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株式会社IT  作者: おじぎ猫
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第三話 『北』④

 瞬間。天を貫き、大地を揺らす怒声が僕らを(すく)ませる。精神的ショックで耳を塞ぐのが遅れた僕は頭痛と耳鳴りに襲われ、皆も耳を塞いでいるのがやっとの様子だった。


 無理矢理現実に引き戻され、僕の身体は(ようや)く動き始める。すると、周囲で守ってくれていた団員が気が付き、耳を塞ぎながら駆け寄ってくる。五人以外は木陰などに避難していたようだ。 


 咆哮の途切れ際、幾つかの地点、空中に魔素が集約していく。円を描き、四角を描き、文字らしき記号を描く。出来上がったのは、紫色に光る魔方陣だった。


 数を数えると五つ浮かんでおり、魔方陣が向いているのは攻撃を仕掛けていた五人。嫌な冷たさが背中を走る。


「――避けろぉ!」


 ユンクォさんの腹底からの警告と同時、魔方陣から数十の石礫(いしつぶて)が雨のように降り注ぐ。


 キスリさんは『水流』で礫の進路をずらし、クアリは『隆起』による防壁での防御で凌ぐ。ユンクォさん、ケルイさん、ドキウさんは、多少の被弾はあれど軽傷で回避した。こうして不意の攻撃に対する反応は成功する。対応が一瞬遅れたミアを除いて。


「……ァ」


 右肩を、腹を、左足を、右目を、左の脇腹を。体の至る所に裂傷と貫通痕が増えていく。


「……! …………、……!!」

 

 喉が潰されて言葉にならない叫びは、肉体を切り裂き貫かれる痛みを発散しようと暴れ、霧散する。心臓の位置に礫か刺さる頃には残った肉の方が少なくなり、肉塊は小さく横たわって息絶えた。


「――っ、くそ!」


 ケルイさんは結局救えなかった命を前に苦悶の表情を隠せない。


「ケルイ! 焦るんじゃ……」「分かってる!」

「……大丈夫だ、ドキウ。……大丈夫です」


 ドキウさんの心配を振り払って叫ぶ彼の目が、まだ冷静さを保っていることに僕は気が付いた。覚悟はしていたのだろう。


「ならいい! それより、今の魔法の使い手を……」


 途中まで話していたドキウさんが何かに気付く。彼の見上げた先に、未だ魔方陣が展開されたままだった。だが、五つではない。六、七、八と数を増やしていく。


「物陰に隠れて下さい!」


 クアリが『隆起』で更に厚い防壁を建てながら声を荒げる。ケルイさんとユンクォさんはクアリの防壁へ、キスリさんとドキウさんは近くの樹木の裏に回る。間もなく魔法陣が輝きだし、再び石の雨が降り出す。さっきよりも遥かに増えた物量、大きさとなった礫は触れた部分全てを削り抉る。僕と共に隠れていた『北洋道』団員が焦り始めた。


「まずいです! あんなもの何度もぶち込まれたら辺り一辺が更地になりますよ!」

「どうすれば……」


 こうしている間にも僕らの隠れている樹木は削られ、幅が狭くなっている。


 ――考えろ。突破口はある筈だ。熊は動けない為、脅威としては一旦除去出来る。問題はどうやってこの魔法を止めるかだ。


 効果的なのは術者の魔法使いを叩くこと。展開されている魔法陣はここから見える範囲でも十三あり、今も拳サイズの細石を生成し続けていることから魔法系統は地、展開された数から複数人が仕掛けていると考えられる。なら、『海坊主』の何人かが容疑者に挙げられるが、地魔法を扱えるドワーフは数人どころか一人も見かけていない。外部者の犯行? いや、ここで奇襲を仕掛ける意味が分からない。あのタイミングでの魔法は熊の首輪への攻撃、巨熊への危害を邪魔する目的があったと考えられる。何故邪魔をしたのか?


