【5】出発
血が出ます。えーと、苦手な人は、薄目でよろしくです。
しゅっぱーつ。
目を覚ましてクラクラする頭をなんとか宥めて、軋む身体を起こし、事前に用意していた薬をしこたま胃に流し込みます。
日は大分昇ってしまったようですが、まだ午前中です。
事前に思ってた時間より早い目覚めです。余裕ができました。
今日は誰もここには来ません。
領主さまが皆さんに何か伝えてるのかも知れませんが、その辺りは知りません。
いつもなら目が覚めても怠い身体をベッドに横たえ、眠気に任せて眠っているのが常です。皆さん、気を利かせて誰も来ないのです。
午前中なら尚の事です。
なので、ゆっくり準備が出来ます。
事前に飲んでた薬も効いていたようです。
なんとか動けそうです。
裸足でペタペタと移動しながら、一応廊下や庭の方の人の気配を気にしつつ、野草採取に使っている鞄をそっと開けます。
斜めがけの丈夫な布で出来た鞄の中を一旦全て出し、確認しながら、再び入れたり、足したりして必要な物を詰めていきます。
チェストの奥に仕舞っていた物も引っ張り出します。ここに来た時着ていた服と靴も詰めます。
作業着にするからと捨てられそうなところを救った物がここで役立つとは。
あの時はこんな事に使うつもりは無かったんですけどね。
中身をもう一度確認して、蓋を閉じるといつもの場所に戻します。
決行は明日。
薬で胃を重くしながら、明日の為にベッドに潜り眠るのです。胃は全てが終わるまで保てばいい。
生憎の曇り空。
別に天候は関係ないので気にしないのです。
朝食を食べ、今日は市場に行ってから、森に行くので、帰りは夕方になると告げて出掛けました。いつも通り。
不自然さはないはずです。
市場ではいつものパターンで、両替商に行きます。
金貨を数枚残して、銀貨や銅貨に両替します。ここまではいつもの事。
違うのは預けていた宝石を回収する事。保管のお礼も渡して、「みんなに見せるのが楽しみ」なんて言ってニコニコと受け取り鞄に仕舞います。
さて、森に向かいましょう。ただいつもの森ではありません。
乗合馬車に乗って、暫く揺られて、黒い森が見える集落で降ります。
この森の奥には珍しい実がなる木があります。市場で親しくなった薬屋の店主との雑談の中、それとなく木の所在を聞き出しておいたのです。割と近場にあってびっくりです。
木の実の採取は、気をつけないといけないのです。
求めて訪れるのは人ばかりではないのです。
魔獣もやって来ます。
人里に近いけれど、これだけの鬱蒼とした森です。身を隠しながらこれるでしょう。
珍しい木ですから、きっと来るはずです。
魔獣は実が目的なので、人には見向きもしないのですが、僕は、その実と一緒に食べて欲しい物があるのです。
人の気配に魔獣は現れないようです。魔獣も無用な争いは避けたいのでしょう。
そんな魔獣を唯一狂わせるものは、血の臭いです。
さて、始めましょう。
地面に手を当て周りの様子を伺います。僕の属性は土です。こういう探査魔法は得意です。
程よい距離に魔獣が居られます。
魔獣に集中します。
ニンマリしてしまいます。
草食系だったらと思いましたが、狙い通り肉食系でした。運がいい。
魔獣は草食系でも肉は食べるんですが、積極的ではないのです。
この魔獣は何処か不調があるのでしょう。
でなければ、ここに来ませんね。
犬猫が道草を食べるのと同じです。
この木の実には、魔獣の体調を整える何かがあるようです。
人にとっても、鎮静効果や止血効果などがあります。
魔獣もこちらの存在を感知したようです。
去るのを待っているのでしょうか。
申し訳ないのですが付き合って下さい。
まず木の実を採りましょうか。
師匠は木登りが得意でしたが、僕は苦手です。出来ない訳ではないのですが……。
パスン、ストン…パスン、ストン…
小石や小枝を飛ばして木の実を撃ち落とします。本当は空気を圧縮するだけで打ち出したらいいのですが、風魔法は得意ではないので、土魔法との複合技にして練習しました。
土魔法のみで土を圧縮、石にして打ち出すと魔力を相当消費するので、合わせる事での省エネ技です。
土魔法の圧縮と風魔法の旋風の圧縮空気弾。コレだけでは威力が足らないので、その辺の物も使います。
要するに、僕は魔力をそんなに保有してないのです。回復ポーション頼りのところもあります。
少しずつ小技の組み合わせの省エネ魔法です。
