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盟約の杜  作者: セアル
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戦闘アリマス、シリアスあります。

 宵と呼ぶには過ぎすぎて、暁と呼ぶにはまだ早すぎる、不整な時刻。

 むせ返る様な色濃い雰囲気を残す、最上階の豪華な寝室に怪しげな人影があった。

 影は足音も立てずベッドに忍び寄り、シーツの盛り上がりに対して、僅かな月明かりで妖しく光るその氷刃を無慈悲にも突き立てた。


「!」


 瞬間、刺さった感覚が予想していたものと違う事に気付き、上掛を捲ってみると大小の盛り上がりは布で作った人型で。


「は~ぁ、折角の初夜だから時間を掛けてゆっくりと愛してあげたかったのに、無様にも性急な行為を強いてしまったではないか。 さて、この落し前はどう責任を取ってくれるんだい?」


 壁際に標的としてた人物が気だるそうに立っている。

 秘密裏な暗殺を生業としている男が気付けないほど、完璧に気配を消していたのだ。

 冗談にも聞こえるが、その瞳は決して普段の物ではなく戦士のソレ。

 暗殺者……隣国の使者は、両手に長さの違う剣を持ち、アールに向かって構える。


「ヤレヤレ、本当に面倒だねぇ。 使者殿には、当家の料理長の料理はお口に合わなかったのかな」

「あの程度の薬では、何の効果もない」

「成る程、慣らしてあると言う訳か……使者殿の分だけ致死量スレスレでも大丈夫だったかな」

「殺しておくべきだったな」

「それでは、後味が悪いだろう」

「『目的に叶わぬ使者は殺す』それが、国の暗黙の掟の筈」

「ソレは大国のね。 そーゆー面倒な事をしてるから戦争が絶えないんだよ、という訳でこのまま大人しく国に帰ってもらえると有難いのだけどね」

「私の役目は婚姻を取り付けるか、でなけれは王子の暗殺」

「前者はパス! 私は妃以外にコレッポッチも興味がないしねぇ。 お飾り、だとしてもいらないよ。 勿論、後者もパス! 新婚早々、殺される気はないし」


 使者はスッと体勢を低くする。

 アールは軽く溜息をつくと表情を一変させ、剣を抜き構えた。


「本気を出してみようか」


 その言葉を合図に、使者の方が先に動いた。

 素早く踏み込むと一気に間合いを詰め、二本の刀で交互に斬りかかってくる。

 アールも剣を盾代りにして、切っ先をかわしながら大きく薙ぎ払う。

 不変的な二刀流の太刀筋に、規則性のない自由な太刀筋。

 鋭い切っ先が何度もぶつかり、高い金属音と激しい火花を散らして、互いに一歩も退かない攻防を続ける。

 その動きは余りにも激しく双方共の実力は拮抗、ほんの些細な切っ掛けでも有れば、勝負が決まってしまいそうな程。


 そして、些細な切っ掛けが起る。


「……アールさん?」

「!」


 マディが、本棚の側の隠戸から出てきてしまったのだ。

 いくらここが平和な国とは言え、一応王族なのだ寝室には逃げ道を備えた隠し部屋がある。

 激情の波を受け気を失ってしまったマディを、アールはこの部屋に隠した。

 念の為に『眠り』の魔法を唱えて。

 だが昼間、彼女は魔女から反魔法を掛けられていた。

 それは魔女が良かれと思っての事、習慣性の強い『眠り』の魔法にこれ以上犯されない様にと。

 今はソレが仇となり目が覚めてしまい、隣室の不穏な雰囲気に思わず顔を覘かせてしまったのだ。


 冷酷な暗殺者にしてみれば、目撃者は消すのが必定。

 それが例え、女子供であろうとも。

 ほぼ反射的に、目撃者に向かって片方の剣を投付けた。


「マディっ!」


 アールは自分の剣を、投擲された剣に向かって投付け叩き落すと、彼女の腕を掴み自分の方に引き寄せ抱締めて咄嗟に背に庇う。

 体勢を崩した丸腰の標的を暗殺者が逃すはずはなく、その背を袈裟懸けに切裂いた。

 しかし、アールも只斬られてはいない。

 僅かな油断の隙を突き、使者の鳩尾を後蹴りに蹴り付け、衝撃で数歩の間合いが開く。


 アールはマディを自分の背に庇い直しながら、口から血を流し咳き込む使者に軽口を叩く。


「君が私の華を散らそうとしたものだから、思わず加減なしで蹴ってしまったが……その分だと肋骨が折れたかな、もしかしたら肺に刺さっているかもしれないねぇ。 まだ、ヤル気かい?」