「……自衛のため?」


 数珠繋ぎのように突如浮かび上がった答えに僕は強く噛み締める。そこから、ありったけの声で叫んだ。


「奴はただの熊じゃない! 魔法を使う魔物です!」


 樹木で防ぎきれなかった小石が左腕を掠る。だが、石礫はこれを最後に降ってこなかった。どうやらインターバルがあるようで、魔法陣は展開されたままでうんともすんとも言わない。僕は走ってクアリの防壁へと駆け込む。同じ事を考えていた様で、キスリさんとユンクォさんも防壁の裏に居た。魔法陣が光りだし、石の雨は再び猛威を振るう。


「ニト、大丈夫?」


 クアリは参っていた僕の心配をしているらしい。僕視点では、あれを見て参っていないクアリの方が心配ではある。


「もう大丈夫。それよりも、あれの対処をしなくちゃならない」

「ニト、あの熊が魔物だってのはマジかよ?」

「考えていくと、その方が納得がいくんです」

「石礫の魔法をどうにかするには、あのデカ熊を倒すのが手っ取り早いってことね」

「しかし、どうするんです? クアリさんの壁で防げても……」


 小さなクレーターは数を増していき、森は元の姿を失っていく。


「攻めに出てしまったら、最悪、ミアの二の舞に……」

「一応のインターバルも出来て一行動しかないわ。もし熊に致命傷を与えられても、相打ちになってしまう可能性が高い」

「一体どうすれば……きゃっ⁉」

「何だ⁉」


 急に大きな物音が響く。視線を向けると、石礫によって根本を折られた木がだんだんと倒れ、また別の木に寄りかかっていた。幸い人は隠れていなかったが、他の木も限界は近い。


「やべえな、このペースじゃ『海坊主』の奴らを抱えての撤退が間に合わねえ。『海坊主』が犠牲になるか巻き込まれるかになっちまう」

「……ユンクォさん」

「どうした、クアリ」

「ブルビースなんですよね? 私達は知らなかったですけど」

「……それは悪かったと思っている」

「今は良いんですよ。ただ、ブルビースなら()()が使えるんじゃないかと思って」

「あれ?」


 僕はブルビースについてあまり詳しくない為分からないが、ブルビース特有の魔術でもあるのか。当のユンクォさんは明らかに困っている。珍しい表情なのでまじまじと見つめてしまった。


「奥義を使うのは構わないが、死に際の抵抗が少し怖いな」

「私がフォローします」

「……分かった。次のインターバルに動こう」

「えっと……悪いけど、何をするつもりかは共有してくれる?」


 勝手に話を進める二人にキスリさんが割り入る。

 

「ああ、すみません。ブルビースの奥義を使えば行けるんじゃないかと思って」

「その奥義? ってのがあまり分からないんだけど……」

「聞いたことありませんか。ブルビース特有の技で、生物としての本能を……」「キスリ、すまない。クアリ、もうすぐインターバルが来るから準備を」

「え、ちょ」


 無茶して欲しくないのであろうキスリさんの制止は届かず、二人は防壁の端へと寄る。適当に追って二人の策を妨害することになってはいけないので、単純に追駆をすることはいけない。命を投げ棄てるような行為かもしれなくても、このまま待っていれば全ての命が落ちる可能性がある。


 何より、僕には二人の行動が、僕への仕返しのように思えてならなかった。


 巨熊は近付いてくるユンクォさんに対し威嚇の目を向ける。だが、四つ足全てが動かせず、魔法もリキャストに入った今の奴に対処法は無い。精々、吼えて聴覚へのダメージを狙う位だろう。


 ユンクォさんは最小限の立ち回りで、軽い身のこなしを見せ、前足を足場にしながら熊の背へと登る。確かに、自分の背に居る敵を無差別に飛来する魔法で攻撃することは本能的に忌避する筈だ。彼女は両の手を握り込み祈る様な姿勢をとり、静かに言葉を紡ぐ。


