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株式会社IT  作者: おじぎ猫
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FAW探検! ワクワク旅行記①

「――やっぱり、ロングだと思うんすよ! 垂れ落ちる姿もさることながら、風にたなびき、揺れた姿を隣で眺めて一目惚れしない人間は居ませんって!」

「ばっか! うなじと耳にかかるもみあげを同時に堪能可能なショートこそ至高! 運動後に努力の玉汗が煌めくあの光景、世の画家はこぞってモデルにするぞ! 風を頼るチラリズム等邪道よ!」

「そおれは言い過ぎっすねえ! というか、うなじを楽しみたいってんなら、ポニーテールなんてのもあるんすから! 分かります? あの一本に纏められた毛束の愛嬌が、可愛らしさが!」

「短髪とは元気の証であり、元気それすなわちわんぱく! わんぱくっ娘は遊びを真剣に頑張って楽しみ、その姿はこと()()()()において比類なき理想像だ!」

「イチロウさんの好みが運動部なだけじゃないですか! 俺も活発な方が好みっすけど!」

「だよな! 友達みたいな関係性がいっちゃん燃えるよな!」

「はい! で、(たま)に出る女々しい一面が心の奥を刺激してくるんすよね!」


 俺達は無言でアームレスリングのような握手を交わし、お互いの目を見つめ友情を確認する。空間を支配する破裂音と共に固くそれは握りしめられていた。


「……俺が間違っていた。セウと語り合わなければ、髪型なんて部分的で矮小な固定観念に囚われていたよ」

「俺もっす。人はパーツの集合体であっても、パーツの良否だけで人は判断出来ない。人生における命題の例解が分かりました」

 

「つまり……」


 俺が溜める。 

 

「つまりですね……」


 セウも溜める。

  

「「……スポーツ女子は最高だ!!」」 

「人前で変な友情築かないでください」


 膝の上から冷ややかな視線と共に素早いツッコミが突き刺さる。だが、俺はその程度で屈しない。


「ふふふ……、いくらでも言うがいいミシュよ。お前が幾ら何を並べ立てても我等の友情は千古不易(せんこふえき)! 簡単に崩せる城ではないわ!」

「立派なお城じゃなくて、世間知らずの王様に言ってんですよ。女子の前で性癖の論争始めたことに文句をつけてるんですよ」

「ふっふっふ……、――それはすまん」


 これは屈した訳ではない。非を認めているだけだ。ここで降ろされてしまったら途方に暮れるかしかないからな。

 西にあるイテウというらしい国に向かう道中、アイスブレイク(熱き闘い)で疲れ二人が休眠している時に、俺とセウは異文化交流として情報交換をしていた。価値観から死生観までありとあらゆる感覚の共有をした究極、性癖の話に差し掛かったタイミングでミシュが目を覚ましたのだ。