「……その必要はない。 この刀には猛毒が塗ってある、毒が回るのが先か、出血多量が先か、最早時間の問題だ」

「!」

「ふ~ん、いざと言う時の自害用の毒って事かな?」

「そうだ、任務失敗は許されない。 それは毒に慣れている私用に設えられたもの、解毒する事など不可能だ」

「!!」

「ふふ、随分と用意周到で痛み入るねぇ。 大国の使者というのも大変な役目だ」


 声も出ないほど驚いているマディに対し、相変らずアールの軽口は止まらない。

 しかし実際、かなりヤバイ事になっているのは分かっているのだ。

 傷口から鮮血は止まる事無くどんどん溢れ出し、失血の所為か毒が回ってきているのか、次第に視覚が霞み始めていた。

 そんな中、アールを支えているのは背中に触る暖かな手の感触。

 痛みが麻痺してしまうほど心地よい……だが。


「……マディ、手を離しなさい。 血で君が汚れてしまう、それに皮膚から毒が吸収されるかもしれない」

「いやっ、アールさん! 死んじゃっ駄目っ!!」

「マディ、離れなさい!」

「いや! いやっ!! いやぁぁぁぁっ!!!」


 マディが嗚咽をあげながら泣き出すと、次第に彼女の身体が白い光に包まれる。


「!?」

「死なないでっ! お願い、アールさん死なないでっ!!」





『その願い、確かに承諾した』





 何処からともなく重厚な声が響き渡った瞬間、部屋が真っ白な閃光に包まれる。


 気が付くとマディは白い世界にただ一人漂っていた。


 静かに、しかし確かな意思を持って、空間が彼女に語りかける。


「久しいの、姫」

「……龍神様……」


 脳裏に封じられていた記憶が……否、封じてもらっていた記憶が甦る。


 十六の誕生日を迎えたあの日、祝辞に来た筈の親戚によって謀反が起された。

 最も信頼していた身内による裏切り、それは周到に用意されていたもので、両親はあっと言う間に殺された。

 姉妹の姫は僅かな家臣と共に何とか国から脱出する事に成功したが、国を乗っ取った親戚達は諸外国にも予め通達を出していたらしく、どの国も彼女達を受け容れてくれる者はなかった。