「……我等の始祖にして命を司る神よ、我が魂に秘められし神の御姿、爪牙を、心血を、世界観をもって我に顕現し、芽生と共に寔とせよ……『神契(かみちぎり)』」


 詠唱の終了と同時、ユンクォさんに異変が起こる。

 ……いや、あれは異なる変化などではなく、正しい回帰だ。しかして成長するように爪が黒く長く鋭くなり、刃物のような犬歯は上下が交差し噛み合う。充血し、横に潰された瞳孔は獲物を見据え、吐き出した白い息、金色が冷たく光る月の白に塗られた髪は彼女を獣よりも獣たらしめていた。


 人間性が薄くなり、野生味の増した姿で、――その爪を熊の首に突き立てた。空を切るようにするりと入った凶器は肉を乱暴に引き裂き、溢れる朱で爪や顔を彩る。熊は苦痛に悶絶し、涎を撒き散らしながら胴体を揺らした。ユンクォさんを落とそうとしての行動だろうが、爪が深く刺さった状態では徒に出血を増やすこととなっている。


 と、いきなりの轟音。魔法のリキャストが終わったようで、石礫が再び降り始めてしまった。

 が、欠片一つさえユンクォさんに飛来する様子はない。耐久の限界を迎えたことによる倒木や石の貫通で死傷者が出始める中、彼女は爪を更にスライドさせていく。


 苦痛の叫びが全ての耳に(つんざ)き、苦痛を与える雨が全てを破壊していく。音が頼りにならなくなった頃、熊の首には両端まで続く裂傷が完成。丸太よりも太い首の上半分は分離していたが、熊は規格外の生命力で立っていた。


 そこで、ユンクォさんは傷をこじ開けて侵入。どうやら完全な首の切断を考えたらしい。内部から爪が突出しては、裂傷を拡大させていく。クアリが防壁の補強の為に詠唱し、完了するまでには、熊の首は文字通り

 皮一枚だけで繋がっていた。


 全身が血濡れ、ぐちゃぐちゃになった肉に紛れて見辛いユンクォさんが、人差し指で空気をなぞる。結果、視線の先にあった千切れかけの皮は抵抗なく離れ、熊の首は重力に従って落下した。幾重にも発動していた魔法陣が維持できなくなり、役目を終えた魔力が煌々と輝いて空に舞う。生々しい断面を晒した首が地面に転がり、漸く、戦いが終わった……そう判断した時だった。


「――ちっ」

 

 消えた筈の魔法陣が熊の胴体を囲むようにして再出現。上下左右前後、球体状に隙間なく展開された。それは巨熊が死に際に残した檻であり、処刑道具だった。

 魔力察知に優れ、予め準備をしていたクアリが誰より速く行動する。


「『隆起』!」


 彼女の魔法で隆起した地面が何本もの四角柱を成し、複雑に入り組むことでユンクォさんを取り囲む。辛うじて防壁が出来た頃、直ぐに魔法陣が邪悪な色に染まった。散らばって落とされていた石礫が一点に向かって集中、僕らを襲ったそれと比にならない威力がユンクォさんに向けられる。


 僕は実際に喰らわずに見ているだけなのだが、それでも冷や汗と羽根で撫でられるようなこそばゆい刺激が全身を隈なく襲う。


 肉が、防壁が、地面が。抉れ、削られ、壊される。磨り潰された肉と土とが積み重なり、吐き気を催す風景が形成されていく。あの中心に人が居ることが信じられなかった。信じたくなかった。


「『隆起』、『隆起』、『隆起』……」


 クアリは破壊された防壁を再詠唱し補強、再詠唱し補強を繰り返す。そうでなければ最悪の未来が見える。


 外側の僕らも、流れ弾による被害に注意し油断できない。僕は万が一の為にクアリの横につく。

 ただ、僕達のいる防壁はボロボロではあるものの、流れ弾で全壊する程(やわ)な強度ではないので、流れ弾に関しては杞憂かもしれない。


 ……駄目だ。空回りすることを考えてばかりで、世話かけてばっかで、多少強くなっただけで何も助けてやれない。手伝ってもらってばかりじゃないか。

 思えば、僕はこの冒険中にも理に適わない行動をすることが多かった。本当に北へ向かうだけなら、もっと直接繋がるルートはあったんじゃないだろうか。

 ユンクォさんと出会い、キスリさん達と出会い、こんな事をせずとも、遠回りするような道を通る必要はなかったんじゃないだろうか。本当にその意思があったなら、クアリがついてくることをちゃんと拒絶出来たんじゃないのか。

