慣れ親しんだ母国語(母世界語?)である日本語に紙上の記号たちは置き換えられていた。


『すごい、読める、読めるぞ!』

『そこまでハイになるものですか、これ』

『なるものだ。さっきまでの、解ける気がさっぱりしないなぞなぞでちょっと眠くなってきてたんだ。良い暇潰しが出来たぜ』


 さっきまでは眺めるだけだった書物がれっきとした本に昇華した。どれどれ、内容は、っと……。


「市郎くんが読んでるのって何かのお話?」

『そうみたいだ。タイトルは、――"セイクレイト物語"か』


 しっかりと内容を読み返した。たまに不思議な言葉遣いがあるが、大体は理解できる。



         ◆◆◆◆


 ――気がつくと結構読み込んでしまった。

 

「……何というか、凄い話ね」

『どんな話ですか?』

『まあ、あっさり読んだだけではあるが……、源氏物語って知ってるか』

『一応は』

『あれみたいな感じだな。聖職者の血筋であるセイクレイト家の初代当主、ヒズミルの人間関係を描いたものになってる』

「人間関係の中でも目につくのは恋愛絡み。見応えのある厚さとはいえ、六人も恋人が出てくるのはお伽噺(とぎばなし)にしか思えないわね」

『しかもその恋人の体格、性別、性格までがてんでバラバラでこいつの好みが全く分からん』

『面白そうじゃないですか。どんなのが居るんですか?』


 随分と気になったようなので、六人の恋人の名前と特徴を軽く伝えた。


 エヘネメキ、重力に逆らうように、太陽に引き付けられるように、紅い毛先が持ち上がっている女性。

 炎のようなそれに見合った情熱的な性格で、ヒズミルと、それこそ情熱に溢れた関係を保っていた。瞳孔が縦に細長いのが特徴とも書かれていた。


 スンリビニエ、大海のような巨躯とおおらかな性格を持つ碧色長髪の男性。

 幼少期からの仲で、変わらず本を読んでいる姿はヒズミルに心の平穏をずっと与えてくれていた。彼に生涯泳ぎで勝つことはついぞ無かったらしい。


 メギツ、翠色の狼らしい髪型の少女。

 明朗快活で、不思議な言動が目立つ存在だったらしい。ヒズミルの義妹にあたり、お互いに信頼をしている関係だった。初めてあった時から身長はずっと変わらなかったと書かれている。


 シンミン、ショートカットと八重歯が特徴の、いつも動きやすそうな薄着の服装をしている青年。

 人をかなり選びたがる性格で、気に入らない奴には口を利かなかったりするが、ヒズミルには頭を擦り付けてくるほど懐いている。クヌテョとは瓜二つの体格と顔を持っており、運動が好き。


 クヌテョ、肌の発色が良く、おかっぱ頭の似合う青年。

 常に落ち着いており、大体は魔導書を開いている。感情が読み取れない程に無表情だが、ヒズミルの前では何度かその仏頂面を崩すこととなる。シンミンとは瓜二つで、頭の回転が速い。


