第三話 『北』①
カバーのボタンを外し、露出していた柄を握り抜く。湾曲した刀身が月明りに晒される。バッグにしまってあった砥石をもう片手に持ち、刃の角度に合わせてこすり合わせる。
ムニナに渡ってから使う機会が無かったため状態を心配していたが、大きな問題はなさそうだった。
本来こういう作業はよく見える場所で行った方が良いのだが、突発的な依頼でいきなり合流している形式上、時間が無かった。
今回は出来るだけ刃物使わないつもりではあるが、持っているだけでも便利だ。丁寧に研いでおこう。
「よう、ニト殿」
むさくるしい男の声。実際の立ち姿も筋骨隆々で無駄毛を処理していないところも含めて男らしかった。
「こんばんは。あなたは……」
「『北洋道』団員のカナサだ。お噂はかねがね」
「そりゃどうも」
「うちの大将と仲良くしてもらってるらしいな」
「まあ、ムニナに来てからは大分良くしてもらってますよ」
「本当に、あんたが来てくれてありがたいぜ」
「盗賊団を野放しには出来ませんからね」
今回の依頼は盗賊団『海坊主』の鎮圧。一年前には一文字目すら聞いたことのなかった連中だが、直近一週間だけでも三十件以上が彼らの仕業のようだ。
依頼されたのはキスリさんが団長を務める『北洋道』なのだが、他でもない彼女からの推薦で僕らも参加することになった。
「いやいや、そっちじゃなくて」
「? そっちって、どっちがあるんですか」
「あんたが来てから大将の笑顔に優しさが増えたんだよ。前の大将も悪くないが、良い女になったって言うか……まあともかく、感謝してえって話だ」
「僕の方も良く助けられてますし、等価交換って奴ですよ」
確かに、彼女の中にあったしこりが取れたからか、前のような悪戯も少なくなっていた。
「かーっ! 謙虚だねえ! 大将も、俺らみたいな品のねえ男抱くより、あんたみてえな男と結ばれた方が幸せだな」
「ちょっと声が大きいです。バレちゃいますよ」
「おっとすまんすまん。ついテンション上がっちまって」
今いるのは国の離れ、特定された『海坊主』のアジトがある森を眺められる岩場だった。火や『照明』を使わずに武器の調整をしているタイミング。
「カナサ、でけえ声出すなよ」
「悪かったって、ミア。ほら、お前もニト殿に挨拶したか?」
「してないけど……」
「ならしとけよ」
「……よろしくお願いします、ニトさん」
「よろしくお願いします」
心がこもっていないというか、やけに淡白な挨拶をされた。
「ちゃんと挨拶しろよ」
「ちゃんと挨拶はしただろ」
「いやいや、気持ちが入ってないじゃないか」
「気持ちあるなしで変わるもんはない」
そんな挨拶をされた側の心境を考えてないのだろうか。
「合理的だよなあ、お前」
「無駄は無駄なんだよ」
男二人は分担の確認か何かで、別の塊と合流しに席を離れる。
……無駄かあ。
つい手元のファルシオンを覗き込むと、ぼんやりと視界に映るばかりで、反射する光は全く見えなかった。無駄にファルシオンとなると、昔言われた言葉を想起させる。
人生には無駄しか楽しめない。概要はこんなものだった気がする。あの時は大それたことは返せなかった。だがしかし、今でもやらなきゃいけないことばかりで、とても答えられそうもない。と、その時。
頭に感触がある。細い部分と面が左右に繰り返し運動する。
「……いきなりどうしたんですか、キルニさん」
要は頭を撫でてきたのだ。しなりがあるものの、独特の力強さを感じながら呟く。
「いや、久方振りの対人戦だ。緊張を解しておこうと思ってな」
「久方振りって……。幼少期はやんちゃだったんですか」
彼女の生き方では、機会がある方がおかしいと思うが。
「最低限の訓練は受けていたが?」
「そんなおかしくない顔で言われてもおかしいんですよ。一般家庭じゃ絶対ないんですって」
「誰かに襲われた時に対処できないじゃないか。純粋に少年の力だけでは押し負けてしまう。もし君が私の腰より低い子供の頃に強盗に押し掛けられたら、命が危機に晒されていた」
「一般人は誰かに襲われることを見越して対策することはあっても対抗しようとはならないんですよ」