「私が起きた時点で中断しても良いんじゃないですか」

「ミシュさん、運動するのは嫌いなんすか?」

「そっちは別にどうだっていいですけど、最初にしてた話の大概は人前でするもんじゃないですよ」


 確かに、最初はスポーツ女子程ライトな癖ではなく、かなり深い層の癖で盛り上がっていた。因みに、セウは異端児という表現しか当てはまらない異端児で、俺は戦慄している。


「いや、だから論点をドギツいポイントから好きな髪型という女子でも参入しやすい好みに変えたんだが」

「あんな討論会に参入する程髪型に情熱を注いでないです」

「あんなとは何だ! 俺らの大切なイデオロギーだぞ!」

「そうだ! そうだ!」

「さっき間違っていたとか言っていたのにこれですか……というか、これ、やめてくれません?」


 ミシュは俺に真っ直ぐだが、困っているジト目で少し睨みを利かせる。


「やめるって、何を?」

「これですよ、これ」


 ミシュが急かすように指差したのは、ミシュの腰に回された俺の腕。


「……ああ、これか」

「何ですか? 私はぬいぐるみなんですか?」

「悪い、抱え込みやすいし、暖かくて心地いいんだよ」

「ぬいぐるみじゃなくて湯湯婆じゃないですか」

「何だって? 湯婆婆?」

「贅沢だねぇ。坊やの名前は今日から市だよ」

「俺は海へび星座(ヒドラ)の戦士か」

「ヒドラ? そんな強そうな奴が居るんすか?」


 聞いたことのないであろう名前にセウが反応する。説明してやろうと思ったが、ヒドラに海へび星座に聖闘士と、項目が少し多い。どう説明したものか。


「物語上の架空の人物ですよ。めっちゃ弱いです」 

「雑ぅ!」


 本当に雑すぎる。そんな一応は分かるだけの内容で理解出来る訳……。

「成程! 雑魚敵だったんすね!」「なんで分かるんだよ!」 

「いや、ヒドラのイチって、味方側の人間への名付けではないなって思って……」


 ……作品を知らない人にもキャラが伝わるようなネーミングに脱帽しつつ、それが自分の名前の一部であることに、靄がかかったようで、曖昧模糊の複雑な気持ちに駆られた。


「――安心してください、市郎。あなたが敵っぽい名前だからって、私は軽蔑はしませんよ」

「ミシュ……」

「煽りはしますけど」

「おい」


 と、ミシュを見ていた視界の端にある、もぞもぞと動く姿に俺は気付く。未だに眠っていた少女、アマが寝たまま動いていた。


「……」

 

 ただ寝返りをしているのではなく――座った状態で寝返りは出来ないだろうし――セウの体に自らを擦り付けている。マーキングのような動作だ。


 俺とミシュの視線に気付いたセウは、困ったように笑って手を広げる。


「ああと……姉さんって結構寝相悪いんすよ。時々こうやって猫みたいに丸くなるんです」

「丸くなってなくないか?」

「……うーと、多分……」セウが推測を述べようとする。……その時。


「……おにいちゃん……」


 ――取り繕われない不安と、どうしようもない羨望の入り交じった寝言が、誰の意図もなくセウの言葉と被った。その時だけ苦しい表情を浮かべていたが、

 セウはそれに確信を得たように続ける。


「……多分、ニトさんの事を思い出してるんすよ。久々に考えちゃって」

「……」


 ニト。アマと同じ村出身の冒険者であり、現在行方不明の人物だ。


「全く……共通点とか少しは話してくれても良かっただろ、あいつ」

 

 俺は誰に問いかけるまでもなく、純粋な愚痴を液中に溢す。

 あいつとはセイクレート王国の現国王カエズ・フリードレートのことであり、共通点とはカエズの姉、ユンクォ・フリードレートも同様に姿を消していることを指す。

 

 また、これは未確定の情報だが、二人は共に北の大地へ向かったんじゃないかと思われる。確信させる証拠は無いが、少なくとも、カエズはそう考えているようだ。


 俺が物思いに耽るのを止めると、セウは明らかに困っていることに気付く。起こそうか迷っているようだった。

 

「起こさなくて良いんじゃないか?」

「そうとは思うんすけど……、くっつかれると暑苦しいし、無理に苦しい夢を見させても仕方がないじゃないすか」

「……確かに」


 余りにも考えのない発言に自ら驚いてしまう。ミシュにはその様子が奇妙に映ったらしい。


「自分で言って自分で驚くって、どんな自業自得ですか」

「自給自足だ」

「市郎はホラー苦手なのに驚愕を自給するんですね」

「それはほら、怖いと驚きはちょっと違う感情じゃ……」「わっ」「ニャッ!?」


 突然の右耳距離感ゼロ爆撃。ソフィアの悪戯だ。

 事情を知っている(というか聞こえてる)ミシュは噴き出しかけ、聞こえていないセウは不思議そうに首を傾げる。


「……何すか今の」「忘れろ」「いや、唐突に……」「忘れろ」「今のは耳元で……」「解説するな!」


 俺は上がっていく体温に嫌気がさしながら、抑えきれない羞恥心に包まれる。しかも、俺がやられている間に、ミシュが警告を無視してセウに解説している。

 納得したらしいセウがこちらに薄い笑みを浮かべた。


「まあまあ、男には隠し事はあってなんぼって親父は言ってましたから。胸を張って生きるのがかっこいいっすよ」

「慰めようとしなくていいわ! 尚更恥ずかしいんだよ!」

「恥を塗り固めて人は生きていくんです。ビビりでもそれは立派なアイデンティティですよ」

「お前は傷口に塩を塗りたいだけだろ!」


 ビビり同士であるミシュには言われたくなかった。


「傷口に塩を塗る? そんな酷い事はしませんって。私は傷口を舐め回すだけです」

「女子に舐められるなんてご褒美じゃないすか。羨ましいっす」

「適当に誤魔化したのは悪かったから、追い討ちはやめてくれ!」


 これ以上も、つらつらと弄られるんだろうと覚悟を決めた時。


 ――プルルル。


 無機質な振動音を微かに感じる。


「――?」


 何か着信でも来たのだろうかと、震源であろう袋の中を漁ってみる。脇に置かれた袋にミシュを抱えたままでは覗き込めず、片手で漁る形になった。


「どうしたんですか?」


 ミシュは謎の振動に気付いていないらしい。どうやら膝上に居るミシュには伝わらなかったようだ。

「いや、振動を感じてな。通知でも来たのかと思って」「え、いや、何を……」「お、これか」


 ミシュが、俺が間抜けにも気付いていない、抜け切れていないNW(ノーマルワールド)の感覚に言及する前に、震源の正体を突き止める。物を肘や腕でどかしながら取り出すと、――それは球だった。