 クロックキーパー、ヒズミルと面を向かって逢うことはないが、文通でのやり取りでセイクレイト家の栄華を手助けしていた人物。

 その感謝と想いを綴った手紙を送ったのを皮切りに、二度と返事は返ってこなかった。


『……と、こんなもんだ』

『予想以上に共通点がありませんね。というか、その名前って、この本にも載ってるものじゃないですか』

『まじ?』

『はい。それも、この世界に伝わる六柱の神様の名前らしいですよ』

「へえ、随分と不謹慎なネーミングなのね」

『不謹慎って……言い過ぎじゃないか?』

「この世界の偉大な神様の名前を、たった一人の恋情の対象にするっていうのは不謹慎ではないのかしら?」

『……そう言われれば、確かに』


 俺の世界は、俺のいた国は神様も偉人もなんでも萌えさせるものだから、信仰心がまるで無くなってしまってたのかもしれない。


 それでは神もアイドルも一緒ではないか。


 ――既に一緒になってるな。


『少し話を戻すけどさ、こうやって実際に文字だったり発音を聞いてったり、とかだけでも言語解読は出来ないのか?』

「出来なくはないけれど、どうしても時間がかかるわ。具体的に言うとしたら、大体四日程度」


 本を捲り始めて一時間たたない程度で読めるようになっているのだから、四日は随分遅いのだろう。


「そうだ、語法とか発音が載ってる本とかないかしら。それを読めれば発音も分かりそうなのよね」

『探してみるか。えーと、この辺りは小説ゾーンで、ミシュの方が宗教ゾーン。そういうやつは……っと、ここっぽいぞ』


 参考書ゾーン。この世界にもこれが必要な場所があるんだな。


 さらりと見てみると、見たことのない名前の言語の名前が幾つか見えるが、唯一解読できているこの、ティピカル語というのがただ今使っているものらしい。早速読み漁る。


『……そうだ、ミシュ。お前も手伝ってくれよ。二人で見回った方が簡単に終わるし』

『えー、嫌ですよ。この本結構面白いんですもん』

『情報収集を優先してくれよ』

『なんなら読みますか? 絶対はまると思うんですけど』

「ぅおい!?」


 しまった、つい。


『お前、いつの間にこんな近距離に居たんだよ! 声上げちまったじゃねえか!』

『煩くて煩わしくて、耳キーンってするのでやめてください。はいどうぞ』

『お、ありがとう。……思ったよりも神様についての記載が多いな。地域ごとで祀られる神様が分かれているのか――ってちげえよ! 手伝えって!』

「ノリツッコミにしてはちょっと長くない? 内容の描写の部分は省略した方がもっと伝わり易いと思うわ」

『芸人じゃないんだからそんなガチ添削は要らねえ! さっさとこれ読むぞ!』

『分かってますって……。で、この積まれた本は?』

『軽く見てみて、情報収集に使えそうな本の候補をまとめといたんだ。読むのはミシュの方が速いからこの二冊から頼む』

『はいはい』


 俺が一冊読む頃には、最低五冊、頭にインプットしているのがこいつだ。

 上からの返答なのはあれだが、実際、ミシュのお陰で、おそらく俺だけがやるより遥かに素早く解読は完了した。


 ついでに他の言語も読み込んだが、俺は理解できなかった。数時間で言語を習得できるほど俺は天才ではない。


「おっけー。完璧に理解できたよ」

『んじゃ、出るか』

『そうですね。なら、テストプレイといきましょうか』


 入口付近のカウンターに、先程のお爺さんが腰の後ろに手を回して、変わらずの笑顔で座っていた。


『……ああ』


 俺はミシュを後ろに引き連れる形で入口に近づく。案の定、話し掛けてきた。


「……さっきのお兄さん方、大丈夫でしたかな」

「はい。すいません、迷惑をかけてしまって」

「いえいえ。私が気になってしまった、というだけで良かったですよ」


 通じた。翻訳は外に対してもオートでされているらしい。


「遠くから来られたのですか?」

「ん、まあ……、――はい、そうですけど。どうしてそれを?」

「あまり見かけない服装でしたもので。東方でも南方のものでもない、かといって伝統のものにしてはやけに現代的、といった風貌ですね。んん、ええ、これまで長い間生きているはずですが、全く知らないですな。一体何処の出処(でどこ)なのでしょう、あなた方は」