 ――僕は、得体も知れないそれに恐れているだけじゃないのか? 冒険者を名乗っておきながら、背中を追ってきてくれる二人よりも。


「――ニト! そっち飛んでくるぞ!」

「!」


 ドキウさんの叫びで暗中に沈んだ心が復帰、咄嗟に石礫を捕捉しファルシオンの面で受けるように弾いた。二撃目を警戒しながらクアリに怪我をしていないか確認。詠唱に集中する少女の体に外傷はみられない。視覚も用いて警戒に全力を注ぐ。

 

 ……だが、警戒するまでもなく、次はやってこなかった。

 当然と言えば当然だが、本体が絶命している以上、魔法陣は長い間は維持されずに散開する。奴の置き土産はあっさりと底をついたのだった。


 前線に居る僕達、木の影で負傷した腕を庇ったりしている男達、全員が短時間に起こった事実を処理しきれず、激しい運動量による大きな息遣いのみが暫し流れる。


「――依頼達成」


 キスリさんがそう呟くと同時、深い夜にむさくるしい歓声が響く。しかし最善の結果ではない為、一部死傷者を偲び静かに佇む者――ケルイさん等――も居る。僕は緊張で吊り上げていた糸が切れ、弱々しくへたり込む。横に居たクアリも同様。僕はもう一人を想像し、熊の亡骸へと目を向ける。

 

 自業自得で破壊された熊の胴体は原型を留めておらず、骨すら砕けて舞っていた。悲劇の舞台に咲く花、組み合って交差していた細い土壁が崩れていき、中から獣のような風貌をしたユンクォさんが現れる。一時はどうなる事かと肝を冷やしたが、どうにか生存しているようだ。


 彼女は階段を降りるように高所から降りると、身体の先端から脱色するように姿を戻していく。充血した目も飾り硝子のような美しさを取り戻し、いつもの頼もしい姿があった。

 

「……ニト」

「お疲れ様です、キルニさん、それにクアリも……っと」


 ユンクォさんが僕にだらりともたれかかる。あの術でかなり体力を持っていかれたようで、彼女の重みを全身で受け止める形になった。


「悪い、少し、眠たくなってきた……」

「頑張ってましたし、仕方がないでしょう。次に起きたら、色々話を聞かせてもらいますね」

「ああ……」


 欠伸をしながら僕の首に腕を回し、頬をすり合わせながら目蓋を閉じる。生命の暖かさというのを布越しに感じ、こちらまで睡魔に襲われそうだ。僕は彼女の上半身を少しずつずらし、頭を腿の上に移して膝枕をする形に変える。


「……クアリ」

「ん? 何?」

「ありがとう」

「いきなりだね。何もニトに感謝されるようなことをした覚えはないんだけどな」


 クアリは赤らめた頬を搔きながら照れ笑いする。さっきまでの真面目な顔と打って変わって女の子らしい仕草だと思った。

 

「最後は、二人の行動が無かったらもっと酷い結果になっていたかもしれない。だから……感謝すべきだって思って」

「ほとんどユンクォさんがやったけど」

「発想はクアリだろ。それに、ユンクォさんの命も守ったじゃないか」

「……やっぱり、ユンクォさんが大事?」


 少女はやけに、重要だと主張するように問いかけてくる。僕は少々訝しんだ。

 

「やっぱりって……まあ、そりゃ大事だよ」

「大事かあ……それって、キスリさんとかも?」

「うん。彼女には随分世話になってるしな。というか……」


 僕は素直に、心の奥からの言葉を()()()

 

「――クアリのことも大切だよ」

 

「……そっか。――そうだよね。君はそういう人だもんね」

「?」


 独り言だったのか声が小さく、「そっか」の後がうまく聞き取れなかった。

 