「……え」


 第一印象は驚愕だった。貰った物の中にこれがあれば誰でも驚いたり、訝しむものだろう。表面はまるで石のような灰色のカラーリングで、触ると滑らかでつるつるしている。何だこれは? 前衛的な()()()か? いや違うだろ。


 もっと観察してみると、それには模様がある。円形の黒、周囲に網のような凹凸。黒円の中心に向かい線が走っていた。これは……。


「………………目?」


 気付くと同時。まるで、メジャーリーグのスラッガーに打たれたかのように、石球は俺の右目に()()()()()()()。 


「――()っっっっっっっっっっ、ってえぇええぇぇぇええぇぇぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇ!!!!」


 ミシュが反応し、俺が右手で防ごうとしても間に合わず、潰れた。明らかに、八面玲瓏、間違いなく潰れた。ぐちゃりと嫌な音を立てながら、あっけなく惨く潰れた。有るものが無くなる喪失感とそれに伴う痛みが、視神経を通じてはっきり伝わる。残った瞳孔が開き、心臓が人生最大の速度で収縮と拡大を連続する。


「………………⁉」「…………!」


 痛みとショックで聴覚が機能していない。もっと正確に述べれば、混乱し過ぎて意識出来ていないんだ。――ああ、痛い。どうしようもなく痛い。語るまでもなく痛い。どうにか表現したくてもその思考を阻害され、ありふれた一般的な三文字に集約されていくぐらいには痛い。何か別のことを考えて少しでも緩和しないと。……駄目だ。痛みで考えられないんだった。


「………!…………!」「……!………………⁉」

 

 ――くそ、赤い。紅い朱いアカい。左の空は青いのに、右の空は赤い。漸く見えてきた視界が、文字通り色眼鏡を掛けたような恐怖の風景に様変わり。これならば、もっと緑と青で描かれた世界を堪能しておけば良かった。半分は変わらなくても、右目からは()()()()()()()()()()()()()()

 そこまで考えた時、パニックに陥っていた脳味噌が違和感に気付く。




「……景色が、見えてる?」


 俺は右目が潰れたと認識した。けれど、俺には赤く染まった空やコクピットが見えている。もしかして、と鼻の少し右上辺りを触ると、それはあった。

 右の目蓋の下に、元からあった様に固い球が収まっていた。

 

 はっきりと現れた事実は脳を急速に冷却し、痛みと思考の優先度が逆転する。


 落ち着き、思考できる様になると、並んで周りの状況も把握できる。


 理解できないながらも、心配を隠さない顔でこちらを見つめる三人が居た。言葉も音ではなく言語に聞こえる。三人居るのは、俺が騒いだせいでアマも起きてしまったからだろう。


「大丈夫!?」「何が起こったんすか!?」

「落ち着きましたか!? 怪我は!」

「……ああ、もう大丈夫だ。怪我したと思ったらしてなかった」

「何言ってるんですか! あんな球が目に飛び込んで……」


 ミシュは俺の右目に嵌まった球に気付く。急に宇宙に飛ばされたような、ショートした顔になったので、俺は右目に被る血を拭い、よく分からないが起こったことを説明することにする。拭う時に石球が本物の目のように軟らかくなっていたことを軽い痛みと共に知ったが。


「……えっと」


 ……痛いな。考えられるとはいえ、痛すぎて堪らない。


「……治癒魔法とかあるのか? セウ」

「え、……それはあるっすけど……肉体の限界を越える回復は出来ないっすよ」


 あくまで自然治癒の範囲ということか。だが、ならば問題ない。


「十分だ。俺に使ってくれ」

「は、はい?」


 言葉足らずの指示で疑問符は付随していたが、魔法は使ってくれた。『回復(フーレ)』と呼ばれる魔法のようだ。


 右の眼窩の荒れた肉が治っていく感覚。少しこそばゆいが、痛みはみるみるうちに収まる。寧ろ快適だと思えてきた。


「……それで、右目は大丈夫なの?」


 切り出したのはアマ。


「ああ、飛び込んできた石ころが代わりになってて、あんまり支障はない」

「「?」」


 ……我ながら、説明が突発的すぎた。ミシュに加えて二人も宇宙に飛び立ってしまっている。もっと順を踏んで説明……いや、しても意味不明には変わらない。


「ええとだな……」「はっはっは! はーはっはっは!」「どうぇ⁉︎」

 