「えっと、……北側、北側ですよ」

「北、ですか」

「はい、そうです。……では」


 追及される前にスタスタと、入口から颯爽と歩き去った。


         ◆◆◆◆


 少し経ち、路地裏にて。


「とりあえず、なんとかなったな」

「何処がですか」

「会話できてたろ」

「あんな中途半端に切っといて成功だと思ってるんですか」

「いやさ、あれはどうしようもなかったじゃん?」


 正直に別の世界から来ました、なんて通じないに決まっている。


「都合の悪い質問がこないようにする立ち回りをすれば良かったんですよ」

「生憎、俺はそんなテクニック持ってないんだわ」

「市郎ともあろう人物がそれでは、浅間の名が泣きますよ」

「別に浅間は会話の名門じゃねえよ。何を極めてるんだ」

「まず言語に、説得に、信用。後は精神分析ですね」

「技能割り当てするな」

「マーシャルアーツも必要ですか?」

「暴力で解決するのか!?」

「イクストリームとか派手な名前の割にまあまあ出ますよね」

「六版なのか七版なのかはっきりしろ!」

「えーっと、確か名古屋に居るんでしたっけ。画像でしか見たことはないんですけど」

「……ナナちゃんか!」

「正解!」

「よっしゃあ!」

「もういい?」

「はい」「大丈夫です」

「……」

 

 ……では、切り替えて。


「これからどうするかですが、大体は決めました」

「お、早いな」


 この世界に来てから一日も経っていないが、案外直ぐに帰れるかもしれない。


「異世界トラベル、ITを安全に行えるようにするには飛ぶ先の世界を事細かく把握することが必要です」

「今話してる言葉もその一つね」

「そうだな。それで?」

「私達でしか調べられないこともありますが、歴史や地形、それこそ言語なんかは異世界の人間が理解するのには時間を要します」

「こっちの世界の住人の方が詳しいのは当たり前だな。するとなんだ、ここで現地の協力者を得る、とかするのか」

「概ねその通りです。正確にはこの世界に関するアンバサダー、大使のような役割も……」

「……?」

「……言いにくいですね、この世界って」

「ん、まあそうだな。名前でもつけるか」

「それならファンタジーワールドが良いんじゃない?」


 ソフィアの提案だった。


「ファンタジー?」

「そう。因果値測定をしてる時に気付いたんだけど」


 因果値測定、原理はよく分からないがアナザー搭載の機能らしい。


「この世界、大気の五割が私達の世界に無い原子で構成されているんだけれど、それが簡単に言えば、超万能なのよ」


 万能?


()()()()()()()の。風はもちろん、土、水、火にだってね」

「……トンデモ過ぎないか」

「成程、それでファンタジーなんですね」


 ミシュは理解できたらしいが、まだそこまで繋がらない。


「もしかして、分かってないんですか?」

「そんなことは……ある」

「仕方ないですね……」


 ため息をつかれた。勝てるとは思っていないが、頭にくる。


「市郎が読んでた本、"セイクレイト物語"の内容であったじゃないですか」

「えっと、……何かあったっけか」

「流石に分かってくださいよ。クヌテョさんが持っていたものです」

「それは確か、魔導書だったはず」

「そうですよ。魔導書、なんてものに載っているのはひとつしかありません」

「ま、待て。それで決まってはないだろ。あくまであれは小説だ。フィクションだったり、なんてのも有り得るじゃないか」

「ええ、有り得ます。が、私が読んだ本の中にはこういうのもあったんです。――この世界の医学書です」

「医学書……、本当か」

「嘘ではないでしょうね。複数あったので見比べたところ、同じような内容が書かれていましたから」

「……それに何が載ってたんだよ」

「この世界の人間にあたる種族の解剖図です。同じような見た目をしてはいますが、一つだけ、私達は持たないものがありました。口腔から肺への気道、胃への食道の他にもう一つある器官、魔肝(まかん)への魔道です」

「魔道に、魔肝?」

「なんでも、取り込んだ魔素(まそ)という物質を溜め込む器官だそうですよ」


 既にミシュは呆れたような顔をしていた。


「それは、つまり……」


 当たり前だ。ここまで言われれば俺でも分かる。

 

「この世界は、本当に魔法がある世界ってことね」

 