「……嘘はついていないな。驚きだ。まだ私はずれている部分があったらしい。修正しておかなければ」
懺悔を聞くことが多かったのもあって、人のマイナスな面には強いのだが、常識的な感覚が未だ身に付いていないようだ。俗世間に触れるようになってから二年は経っているのだが。
「しかしなあ……」
「? 何か気になることでもありましたか?」
僕には出し渋っている、または迷っているような声色に聞こえた。追求によって口が割られる。キルニさんは余った方の手指で、向こうで作戦会議をしている小さな集団を示す。
「彼女を連れてきて良かったのか? 助っ人としては私達二人でも十分に思うぞ」
「クアリのことですか?」
「ああ」
集団の一部、その一人は紛れもなくクアリだった。動きやすいようにかいつものワンピースではなくカジュアルな丈の長いズボンが採用されている。
「荒事はニトの担当ではないのか?」
「確かにお金のやりくり、宿の確保、移動手段の獲得と面倒なことは殆どやってくれていますが、担当とかは決めてないですよ。それに、今回はクアリ自身がついてくると決めたことですし。心配ですか?」
「少しな。『北洋道』は男ばかりのむさい組織。私やキスリよりも華奢なクアリは目立ってしまうかもしれない」
確かにクアリは身体能力に関しては恵体ではない。相手からしてみれば格好の的にされる可能性も十二分にある。しかし。
「大丈夫だと思いますよ。クアリは魔法での後方支援で参加しますから。元々得意なのは魔法の方ですし」
「……奇襲する側が背後を取られることもないか。ある程度の配慮はしていたようだな。それにしても、念には念を、石橋を叩いて渡る性格の君が完全な対策を積んでいないなんて珍しいな」
「僕そんな性格でしたっけ」
「いや? それっぽい言葉を思い付いたから言ってみただけだぞ」
「……本当は緊張してないですよね。自由奔放じゃないですか」
「だから私は集団行動が向いていないのかもな」
と、こちらに駆け寄ってくる気配を感じる。
「二人ともー、一回集合だってー」
走っていた気配、クアリは大声ではないものの僕達によく聞こえる声で伝言を届けてくれた。
「了解。すぐ行く」
雑談を中止し、三人でキスリさんの所へ徒歩で向かう。
隣で歩く幼馴染の顔は、二年前のあの日から、もっと言えば冒険者になることを決めたあの日からずっと変わらない。
村を出発しようとした時に、三ヶ月分はありそうな荷物を持って無理やり付いてこようとしてきたの慌てて止めたのが懐かしい記憶にある。
周りを頼れと言っていたのは自分を頼れということで、実際、クアリは僕が得意としない部分全てを補える技量を持ち、本人も連れて行けというスタンスから彼女の提案を断る理由が存在しなかった。
それでも危ないことはやらせたくないと半ば眠り姫状態になるようにしていたのだが。……眠り姫? 誰のことだ?
過去回想でも始まりそうな思案に耽っていたら、いつの間にか作戦本部にたどり着く。本部といっても、『北洋道』団長が居るだけの岩陰を仰々しく呼んでいるだけだった。
呼ばれたのは全員でなかったらしく、『北洋道』団員らしき人物はキスリさんの他に二人しか集まっていない。
一人は人間とは思えない長身の男。縦だけでなく横軸も太く、その肉体に脂肪が見当たらない程筋肉で覆われている姿はまさに巨人。上裸の男は周りを見ても何人か見かけるが、彼ほど上裸がファッションとして成り立つ人物はそう居ない。
対照に、比較的小柄な男。所謂細マッチョという肉体で、精悍な塩顔が一種の儚さを醸し出している。単純に異性にモテやすいタイプだと思う。
暗闇に慣れてきて、夜目が効いてきたとはいえ、彼らの細かい装飾までは上手く判別できない。それでも、得物が大体どんなものかは確認できた。
大柄な男は腰と背中に一つずつ刃物を、塩顔の男は腰に小さなステッキを差していた。
刃物は背中のものが特に大きく、樹木を真っ二つに出来そうな刃渡りはあった。刃物でない方、ステッキは、とても武器になるとは思えなかったため、恐らく魔道具の何かだろうと推測する。よく覚えていないが、既視感のあるものだった。