 真後から高らかな笑い声。「どうしたんすか⁉︎」とセウが驚いているが、反応出来そうもない。

 

「愉快じゃ愉快! 悟ったような(おのこ)があまりにもちんぷんかんぷんで慄く様は至悦の極じゃのう!」


 この無駄に年老いた喋り方、近くで会ったのは一人、いや一柱のみ。


「あんたの仕業か、シンミン!」

「ご名答、なんて褒めてやりたいが、儂以外と間違えられても困る。及第点じゃ」


 トラブルの原因の癖をして、何とも上から目線で評価をしてくる。

 

「儂神様じゃぞ? 異世界の者にしたって敬意を持ち、地べたを這いずって請願すべきじゃろうて」

「ナチュラルに心読んでくるのやめろ! 堂々とするなよ!」

「もう慣れたじゃろ。それに、おぬしにペースを渡したらまた劇を始めるじゃないか」

「俺の人生はコントだぜ? 止められる訳ねえ!」

「命を司る立場からすると、もっと相応しい生き方があると教えてやりたくなるのう……」

「貴様に定められた道等歩まぬ! 我の道は常に一つ!」

「話聞いておらんよな?」

「ああ、都合の悪いことは聞き流した方が良いと親父に教えられた!」

「親の言うこと全てが正しいとは限らん」

「年の功バンザーイ!」

「会話は人と人が互いの言葉を聞くもんだと年寄りが教えてやる」

「なんだかんだと言われたら、抵抗するが……」「いい加減にせい!」「痛っ!」


 普通に怒られた。後方から拳骨を落とされ、頭蓋がひりひり痛む。何をするんだと振り返ろうとしたら。


「ぐあっ」

 頭を鷲掴みされ、強制的に首の回転を阻止される。ぐわっと広げられた手は、思ったよりも小さいと思った。


「一体何を……」「振り返らんでくれるか? 儂は心を許した相手にしか顔を見せたくないんじゃ」


 ……上から目線のシンミンが頼み事の形で言うのなら、本当に求めていることなんだろうな。

 

「……分かったよ。けどよ、拳骨はかなり痛かったんだが」

「自業自得、おぬしが悪い」

「短期間に二度も自業自得って言われたのは初めてだな。というか、神様に実体はあるのか」

「ん? ないぞ? 儂は正真正銘、概念のみの生命体じゃよ」

「え? ならさっき、俺をどうやって殴ったんだ?」

「脳に直接イメージを送って刺激を加えただけじゃよ。こうやって」


 後ろから首に腕が回される。人間の成熟した太さよりも細く、どちらかと言えば少女のそれに近い。


「面白いものじゃろ? 実際に居なくても居るかのように殴ることが出来るんじゃ」

「例が物騒なのは気になるが、要は脳内人間が増えたみたいな認識でいいのか?」

「まとめてほしくはないが、まあ、間違ってはおらん」


 ……いや、待てよ?

 

「触覚が脳内なら、この会話も脳内インスピレーションなのか?」

「そうじゃな」

「……だったら、俺今一人で空気と受け答えしてるやべえ奴じゃね?」

「安心せい。ちゃんと周りにも聞こえておるよ」


 あ、ならいいか。


「おぬしの口を借りておるからな。外から見れば一人で会話しているように映っておる」

「そっちの方がやべえ奴じゃねえか!」


 宇宙を漂っていた三人はいつの間にか大地に降り立っていた。幸いにも事情を掴んでいるようだったが(神様と会った話や経験が効いたのだろう)、それでも可哀想な奴を見る目でこちらを眺めていることには変わりない。


「あ、安心して? ほら、雨垂れ指隙を通るって言うじゃない? 私は一部始終、徹頭徹尾聞いてたから」


 ソフィアがなんとも言いずらそうにフォローしてくれるが。

 

「あんま慣用句の意味が分からんし、今のフォローは傷口抉るだけなんだよなあ」

「ご、ごめんなさい……」

「別に謝ることはないんだけど……」

「大丈夫じゃよイチロウ。印象がちょっと変な人に寄るだけなんじゃから」

「煽ってるよな?」

「当然。やり返しじゃ」

「くそぉ……」


 神様は神様であって、適当に喧嘩を売るものではない事を思い知った。取り戻せる尊厳は既に無い事を察し、もっと有意義なことを聞いてみることにする。


「……で、何の用だよ、シンミン」

「ほう? 用とな?」

「誤魔化す理由なんざねえだろうが。お前がただ俺にちょっかい掛ける為に来た、――来たでいいのか? まあいい。来た訳じゃねえのは分かってる。大方、この右目石関係だろ?」