「――なんでもないよ。というか、私、大切なんだ? 大切なんだね?」

「なんだよ。そうだって言ったじゃないか」

「なら、私も連れて行ってくれるよね?」

「……それとこれとは話が違うだろ」


 つい否定的な意見が口をついて出てしまった。ユンクォさんにもされた提案で、彼女の方にも最初は否定した。最終的な答えは保留しているが、話すことは決まっている。だが、今目の前に居るのはユンクォさんではなくクアリ。彼女の思いも聞く必要があると感じた。


「違くない。大切だって思いは一方的じゃないんだから。大切な人を守りたいのは人間として当たり前に抱く感情だよ」

「……つまり、クアリは僕が大切だと?」

「直接表現すると恥ずかしいんだけどね……そうだよ。私はニトのことが大切だって思ってる」


 ユンクォさんにも言われたでしょ? と確認するような眼差しを向けられる。僕は確かに似たような話はあったと答えた。


「流石にそれは分かったんだね」

「ん、『流石に』って、どういう受け答えなんだそれは」

「え、あ、いや、ユンクォさんって偶に分かりづらい言葉遣いというか、トークスキルみたいな? あるじゃん? こういう類いの、会話? ってこう、抵抗があってなんやかんやで……」「分かった分かった。僕が悪かった」


 まるでとある事情を隠そうとしたり、その際中で告白と言うのを恥ずかしがったような言い回しだったが、話が進まなそうだったので強制的に切った。


「まとめると、大切だから一生一緒に居たい。クアリはそれを望んでいるんだろ」

「そう! 私は君の横で笑っている君の顔が見たい。それも、私の言っていることで」

「我儘な言い方するんだな」

「敢えて言う程に我儘かな、これって?」


 首を傾げることで垂れた髪から、嗅ぎ慣れている焼き立てのパンのような甘い匂いが鼻腔をくすぐる。少女の瞳には呆気にとられる僕が映っていた。

 

「ニトって、何かと一方的に捉えることが多いけど、単純に考えすぎだなって思うよ。この世界は全部お互いに押されて生きているんだから、本来我儘なんて、一方的なんて言葉は自然に淘汰されるような脳内オンリーの視点じゃない?」

「……脳内オンリー?」

「そう。現実問題、この世は私達が脳に受け取った光、音、風みたいな外的情報を処理して、此処に立って風景を見るという結果を抽出しているだけで、私達は本当に世界を見ることはない、なんて話を前に話したのは覚えてる?」


 ……ええと、確か、それは脳について研究した学術書の内容だとかで嬉々として語ってきた内容だ。自分の脳等、あまり考えたことがないので確実な話は分からないが、元々多くは研究されていない項目で真偽は不明な筈。


「なんとなくは」

「こうやって私の目に写っている君が、私の妄想かもしれないなんて、凄く滑稽だと思うの。あ、でも、私の理想が写っているって意味でとれば、あながち間違ってないかも。――これって、孤独とかにも通じる話だと私は思う」


 屈託などまるでない、真面目な顔で少女は続ける。真面目とはいえ、堅苦しい真剣さはなく、本来の彼女らしさが表れているだけに過ぎない。


「天涯孤独なんて真実のないデマで、思春期と同じくらい当たり前に通る妄想だと思う。自分の中で消費するには切ない感情を出来るだけプラスに捉えた結果だろうから、デマや妄想なんて言葉は失礼だとも考えたけどね。一方的な愛は話さないから一方的であって、片思いは思いの交換をしていないから欠けている。私は、話して想いを交換して、相手の想いを受け取る。だから、私は君に一緒に居たいって何度でも言うよ」


 返ってきた思いが逆だったら、もう泣くしかないけどね、とクアリは心中の苦悩を冗談にして笑う。苦悩に関しては僕が思い込んでいるだけだが。

 