 追っ手を逃れ落ち延びた先は、高い山々に囲まれ更に広大な森に阻まれたこの地。

 『禁断の森』と呼ばれ、恐れられていた土地。

 入り込んだら、二度と出る事は出来ないと言われ続けていた場所。

 覚悟を決めていざ入ってみたら森の雰囲気は意外に暖かく、しかも山脈の内側に沿う様に原生していたので、中央には肥沃な大地が広がっていた。


 何とかなりそうだと安堵したその時、目の前に巨大な龍が現れた。


「我は龍神、この森は我が神体、この山並みは我が巣、何故この地に立ち入った」


 突然の龍神との邂逅に畏怖と恐怖で身を強張らせながらも、知らなかったとは言え無断で立ち入ったことを詫び、今までの事を話した。

 国が侵略された事、行く宛てが無い事、この地に住まわして欲しい事。


「あい解った、この地む住まう事を許そう。 ただ、こちらにも条件がある、神体を荒らされるのは好まぬ。 森には不用意に立ち入らぬ事……良いな」


 誰ともなくその事に承諾すると、龍神は更に続けた。


「龍神と盟約を結ぶには、清き魂の存在が必要となる。 一人その証を捧げてもらおう」

「!」


 皆、その言葉には驚いた。

 ただ神が某らかの代償を求めるのは、不思議ではない。

 家臣が其々名乗りを上げるものの、誰も一度は仕方がないとは言え手を血に染めた事があり、龍神の眼鏡にかなったのは姉妹の姫のみ。

 通常こういう場合、継承権の薄い妹が生贄になる場合が多い。

 だが彼女は十歳になったばかりで、そんな目に合わせられないと姉姫が名乗りを上げた。


「私が、その証となりましょう」

「マデリン姉様!」

「……ウィスタリア、私は龍神様と一緒に、貴女達をそしていずれ王国になろうこの国を見守っていくわ」


 妹の長い紫の髪をそっと撫でながら、優しく微笑む姉姫。

 その笑顔が彼等の見た姉姫の最後の姿となった。


 その後、彼等が妹姫を君主とし、ここに小さな王国を築いたのは言うまでもない。

 約束通り森に誰も立ち入らない様に『禁断の魔女の森』と態と忌々しい名を付けて。




 白い、何処までも白い、何もない光の世界、そこに姫は居た。


 正直、龍神様に喰われてしまって、ここが天国なのかな?と一瞬思う。

 そんな彼女の心情を読んだのだろう、空間が語りかける。


「心配するな姫。 ここは我の精神空間であって、腹の中ではないぞ」

「あっ、そんなつもりでは」

「先程も申した様に、我と姫は盟約を結んだ。 姫はその身を我に差し出した、我は姫の願いを叶えなければならない。 死者を甦らせる事以外、何でも良い言うがいい」

「えっ!?……ここに住まわせてもらえるっていうのは」

「ソレは我が勝手に許した事、姫の真の願いではなかろう」

「……私の真の願い……」


 姫は少し考えて、首を横に振った。


「特にありません。 妹達が平和に暮らせるなら、それで十分です」

「随分と欲のない。 国を奪還したくはないか? 妹達の元に戻りたくはないのか?」

「国を奪還しても、父も母も甦らなくて私もいないなら妹一人で大変ですし、妹の元に戻ったら、龍神様との約束を反故にしてしまいますし」

「ならば姫の時を止めよう、決まったら願うのだな。 それまで我が神体で好きに暮すがいい」

「神体って森の中でですか? ……あの今まで皆がしてくれていたので、私一人じゃ何も出来ないのですが」


 小さくボソッと恥しそうに呟く。

 姫としての仕来りやモラルやマナー、勉学、読み書き計算、そういう知識は一通り以上身についている。

 だが過酷な逃亡生活の中、そんな知識は生きていく上では何の役にも立たない事を思い知らされていた。

 勿論、周りはおくびにも出さなかったが、元々頭が良く優しくて機転の利く姫はすぐに気が付いてしまったのだ。

 そして悟る、自分が如何に今まで庇護の中で暮らしていたかという事に。


「ならば、仮初の記憶を与えよう。 『ずっと一人で森の中に暮らしてきた』という物を」


 光が強くなる、白く、白く。


 気が付くと森の中で、目の前に小屋があり生活の場があった。

 何の不思議も違和感もなく、その生活を当たり前の様に受け容れた。

 あの大雨の日、あの人と出逢う、あの瞬間まで。


「姫、すべてを思い出したか」

「えぇ、アールさんは妹の子孫なんだ。 曾孫?玄孫?もっと後かな? ふふ子孫の方が年上だなんて変な気分……ねぇ、私の願いは叶ったの」

「嗚呼、叶えた。 あ奴の毒は浄化し傷も塞いだ、死を免れるだろう。 盟約は果された、贄してその身を貰い受けるぞ……良いな」

「うん……ありがとう、龍神様」


 光の洪水が総てを飲み込む、マディの身体も意識もその総てを……。





「王子、アール王子っ!」


 宰相に激しく肩を揺すられ、アールは正気に戻った。

 先程の激しい閃光に驚き、宰相が慌てて部屋に来て見ると、寝室でアールと使者が倒れているのに一驚し、使者が帯剣しているのに駭然とし、寝室で争った様子に吃驚とし、アールの背が血に染まっているのに震駭した。

 そうこうしている内に他の主だった面々も集まって来たので、団長に使者を捕えさせ、白魔導師にアールの怪我の具合を確かめさせると、服は裂けて夥しい血で滲んでいるものの何処にも怪我はなく身体機能に異常はないと。

 寧ろ、使者の方が重症らしいので、そっちの治療に当る事にした。


「王子! 一体何があったのですか!?」

「! マディは!?」

「えっ、あの少女は何処にも見当たりませんが」


 その台詞に愕然とする。


「……とうとう、龍神に連れ去られていってしまったのかい」

「えっ、あの……王子?」


 宰相は王子の今にも消え入りそうな、意気消沈した声と表情に戸惑を隠せなかった。

 それと胸の奥がざわめく、嫌な予感がする。

 彼のこんな様子など、長年仕えて一度たりと見ていないのだから。


 アールも王族に連なる者。

 一般には知らされていない、王国の成り立ちの歴史を当然の如く叩き込まれていた。

 親族の謀反により、姉妹の王女が隣国から落ち延びて来た事。

 どの国にも受け容れてもらえず、漸くこの地を見付けた事。

 実はここは龍神の巣で、その過程で姉王女が贄となった事。

 妹王女を旗頭にここに王国を築いた事……そんな歴史を話半分に聞いていた。

 謀反なんかは本当だろうが、龍神うんぬんは王家に神話性を持たせる為だろうと思っていた。


 だが森でマディを見つけ、その様子を観察して『本当かもしれない』と思い始めていた。

 彼女が姉王女かは分らない、だが妙に森に固執する事。

 王家レベルの就学をこなしている事。

 何よりも、魔法に司る三人が言ったあの言葉

 『だけど何か大きな力が作用し、記憶の一部と時空が封じられている』

 『いつから止まっているのかは分らぬが、通常の魔法では考えられない』

 『寧ろ、神々しさを感じるのです』

 相手が神となれば、自分に勝ち目はない。


 ……龍神は『清い魂』を所望した……


 だから、早く汚したかった、邪な男の欲で満たしたかった。

 でも、それでも、彼女の高潔な魂を穢す事など出来なかったのだ。


「マディ」




 激動の夜は過ぎ去り、陽光が王国を照らす。

 いつもの様に、宰相が王子を探す声が響く。

 だが、その声はいつにもまして真剣で、心配している様な声だった。




 三日後、森の中央、泉のある場所で彼の愛馬が見付かった。

 しかし王子の姿は何処にも無かったと言う。




 人々の噂は、真しやかに流れていく。

 森に住まうであろう龍神、その神と盟約を交す事が出来ればどんな願いも叶うと。

 条件は『清い魂』 代償は『自身』。


 その後「禁断の魔女の森」は「盟約の杜」と呼ばれる様になった。

 命を懸けてまで願った事ならば、きっと叶えられるだろう……と。 

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