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株式会社IT  作者: おじぎ猫
2/17

IT

 ――五月十六日。


 東京のホテル、宴会室にて。


 通常は、丸テーブルが複数並び、結婚式やその他祝い事を数十人が祝えるぐらいの広さと設備が揃っている場所だ。


 ……その筈なのだが。丸テーブルは一切無く、代わりに大量の椅子が並び、その上にフォーマルなスーツでかっちりとした大人たちが乗っかっていた。


 タブレットやノートをいじって文言を整理している人や、持ち込んだ録音マイクを起動、机に設置する人。

 椅子の集団の後ろにカメラの集団を用意する人の集団もいた。


「はえー、たくさん居ますね」


 手慣れた様子で端末をいじりながら思ったことをそのまま漏らす。


 彼女は奥松高那。22歳。記者の仕事に就いて二年目に入らないくらいのバリバリ新人。


「当たり前だろ。世界レベルの企業の会見だからな」


 自分のことでもないのに得意気に話すのが(カタワラ)先輩。キャリア三十年のおっさん。いや大先輩。


「カメラの準備は」

「出来てます」

「マイクは」

「机の上です」


 報道するための用意は既に出来ている。というか、これ聞かれたの二回目だ。


「……いよしっ」


 外見を裏切ること無く、年配特有の口語で準備を終えたことを知らせる。そのまま、どてっと私の横に座る。


「それにしても凄いよな」

「何がですか?」

「浅間市郎だよ。ほら、確か、高校を卒業して直ぐに起業、株式会社ITを設立。僅か三ヶ月で……」


 何故かは知らないが、くどいと感じたので少し省略する。言われなくても知っているし。


「でも珍しいですよね」

「ん?」

「いや、擬似ワープとかトンデモ近未来テクノロジー! ですけど、根本は工業系の企業じゃないですか」

「そうだな」

「それなのに、その企業自体の工場を一棟も持っていないんですよね?」

「ああ。その代わり、日本全国、それどころか世界全体の工業系企業と新技術の特許を材料に取引、業務提携を結びつけている。一個一個との利益配分は分からんが、世界中の企業から一割ずつしか貰っていないとしても、IT側の利益はたんまりだろうな」

「それってあんまりないですよね」

「そりゃ、何故かっていったら簡単だ。特許には期限がある。原則は二十年、と結構長く感じる。が、企業を運営する上で二十年しか続かない保証は短いし、しかもそれをメイン事業にするのはなかなかの博打を打つことになる」 


 最初はおっさんと見下すような言い方をしたが、こういうところは尊敬している。

 それこそ大先輩という言葉では収まらないくらいには。


 ……いや、私が未熟すぎるのもある。

「それなら、何故この方針で運営しているんですかね」

「さっきは不利益な部分しか言わなかったが、勿論利をとれる部分もある」


 先輩は右腕に着けた時計、確かG-SHOCKを一度確認する。まだ余裕は有る。


「そもそも今の方法をやるには新技術、特許が必要だ。それも他企業が喉から手が出るほど欲しがるものをな」

「確かに」

「唯一性、それを持つだけで個性がつく。株を買ってくれる人も居るだろ」

「確かに」

「それに、この方法を長所だけ生かすやり方がある。何だと思う」

「確かに」

「適当に相槌はやめろ」

「すいません」


 と、言っても、ぱっとは思い付かない。


 ここはシンプルに、長期的に続けられない方法なのだから、短期的に行う?

 いや、だから、それを上手く使う必要がある。


「資金繰りとかですかね」

「正解」

「よし」

「半分いかないくらいだがな」

「ええ……」


 ジェットコースターに急に乗せられた。


「それだけだったら他の方法がある。この方法は更に……」


 再び時計盤を覗き込む。

 今どきアナログ時計は古いと思うが、そんなに良いものなのか。


「まあ、全部今回の会見で分かる。時間だ」

「あ、はい」


 私が前を見ると、壇上にはスクリーンが用意され、演台には一人、男が立っていた。浅間市郎。本物だ。


「皆さん、ここまでご足労いただきましてありがとうございます。株式会社ITの代表取締役を務めさせてもらっています、浅間市郎です」


 丁寧な日本語だ。やけに、という感じだが。


「早速本題に入らせて頂きます」


 プロジェクターが起動、手元プレゼン資料と同じものが表示される。


『新事業について 株式会社IT』


 新事業。

 先輩が言いたかったのはつまり、多くの人脈がないと出来ない事業を行うため。


「擬似アンチグラビティ、擬似ワープ、AI認識拡張など、多くの新技術を開発、提供してきた我々ですが、今回、新しく事業を展開していこうと思った所存でございます」


 代表が手元を動かし操作、次のページが表示される。と。


 ぱんぱかぱーん!