「もっとセンスのある命名をしてくれると嬉しいのじゃが……まあ、FAW(ファンタジーワールド)なんて安直なワードセンスの持ち主に期待しても仕方はないか」

「俺じゃねえ!」

「そうよ! 私の渾身の命名を馬鹿にしないで!」


 ソフィアがちゃんと怒った。AIにも誇りとかあることに内心驚く。心の奥がスケスケの今じゃ『内心』は表現以外の何物でもないが。


「ネーミングセンスは俺の過失じゃ……」「過失じゃないの!」「分かったってソフィア、話進まない。気持ちは分かるが勘弁してくれ。――ネーミングセンスは別として、俺の右目と痛みと引き換えにぶち込まれたんだ。ご利益とかあるんだろうな?」

「ご利益程神様らしいメリットはないが、実用的なメリットはあるぞ」


 首に回されていた腕の内、右手を外し、俺の右目を覆う。


「これは目を(かたど)った石には違いないんじゃが、ちょっと特殊なものでな。ある場所に仕舞われていたものなんじゃ」

「なんだ、国宝だったりするのか?」

「国宝なんて大したものではないが、(みな)の信仰対象であったな」

「信仰対象? お前ぐらい?」

「儂くらい、というか儂じゃな」


 …………。


「えっじゃあこれお前の目? グロッ」

「儂は概念じゃし、それは象った石だと言っておろうが!」

「あ、そういえばそうか」


 本気で想像して気持ち悪くなっていた。潔癖症でなくても、勝手に他人の目が自分の眼窩に収まるのは寒気がする。

 

「全く……、右目石は教会の像から抜き取ったものじゃよ。カエズにやらせた」


 何か凄いこと言ってません? とセウが驚き、まあ、あのシンミン様だからなあ、とご対面済みのアマは諦観する。

 

「明らかに神聖な代物なんだな。こうやって見えるのもありがたいお力ってやつか」

「儂は命を司っている。生命力を分配することなぞ容易いことよ。その目の本質は違うわい」

「なら実際問題、その本質とやらは何なんだ?」

「……ふっふっふ、気になって仕方がないのじゃな? 仕方がない仕方がない。無知を知る賢明な者程、知不(しらず)を知識に変えたくて堪らん欲望を持つもの。是人の(まこと)よな。よって儂が、儂の名をもって、偉大で畏敬なる神として享受してやろう」


 神様らしい台詞を並べても、勝手に厄介事を持ってきて勝手に焦らし始めたのはそっちだ。さっさと話してほしい。


「なんじゃ、ノリ悪いのう」

「周りの視線も含めて疲れてきてるんだ。教会の時程テンション上げらんねえよ」

「まあ、おぬしは碌に休んでおらんし、仕方がないか。ならば教えよう!」


 顔は見えないが、大胆にふんぞり返っているのは分かる。やけに若い声色のせいで、成人を待ち侘びるあどけない子供の様なギャップを持っていた。


「――おぬしの目、それは儂を模った像の右目! それはつまり、儂の視界を共有するに値するものじゃ!」

「……それは何か凄いのか?」

「儂の視界が見えるということは、須らく命を持つ者全ての過去から未来に渡る流れが見えるということ。まあ言っちゃえば、全能視じゃ」

「まじで⁉」


 おいおい、異世界転生、転移ものにはチートスキルの付随がデフォルトであったりするのが最早常識になりつつあるものだが(勿論例外あり)、ついに俺にもチー付与のご加護が来たか。それならば、ネーミングはしっかりしなければいかんな。神の右目……ゴットアイ……。――ダサいな。


「ただ、紛い物であることには間違いないし、あくまでおぬしは人の身じゃから、具体的に、更に全ての未来が見えないのはご容赦じゃ」

「はっは、許容範囲だぜ、そんなもん。どうせ後から強化されて本来の力が開放されるか、めっちゃ応用をして実質何でも出来るようになるんだからよ。細かいスペックは?」

「儂の右目を便利道具みたいに捉えておらんか?」

「いやいや、神器なんて触ったことないからな。具体的に性能を知っておきたいだけだ」

「それならいいが……」


 納得してくれたようだ。さあさあ、俺のチートスキルは?