こうして如何にも幹部クラスな二人の間にキスリさんは立っていた。
「準備中だったろうに、呼んで悪かったわね」
「いえ、身だしなみを気にしなくていい分すぐに終わりました」
「身だしなみ? 君は見た目を気にする人間じゃなかった気がするが」
「少しは気にしてますよ」
「え、そうなんだ。私もニトは着飾るのは好きじゃないのかと」
「……僕って結構粗雑な人間だと思われてる? 外見を気にするのは変わらないよ」
男でも見た目は気にする。むしろ、ほぼ常に女性が居るので一般男児諸君よりも頭を唸らせている筈だ。
「おお、分かっとるじゃねえか。男は見た目が大事! ほれ見な、無駄なく無駄毛なく育て上げた筋肉を! これが男って奴よ!」
……暗くて視認しづらいが、巨人の男がポージングを決めているようだ。僕の主張を補助してくれているらしいが、少し方向性が違う。
「こら、私はともかく、女の子が居るのに無駄毛とか言うもんじゃないわよ」
「っと、わりいわりい。ついテンションが上がっちまって」
「全く……先に自己紹介すべきでしょう」
そう言ったのはもう一人の男。呆れた声で巨人を指摘した後、こちらに向き直る。
「私は『北洋道』幹部のケルイ。参謀役をやらせてもらっている者です。こっちは……」「俺は俺がやるから大丈夫だ、勝手に紹介すんな」
巨体が僕のすぐ前へと近付いてきて、手を差しのべてきた。顔を見ようとすると首が痛くなる。
「俺は『北洋道』幹部ドキウだ。荒事じゃ一番槍を担当させて貰ってる」
「よ、よろしくお願いします、ドキウさん」
「がっはっは! 頼りにしてるぜ!」
大きい声を出さないでください。とケルイさんが注意する声を小耳に挟みながら、恐る恐る彼の手を握る。
すると、岩と地面に挟まれたかのような圧迫感を明瞭に感じる。加減しているのだろうが、もう少し強く力が入ったら腕が折れてしまうだろう。
「え、えっと、ケルイさんもよろしくお願いします」
いつ腕が折られるのかと戦々恐々としながらもう一人へと挨拶を済ませる。
「こちらこそ。ニトさんは優秀だと噂でよくお聞きします」
さっきの団員にも言われたな。ここ一年は主な活動拠点をムニナに置いているからか、『北洋道』の誰かしらの耳に入ることが増えているようだ。
「キルニだ。二人とも、よろしく頼む」
「クアリです。改めてよろしくお願いします」
「おうよ、お嬢さん方もよろしくな」
「よろしくお願いしますね」
「……私も一応、やっておこうかしらね。『北洋道』団長をやらせてもらっているキスリよ」
「――悪い。一つ気になっていたんだが……」
キルニさんが手を挙げながら質問を口に出す。
「団員はキスリの呼び方を統一していないのか? 姉さんやら大将やらでややこしい」
「あー……一応、団長呼びが正式なのだけれど、呼びたい呼称でも良いってしてるのよ。昔私の呼び方であれこれ論争になったことがあってね」
「成程。なら私達も団長と呼ぶべきか?」
「いえ、名前で構わないわ」
「分かった」
納得した顔を見せ、彼女は口を閉じる。それを確認したキスリさんは笑顔ではあるものの、真剣味を含んだ表情を浮かべた。
「……それじゃあ、早急に本編に入らせて貰うわね。今回の任務の大元は変わらず『海坊主』の鎮圧なのだけれど、一つ無視できない情報が入ったの」
はっきりとした物言いで淡々と続ける。
「彼らが直近で盗んだ品物の中に新作の魔道具、そのサンプルがあったらしいのよ。これが厄介なものでね」
「魔道具? おいおい、待ってくれよ団長。『北洋道』は小細工程度で止まっちまう程ヤワなチームじゃねえだろ」
「ドキウ、話を聞け。団長がわざわざ言うんだ、暴力じゃどうにもならない話なんだろう」
ドキウさん自身も分かっていたのか、直ぐに引き下がる。本心を抑えることも変換することも得意ではなさそうだった。
「ありがとう、ケルイ。あなたの言う通り、力で押しきるには対処に困る代物――仮名として消失の御札と名付けられたアイテムを持っているの」
消失の御札。確かに聞いたことがない魔道具だ。
「その消失の御札とやらはどんな効果を持っているんですか?」
僕は思ったことをそのまま口に出す。
