【9】えっと…
「エミルさんって、なんていうか、気持ちいいよね」
「え……?」
温泉街で宿屋をとって、温泉という大きなお風呂に入ってます。
岩がゴツゴツしていて、露天風呂というそうです。
外が見えるけど適度に目隠しの植物などあって、面白いです。
お外にある大きなお風呂。お空の下。
海が見えます。
グランさんの逞しく安定安心感のある身体になんとなく凭れ掛かっていました。
広いお風呂なので、二人で入ってます。
他の人もいます。
海を渡って、ここです。
大冒険ですね。
感慨深げに眺め、お湯を掬って溢し、不思議な感じの液体が流れ落ちるのを見ていました。
胸の火傷が視覚的に気持ち悪いだろうと布を乗っけてカバーしながら、白く濁ったお湯でゆったり伸びてるところへのグランさんの言葉。
火傷の引き攣れも和らぐ気がして、気持ちもゆったりしてて油断してました。
とっても間抜けな返しです。
キョトンとグランさんを見遣ってます。
「えーとね。……変な気はないよ。なんていうか、印を焼いた時もだったけど、船の時も、接触してると、気持ちいい…じゃないな…元気になる? やっぱり触ると気持ちがいいんだよね…」
領主さまの声が、耳元で囁かれた閨の言葉が、脳裏に蘇ります。耳元で囁かれてる感じがしてきて……。
グランさんと接触してるところが、なんとも気恥ずかしい感じで、ここでガバッと離れるのは……なんと言いますか……、意識してますよ的なものに勘違いされないかというか、なんとも言えない考えがぐるぐるで……。
顔が熱い。
のぼせそうです。
「大丈夫ですか?」
あっ、今触らないで欲しい。
「やっぱり、なんだかいいんですよね。魔力の相性がいいってヤツ…?」
得物でできたタコでゴツゴツしてる大きな手が、肩の上をするっと撫でられるように添えられ、支えられて、なんだか身体が変になりそうで……。
領主さまの事を考えたからだ。
グランさんがどうとかではない。
気づかれないように、静かに短く息を吐く。
そっとその手から離れて、上半身を湯から上げる。
手で顔を撫でる。兎に角、落ち着こう。
「熱い湯でもないのに、茹るね」
話題を湯に変える。
心臓が騒がしいのは、温泉の所為ばかりではないのだけど、今は全面温泉の所為にしたい。
ふと視界の隅に色鮮やかなものが入ってきます。
「あの模様は…綺麗だね」
そんなこんなで、頭がぼんやりしてるからだろうか。するりと言葉が溢れでる。
「入れ墨ですか? エミルさんも入れてみます?」
広い露天風呂の向こう側に外を見てる男の身体にツタが絡むような羽が生えてる様な模様が皮膚の上を彩っている。
「へ?」
「火傷をデザインの一部にしてしまえばいいんですよ。そうすれば気にする事もないでしょ?」
布で火傷は隠しきれてはいない。赤黒くなった痕が広がっている。隠したい記号は埋もれているので、これでいい。
「似合うと思いますよ…。コレをあえて囲むように蔦を這わせて…エミルさんの肌の上をこう……」
躊躇なくグランさんの指が火傷跡を撫でて、鎖骨へ向けて辿って撫でていく……。
パシッとその手を掴んで動きを止める。
力比べでは大人と子供ぐらいに違うのだから止まる訳ないのに、止まってくれた。
「グランさん…」
「あっ、すみません。……でも、あの、エミルさんは逃げて来たんですよね?」
手を離してくれた。
こちらも大きな手から離れる。
風が吹く。
火照った身体を優しく撫でていく。
「逃げて?」
「パートナーの仕打ちから逃げて来たんでしょ?」
「パートナー?」
分からない。
熱は引いて来たが、グランさんの言葉の意味が分からない。
問いに疑問形で返してしまう。
ぼんやり考えてると、グランさんがまた距離を詰めてきた。
「初めて遭った時、強い威嚇的な匂いを纏ってましたよ?」
益々分からない事を言ってる。
「あの執拗な全身に散った痕は、あなたを閉じ込める様な重い感じがしましたよ?」
散った痕?