「おぬしが出来るのは……そうさな。生命の危機察知じゃろうな」

「生命の危機察知?」

「そう。命が歩む未来の内、その生命が脅かされる瞬間を曖昧に掴むことを可能にするのがその右目じゃ」

「説明を婉曲させないでくれ。いまいち理解できない」

「そう簡単に言うな。儂の見えている視界の内、人間の理解できる範疇を探っているんじゃ。ちょっち待っておれ。――えーと……」


 小さく唸って考え込むと、絞り出すように言葉を紡ぐ。姿は見えないが、やはりそれは声と同様に子供らしいのだろう。


「……恐らく、生命に危険が迫っている場所を見る時に、おぬしの色覚が異常をきたすようになるとは思うんじゃが……」

「……考えた割には抽象的だな。要は、危険な場所は通常と違って見えるんだろ。赤くなったりとかで」

「おお、それじゃ! 説明が楽で助かるわい!」


 確かに他人より察しが良いとは自覚しているが、当てにはして欲しくはない。肝心な時程こいつは作用しない、とんだ欠陥品だ。


「その……危機察知(リスクドッジング)はいつでも発動してるのか?」

「りすくどっじんぐ?」

「この目の能力だよ。名前が無いのもなんか、締まらないだろ?」

「リスクドッジングって、大分シンプルな名付けね。人の事、あんだけ安直ってイジった癖に」


 ソフィアが恨み言のように、怨念をぶつけるかの如く、そのまんま怨み言をぶつけてくる。


「仕方ないだろ、能力名は分かりやすい方が丁度いい。『未知行く者よ何を見る(ヴィジョーナリー)』とか名付けても無駄に言いづらいだけだ」

「……全然、私はそっちでも良いと思うんだけど」

「馬鹿、能力名が無骨だからこそ、右目自体の痛々しい名前がカッコよく見えるんだよ」

「右目自体の名前が決まっておらんのにか?」

「今は中二病の魂が疼かないからな。命名は思いついたらにする」

「ちゅうに……もう! 知らん言葉を大量に使うな! 分かりづらい!」

「異世界出身なんだ。許してくれ」


 というか、質問に答えてもらっていないことを思い出し、再び問い直す。シンミンは首根っこを掴まれたように急に話す。


「ああ、それはおぬし自身が知らず知らずに、深層心理で管理する事柄じゃな。大体おぬしが生き物だと認識したもの全てに関する危険は予測出来るようにはなっている筈じゃ」

効果範囲(レンジ)じゃなくて常時発動(パッシブ)かどうか聞いたんだが……まあ、その感じだと後方もイエスなんだろうな。おっけ、分かった」

「ん、そうか? なら良いんじゃが……」


 半分はこっちで納得したせいでシンミンは釈然としていない。ここまではっきり脳内で思考しなければ、心が読まれていないことは地味に重要だろう(俺のプライバシーの観点におき)。


「……あ、そうだ。一つ聞いても良いか?」

「何じゃ? 教えても良い範囲ならいくらでも享受するぞ?」

「なら、お前以外の神様ってどんな奴なんだ?」


 ミシュが見つけた神話の通りなら、シンミンの他にも居るという五柱の神。伝承上での容姿やらなんやらは図書館で知っているが、神様の事は神様が一番馴染み深いだろうということで聞いてみた。

 

彼奴(きゃつ)らのことか……」

「仲悪いのか?」

「いや、そういう訳じゃないがのう……何せ、直接的会話をしたのは千年ぐらい前。今の彼奴らと同じ印象かどうかは分からんぞ?」

「構わない」

「そうさなあ……ヘネの事だけでも教えておくかの」

「ヘネ……エヘネメキか」

「ああ。ヘネは兎に角、姉御肌な女じゃな。頼られることを生業とし、いや、それは儂や他のも一緒ではあるが、ヘネは特に誰かの為に力を使うことを喜んでやれる奴じゃ。この点において、儂らの中でも特に神様に向いている性格なんじゃろうな」


 シンミンは懐古し、記憶特有の寂れた感覚に追われながら、ジャーキーが噛み切れないように口ごもってしまった。そう思った気がした。


「だが、奴が司るは炎。儂とは違って文明が発達した今では直接支援することは難しいじゃろうて。手助けすることに飢えているかもしれんな」

「エヘネメキが俺らを助けてくれるかもしれないってことか」

「断言は出来ぬが、おぬしのような、この世界の者でなく、且つ神が干渉できる目を持っているような人間がおれば、接触はしてくるじゃろう」

「それって、今みたいな感じに脳内に聞こえてくるのか?」

「うむ」

「脳内住人がどんどん増えていく……」


 しかも、五人は確定している。


「いや、儂らは入れ替わり式じゃから、頭の中に居るのは合計で二人じゃ」

「ん、そりゃどういうことだ」


 もしかして、六柱の神は実は一柱で、解離性同一性障害、多重人格であるとか?