「どうやら、この札を貼った物体を他者から認識させなくするらしいわ。仕組みはよく聞いても分からなかったのだけれど」
「おいおいマジか。見えない相手じゃどうしようもねえだろ」
ケルイさんの指摘を意識してか大声ではなかったが、驚愕しているのは間違いなかった。
「対抗策は?」
「それが一つだけ」
キスリさんは腰に着けていたバッグから単眼鏡のようなものを取り出す。
「この魔道具を使えば見えなくなったものも見えるらしいわ」
「きょ、鏡筒抜け!?」
ケルイさんが素っ頓狂な声で叫ぶ。お前もうるせえじゃねえか、とドキウさんが文句を垂れるが、興奮気味のケルイさんは気付いていなさそうだった。
「結構貴重な物品なのね」
「結構なんてとんでもない! ムニナの技術者を総動員して開発された、起動している魔法を確認できる至極の一品ですよ!」
「解説ありがとう。だけど声が少し大きいわよ」
「……すいません」
はっとした顔から片手で口を塞ぎ、小さく頭を下げる。
「少しは落ち着いたかよ、魔道具オタク」
「……とにかく、鏡筒抜けがあれば、どれほど高度な魔法でも見破ることが出来ます」
「あ、おい、無視すんな」
都合の悪い事は我知らぬというスタイルらしい。追求しても意味がないので僕は話を進めようと思う。
「問題点は把握しました。けど、その鏡筒抜けがあれば特に気にする必要はないんじゃないですか?」
僕はキスリさんとケルイさんの語らいから発したものを正直に述べた。
「消失の御札単体だったらわざわざ招集しなかったわ。今回は相性が良いというか悪いというか、変に噛み合っちゃってるのよ」
キスリさんは困ったような渋面で、”今回”の部分を故意に強調していた。
「『海坊主』の潜伏先は事前に教えていた通り、ここから西にある森の中。事前調査組からの報告だと、一党が入っていく姿を確認したことによる特定らしいの」
「――要は、森の中にアジトがあるせいで、外部から鏡筒抜けが使えないのか」
本来、鎮圧任務は大体のアジトの位置を探れていれば襲撃の際に支障は起きない。しかし、いざ襲撃して盗まれた物やアジトとなる建物、もしくは人が隠されていたら? 当然、立場が逆転し、袋の鼠になってしまう。
「彼らは高頻度で隠れ家を移す。いつまた場所を変えるか不明な以上、もう一度調査し直すよりも今夜で決着をつけたいわ」
「だったらどうするんだ? 私達だけを集めたということは、してもらいたいことでもあるということだろう?」
「……貴方達は揃いも揃って話が早いわね」
皮肉ばった語調だが歯切れはよく、多分に信頼を含んでいた。
「先遣隊が鏡筒抜けで正確な場所を特定、時間差で残りの本隊を突入させる。完全に臨戦態勢をとられないように先遣隊は少人数かつバレずらい編成にするわ」
「メンバーは僕達三人ですか?」
「いいえ、クアリは本隊で来てもらう。ニト君とキルニ、それとケルイ、ドキウの四名を先遣隊として潜入させるわ」
「了解だぜ、団長」「了解です」
「ちょ、ちょっと待ってください。私じゃ駄目なんですか?」
スタメンから外されたことに納得がいかないようで、クアリは不満を呈した。
「クアリが駄目というより、この四人が適切だったのよ。別に貴方が不要だって言いたい訳じゃないわ。むしろ、本隊に欲しい人材よ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。『北洋道』は魔法を得意としないごろつきばかりしか居ないの。攻撃魔法と補助魔法が使えるクアリは貴重で、居てくれるとありがたいわ」
「……そういうことなら良いですけど」
僕としてもクアリには大人数の元に居てほしかった。ここで気づいたが、キスリさんは周りの反応に合わせて判断する傾向があるようである。
「キスリさん。先遣隊と本隊に分けるということは、作戦も少し変わりますかね」
「あまり無闇に作戦を変えては混乱を招くのだけれど、仕方がないわ。ケルイ」
「はい」
横に居たケルイさんを呼ぶと、軽い相談のようなものを始めた。辻褄合わせをしているのであろう間を埋めるようにキルニさんが耳打ちしてくる。
「思っていたよりも大変になりそうだな、ニト」