「実際の魔法は、魔導書らしきものが無かったので不明ですが、後々知れはするでしょう」

「それは、そうだろうけど……」


 魔法と聞いて一気に現実感が雲散霧消してしまい、少し戸惑った。


「どうしたの? まだ飲み込みきれてない?」

「NWにも魔法の概念はあったでしょう。これに関しては市郎の方が親しみ深いものじゃないんですか」


 FWにはありませんでしたよ、と付け足す。


「もはや少し古いと感じるぐらいには確かに知っているやつだよ。……でも、あくまでフィクションなんだ。非現実だったのが現実化するのはイメージ出来ない」


 夢は見るものや叶えるものだが、どれにしたって、現在(いま)に無いようなことだから、一筋縄ではいかない、努力や革新ありきでしかできない代物。


 叶えたものは夢でなくなり、夢だったと言い換えることになる。

 フィクションとノンフィクションの狭間にも、それに似たようなものがある。


 唯一つ違うとすれば、叶える叶えないとかでなく、はっきりと別物であったこと。


「空想上のものが実在したとなると理解が上手く出来ないのは分かります。NWで知ったことは多かったですから」

「でも、私達は世界を渡ってきたの。ゲーム脳的に言うなら、ゲーム内でプレイするステージ面を変えるのでなく、そもそものカセットを挿し変えること、文学的に言うなら、ミステリーものから哲学本に持ち変えることと一緒よ。――然程(さほど)文学的ではない表現な気もするけど」

「分かってる。こうしていざ対面すると、思ったより消化に時間がかかっただけだよ」


 ――少し思ったが、医学書の情報はまわってきていないので、魔法があるかどうか、なんてどう考えても俺一人では辿り着けない答では?


 ……まあいい、俺の不慣れで時間をとる必要はない。本題に戻ろう。


「そのアンバサダーはどうやって探すつもりなのか」

「この国です」

「この国?」

「はい。この国を治めているであろう方々から選ぶんです。更に、この国を旅行の拠点にすれば、安全性諸々確保できます」

「……いや無理だろ?」


 あっち側からすれば俺達は怪しすぎる。


「いきなりやってきた何処の馬の骨とも知らない奴にそんなこと言われても、到底信じれるとは思えないが」

「それは私に任せてくれればいいわ」

「ソフィアに? 何をするつもりなんだよ」

「異世界人の証明ですよ」


 二人は既に何か思い付いたらしい。なんだか、俺一人残されてばっかりだ。


「一旦アナザーに戻りますよ。そこで続きは話しましょう」

「ああ、うん」


 これ以上は路上で話し込むことでないのだろう。アナザーを置いて残している家の方向に歩を進める。


「そういえば、二人とも浮いたままだけどいいの?」

「浮いたって、別にジェットパックなんて着けてないぞ」

「違う違う。浮遊してるってことじゃなくて、まわりに馴染んでないってこと。NWの服のまんまでしょ」

「今は着替えない方が都合が良いです。目立つならマントを使いましょう」

「何処にしまってたんだそれ」

「野暮なことを聞かないでください。女の子のデリケートな部分なんですから」

「気を利けなかったのは申し訳ないし、不躾だと承知の上で聞くんだが、何処にしまってたんだそれ」

「別に、ポケットですけど」


 ……いや何処に? 自分の体を丸々覆い隠せるサイズのマントを?


「ミシュ」

「何ですか、姉さん」

「因果値測定が終わったわよ」

「分かりました。戻ってから聞きます」


 俺の疑問は何処かに置かれたまま話は続いてしまっている。


「……まあ、いいや」

「いいって、何がいいんですか」

「いや、これは俺の考え方が悪いのかもな。何もかも法則があるような気がしてる」

「間違いではありませんが、良い考えかと言われれば確かにそうではないですね。自分に優しい規律なんて無いんですから」

「吹かれた葉は海に浮かぶ、みたいなものかしら。法則だ規律だと当然だと思ったものに従ってしまう」


 それは、俺の知る言葉に換えるなら、唯々諾々だ。






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