「違う。儂らは儂らじゃ。儂ら神は自らが司るものと一定のエリア内の物体にしか干渉出来ないよう約束している。神の監視を分担することで今の世界を保っているからな。じゃから、おぬしらが向かっている地方、西の地方で儂は命に影響を与えられても、こんな風に、神聖な物だからと直接会話は不可能になるんじゃ」

「成程。……なら、もう少しでお前とのトークが終わっちゃうじゃないか」

「儂との別れを惜しむ必要はない。どうせ中央に寄ればまた繋がるからのう」

「いや、便利なガイドが居なくなると思ったら少し困るなー、と」

「儂神様じゃぞ⁉︎ ちょっとした小道具みたいに扱うんじゃ……」ブチッ。「あ、切れた」

「……」

 

 どうやら電波が届かなくなったようで、シンミンの声は囁きすら聞こえなくなった。電波じゃなくて神波かもしれないが、まあツッコむ奴が居ない今はどうでも良いだろう。


「神様との会話は終わりましたか?」

「首尾よく、完璧にな」

「そうは聞こえなかったんだけど」


 俺とシンミンの会話を邪魔しないようあまり喋っていなかった三人が堰を切ったように話し始める。セウは散らばった情報をまとめるのに疲れているようだ。


「まあまあ、俺が頼りになる存在になったってだけでも大きい収穫だろ」

「頼りになる? 本当にそう思っているんですか?」

「そりゃ当然。未来予測は能力バトルものでも上位に位置するスキル。これさえありゃ俺も戦える筈だ」

「なら、()()は見えますか」

「は?」


 これって、何処のどのこれの話だ? 一体どれの……。

 

「……ん?」


 前が見えない。痛みはないが、右の一部が窪んだように暗く見えない。いや、正確には俺の視界を覆うことが出来ない、華奢な拳が右の前に突き上げられているのだった。


「……いつの間に?」

「やっぱり、気付けないですよね」


 一応、イカサマか何か仕掛けていないかアマに目配せで確認すると、あちゃ~、と手遅れだとしか分からないハンドジェスチャーで返される。視線を前に戻すと、ミシュが突き上げた方の拳でデコピンをかましてきた。


「痛っ、何すんだ!」


 怒る俺と対照に、冷静なミシュが俺の見落としを指摘する。

 

「危険を予測出来たとして、攻撃を避けたり、見切る動体視力と身体能力がなければ理論バカの知識人と一緒ですよ」

「……体が追い付かなきゃ、宝の持ち腐れだって事か」

「サポートで考えればもう十分でしょうけどね。どれくらい先行して覗けるかは未知数ですけど、教えてもらえれば私達が対処出来ますし」

「ぐ……くそお、こんなことなら筋トレでもしておけば良かった……」 

「今からでも遅くはないと思うよ。――実践レベルになるかは保証出来ないけど……。まあ、最低限、筋力増強はしておいた方が使い勝手は良くなるんじゃないかな」


 インストラクターでもない、自分よりも小柄な少女にアドバイスされるのは何とも気分が悪い。この中で一番ガタイは良いんだがなあ。世界の出身が違うだけでこうも差があるものか。

 

「……これも世界出身の差、みたいなものなんすかね」


 セウが反芻し終えた様で、(かなり疲弊してはいたが)ようやっと会話にログインする。それも偶然か、同じことを考えていたらしい。

 

「そうだと思うぜ。やっぱし、二人やミシュとは世界が違うからな。そこに影響されてるんだよ」

「ちょっとズレているような気がしますけど」

「ズレてる? ズレてるって、ミシュ、一体何処から何処にズレてんだよ」

「生まれた世界が関係しているか、その点には同意します。けれど、人間としてのスペックは、どっちかと言えば生まれた環境に起因するものだと思います」

「生まれた世界よりも環境……って、つまりどういうこと?」


 頭上に疑問符が浮かぶアマ。セウもはっきりと違いが掴めていないらしく、顔を顰める。


「つまりですね。――市郎」

「何だ? 言っとくが、俺もよく分かってないからな」

「人を殺したことはありますか?」

「ねえよ⁉」


 寝耳に水、どころか灯油を掛けられた気分だ。急所が縮む。

 