よく分からないな……。
旅に出た理由が知りたいのだろうか。
「僕は、閉じ込められては、いなかったよ? ただ、邪魔者は去った方がいいから。それに旅をしてみたかった……」
海を見た。
どこまでも青い存在がどこまでも続いてる。水平線の向こうも海が続いてるのだろう。どこまでも行けるんだ……。
あの向こうには何があるんだろう。
腰に回った手を気にする事なく、呑気に海を眺めていた。
「あなたの隣に俺は相応しくないですか?」
「隣? 一緒に旅をするのは楽しいけど、僕は冒険者じゃないからね。いつまでもとはいかないだろ?」
海からグランさんに視線を戻せば、悲しそうな目と合った。ーーーどうして?
顔が近かった。
鼻先が触れそうだ……。
「ーーーーーここには変わった果物があるんですよ。風呂上がりに冷やしたのを食べるのは格別ですよ」
僕がぽやぽやと考えてる内に、グランさんの寂しげな表情は、いつものに優しげな表情に変わった。
「それはどんなのだい?」
口が瑞々しい果物を欲して唾液が溢れてくる。
この前食べた茹で玉子も美味しかった。
グランさんがオススメしてくれる物はなんでも美味しい。
早く食べたくて、グランさんを急かせて、湯を出た。
翌日の朝食に出たコーヒーの香りに驚いた。
ここはこれの産地なのだそうだ。
今日から暫くグランさんはダンジョンに潜るらしい。
僕は、この島を堪能する事にした。
露店もいいが、植物の探索も楽しそうだ。
ぎゅっと抱きしめられた。
ここで完全に別れると言った感じの抱擁。
苦しい抱擁に大きな背中に腕を回して、トントンと叩いて応える。
胸筋が気持ちいい。顔を埋める。羨ましい体格。
フッと締め付けが緩んだ。
ぼやっと見上げれば、じっと凝視め合ってしまった。
「また、何処かで…」
「ああ、また…」
ふぁっと離れて、去って行った。
手持ちのポーションは全部渡した。
島の探索は楽しく、時間を忘れる程だった。
蔦の植物の種類が色々。
木を絞め殺すような物もある。
入れ墨…入れてもらうかな…。
スケッチをしながら、そんな事を考えていた。
次の町に到着してすぐに入れ墨をしてくれる所を探したら、草の汁で肌の上に模様を描き、時間経過で消えるというのがあるのを知った。
チャレンジ!
片腕というか、胸から肩、腕全体を覆う柄を描いて貰った。
描いてくれたお姉さんがノリノリで楽しそうに作業してくれ、ちょっとのつもりがあれよあれよと、大作になったのです。
おしゃべりしながらで、過ぎる時も気にならない楽しい時間でした。
確かに、火傷の痕が気にならない気がします。
お姉さんが、描いてない方の手を引き寄せ、オマケのようにササっと流れるような模様を描いてくれました。僕のイメージなのだそうです。
僕かどうかは横に置いても、コレは流れるように軽やかな模様で、綺麗です…。
代金に随分と色をつけて渡しました。
話の中で出てきた。砂漠の国というのが気になりました。
大陸に戻りますが、初めの港からは随分と遠い港へ向かうとオアシスへのルートがとり易いようです。
船着場で、行き先を確認しながら、出国手続きをし、乗船先を決めました。
潮流と風に乗るらしいので、乗船日数は短いのに遠くまで連れていって貰えるらしいです。
オアシスは美しく。植物は砂漠の中の町だと忘れる程に青々と瑞々しいです。
この水はどこからやってくるのでしょう。
ここに住む人々は不思議に思う事なく、恩恵を存分に使っています。
広場の草木を愛でつつ、風に吹かれるように砂漠が目の端に映るような場所にやってきました。
ここに立つと、オアシスの有り難みをひしひしと感じます。
足元に生える草や花が愛おしく思え、膝をついて、サワッと触り、大地を掌で感じていました。
感覚を広げます……。
この命と繋がるように浸ると、翼を持ったような感覚は何処までも広がって行きます。
消えかかった蔦の模様が大地に絡むような気がします。
僕の腕から、指先から伸びて、周りの植物と一緒に絡んでいくようです。
絡んで、溶けて、同化していく……。
気持ちいい……。
蔦は絡み合ってこんがらがるんですよね。
取り除くのに骨が折れました。物理的じゃないですよ?( ̄▽ ̄;)
今更なんですが、領主さま出て来てませんね。
えーと、回想というか、エミルに思い出して貰ってるからヨシとしますかね(^◇^;)
ダメですか???
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