 ……効果音(SE)が鳴った。

 ぱんぱかぱーん、と。安いPCのゲームでしか聞かないような音が。


「……」


 場は静まり返って、代表は顔を少し紅くしている。ウケると思ったのか。


「……と、という訳で、我々は、ITプロジェクトを始めることを決定致しました」


 先の出来事が夢だったかのように平然のつもりらしいに続けた。

 こちら側としてもそれが望ましい。それよりも、――IT。そっち方向にも始めるのか。


 と、誰しもが勘違いした。


「それでは、IT、もとい()()()()()()()プロジェクトの説明に入らせて頂きます」


 会場内は騒然。ざわざわと記者陣のどよめきがよく聞こえてくる。私も同然そのどよめきの一つだ。


「いせ、今なんて」

「落ち着け。質問は最後だ」


 が、先輩の(いさ)めである程度早く復帰できた。動揺はしているようだが、それでも落ち着いているのは流石としか。


「あー、すいません。質問は会見後に時間を取りますのでお待ちください」


 次のスライドに移る。因みに、ここでまた効果音が鳴っていたが、気にしている人は一人も居なかった。


「えーと、……先ず、異世界、ですが」


 何か読むのに苦戦しているように見える。自分の台本だろうに。


「これはラノベとかで……、ライトノベルや漫画などで見聞きする異世界。これとほぼ同一です。先ず世界の構造から」


 世界の、構造? とんでもない話になっている。


「私たちの住む世界は因果値(いんがち)というものから作られます。生物の持つDNA、土木の青地図の様なものです。これが世界の規則(ルール)(フォーム)生物(アニマル)の元になります。(ひとえ)に因果値といっても、様々な種類があり、この世界の人類が作ったような文明、それが発展する速度だったりを決める進化性因果値。物理、科学、心理の法則がどれだけ有るかを決める法則性因果値。またそれらの値がどれだけ安定するかの安定性因果値、などですね。この値は零から一まであり、一に近いほど強度が高まります」


 一度、水を飲んで口を潤わせる。


「そして、私らの世界と違う因果値で創世された世界、それが異世界です。……本来、私達は異世界へと辿り着くことが出来ません。理由としましては二つほど。一つ、そもそも異世界へと飛ぶための方法が無かったこと、二つ、入ったとしても異分子として世界に処理されてしまうことです。物体には国籍のような、世界ごとの存在性因果値が設定されており、……言うなれば世界籍ですかね。それによって世界の物体か判断される訳です。弾かれたものは世界と世界の狭間、時間すら存在しない何処かに放り出されます」


 異世界、世界籍、異世界。開いたメモアプリに、見聞きしたことをそのまま注ぎ込んでいく。


「一つ目の問題は、擬似ワープ技術を空間対象ではなく世界対象にすることで解決出来るようになります。二つ目、これはつまり、因果値を弄って合わせてしまえば気にする必要のない問題になります」


 次のスライドに移ったのは『新技術』、『チューニング』の文字。


「ここで、チューニングの出番です。これは、ワープの際に用いられる肉体安定化技術の応用で、因果値を操作して異世界に適応する技術です。この二つの技術、そして人が搭乗できるよう開発されたのが」