省エネなので、これぐらいの消費ではポーションは要らないです。
木登りでの採取が必要な時は便利です。
この魔法は他にも使い道があるのですが要は使いようです。
木の実を拾い潰して耳に擦り込みます。
用意してた他の素材を潰した木の実と一緒に練り込み団子を作り、準備が出来ました。
膝を着き、今日の為によく研いだ小刀を出して、石のついた耳朶を引っ張り刃を当てたところで、気が変わりました。
ハッと息を詰めて、思いっきりザクっと耳の付け根に刃を当て一気に切り落とします。
木の実の効果でいい感じに痺れて、痛くはないのですが、手元の耳と流れ出る血を不思議な感覚で見ていました。
事前に用意してた止血用の薬草など包んだ布を切り口に当て、布を巻き圧迫します。
さっさと作業に取りかかりましょう。
血塗れのブツを団子の中に埋め込みます。
ぎゅっと入れ込んだそれに赤い石が光っています。綺麗ですね。
ムニュっと団子に消えました。
血濡れた服を脱ぎ、血のついてないところで身体の血を拭き取り、打ち捨てて行きます。
持って来た服に着替え、靴も変え…ひとつミスをしました。
下着を持ってくるのを忘れました。
ノーパンでズボンを履く事になってしまいました。
変な気分です。早く冒険者と合流して下着をゲットしたいです。
必要な物を上着や腰のバックに詰め込んで、支度は終わりました。
脱ぎ捨てた服の上に耳入り団子を置き、鞄から赤黒い液体のガラス管を数本出すます。
この日の為に腕を切って植物採取用の試験管に溜めた血です。周囲に撒き散らします。
いい具合に腐敗してキツイ臭いが漂っています。
試験管は血溜まりに投げ割り証拠隠滅。鞄もひっくり返して荷物を散乱させます。どれもこれも血塗れになりました。
魔獣の動きを探ると、動き出したようです。
少し離れた木に向かい、四苦八苦しながら登って、見物です。
ちゃんと実行されたか確認しなくては、この計画はスタートしません。
懐からポーションを出します。これを飲みながら、文字通りの高みの見物です。
思ったよりも大きな魔獣は毛むくじゃらの身体を揺らしながら、血に濡れた場所の匂いを嗅いでいるようです。
すぐに団子に気づくと鼻で突いて様子を伺い、赤黒い舌が口の周りをべろりと舐め、団子を咥え、ポンと放り投げ、大きく開いた口でパクッとお食べになりました。
まぐまぐと口が動いてるようで……すぐに飲み込んだようです。
吐き出すかと伺っていましたが、周りの服や荷物を踏んだり、鋭い爪で引き裂いたりして、探すような動きをしています。団子を探しているのでしょう。
『ごめんね、一個しかないんだ』
心の中で謝ります。
あれは魔獣が好みそうな配合の野草団子。調子がよろしくなければ、涎物でしょう。
仕上げの血のソースがたっぷりかかって、団子にも前以て練り込んであったのですから、プンプンといい香りだったはずです。
石が嵌った耳は片側。石だけと思ったのですが肉は多い方がいいだろうと、全部切り落としました。
結果としては上々な出来と言えるでしょう。吐き出す素振りもなく、まだないかと広げた服などをめちゃくちゃに裂いて汚してくれてます。齧ってもくれてます。いい仕事をしてくれます。
ひと仕事終えて、血もいっぱい出ましたし、ポーションが美味しいです。
魔獣は諦めたのか、木の実を採る為に木に登り、幾つか食べると気が済んだのでしょう。帰っていきました。
浄化魔法で身綺麗にして、布を耳からすっぽり頭を覆い被りました。
隣町に向けて歩み出します。
魔獣に気づかれない魔法はいい感じで使えました。
隠蔽の魔法と申しますか。森に溶け込む魔法です。なんとなく使えるようになってましたので、土魔法だと思います。
これは野草採取時に野生動物などから身を守る上でも必要で、僕の得意魔法です。いつもは弱くしか使った事がなかったのですが、気合を入れて使いました。魔獣にも効きましたね。
今回は、少し多めの魔力を使いました。
途中、乗合馬車を捕まえて、程なく冒険者と合流出来ました。
耳の状態を見て、鼻白んでいましたが、笑ってやりました。血や怪我を見るのは慣れてると思ったのに。
もう一つ厄介な事をしないといけないので、付き合って貰いたいので、引かれても困るのです。
初めは一人でしようと思っていたのですが、難しいので手伝って貰いたいのです。
次は国外に向けて旅に出ます。
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