「はい。でもこの手の依頼でイレギュラーは珍しくないらしいですし、重大な問題はないと思いますよ」
「そうか。君は鎮圧依頼を以前していたんだったか」
「東の地方での依頼で他のベテラン冒険者から教えてもらいましたね」
「ならば私は君についていった方が良さそうだな。元からそうするつもりではあったし」
「何話してるの?」
会話していることに気付いたクアリが加わってきた。
「いや、依頼が想像よりも複雑化してきたなって話」
「あー、やっぱりそうだよね。結局二人とは別働隊になりそう」
「相性を考えればしょうがないな。まあ、クアリならどうにかなると思うよ」
「ありがとう。緊張するけど、頑張ってみる」
「……君はクアリに対する信頼が厚いよな。もしものこととか考えないのか?」
ぶつけられた質問に少し思案してみる。
「……考えないことはないですけど、心配ではないですよ。そもそも僕がクアリを参加させたくなかったのは逆ですから。過保護だからずっと心配してくるんですよ」
キルニさんが思っているよりもクアリは強い。精神力的なのは勿論、戦闘力の観点で見ても評価は変わらない。キルニさんはあの事件は知らないので当然ではある。
僕にとって気がかりなのは僕への態度だ。最悪僕の代わりにやるとか言い出しかねないので、依頼は全て僕とキルニさんでこなすようにしていた。この冒険は僕の冒険であり僕が努力すべきことなので、あまりクアリに手を煩わせたくはなかったのである。
「だって、大事な幼馴染がひどい目に合うかもって思ったら心配になるでしょ。キルニさんもそう思いません?」
「否定はしないが、恐らくクアリみたいな行動はしないだろうな。少なくとも一大決心をした男に付いていくなんてことはしない」
迷う素振りもなく即答する。
「じゃあニトが自ら死ににいくような無茶をしたらどうしますか」
「後頭部を殴って宿に連れ戻す」
「怖い即答しないでください」
暴力で解決の典型例過ぎる。それをけろっとした顔で言うのだからぞっとしてしまう。
「大事な友達を失いたくはないじゃないか」
「手法に事件性があるって話ですよ」
「君と過ごして二年が経つんだ。決めたことへの強引さはよく知っている」
「そうなんですよねえ。大体は柔軟なんですけど、一定の芯があるというか」
「すごく分かる。私単体で依頼を受けさせてもらったことが無いんだ」
キルニさんはあまり目立ってほしくないからさせていないのだ。僕のプライドとか露も関係ない。
「ニトは僕がやんなきゃ駄目だって思い込んでいる節があるんですよね」
「僕がやろうと思ってやってることなんだから当然だろ」
「一人で出来ることには限界があるでしょ」
「……まあ」
「ほらー」
両親に関する真実を探る為に仲間は必要だと考えている手前、否定することが出来なかった。なんてったって、最終的にはあの北の大地に乗り込むのだ。同じような志の、優れた実力者が必要である。
クアリは僕の知る限り上位の実力を持ち、僕の目的なら乗じてくれそうな人ではあるが、危険なんだからやめろと諭してくる方がありえるし、僕自身彼女には村で静かに暮らしていて欲しかった所があるので候補から外していた(もうついてきてしまっているが)。ユンクォさんも、ハゼさんの依頼でパーティを組んでいるという事情を鑑みて除外。
ギルドで北の大地に行きたい奴が居るか探しているが成果はなし。北の大地の噂を知らず、単純な興味を持つ者は引っ掛かるが大抵実力が伴わない。
……そういえば、キスリさんに話したことは無かったな。だが、地元愛が強く、冒険者ではあるものの自警団の側面が強い『北洋道』の団長を務める彼女が同調してくれるとは考えられなかった。
「一人だと暴走しかねないニトを制御するために側に居るんです」
「……」
キルニさんは直ぐには返事をしなかった。
「……クアリ、君の言う事は一理ある。いや、一理どころか全てに同意するぞ。ニトはいつ悪い輩に連れ去られるかも分からん」
「え、ちょっとキルニさん?」
声よりも強く目で訴えると、キルニさんは両手で僕の肩を優しく触れる。
「安心しろ。私が守る」
あれ? さっきまで僕の肩を持っていてくれていた気がするんだが。