 映し出されたのは、ロボットだった。

 工場にあるようなアームではなく、接客をするマスコットのようなロボでもない。言うとしたら、アニメのロボットだ。


「アナザーです。こちらを用いてITプロジェクトのテスト、試運転や整備を行っていきます」


 アナザー。


 他。


 別の。


 異。


 彼は、浅間市郎は。世界どころか、異世界にまで股をかけるらしい。

 普通、信じられる筈のない話を、代表の今までの功績が真実だと告げていた。


 ……明日からは忙しくなるな。


 先輩の愚痴のような、期待を込めた独り言がはっきりと聞こえた。


         ◆◆◆◆


 細かい資金繰りや運行プラン、質疑応答を済ませ、人がおおかた捌ける、今回借りさせてもらったホテルのスタッフの片付けを手伝おうとしたら断られた。

 普通に考えたら当たり前だが。


 何回しても慣れない会見を終え、帰路へ……


「こんにちは」「ぎゃお!?」


 思わず腰を抜かしてしまった。


「いや、この時間だとこんばんはですね」

「何で曲がり角に居んだよ!」

「迎えに行ってあげようと思ったので」


 聞きたいのはその理由じゃない。


「……まあいいや。それよりも、何だよあのプレゼン」

「いいプレゼンだったじゃないですか。台本通りでなかったのは気に食わなかったですけど」

「あんな宴会の席みたいな文章読み上げるか。それに効果音も場違いすぎる」

「宴会場でやると聞いたのでそう作りました」


 はて? というような顔で見ている。これが正しい意味での確信犯か。


「文句がそんなにぼろぼろ出てくるなら自分で作れば良かったじゃないですか」

「……まあ、確かに」

「ほら」


 そりゃそうだ。分かってはいる。分かってはいたが、こいつ相手だと素直に認めるのは悪手にしか思えない。

 ネタを握らせたくない。


「悪かった。それよりも」「それよりも?」

「私の愛しの煽りタイムを生贄にしてまで話すのはなんですかね」

「結局、最初に行くのはどの異世界なんだ」

「なんだ、真面目な話ですか」


 分かってましたけど、とやけに自慢げにする。誰にやってるんだ、それ。

 ――俺か?


「じゃあ、これどうぞ」

「わっと。放り投げるな。俺が落として壊しでもしたらどうする」

「自分で直せばいいんじゃないですか?」


 渡されたのは腕時計、のようなもの。所謂スマートウォッチのように液晶が付いているが、電源がついていないのか漆黒に染まっている。


「着けたら自動で起動します」


 俺の気持ちを汲まれたようで、捕捉をくれた。試しに、と腕時計を着けてみる。


 瞬間、俺に電流が走る。


 ……いや比喩じゃない。

 マジで全身に電気が流れた。しかも静電気のレベルじゃない。


 いや、静電気も結構強いらしいが、言うなれば、気絶するぐらい強い電流だ。

 事実、着けた瞬間、それから数時間の記憶は覚えて、ない。


 ブラックアウト。


 次に記憶があるのは自宅の布団の上だ。

 なにかしらの主人公が不幸な夢だとかこのあとの伏線になる重大なものを見た後ぐらいに大きく上半身を跳ね上がらせる。


「あら、大丈夫ですか? 容態が悪そうでしたが」

「異世界転生した時に見知らぬ女性(ヒロイン)に掛けられるような言葉を発してるところ悪いが百お前のせいだろ」

「急にオタクみたいな馬鹿長例えツッコミしないでください」

「オタクなのは否定しない。それより、このスタン機能付きスマートウォッチはどうやって破棄する」

「良いじゃないですか。万が一の保険ですよ、枷です」

「猛獣じゃねえんだぞ俺は。襲ってやろうか」

「はいはい、落ち着いて~。どっちも喧嘩腰はやめなさい」


 ロングな白髪の美女に宥められる。


「いやだってこいつが……」


 ……いや誰だこの人?