「…………どう、かな? 君の答えは生まれた?」

「……」


 僕は押し黙る。返事という小さな枠組みに嵌める台詞が見つからなかったからだ。寝耳に水であるが、真剣な話題に付け焼き刃で打っては興醒め。金言は耳に逆らうが、妄言だって逆らうこともある。つまりは、適当な答えなど少しも思いつかなかったということだ。

 だが……「大丈夫、今直ぐに出せなんて急かしたりはしないよ。ユンクォさんも寝ちゃってるし」


 ……僕の言い訳が終わるよりも早く発された言葉によって、折角の積み立てが遮られた。また遮られる前に言ってしまえば、僕は適当ではなく、正に適当な答えを考えついていたのだが、これは後回しにする方が良さそうだった。


「別に、それぞれ話をしても変わらないと思うけどな」

「三人の話だし、三人とも揃っていないとあれじゃない?」

「あれってのは、あれか」

「あれだよ、あれ」

「あれかあ……」


 適当な相槌に適当な返事が返された。

 

「まあ兎に角、君と私とユンクォさん、三人の準備が整った時に君の答えを聞く。そうするのが一番だと思う」

「……分かった。出来るだけ早くまとめる」


 二人同時に返事をするなんて考えてはいなかったので、この言葉は紛れもない本心である。

 

「私はいくらでも待つけど……」

「ユンクォさんだよなあ。この人、心は広いのに自分事には短気だから」

「自分事というか、ほとんどニト事だよ?」

「僕の名前が出てくるだけで、僕主導なことはあんまりないじゃないか」

「確かに」

「でしょ」

「でも、私も同じくらいニトの話してるからね」

「何の張り合いをしてんだ」

「魂の張り合いかな」

「思ったよりも重いな!」


「――……あのー……」


 非常に申し訳なさそうな抑制された声で、キスリさんが話しかけてきた。会話に集中していて気が付かなかったが、周囲で『北洋道』の団員達(勿論幹部である二人も)がどっちともとれない反応をして僕達を観覧している。


「甘酸っぱくて堪らない二人、いや三人に介入するのって非常に抵抗があるんだけれど……一回宿に帰ってからそういう話はしてくれる?」


 された側はともかく、した側からすれば公開告白は非常にハードルの高いものである筈だ。クアリも現状況に気づき、市場で偶に見かける蛸と遜色ない見事な赤面を披露する。そして、描写するのは非常に可哀想な錯乱状態だった。


          ◆◆◆◆


 ……騒がしいな。何事だ?


 私は確か……そうだ。魔物のデカ熊をヤるのに『神契』を使って体力やら魔力を使い切ってニトに倒れ込んだんだったな。ううむ、『神契』が強力なのもあるが、この力の本領も出さずに終わってしまったのにこれでは、北の大地での実用化は難しいだろう。


 かといって、あんなものが蔓延っている森を突破するには『神契』のような戦闘能力と、『北洋道』程ではないにしろ、なかなかの人数が居なければ即終わりだ。魔法使いはクアリ、誘えればキスリやケルイ。彼女らが居れば大分盤石だが、近接攻撃系統のジョブはリスクも含めると難しい。


 ……まあ、ニトが私を連れて行ってくれるかは分からないし、深く考えても仕方ないか。いや、考えたことは見透かしてしまったのだが、私の思った面子が揃うかどうかはあの時のニトの思考だけで決まるものじゃない。やっぱり、深く考えても仕方がない。


 やけに騒がしいのは依頼達成で宴でもしているのだろうか。このまま寝たふりなどしてないで、この喧騒の中に飛び込むのが私の気分としても好ましい。


「そうですね、ユンクォ様。早く起きなさい」


 そうだ。私も……。


「え?」


 ()()()()()()()話す、何処かで聞いたことのある男の声に思考のペースを乱される。閉じていただけの目蓋を開けると、声の持ち主であろう男が目に入る。


 夜で染められたような黒の燕尾服、対照的に無機質な白仮面。王国やムニナの様式とも違う身なりで整えられた男、――代理報告人が立っていた。


「おはようございます、ユンクォ様。では、改めまして。()()()()は如何がでしたか? ニト様、ユンクォ様、キスリ様」






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