「いや、それが不要だって話を……」「一人だと大変でしょうから私も含めて二人で、というのはどうでしょう」
「乗った。今回は私が居るから心をやつれさせる必要はないぞ」
「助かります」
……まずい。このままでは保護者が二人になってしまう。嫌だ。どうして成人し、自立してまで子供扱いされなくちゃならない。
「お、随分楽しんでんな。俺も混ぜてくれや」
この状況を打開する方法が思い付かず困り果てていた頃、ドキウさんが割り込んできた。作戦会議には参加していないようだ。
「……ドキウは会議する側じゃないのか?」
「俺が頭を回せるタイプに見えるかよ、帽子の嬢ちゃん。それより、ニト。結構な人気者じゃねえか」
ドキウさんは首の後ろを回す形で僕の肩を掴み、顔をぐいっと寄せてくる。身体が大きい分目も大きく、威圧感があった。小声で僕に話しかけてくる。
「お前、二人も居るなんてやるな。戦場に連れてくるのはいただけないけどよ」
「……何か勘違いしてませんか。僕と二人はそういう関係じゃないです」
「そういう関係じゃなくても、どっちかは気があると思うぜ? 俺が保証する」
「根拠ゼロじゃないですか。そもそも、一緒のベッドに何の気なしに入ってきたりとかしてる時点で無いですよ。多分かわいい弟程度にしか思ってません」
「……え、それってどっち」
「大体クアリの方ですが、キルニさんも『自分の部屋まで行くのがめんどくさい』とか言って偶に無理矢理入ってきますよ」
「……何か思わないのか? ほら、何で入ってくるのか~とか」
「クアリは村に居た頃から時々やってましたし、キルニさんは理由は毎回言ってるので気にしてませんよ。あ、クアリと僕は幼馴染だってことはキスリさんから聞いてますよね」
「……」
ドキウさんはニヤニヤしていた表情から唖然としたものに切り替わり、信じられないものを見るような目で僕を凝視してきた。怖いから止めて欲しい。
「あの、ドキウさん、ニトとどんな話してるんですか?」
「話に混ざるのは構わないが、私らを蚊帳の外にするのは違うんじゃないか」
二人に視線を向けると回していた腕を外し、哀れんだ顔を隠さなかった。
「……嬢ちゃん達、苦労してんだな」
「?」
「あんたに不憫だと思われるようなことをした覚えはないが……」
当然、僕も彼の真意が掴めなかった。
「まとまったわよ~……って、ちょっかいかけてるんじゃないわよ、ドキウ」
「は? 俺は違、――いや、悪かったよ……」
煮え切らない態度で非を認め、小さい声で何かを溢していた。上手くは聞こえなかったが、俺がおかしいのか……? みたいなことを言っていた気がする。
よくあることなのか、キスリさんは強く咎めることなく話を再開する。
「待たせたわね。前の作戦ではニト君達を含めた全員を三つの隊に分け、同時に突撃させることで抑え込むプランだった所を、時間差を作って突入する形に変えるわ」
「具体的には?」
「先遣隊が潜入してから、丁度三十分後に本隊を突入させる。先遣隊は本隊が突入する前にアジトの細かい位置を特定、出来れば障害を排除しておく。消失の御札自体は消せないことを覚えていてちょうだい。そうして崩れた防衛線を本隊が瓦解させる。こういうプランでどうかしら」
「特に異論はないです」
「私もありません」
「私もないな」
「団長に賛成」
キスリさんとケルイさんを含め、六人全員が了承した。
「団員達には私から伝えるわ。四人はすぐに準備して」
キスリさんは塊で話している男達の方向に歩く。が、ドキウさんが彼女を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ団長、俺達先遣隊にはどうやって潜入させるつもりなんだ?」
「ドキウを採用したり、クアリさんを置いていくってことは、単に小柄だからとかではないんですよね。団長」
ケルイさんも同じことを考えていたようで、補足をする形で団長に話し掛ける。
すると、キスリさんは笑顔を浮かべる。優しい笑みなんかではない。悪戯を思いついた時の、あの嫌な笑みだった。
「相手が森を利用するなら、こっちも利用するまでよ」