 取り敢えず描写するとしたら、なんというか、落ち着いた雰囲気で「お姉さん」の代表例のような人だ。プロポーションも綺麗。


「姉さん、ちょっと出るの早いです」


 本当にお姉さんだったらしい。しかもミシュの。


「ええ~? でも喧嘩は良くないわよ」

「大丈夫ですよ。彼はこれしかコミュニケーション方法を知らないんです」

「人を反抗期真っ只中の子供みたいに言うな」

「お、今回の例えは綺麗ですね。合格です」


 こいつ。


「もう、それやめなさいって。というか、私自己紹介していい?」

「いいですよ」


 こちらに向き直り、一礼をする。ミシュとは真逆の印象を受けとる。 


「アナザーの統括管理システム兼、同乗者ヘルスケアAI、ソフィアよ。よろしくね」

「……AI?」


 確かに今はAIにボディがあるのは常識になってきている。俺名義のAI拡張技術にもボディの投影があった。


 ただ、あまりにも現実的、リアル。その場に居るとしか思えない。


「網膜に直接写ってるから本物みたいに見れるのよ」

「こいつ、俺の思考を……!?」

「姉さんと市郎は同期してますからね」

「そのデバイス、WITHから電気信号を流してあなたの脳に私のイメージをインストールしているわ。これが私の姿が見える理由よ」

「それでいつでも私に電話できます。他にもいろいろ」

「……つまるところ、人間のスマホ化ってことか」

「すごいわね、良い理解力よ」


 この人、姉というより母のような性格だ。ミシュとは全く違うな。


「いや、ミシュも結構良い子よ?」

「ミシュ、所構わず思考を読まれたくないんだが」


 ひどーい、とかほざいている人、いやAIはほっとく。


「私はミュート機能付けてますから」

「それどうやって入れるんだ」

「私が許可すれば入れられます」

「許可すれば」

「そう、市郎のWITHは私のやつの子機ですから」

「子機? 何故」

「本来、WITHは神経と直接接続して同期する必要があるのよ。私を解凍できるぐらいの広さの脳の領域にインストールするためにね」

「だけど、それをするには人側に大きな負担が掛かる。最悪、脳死の可能性もあるの」

「……じゃあ、今の俺は、ミシュにインストールされたソフィアを借りてる状態か」

「そう。だから、無駄に死ぬリスクもないし、権限は全て私が持ってます。WITHがあると連絡が楽だから渡しておきたかったんですよ」


 なんだか、親名義で買った子供の携帯って感じだ。


「お~、良い読みしてるわね。実際その使い方が主流よ。ポピュラーって言った方が良いかしら」


 ――いち早くミュートの実装が待たれる。電車で大声で話す人はこういう気分にはならないのだろうか。羞恥心は人間の驚嘆すべき進化だ。


「では、私はアナザーの調整をします。市郎は荷造りしてください」

「ミシュは」

「終わってます」


 そういって足早に部屋から出ていこうとする。


「待ってくれ」


 それを俺が引き留めた。ミシュはこっちに向き直る。彼女の丸い目が、物体の芯まで見えそうなつんざく水晶が問い掛けてくる。


「出発は五月二十日でいいんだよな」


 実践日。プレゼン資料にでかでかと載っけてあった。


「はい、四日後ですけど、……何か、悪かったですか」


 変えるつもりはありませんよ、と不要な一言を添えて答えてくれる。水晶は変わらずこちらを監視する。


 俺の心、芯を()()()()して。


「いや、何でもないんだ」

「……」


 不満そうな顔をしながら今度こそ外に足を運ぶ。

 彼女に誤魔化すことは、知らないことを増やすのは一番望まないことだとしても、そう言った。


 人は、隠し事なしで生きれる程単純明快じゃない。


 環境音が良く聞こえる自室をほんの少し堪能してから、必要なものを入れ込むためのリュックサックを引っ張り出す。


「あなたたちっていつもそうなの?」

「……否定はしませんよ。ええっと、ソフィアさん」

「別に敬語を使うような人ではないでしょ? 市郎くん」


 何気にソフィアさんに話し出すのは初めてだったのでつい敬語になってしまった。


「私はミシュが収集したあなたの情報を管理してるから知ってるわ。だから、ミシュと話すくらいでいいわよ」

「だったら」


 何故か、一度声が止まる。変な緊張があったらしい。


「だったら、質問をいいか」

「市郎くんは、良く質問をする子ね。いいわよ、好きに聞いて」


 ミシュは、強い。頭脳面、身体面においてもハイスペック、整った心持ちがある。だから、()()()()