「ですよね。知り合いの中には?」

「想像したくもないが、俺の記憶の内には存在しないぞ」

「決闘はしたことあります?」

「俺の生きる現代じゃ時代錯誤の概念だ。勿論したことはない。鉄球も持っていないし」

「巨大な熊、猿に襲われたりすることが日常だったりは?」

「俺はグラップラーじゃない。というか、事実なら、俺は地上最強の息子よりもっとヘビーな日常を過ごしてることになるだろ」

「ニュータイプ? それかコーディネイター?」

「どちらかと言われればオールドタイプかナチュラルだが、どうにしろ宇宙進出なんてしてない」

「――つまり、戦いが日常の中に駐在している訳じゃない、そうですね?」

「まあ、仲良くはないな」「はいそれぇ!」「なあ!? 何だよ急に!?」

「世界ってよりは、そこが圧倒的に違うって話でしょ。つまりは」


 割って入るはアマ。ミシュの趣意が彼女には分かっているらしかった。さっきまで俺と同じポジションだったのに、もう先輩面していやがる。


「世界みたいな根本的な概念じゃなく、もっと身近でドメスティックな関係、環境の方が重要だって話でしょ? ミシュ」

「アマ姉さんは流石ですね。あまりにも完璧すぎる説明で私の立つ瀬がありません」

「二人で勝手に終わらせるなよ? 俺まだ分かってないんだけど」

「え、あれ程非の打ち所がない、十全十美のセンテンスをもって尚理解出来ないと?」

「アマには悪いが俺にとっては九分九厘の説明だったんだよ。確かに、理解出来ないのはこっちに非があるかもしんないが、もっと噛んで含めるように説明してくれ」

「しょおがないですねえ。私がしっかり補足してあげますよ」


 アマではなくミシュに煽られているのが気に食わないが、めんどくさいので言及はやめておいた。


「世界が原因と大きく括らず、ただ周囲の影響を受けた結果が格差を生んでいるんですよ。市郎は戦を経験したことはないですが、NWで市郎の居ない位置や過去に戦はあったでしょう?」

「……成程、納得した。俺は生物らしく環境適応をしてきた訳だ」

「おお、姉さんの解説で理解しきれていなかったから無理だと思っていましたが、まさか今ので理解できるとは。人の成長は侮れないものです」

「てめえ煽ってんな?」

「ええ、生きがいですから」

「清々しい笑顔で言うな!」


 ますます輝くミシュ笑顔に暗くなる俺の顰めっ面。重要性のかけらもない論争が始まりそうな緊張状態を破ったのはセウだった。


「……でも、その考え方って結構受動的っすよね。環境適応、生物らしくと言えば聞こえはいいっすけど」


 拾うのはアマ。


「ん? それって、まるで受動的だと都合が悪いみたいな言い方だね。受け手だと何かあるの?」

「いやさ姉さん、俺らは俺らの意識を、思考を、言動を持って生きていると考えているじゃないか。当然、俺らはそれを揺るがない正真正銘の事実として捉えている」

「右足と左足を交互に出すのも、俺自身が歩こうと思っているから、みたいなことか?」

「……まあ、そう、っすかね」


 若干の苦笑い。どうやら違ったみたいだ。気を遣わない奴らと交流しすぎて、こういう反応には申し訳なさを感じる。


「こう、事実というよりは、意思とか心の問題っすよ。どうにか試行錯誤して、俺は自立して生きていると思っているのに、それが環境、周りに押されているだけなんだって考えるのは、何とも、努力に意味がないような感じがしないっすか」

「……まあ、確かに思わなくもないか」

「そう? そこまで悲観して捉えるものでもないと思うけどな」

「悲観じゃないよ姉さん。建設的に考えるとそうなるという話さ」

「まあまあ、物事の側面は一つではないでしょうし、文字の次元だけで捉えるとなんとも言い難い論争にしかなりませんよ。それに……」


 ミシュがアナザーの進行方向に目を向ける。その他合計六つの目も倣って前方を見下ろす。


「どうやら、目的地に着いたみたいですよ」


 短い草の並ぶ平原だった王国周辺と打って変わって、岩肌が露出し、奥の山からは橙と赤のグラデーションに溶岩が流れている。とてもじゃないが、俺の常識では生物の住処ではなかった。


「……おいおい、ステージ何個か吹っ飛ばしてんじゃねえかよ。八と九だろ、こういう、マグマステージは」

「人生は一本道を進むゲームじゃないですから。当然、難易度がバラバラでもクレームはなしですからね?」

「安心しろ。出来てたら、お前と会った時にしてる」






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