「あいつはどんな場所で育ったんだ」

「その質問に答えられなくはないけど……」


 理由が気になるか。


「多分だが、学校か、それに準ずるもの。それに行ったことないだろ」


 ソフィアはこっちを瞳孔を縮めて見る。同時に体を一瞬硬直させる。

 図星なんだろう。的を射た。


「ついでに言うなら話したことある人も一握り。例えば、家族とお医者さんぐらいしか」

「……あなた、占い師の才があるんじゃない?」

「生憎、俺は占いは信じない派だ。で、実際は?」


 お手上げ、というようにため息を漏らすと、答え合わせをしてくれる。


「九割九部九厘正解。正確には、住んでるビルの住人としか会ったことがなかったわ」

「ビル?」

「ええ。三階建ての最上階。異世界航行が決まるまでは外も知らなかった」

「……」


 ……これは、なんというか。


 正直、予想以上だった。普通の育ちでないことは分かっていた。

 解っていたが。

 これ程まで窮屈だとは。


「あいつは、ミシュは満足していたのか」

「あなたなら言う必要はないでしょ」


 井戸の蛙が海を知らないのは有名な話だ。だが。


「蛙も大空は知っている」


 どんな事件も解決できそうな頭脳、何かしらの格闘技のチャンピオンを伸してしまえる身体能力。彼女が知ることが出来たものたち。


「ん? ――いや、それよりも、何故分かったの?」

「……」


 ……躊躇った自分がいた。後悔するよ、と言われた気がしたから。


 それでも、ここで言わない理由は持ち合わせてなかった。


「友人に居たんだ。似てる奴が」

「へぇ、それで。……うん。成程」


 ソフィアは府に落ちたようで、それ以上は聞いてこなかった。

 ミシュの方に戻るようだったので、また、とだけ話しておく。


 頭の中からも他人がログアウトし、最近はあまり感じていなかった静寂を堪能する。


 正確には、意識が覚醒している間で、だ。時間に余裕はあるので、ベットに腰を掛け、星のよく見える窓の景色を眺める。


 いつも眺めている画だ。自らの命を賭して空に光をもたらす、そんな星たちだ。もっと()も、星にそんな意識はないんだろうが。


 擬人化してしまったらきりがない。久しぶりということでなんとはなしにこの行為をもう少し続けた。


 ……もし、もしだ。――あの時に戻れたら、どうにか出来るだろうか。――いや、野暮なことを言うな。

 時間を戻るなんて()()()なのだから。


「………………よし」


 久しぶりの休みとはいえ、これ以上怠けては計画を頓挫させてしまう。押し入れのどこかに投げ込んだザックを探すため、戸に手を掛ける。


         ◆◆◆◆


 自分の手ごと横に引っ張る。古く、錆び付いたドアなのでこうでもしないと開かない。

 勢い余ってよく響く衝突音を鳴らしたが、幸いそれ程人はいなかった。


「ワッ!?」


 ――零ではなかったが。

 初めて会ったとき、あの時と同じスーツ? の上にカジュアルなズボン、ジャケットを羽織っている少女がアニメでしか見ないようなロボットを弄っている。


「すまん、悪い。文句ならこの鉄扉に問い合わせてくれ」

「責任者はあなたですよね」


 さっきの、なんか小さくてな佳人なやつのような鳴き声は元から存在しなかったのか、ミシュに落ち着いた態度で普通に返される。


「そりゃお前が俺名義で買収しただけだろ? モノホンの責任者はこの飛行場の管理者だ。確か……」

元川(モトカワ)伊田流(イタル)よ」

「そうそう、そんな名前だったな。その元川かなんかに言ってくれ」

「別にクレームをしたい訳じゃないですよ。あなたの謝罪があればね」

「もー、それぐらいしなさい」


 ナチュラルに会話に参加しているソフィアから、おかんみたいな命令が飛んでくる。


「さっき謝ったろ」

「謝った? もしかしてさっきの『すまん、悪い』っていう言葉の事ですか」

「物足りないか?」

「あれじゃ納得いきません。誠意が無いですから」

「土下座でもすれば良いのか」

「いや、土下寝です」


 ……それ、本当に誠意がこもっているのだろうか。大抵ネタにされる代物だ。だが、それで満足するならいいだろう。俺は床にうつ伏せになる。


「誠に申し訳ありませんでした。この通りです」

「……」


 ミシュのアンサーが返ってこない。何故だ。

 と、一面灰色の視界に一つの画が映し出される。これは……。


「お前! まさか!」


 オットセイのように顔を上げると、こちらを嗜虐性たっぷりの笑顔で眺めるミシュが目に入る。


「カメラなんて何処にあった!?」


 今も地面に伏している無様な自分の写真がよく見えている。


「あれれ? 言ってませんでしたっけぇ? 網膜に写された場面を記録できるカメラ機能」

「初耳だ! というか、もうそろこの画像の共有をやめてくれ! 俺のライフポイントが零になる!」


 くそ恥ずかしい訳じゃないが、継続ダメージがじわじわくる。


「えぇ~、どうしましょうかねぇ」

「お願いだ!」

「もう、いい加減にしなさい!」


 ソフィアに酷く怒られた。俺も含めて。

 これじゃ、二人とも子供みたいだ。実際、ミシュは子供と呼べる年齢なので俺の方がみじめに思える。


 おかげで落ち着きはしたが。


「ほら、乗って」


 昨日のうちに移動させていたアナザーの中心、コックピットが押し出され、開く。一人入れるサイズだったのが、横に広くなり、座席も二つに増えている。


「荷物は」

「中に収納できるようになってるわ」

「では、私は向かって右の席に座ります」

「分かった」


 ミシュが座り、余った方に乗り込むと、右手側、ものを置ける机があったので持っていたリュックを載せる。

 と、水色の液体に包まれて固定される。流動体を用いた衝撃吸収材、らしい。


「じゃ、閉じるから、気をつけてね」


 俺たちを乗せたコックピットは先程と逆の行程でアナザーの中心へとすっぽりはまる。


「アナザー起動プログラム、及び安定化と現在の世界の因果値のマーキング確認」

「ばっちりよ」

「ITは」

「勿論」


 二人のやり取りを聞いていると、視界に色んなパラメーターやグラフが映し出される。これが確か、操縦画面だ。


 これはミシュとWITHを通じて俺の目の前に現れている。人の形をしていたアナザーも姿が変わり、ステルス爆撃機のような風貌になる。


「全システム、特に異常無し」

「目標はどうするの」

「因果値の設定は特に無しです」

乱数あり(ランダム)ね。分かったわ」

「……それで大丈夫なのか」


 目指す世界の因果値は乱数、何が起こるか分からない。というのを表す。


「市郎もそれで納得しましたよね」

「まあ、そうだが」

「もしかして、今さら怖気づいたんですか」

「違う」


 ……他に理由があるかと言われれば無い。


「市郎はビビりだからしょうがないですね」

「誰がビビりだ誰が」

「わっ」

「ワァ!?」


 ソフィアがいきなり驚かすので、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ふふ、本当にビビりなのね」

「か、勘弁してくれ悪かった」

「もー、ビビりにも程がありますよきゃあ!?」


 ミシュも同じような(?)素っ頓狂な声を上げる。多分だが絶対驚かされた。


「何で私までビビらせたんですかホント!」

「いや~、そういえばミシュがホラーなゲームとか映画とか見てるの見たこと無かったな~って」

「そ、それは単純に興味なかったからで」

「ほー。お前怖いの苦手だったのか」

「ちーがーいーまーす!」


 見た目以外でかわいい所があるとは。


「判った判った。お前の子供らしい部分が知れてよかったよ」

「それ以上言ったら大動脈捻切りますよ」

「大丈夫これ以上言う気も言う事もないから、お願いだから首にかけた手を放してくれ」


 少し不貞腐れたままだが、手は放してくれた。不貞腐れたまま。


「もうそろそろ出発しなーい?」

「……そうだな。――な、ミシュ」

「五月蝿い」

「ごめんなさい何でもしますから話聞いて」

「よろしい」

「……仲が良いのか悪いのか」

 自分としても理解しがたいやり取りだ。

「それでは、改めて目標確認します。――不明」

「了解」

「目標に向かい航行を開始」


 視界に拡がる景色が後ろにスライドしていく。ようやっとこさ旅立つ。


 機体は速度を速めながら前進していき――ということは無かった。いきなり百パー。


 一瞬で時速一五〇〇kmをゆうに超えたアナザー(スピードメーターにそう書いてある)は、そのまま空に()()()()


 前方のガラスに頭から激突するかと思ったが、いつの間にか引っ付いたシートベルトによりその心配は無かった。

 どちらかというと固定器具であるそれに助けられた命を確認しつつ、怒鳴る。


「話にねえぞこんな急加速!」

「そりゃ……まだ言ってませんからね! ――回りますよ!」


 回る? そう思う頃には視界が九十度、いや百八十度、いやもう兎に角回転し始める。


「待て待て待て死ぬだろこれ!」

「安心してください死にませんよ!」


 どっかのおしおきよろしく滅茶苦茶な回転を続ける。……なのに、目の前に壁でもあるかみたいに動かない。


「世界の壁ってこうでもしないと開かないのか!?」

「来る時は必要なかったんですよ! NWは珍しい物質が多いですが存在しない物質もまた多いんです!」


 NW――この世界の因果値はほぼ全てが0.5、平凡であるかららしいネーミング――という単純な名前はさておき、つまるとこれは物資不足を補った結果か。

 ――と。


 ドリルライクな動きに変に慣れそうになったぐらいに、目の前にひびが入る。

 あの時、ミシュがこの世界に渡航した際に見たものと似ている。ということは。


「来ますよ!」


  予測通り、空が割れる。


 野球ボールを当てた窓と違うのは、本来その先に見えるものが、ここ、NWとは違う世界、異世界であること。


 アナザーは勢いを落とさずそのまま穴へと飛び込む。――その瞬間に体に電流の走る感覚があった。


 また前進を始めたからか俺の体は再びシートに押し付けられる。が、すぐにその力落ち着く。

 何故かといわれたら、減速したからと返す他ない。


「…………成功です」

「はあ、はあ」


 自覚がなかったが、かなり疲弊したのか、自分自身が息を漏らしている。


「あれ~、結構疲れちゃってます? まあ、そうですよね、市郎ですもんね」

「その、納得は、俺の、……納得がいかん」

「今は良いですから。外でも眺めてくださいよ。初めての異世界でしょう?」


 不本意ながら同じことを思ったので外に視点を向ける。


 始めて見る、異世界。それは、広大で、緑深い平原に、車が丁度一つ通れそうな畦道。


 更に、道の傍には、のどかな小さい建物群が一つ。初めて見る景色だが、既視感があった。


 小さい頃、というか起業する前の高校生時代でもやっていた、某クエストや某テイルズみたいな、そんな景色。


 ……とは云ったが。


「……思ったより普通だな」


 ――後に、FAW(ファンタジーワールド)と名付けられるその世界の、魔法的な要素に出会うのは少し先なので、そんな感想しか浮かばなかった。


 ……さて。


「これからどうするんだ」

「具体的にはこの世界の因果値の調査と知性体の確認、言語解読に周囲の探索よ」


 いつの間にか会話に戻っていたソフィアが答えてくれた。


「言語解読? ――ってああ、そうか」


 当たり前だ。そんな都合良く同じ言語を喋っている訳がないな。


 ――因みに言っておくと、俺とミシュの言語は発音と体系がほぼ一致している。

 が、違う歴史や時間であるからか少し違うところもある。


 前に一度めんどくさいと愚痴を漏らしたら『跳ばぬ(ひな)は空を見ず』とかいう慣用句? 故事成語? を言っていた。

 やらなければ何も分からないという意味らしい。


「それでもここまで一緒なのは奇跡に近いのよね」

「……何でミュートが外れてるんだ」

「勝手に聞いてきて勝手に納得したと思ったら一人の世界に入ったからじゃないんですか?」

「何で疑問形なんだ。他に誰が出来るんだよ」

「でも今回は百パー市郎が悪いですよね」

「否定はしない」

「謝罪は」

「その下りさっきやったろ」

「それじゃ早速降りますか」

「フル無視!?」


 上空で浮いたままのアナザーの中でのやりとりを一度締め、高度を落としていく。


 アナザーを隠しておくには丁度良さそうな森があったので、木々の間を通り、これまた丁度良さそうな池のほとりに腰を下ろした。


 ――そして、これから暫くして。


 正確には三日。


「お前らが、巨人の(しもべ)か?」


 ……この世界の勇者に出会うことになる。

 

 まあ、先ずはその三日間の話をしよう。この先の話はあまりしたくないからな。





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